ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FSソングライティング物語「ザ・演歌」

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フォレストシンガーズ

ソングライティング物語

「ザ・演歌」

 
 いっぷう変わったご当地ソングといっていいのか。フォレストシンガーズの面々が個々の故郷を描いた歌を書くと言う。
 作詞作曲はできないと公言しているシゲの分も俺が書くとして、他の四人は……

 本橋真次郎、東京。東京は選択肢がありすぎてむしろ迷うかも。ロックでもジャズでも民謡でもクラシックでも、すべてのジャンルのメロディも歌詞も書けそうだ。
 三沢幸生、横須賀。横須賀もどんな歌にもなりそうで、これまた迷いそうだ。

 乾隆也、金沢。乾さんは「金沢のひと」という演歌を書くのだそうで、すでに完成しつつあるらしい。
 木村章、稚内。稚内も演歌的な気がするが、章はブルースにするという。ブルースまたはエレジー。章の故郷との確執、あるいは父親との関係を知る者には、さもありなんである。

 そして、俺。
 ご当地ソングなぁ、高知の印象は誰だって演歌だと答えるだろうなぁ。俺の故郷の高知県にだってフォークデュオやロックバンドもいるのだが、日本人のイメージでは演歌だ。

「荒波砕ける桂浜やろ? 桂浜ロックはどうや?」
「マスターも曲を書いてみて」
「俺は作曲なんかできんって」
「できそうな気がするけどなぁ。やったことあるんやろ?」
「ないない」

 いつものように神戸港のバー、「Drunken sea gull」にいる。マスターの前身はまちがいもなくミュージシャンだったはずだが、とぼけたがる。いくらとぼけたところで、彼のギターの腕はプロだ。作曲だってできるとしか思えないが、俺にはそんなもん、できん、したこともない、といつだって逃げられていた。

「あの……」
「はい?」

 ここでこうして音楽の話をしている俺が、フォレストシンガーズの関係者だということを察する者はいくらもいる。話しかけてきた男にも予備知識があったのか。このバーは俺がブログでたびたび取り上げているので、フォレストシンガーズの元メンバーに会ってみたくて、との理由で来店する客もいるのだった。

「やっぱり小笠原さんなんですね」
「ええ、まあ」

 自己紹介し合ったところによると、彼の名は高橋。関東出身で大阪の会社で働いている。神戸に仕事でやってきたついでに、「Drunken sea gull」に立ち寄ったのだそうだ。

「いつもブログを読ませてもらってます」
「ありがとうございます」
 
 フォレストシンガーズネタを扱っているがゆえに、「HIDEブログ」はけっこう人気がある。ブログを綴っているヒデに興味を示してくれる人も増えていて、フォレストシンガーズの事務所の社長には、ヒデくんもデビューしないかね? と尋ねられた。なんと、俺の弟にまで社長は接触したがっているとか。

 なんでもいいから売れる題材を探している。人気商売の方々は鵜の目鷹の目ってやつになっているのだろう。
 三十四歳の俺とは同年輩に見えるひょろっと痩せた高橋さんも、フォレストシンガーズとはまったくの無関係でもないんですよ、と笑った。

「とはいえ、僕じゃなくて母がね」
「お母さんですか」
「そうなんです。去年でしたか、実家で母とテレビを観ていたら、母が言い出したんですよ」

 大阪で結婚もして関西暮らしの高橋さんは、その日は出張ついでに実家にひとりで遊びにいっていたのだそうだ。

「……あ、そうだ。あれって本当のことなんだよねぇ」
「あれって?」
「もう十年も前になるのかな。あんたが東京の大学に行ってたころだよ。朝早く外に出たら、五人の若いお兄ちゃんたちと会ったの。このへんって朝だとなにか買うにも食べにいくにも、どこの店も開いてないだろ。それで、朝ごはんを食べてなくておなかがすいたって言うお兄ちゃんたちに、おにぎりを作ってごちそうしてあげたんだよ」
「で、なにかだまし盗られたとか? そんな話は初耳だよ」
「忘れてたんだもの。なんで思い出したのかといえば、この人たち」

 母親が指さしたテレビ画面では、フォレストシンガーズが映っていた。

「なにかを盗られたなんて話じゃなくて、おにぎりをごちそうしてあげたお礼にって、フォレストシンガーズが歌ってくれた。特によく覚えてるのは三沢幸生だって、母は言うんです。フォレストシンガーズってそんなにはテレビには出ないでしょ? 母は音楽に興味があるわけでもないんで、積極的に音楽を聴いたりもしません。あの日は僕が歌番組を見てたんで、フォレストシンガーズが出てきて思い出したって言うんです」
「ふむふむ」

 三沢幸生を覚えて下さいね、フォレストシンガーズの、特に三沢幸生、忘れないで下さいね、と幸生本人が繰り返し言っていた。幸生だったらいかにも言いそうだ。

「僕も正直、フォレストシンガーズに興味があったわけでもないんですけど、母に聞いてからヒデさんのブログを読むようになったんです。そしたら、そのエピソードも書いてましたよね」
「ああ。俺も思い出しましたよ」

 この間、あそこを通りかかったんだよ、と俺に話してくれたのはシゲだった。

「悪いけど忘れてたんだよな。だけど、春の小川はさらさらいくよ、の歌の文句通りの場所に立って、デビューした次の年のことを思い出したよ。腹を減らしてここを歩いていたら、知らないおばさんがおにぎりと漬物をふるまってくれた。そのおばさんが女神に見えたなぁ。俺はもう、メシのことしか考えてなかったんだから」

 そのネタを俺はたしかにブログに書いた。

 彼も彼女も忘れていたこと、そんな想い出がふとしたきっかけで蘇ることがある。ブログにはおばさんの名前は書かなかったが、高橋さんだったはず、とシゲが言っていた。高橋さんの息子は俺のブログを読み、ヒデさん行きつけのバーはここだ、と知って入ってきたのだから、偶然ばかりではないけれど。

「すみません、だまし取られたなんて言って」
「いやいや、そう思うのも無理ないですよ。世知辛い世の中なんですから」

 世知辛い世の中で、売れなくてつらい境遇だった青年たちが、あたたかな人の情けに触れた。そのころの俺はどうしていたんだろう。恵と結婚して歌から離れてしまってはいても、まだ幸せな新婚だった時代のはずだ。

「いいなぁ、それもやっぱり演歌かな」
「演歌ですか」
「人情演歌って感じでしょ。ド演歌のメロディにしてフォレストシンガーズが歌ったら、意外性があるんじゃないかな」
「ヒデさんがド・演歌書くんかい?」
 
 黙って聞いていたマスターが口をはさみ、俺は彼に言った。

「書いてみたいな。マスター、手本を聞かせて」
「そのお話を曲にしたら……」

 ギターを取り上げて弾きかけて、マスターは手を止めた。

「この世の中にない曲は、俺には弾けん」
「弾けそうやったんとちゃうんか」
「弾けん」

 この頑固者、とマスターに向かって言っている俺を、高橋さんが怪訝そうに見る。
 桂浜は桂浜で置いておいて、俺は高橋さんと若きフォレストシンガーズの触れ合いを歌にしよう。それだと童謡ふう演歌かな。演歌ったってさまざまな曲調のものがあるのだから、それもいいんじゃないだろうか。

END









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