ショートストーリィ(しりとり小説)

176「クレイジー」

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しりとり小説

176「クレイジー」

三角関係というのは下世話に盛り上がるネタだ。当時、高須はたいして有名ではなかったが、人気のあるプロハンドボールチームに所属していたのもあり、イケメン選手だと話題になっていたのもあって、週刊誌やテレビでも取り上げられた。

「そりゃあね、較べれば……」
「うん、俺だったらルンちゃんだな」
「でも、紀里さんのほうがいい奥さんになりそうだから、ルンちゃんは浮気相手ってことで……」
「いやいや、ハンドボールは人気が出てきていますから、近い将来には高須選手は世界的スターになりますよ。そうなると奥さんは華やかなほうがいい」
「そしたらルンちゃん?」
「僕は紀里さんのほうがいいな」
「私も断然、紀里さんがいい。ルンって浮ついて見えるもん」
「女性の目にはそう見えそうですね」

 お昼のワイドショーでまで取り上げられて、勝手なことを……と紀里は歯がみした。

「高須くんは先にルンと知り合ったんだよ」
「高須くんは先に紀里とつきあい出したって言ってたわ」
「両方にそう言ってるんだ」
「……ほんとにあなたにそう言ったの?」
「あんたこそ」

 直接対決だってした。高須の本心はわからなくて、どっちも好きなんだよ、どっちも選べないんだよ、このままじゃ駄目? などとたわけたことを言う。紀里とふたりきりだとこう言った。

「紀里のほうが好きなのはたしかなんだけど、ルンって綺麗なだけで頭悪いだろ。俺がなにを言っても納得してくれなくて、変な写真をネットに流すとまで言い出してるんだ。説得するから待って」

 一方、ルンにはこう言っていたらしい。

「ルンのほうが本命に決まってるだろ。ルンのほうが美人なんだから。けど、紀里にも情はあるんだ。もうちょっと待って、そのうちには紀里と別れるよ」

 第三者にはこう言っていたらしい。

「もてる男ってつらいよな。いやぁ、紀里とルンだけじゃないんだけどね……誰かひとり、選ばなくちゃいけないのか? なんで? 結婚はまだ先でいいんだから、彼女だったら五人くらいいてもいいんじゃないの?」

 フリーライターとして高須と知り合い、つきあうようになった紀里。
 さして売れっ子ではないものの、長身と美貌とファッションセンスとで売っているタレントのルン。ルンは日米ハーフであり、芸能界ではそれも売りになっていた。

 人々が言う通りで、華やかさではルンが格段に上だろう。紀里は中肉中背の平凡な外見だ。紀里のほうが学歴と年齢は上だが、他のすべてでルンのほうが勝っていると、無責任な他人は噂していた。

「うん、覚悟を決めるよ。紀里、結婚しよう」
「なんでそんな気になったの?」
「あみだくじで……嘘だよ。よく考えたら結婚相手は紀里のほうだってわかったんだ」
「ルンとは別れた?」
「きちんと別れる……うん、とっくに別れたよ」

 あみだくじでって……本当なんじゃない? これから別れる? それでもいいわ。ちゃんと別れてくれるなら。選ばれたのは私。紀里は勝ち誇った心持ちになった。

 あれから六年。テレビでスポーツ評論家が予言していた通りにはならなかったが、ハンドボールは野球、サッカーに次ぐ人気スポーツになっている。中でも高須の所属しているチームが一番人気なので、給料も上がり、CM出演もし、ゴーストライターに書いてもらったのではあるが、著書も出した。

 おかげで紀里は専業主婦になっている。主婦になるのは大歓迎でもなかったのだが、ただいま三人目妊娠中でもあり、プロスポーツ選手の妻は夫の健康管理も大切な仕事なので、器用でもない紀里には両立はむずかしかった。

「ものすごい請求額……」
「あ、ああ? 当たり前だろ。後輩にはおごってやらなくちゃなんないし、俺の立場でケチケチできないんだから、これくらいしようがないんだよ」
「女の子にも気前よくしてるんでしょ」
「気前はいいって言われてるよ。誘惑もあるけど、俺は紀里ひとすじだから」
「ほんとかなぁ」

 毎月、バーやクラブから莫大な金額の請求書が届く。夫の台詞にもたしかにうなずけるので、浮気されるよりはいいと紀里も達観していた。水商売の女性とちょっとした火遊びをするくらいは、表沙汰にならないのならば大目に見るつもりでいた。

「ルンと会ったよ」
「ルン? ああ、あのルン? どうしてるの?」
「あんまり綺麗でもないバーでホステスやってた」

 数多い夫のモトカノのひとり、ルン。モトカノなんていちいち気にしてはいられないのだが、ルンは結婚前のスキャンダルのライバルだったので、紀里の記憶に鮮やかに残っていた。

 美人でプロポーションのいいハーフでも、タレントにはそんな男女はいくらでもいる。なにかしらの差別化をはかるなり、特別なインパクトを持っているなり、時代の風だか波だかに巧みに乗ったりでもしないことには、スターにはなれないらしい。ルンはいつの間にか、テレビにも出なくなっていた。

「ルンは社交的だし、まだ美人だから楽しそうにやってたよ」
「だからってあなたの妾にしようなんて考えてないよね?」
「俺は妾を持つほどの甲斐性はないさ。そんな暇もないし、女なんておまえひとりでたくさんだ」
「だったらいいよ」

 ひどい言われ方ではあるが、口のわりには高須はいい夫、いい父親であり、生まれてくる三人目の子どもを楽しみにしていた。

「パパ、遅いね」
「今夜は早く帰るって言っていたのにね……」
「おなかすいたよぉ」
「そうだね、あんたたちは先に食べなさい」

 今夜は長女の誕生日だ。紀里は張り切ってケーキを焼き、長男と三人でデコレーションをした。五歳になった長女は生クリームを絞ってウサギの絵を描き、三歳の長男はチョコレートの飾りのはしっこをかじってから、ケーキに乗せた。パーティの支度が整っても夫が帰宅しないので、子どもたちだけ食事をさせてベッドに入れた。

「……あ、あれ?」

 ケータイにかけてもつながらなかった夫から、深夜に電話があった。

「どこにいるのよ。子どもたちは待ちくたびれて寝ちゃった……ん? どうしたの?」
「刺してしまった……」
「さした? なんのこと?」

 荒い息遣いが聞こえてくる。声はたしかに夫なのだが、いつもと様子がちがいすぎる。もしもし、もしもしっ、と紀里が叫んでみても、夫はそのひとことで電話を切ってしまった。そのあとは何度かけ直しても、ケータイはつながらなかった。

「……大変だったね、紀里さん」
「ルンさん?」

 それから三ヶ月ばかりして、紀里のケータイに電話をしてきたのはルンだった。

「高須さんから紀里さんのアドレスも聞いてたんだ。メールでもしようかと思ったんだけど、しにくくてね。赤ちゃん、生まれたんでしょ。紀里さんも赤ちゃんも元気?」
「ええ、ありがとう」

 さしてしまった、との夫のひとことだけの電話があった翌朝から、紀里は怒涛の日々に巻き込まれていった。
 妊娠九か月の身にはこの日常は過酷すぎるとの判断で、医者の指示で早期入院し、マスコミをシャットアウトしてもらえたのは幸いだった。上の子たちは紀里の両親が預かってくれ、紀里は静かにすごせたのだが、精神的には平穏でいられるはずもなかった。

「人気ハンドボールチーム、東京ハルカスの高須健五、愛人を刺殺?!」

 翌々朝にはフライングでスポーツ新聞に誤報が出、それを皮切りに、虚実入り乱れた報道が飛び交う。高須は警察に留置されていたから、紀里の耳に届く情報もどれが真実なのかわかりづらかった。

「知り合いの弁護士さんにお願いして、やっとおよそはわかったよ」

 入院している紀里のもとに、子どもたちを連れた両親がやってきた。子どもたちは祖父と広い病院の庭を散歩に行き、母が話してくれた。

「健五さんは酔っぱらって、バーで喧嘩に巻き込まれたらしいの。ナイフを持っていた若い男がいて、そいつも酔ってナイフを振り回したらしいのね」

 バーの男性従業員たちが止めに入ったのだが、喧嘩をしている当人たちは興奮していてエスカレートする。ナイフを持っていた男は健五の連れだったので、健五も仲裁しようとした。バーにはホステスたちもいて、その中に健五とかなり深い仲の女性がいたらしい。

 酔っ払いの乱闘だったものだから、全員がなにがなにやらわからなくなってしまったらしい。気がついたときには健五がナイフを手にしていて、健五の愛人女性が腹を押さえて倒れていた。

「健五さんも自分が刺したんだって思ってパニックになったみたいなのよ。紀里に電話したときにはちょっとはおさまっていたみたいだけど、もちろん、警察が来るわよね。その場にいた人たちはほとんどみんな酔ってるから、事情聴取も滅茶苦茶だったそうで、やっと話が整理できた段階だって、弁護士さんがおっしゃってたわ」
「健五がその女を刺したのは事実なの?」
「いえ、健五さんではないみたい。健五さんは彼女を刺した別の女から、ナイフを取り上げたみたいなのよ。そこは目撃者がいるんだからたしかみたい。だけどね……まあ、とにかく、健五さんがその女性に重傷を負わせたのではないけど、ややこしいことになるのもまちがいないわね」

 とにかく紀里は無事に出産しなくちゃ。今後のことはそれからよ、と母はため息をついた。

 次男が無事に生まれると、紀里は退院して両親の家に帰ることにした。五歳と三歳の子どもたちには事情は知らされていないが、両親ともに不在だったのだから不安定になっていたのだろう。長女は指しゃぶりをし、長男は弟が飲んでいる母乳を、僕も飲みたいと言って赤ん坊のように泣いた。

 母親が戻ってきて子どもたちがすこし落ち着き、次男の一ヶ月検診もすんだころには、紀里はこれからどうするの? と母に尋ねられた。

「健五さんは直接その女性を刺したわけじゃないわよ。だけど、ナイフで他の女性や男性に軽傷を負わせていて、取り調べ中。重傷の女性が健五さんの愛人だったのはまちがいないみたいだし、そんな喧嘩に加わっていたんだから、チームはクビ。ハンドボール界からも追放されるんじゃないかって言われてるのよ」
「そうかもしれないね」
「戻ってきたら?」
「……考えさせて」

 さらりと母は言う。離婚しなさい、子どもたちを連れて戻ってきなさいと。

 が、父はすでに定年退職していて、ボランティアに近いアルバイトをしている程度だ。両親の家は決して広くもないし、年金や貯金で夫婦ふたりだったら暮らしていけているものの、そこに四人もの人間が増えるのは無理がありすぎる。紀里がフリーライターとして復職するのも、乳飲み子を抱えた今すぐには無理だ。

 フリーライターとしての仕事があるのかどうかも謎。他の仕事を探すしかないかもしれない。こんな理由で離婚したら、慰謝料も養育費もしっかり請求はできるだろうが。

「ルンさんも高須の愛人だったの?」
「愛人ってほどでもないけど、ちょっとはお世話になってたよ」

 まったく彼女の顔を見なくなってからだと、五年ほどになるだろうか。紀里よりは三つ年下のルンは、少々けばいとはいえ、昔の美貌もプロポーションも維持していた。彼女のほうから電話をくれて、紀里がルンの働く店に出かけていったのだった。

「金遣いは荒いけど、浮気はしてないって、嘘ばっかりだったんだね」
「高須さんの浮気は癖ってか性格ってか、私もあんなのと結婚しなくてよかったな、なんて思ったよ。あ、ごめん」
「いいよ。同感だから」

 選ばれたのは私!! 勝ち誇った六年前が夢のようだ。

「普通は離婚でしょ? だったら私、待っててあげようかな。ムショ帰りの高須さんを」
「ムショには入らないんじゃないかと思うんだけど、ルンさん、本気で言ってる?」
「入らないの?」
「弁護士さんはそう言ってるよ。それに、私、離婚しないから」
「ええ? 離婚しないの? なんだ、がっかり」

 どこまで本心なのかは知らないが、ルンはうなだれてみせ、それから言った。

「じゃあ、私も紀里さんに協力してあげる。三人もの子育てにはお金もかかるでしょ。ここは妾の心意気だ。高須さんに援助してもらってた分、今度は私が紀里さんに還元するよ」
「いらないよ、そんなもの。妾ってなんなのよ。愛人ってほどでもなかったって言ったのは嘘?」
「いやいや、言葉の綾だよ。そしたら紀里さん、うちの店で働く?」

 うちの店とは、ルンが雇われママをしている小さなバーだ。もと芸能人のママがいるということで、けっこう繁盛してるとルン本人は言っていた。

「……紀里さんは所帯やつれしたばばあだし、太目だし、ぜんっぜん美人でもないけどさ」
「悪かったね」
「それは悪いんだけど、ここのママは雇われとはいえ私だから、紀里さんに働かせてあげられるよ。高須健五のモトカノとイマツマの店ってウリにしようか」

 ころんでもただでは起きぬ、とはルンみたいな女のことを言うのだろうか。
 無関係な他人が聞けば、爛れていると感じるのかもしれない。けれど、それもいいかなぁ、などと紀里が思うのは、あんな男と結婚して三人もの子供を持ったのだから、精神がタフになったせいだ。

 そうとでも考えなければ、今後も続いていく長い将来を乗り切っていけないのだから。
 子どもたちのためにがんばろう。ルンとふたりして高須の社会復帰を待とう。

次は「ジー」です。







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~ Comment ~

NoTitle

悪い人じゃないんでしょうけどね。
遊ぶのは大切なこtですしね。
異性の眼を養うという意味では。

結婚するまでは自由恋愛。
誰と付き合っても良いし、誰と別れても良い。

だけど、結婚はある意味契約ですからね。
結婚してからは一途で。
・・・というのを思います。
まあ、個人的な意見ですけど。

LandMさんへ

コメントありがとうございます。

若いころに遊んでなくて中年になって恋したりすると、深みにはまるともいいますよね。
私の親戚にその実例がいまして、困ったものです。

いつまでも遊んでいたかったら結婚はしないほうがいいですが、結婚ももののはずみでしてしまう場合もアリ。
私は不倫ってそんなに悪いことだとも思ってないので……むにゃむにゃ、です。

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