ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS食べもの物語「宇都宮餃子」

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フォレストシンガーズ

食べ物物語

「宇都宮餃子」

1

 ジャパニーズロックフェスティバル。とはいっても、近頃流行のロックではなく懐メロだ。一昨年に岡山で初開催され、かつてはロック少年やロック少女だった人々に人気を博した。現役の若者の間でもそこそこ話題になり、気を良くした主催者が二度、三度と開催するようになった。

「木村くん、またやろうや」
「あ、またやるんですか。ぜひ」
「次は栃木県の分に、俺たちも出るんだよ」

 初回の岡山公演の際に、木村章はベテランスタジオミュージシャンたちのバンドでヴォーカルをつとめた。あれから幾度かフェスティバルは開催されているが、彼らもそう毎回は集まれないのだろう。ドラマーの一柳が誘ってくれたので、章もスケジュールを合わせた。

 栃木県は宇都宮市、フォレストシンガーズのマネージャーである山田美江子の出身地だ。若いころには章はちょっとひがんでいたことがある。

「あれ、うまかったよなぁ」
「あれってなんだ?」
「宇都宮に来ると思い出す、美江子さんお手製の……」
「ああ、宇都宮名物だな」
「美江子さんのお母さん特製のタレもうまいんだ」
「あ、あれ、また食いたくなってきましたよ」
「あれってなんだよ?」

 行けばわかるよ、と連れていかれたのは餃子の店。アマチュアフォレストシンガーズ時代には、この土地出身の美江子がたびたび手製の餃子をふるまってくれたのだそうだ。

 大学を中退して一時は彼らとは遠ざかっていた章がフォレストシンガーズに加わり、プロになってからも、美江子は餃子を作ってくれる。美江子の母が送ってくれたという特製のタレは、美江子が本橋と結婚してからもふたりのマンションの冷蔵庫に入っている。

 みんなとは立場が違うから、とひがんでいたあのころ。餃子と聞くと思い出す。宇都宮の餃子は章にだけは、ひねくれ気分の味がしそうだ。


2

 単独仕事は数年前から増えてきている。章がフォレストシンガーズのメンバーとなってから初に、別にロックバンドを組んでライヴをやると言い出したときには、三沢幸生は複雑な気分になったものだ。

 まったくもぅ、章ってほんとにロックが好きなんだな。
 ほんとはフォレストシンガーズを脱退して、ロックバンドやりたいんじゃないの? などと思ったが、今ではもうそこまでは思わない。

 ベテランスタジオミュージシャンたちが章に歌ってほしいと依頼してくるのだから、彼のロックヴォーカリストとしての実力はたいしたものなのだ。

「ユキちゃん、一柳のおじさんたちのロック、聴きにいかない? 暇はない?」
「瑠璃ちゃんは行くの? そしたら行こうかな」

 その日は幸生にも仕事があったが、宇都宮ならば夜にライヴを聴きにいき、とんぼ帰りしてくるのは可能だ。瑠璃の乗ったタクシーが幸生の仕事場に迎えにきてくれた。

 ロックヴォーカリストとしてデビューしたものの、売れずにいた瑠璃を抜擢してくれたのが一柳。彼が仲間たちと結成した「defective boys」のヴォーカルとしてCDを出しているうちに、瑠璃も人気者になった。瑠璃はフォレストシンガーズ全員になついていたし、幸生も彼女と仕事をしたことが何度もあった。

 女は大好き、若い女はとりわけ大好き、な幸生ではあるが、瑠璃ほど若いと少々気が引ける。こうしてタクシーの後部座席で隣り合わせですわっているだけで十分だった。

「餃子食べたいな」
「瑠璃ちゃんも宇都宮ってーと餃子を連想するんだね」
「ライヴまでに時間あるから食べたいけど……」
「周りのお客さんに迷惑でしょ」
「言えてるよね」

 おススメの店、ありますよ、と運転手。だったら、と幸生は言った。

「ライヴが終わったらこのタクシーで迎えに来て下さいよ。三人で餃子食ったら誰にも迷惑はかからないでしょ」
「それ、いいですね。私も嬉しいですよ。東京まで往復の仕事なんてめったにないですから」
「うんうん、毒食らわば皿までだね」
「瑠璃ちゃん、それちがうけど……」

 餃子を食べたあとの匂いは、周囲の人々には毒にも近い。瑠璃と共犯者になるみたいな、運転手は邪魔みたいな……瑠璃が幸生を見てうふっと笑う。残念、きみがもうちょっと大人か、俺がもうちょっと若かったらね。


3

「おまえが作ったのか? こんなの食ったら腹をこわさないかな」

 失礼な台詞を吐いて山田に蹴られそうになり、飛びのいたら乾隆也に首を抱え込まれて頭を殴られた。山田美江子が料理が得意なのは知っていたが、それでもいつだって悪口ばかり言い、乾に怒られたっけ。

 想い出に変わると甘ずっぱい、学生時代。
 大学に入学して知り合い、乾と山田と本橋真次郎、三人でずーっと仲良くしていた。友人たちのみならず、真次郎の母親までが、山田さんってカノジョなんでしょ? と言いたがった。

 ことごとく否定してきたその関係が事実になって、カノジョを飛び越えて妻になってしまった。こいつと結婚するなんて、学生時代の俺が知ったら怒るんじゃないかな? と真次郎は思う。

「宇都宮の餃子っていうと、うちの母か私の作ったのがうちでは定番でしょ」
「そうだよな」
「章くんに頼んで、宇都宮ではいちばんおいしいって弟たちが言ってる店の餃子、買ってきてもらうの」
「そんな頼み、よく章が引き受けたな。脅迫でもしたのか」
「なんの脅迫よ? 人聞き悪いね」

 朝の光の中、妻が怒り顔で笑っている。
 今日は幸生と本庄繁之と隆也は仕事だが、真次郎と章は休日だ。章がロックフェスティバルに出たいというので、フォレストシンガーズの仕事はスケジュールからはずした。

「その餃子、通信販売はやってないのか」
「やっていないみたいよ。冷凍のも作ってないの」
「そしたら、俺たちも食いにいこうか」
「え? 今から行くの? そうだね。行こうか」

 素直じゃないね、章くんのステージを聴きにいくって言えば? 美江子の目がそう言っている。彼女の立場ならばジャパニーズロックフェスの当日券は手に入れられるだろう。ソールドアウトはしていないらしいのだから。


4

 午前中に雑誌の撮影が終了した隆也は、近くのカフェに行ってみまた。繁之がその店ででインタビューを受けているのを知っていたからこそだったのだが、うまい具合に彼の仕事も終わったようだ。

「お疲れさん。昼メシか?」
「そうなんですよ。あの、乾さん、仕事は終わりました?」
「終わったよ。シゲはこのあとは予定は?」
「えーっと……実は……」

 ピラフとポークチョップの皿を並べて昼食中の繁之がポケットを探り、隆也も同様にする。ふたりのポケットから出てきたのは同じものだった。

「予定通りに終わるかどうか微妙だったから、買うのは躊躇したんだけどさ……」
「俺もですよ。今からだったら余裕で間に合いますよね。乾さんもなにか食います?」
「俺はむこうで餃子を……あ、そっか、ライヴホールでいやがられるな。餃子は終わってからのお楽しみにして、サンドイッチでも頼むよ」

 長年グループをやっていると、考えることが似てくるのかもしれない。
 宇都宮で開催されるジャパニーズロックフェスティバルのチケットが二枚、テーブルの上に仲良く並んでいた。

END






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