ショートストーリィ(しりとり小説)

174「頭が高い」

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しりとり小説

174「頭が高い」

 平凡ではない私に平凡な名前はふさわしくない。女ではあっても女っぽくはなく、さっぱりした気性は男のようなのだから、女の名前もふさわしくはない。かといって同人誌仲間のように、コータローだの良太だの敬助だの、男名前も名乗りたくない。

「綾小路ミツルさまって、誰よ、これ? まちがって届いたのかな?」
「あ、それ、私」
「誰が綾小路ミツル? あんたは小山満代でしょ」
「いいのっ」

 父親の名前をフルネームで、下に家族の名前を並べた表札の横に、「綾小路ミツル」と手書きで作った名刺を張り付けて、母に呆れられたりもした。

 中学生になると部活をしなくてはならないと校則で定められていた。やりたい部活などなくて、かったるいなぁ、と思っていたら、積極的なクラスメイトが同好会を作ると聞きつけた。

「一年生のくせに生意気だとも言われたけど、ボクは漫研がいいんだもん。だから、先生に交渉したの。先生が顧問もしてくれるって。満代も入らない?」
「漫画研究会だよね。入るっ!!」

 それまでは漫画が好きなだけの少女だった満代は、友人と相談してペンネームも決め、描くようにもなった。
 けれど、漫画を描く才能はなかったらしい。絵は下手ではなかったのだがストーリィが作れなくて、小説を書く友達に頼んで彼女の原作を漫画化してみたりしたのだが。

「やおいにしないでよ。私は男同士の恋愛は嫌いなんだから」
「遅れてるね。漫画の王道はやおいだよ」
「そうだそうだ。やおいのほうが人気が出るんだぜ」
「私はいやっ!!」

 かたくなな原作者だったので、その友人とは喧嘩別れしてしまった。

 漫画研究会を作ったほうの友人とは気が合って、長く続いていた。同じ高校に進学し、そこにはもとから漫研があったのでふたりして入部し、友人のほうは先輩に描いた漫画を褒められ、満代は描くに描けなくて友人にお願いした。

「ボクだって絵だったら描けるんだから、ソージのネタをひとつくれよ」
「やだよ。ボクが描くんだから」
「ケチ」
「ネタも自分で考えろよな」

 友人のペンネームはソージ、彼女は新選組マニアで、幕末の志士たちの男同士恋愛漫画を得意としていた。満代はミツル、ふたりともにボクと自称し、少年っぽい言葉で話すのが楽しかった。

「ソージは卒業したら美大に行きたいのか?」
「うーん、美大じゃなくて短大の保育科にしようかなって……」
「保育科? なんでだよ?」
「私の才能くらいじゃ、漫画家にも画家にもなれそうにない。ほんとに才能があったら、雑誌のコンテストに応募してる漫画がとっくに新人賞くらい受賞してるのよね。私よりも年下の子だって、デビューしてるんだもん」
「そんなことないよ。ソージは才能あるって」

 自分は漫画家にはなれそうにないから、せめて友達がプロになれたら……との想いから躍起になりつつ、満代は気づいた。

「私? ソージ、なんか女みたいじゃね?」
「私は女だもん。ソージなんて呼ぶのもやめて。彼に言われたんだ。満代とおまえは痛いって言われてるの知ってるか? 俺はおまえとつきあいたいけど、そんな痛い女だったら友達にも笑われる。ソージなんてのも痛すぎるよ。ボクもやめてくれ。本当のおまえに戻ってくれよって」
「そんで、つきあうの?」

 うなずいた友人の顔が憂いありげな大人の美女に見えて、満代は叫んだ。

「裏切り者!! 男なんか嫌いだって言ってたくせに!!」
「あれはもてない強がりだったのかもね。満代も高校生でいられるのはもうちょっとなんだから、将来のことを真面目に考えたほうがいいよ。彼も作ったら?」
「満代なんて呼ぶな。その名前は大嫌いだ!!」

 裏切り者とは絶交だ。満代は親友のつもりだった友達とはそこで縁を切った。

 なのだから、ソージがその後どうしたのかは知らない。性転換してその彼と結婚したのか。いや、もとから女なのだが、友人が女に戻ると聞くと不潔ったらしく感じて、性転換でもなんでもしろ、気分になったのだ。

 自覚はあったから、満代には美大や芸大進学は無理だとわかっていた。だったらデザイン専門学校にしよう。推薦入学のできる学校に入学すると、そこにもいっぷう変わった女の子が大勢いたので、むしろ拍子抜けしてしまった。高校のときにはボクって言ってたの? 私は男っぽい? そんなのフツーだね、と笑われた。

 まったく才能がなかったわけでもなく、無難に専門学校を卒業して小さなアパレルメーカーに就職した。
 デザイナーになったつもりでいたから、ペンネームのつもりでミツルとだけ名乗るようにもなった。

 流行りものにはアンテナを敏感にしておきたい。ファッションだけではなく風俗的なこともだ。ダイエット、クラブ、レストラン、酒、音楽、などなど。映画もテレビドラマも、興味のあるものがいっぱいで、漫画からは遠ざかっていく。活字を読むのは面倒だから、漫画の文字だってめんどくさくて読んでられないね、だった。

「泥棒猫っ!!」
「は? すっげぇレトロな言葉。そんなの死語じゃないの?」
「死語もなにもないでしょっ!!」

 不倫は文化だ、とどこかの有名人が言ったとテレビで見た。不倫だってトレンドのひとつだし、あたしは結婚なんかしたくもないんだから、彼氏は既婚者のほうがいいさ、軽い気持ちで妻子のある男とつきあっていた。彼がミツルのマンションに来ていたときに、妻が乗り込んできた。こんなにも激怒している妻を見て、ミツルはむしろびっくりしていた。

「奥さん、そんなに怒らないで。私も本気じゃないんだからさ。ああ、コウちゃん、奥さん怖いよ」

 そのときちょうど、彼はシャワーを浴びていた。ミツル、えーっと俺のシャツ……などと言いながら出てきた彼は、妻の姿を見て硬直していた。

「コウちゃんだって本気じゃないよね」
「あ、あああ、ああ、そうだよ。母さん、落ち着いて。本気のはずないだろ。まあ、いうなれば人助けだよ。この彼女、見ろよ。若いだけがとりえのデブだろ。もてないんだよ、全然。今どきの若い男は細い女が好きらしくて、あんなデブ、気持ち悪いとまで言うんだ。俺は別に太った女も嫌いじゃないし、遊ぶだけだったらいいかなって。それだけだよ。本気のはずないよ。うんうん、落ち着いて。母さん、帰ろうな」

 妻を母さんと呼ぶ男は、ミツルをほったらかして帰っていき、翌日には弁解しまくっていた。

「あの場ではああ言うしかないじゃないか。立場としては妻の座って強いんだよ。ミツルちゃんはうちの女房に慰謝料請求される恐れだってあるんだ。女房は興奮していたから落ち着かすためにああ言ったんだよ。でないと刃傷沙汰だってあり得たんだから」
「だったら私とのほうが本気? 奥さんと離婚して私と結婚するの?」
「ミツルちゃんって……そんなダサいこと言う女だったのか?」
「あ、そだね、嘘嘘。言ってみただけ」

 もっとも嫌悪したい女の台詞が口に出てしまった。そんな自分に嫌気がさしたのもあり、彼はまだ私には未練があるのだろうから、こっちから捨ててやろうと決めたのもあって別れた。

 私がもてないって? デブだから若い男に相手にされないって? 冗談じゃないんだよ。彼の言葉が癇に障ったものだから、もてると証明したくて男遊びをするようになった。ミツルちゃんはデブじゃなくてグラマーなんだろ、と言う男も次々にあらわれて、ほら見ろ、もてるじゃん。今のあたしに会ったら後悔するだろうな、とコウちゃんに舌を出していた。

 そしてこうして、ふと気づくと四十歳が目前に迫ってきている。

 いつのころからか、夜の街で男をナンパしても逃げられるようになった。遊ぶだけだったら大歓迎してくれた男たちが、おばあちゃん、家に帰って孫と遊んだら? などと言うようになった。そろそろ私も潮時か。婚活でもすっかな。そのつもりでずいぶんと久しぶりに書店に入ったのは、婚活特集をしている女性雑誌が目当てだった。

 女性雑誌の横には女性向け漫画本のコーナーがある。少女漫画もレディスコミックも、ミツルが夢中になっていたころと変わらぬ隆盛ぶりだ。小型で分厚い少女漫画誌を手に取ったのは、ソージ・土方という漫画家の名前が目についたから。中学から高校にかけて親友だと思っていたソージを思い出したからだ。

「今どきでもこんな名前、つけたがるんだね、新選組ってまだ流行ってるのかな」

 表紙だけを見て帰宅し、婚活特集の雑誌をぱらぱらめくる。婚活はインターネットを駆使したほうがいいということらしいので、ミツルも雑誌で勧めていた婚活サイトを見ることにした。

「三十歳をすぎると不利だ? 古いなぁ。男女差別だな。女性蔑視だな。抗議のメールを送ってやろうか」

 婚活の現実、というようなサイトもある。見ていると気が滅入ってきたので、書店で見たソージ・土方を検索してみた。

「ファンのみなさん、こんにちは。ソージです。
 私は中学生のときから変わってないみたい。ソージってペンネームもずーっと同じなんですよ。
 さすがに、中学生や高校生のときにボクって言ってたのはやめましたけどね。

 漫画は中学生のときから描いています。中学に入学して漫研を創立して、その漫研、ソージの母校だってことでけっこう人気なんだって。ソージ先生と同じ中学校に入って漫研にも入りたい、なんて言ってくれる女の子もいるらしいの。
 公立中学だから校区がちがったら無理だよ。そう言ってくれるのは嬉しいけど、ご両親を困らせたりしないでね。

 同じ趣味の友達がいて、ふたりで切磋琢磨もできました。
 名前、書いていいかな。ペンネームだからいいよね。ミツル、元気にしてる? あなたも結婚してお母さんになってるかな。
 会いたいな。もしもこれを読んでいたら連絡して。

 わたくしごとで失礼しました。さて。

 高校生になって彼ができて、おまえは痛いなんて言われて漫画から遠ざかろうとしたんだけど、やっぱり捨てられなかった。
 短大は保育科に進んで、保育士にもなったんだけど、それでも漫画は捨てられなかった。高校のときの彼とはすぐに別れて、保育士になってからできた彼と結婚して、毎日忙しかったけど、それでも漫画は捨てられなかった。

 保育士を続けながら、主婦として母としても働きながら、夜中に漫画を描いたりもしていました。
 そうやって苦節十五年、三十五歳にして新人漫画家としてデビューしたの。

 その後のことはファンのみなさんだったらごぞんじでしょう? 母として主婦としては永続するんだろうけど、保育士の仕事はやめて専業漫画家になれたのは、ファンのみなさまのおかげです。
 これからも応援してね」

 ソージ・土方のオフィシャルサイトには、ソージのプロフィルというページがあった。読んでいると中学、高校のときの友達を思い出す。彼女と酷似していて、なにやら吐き気までがしてきた。

 嘘だ、嘘。あのソージのはずがない。生年月日からすると私と同年で、知ってるひとは知ってるんだからいいよね、との但し書き付きで紹介されている中学校も高校も私と同じで、本人の写真には少女のころの面影がある。だけど、信じない。ミツルって私? 信じない。あり得ない。

 サイトに公開されたプロフィルの、ソージの若き日はすべて、ミツルの友人だった彼女と一致する。けれど、信じたくなかった。確認なんか、連絡なんかしたくなかった。

「もしもあんたに会うとしたら、婚活に成功してセレブなマダムになってからだな。見てろよ、ソージ、そうなって会ったら言ってやるんだ」

 あんたはたかが漫画家だろ。私は大金持ちの主婦だよ。結局は私の勝ちだね。頭が高い!! 控えろ!! って、言ってやるんだ。

次は「い」です。







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