ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS食べもの物語「ラーメン」

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フォレストシンガーズ

食べ物物語

「ラーメン」

 スープをひと口すすった本橋が、ほっと息をつく。俺は麺をひと筋口に入れ、のびかけてるな、と感じる。夏休み明けの学食には学生の姿は少なく、まだ学校に出てきていない奴も大勢いるらしいと思われた。

「学食って久しぶりだな、うまいよな」
「……うまいか。うん、うまいかな」

 金沢の乾家では、料理は祖母が指揮をして家に住み込んでいる女性がこしらえるのがもっぱらだった。
 家に住み込んでるお姉さん? なんだそりゃ? と友達に不思議がられるので、そういうのは一般的ではないと知ったのだが、乾家は華道の家元だから、行儀見習いや修行のために、日本各地から名家のお嬢さまたちがやってきていたのだ。

 華道の家元は母の仕事で、父は和菓子屋のあるじ。ひとり息子の隆也の養育は祖母の仕事。祖母は家事をとりしきる家刀自でもあって、住み込んでいる女性たちの総監督でもあった。

「大奥さま、今夜はなにを……?」
「ブリの脂が乗ってきているころだから、照り焼きじゃなくて塩焼きにしましょうかね。大根を煮て、ほうれん草のゴマ汚しと、あとは卵を……」

 幼児のころには、食卓に出されたものは文句を言わずに全部食べる。食べ物についてあれこれ言うのは、男のすることじゃないからね、との祖母の教えを忠実に守っていた。

「ばあちゃん、僕、ラーメンが食べたいな」
「ラーメン?」
「うん。インスタントラーメンっておいしいんだって。とっくんが言ってたよ。僕も食べたいな」
「ラーメンなんて夕食にはならないし、インスタントなんて絶対に使いたくないね」
「カレーライスは?」
「それだったら土曜日のお昼に作ってあげるよ」

 小学生にもなると恐る恐る言ってみて、洋風は却下されていた。要するに祖母が好まなかったからだろう。
 誕生日にケーキを焼いてもらったり、クリスマスにはチキンソテーを作ってもらったり、たまにはカレーや麻婆豆腐のメニューもあったが、うちの食事は基本和食だった。

 両親は帰りが遅いので、小学生までだったら俺が寝てしまってから食事をしていた。夫婦での食事だと給仕と後片付けは母がしていたようだが、俺はよくは知らない。外食もほぼない家庭だったので、家族四人で食事をした経験はほとんどなかった。

 高校三年の年に祖母がみまかり、俺は翌春には東京に出て大学生になった。あれから三年、今でも行儀見習いの女性はたまにいるようだが、母が食卓を整えて父と差し向かいで食事しているのだろうか。俺にはうまく像が結べない。うちの両親は仲がいいのか悪いのかも想像しにくいのである。

 父の店でのみアルバイトを許可してもらえるようになってからは、俺も友達とだったり彼女とだったりで、外で飲み食いすることを覚えた。コーヒーやホットケーキやサンドイッチは、彼女とふたりで食べるとたいそう美味だった。

 が、金には困窮していた身だから、高校生までは外食経験に乏しい。大学生になってひとり暮らしとなり、昼は学食で食べるのが嬉しくて、けれど、なるべく自炊するようにしている。俺が中学生になると、男も料理はできたほうがいいかしらね、と言うようになった祖母に教わった田舎の和風料理だ。

 一方、東京生まれの東京育ち、本橋真次郎は。

「高校のときは弁当だったのか?」
「そうだよ。本橋はちがうのか」
「弁当も作ってもらったけど、俺らは三人とも大食いだから、弁当だけじゃ足りないんだよ。弁当にプラスして売店でパンを買ったり、学校の近くの店で安い稲荷寿司とかも買ったりしていたな」

 兄がふたり、そのふたりは七歳年上の空手の猛者で双生児。本橋も大柄なほうだが、兄さんたちは巨漢といっていい。そんな息子三人に食わせなければいけなかったのだから、本橋母の料理は質より量だったと思われる。山盛りにしたコロッケやから揚げが、まごまごしていると真次郎の口には二、三個しか入らなかったというのだから、すさまじい食事風景だったのだろう。

「あ、真次郎、ウルトラマンだ!! って兄貴に言われて窓の外を見てる隙に、半分は残ってた俺のチャーハンが空っぽになってたこともあったよ。兄貴が食っちまったんだ」

 なんかいいな、うらやましいな、と応じると、どこがいいんだ、おまえは馬鹿か、と本橋に呆れられた。

 よって、本橋は食えるものならなんでもうまいと感じるようである。のびかけたラーメンがしみじみうまいとは、幸せな奴だ。

 舌が肥えている人はいる。うちの祖母は頑固ではあったが、昔ながらの金沢料理の作り手としてならば達人に近かった。洋風は食べ慣れないので駄目だったにせよ、料理人としても食する側としても舌は磨かれていた。おばあさまに教わった料理、夫に大好評なんですよ、と、うちに修行に来てのちに結婚した女性から幾度も聞いた。

 子どもの舌には合わなかった田舎料理も、二十歳になって再現してみると、それなりにうまく感じるようになった。俺はまだまだ若造だから、中年にでもなれば祖母の味をなつかしむのか。俺にとってはおふくろの味ではなく、祖母の味。

 皮肉ではなく、金持ちではあってもわりあいに庶民的で、ふたりの兄にもみくちゃにされて育った本橋を俺はうらやましく思う。そのおかげで好き嫌いもなく、なにを食ってもうまいとは最高ではないか。俺もいつか結婚したら、本橋家のような家庭を築きたい。

「全然足りないな。もう一杯買ってくるよ。おまえは?」
「俺はもう腹いっぱいだ」
「……それっぽっちしか食わないのかよ、それでも男かよ」

 小食だと男らしくないと、妙な偏見を持つのはやめろ。とは何度も言ったので言い飽きた。本橋真次郎はいい男ではあるのだが、男らしさにこだわりすぎる傾向がある。あればっかりはどうにかならないものだろうか。

TAKA/20歳/END







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~ Comment ~

NoTitle

かなりどうでもいい話ですけど。
学食のラーメンはとても美味しくない思い出がありました。
カップラーメンの方がマシでした。
・・・というLandMです。
(´_ゝ`)

最近は麺を茹でて、スープは出来合いのラーメンを食べてますね。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

チャーシューと生ネギが嫌いで、スープを飲むのもいやな私には、ラーメン屋さんに行く資格はありません。
ラーメンは嫌いではないので、たまにインスタントだったら食べます。

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