ショートストーリィ(花物語)

花物語2017/8「母子草」

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花物語2017

八月「母子草」

 思いがけなくも、母は反対はしなかった。

 父が亡くなったときには兄もほのかもまだ子どもだったので、母が父に苦労していたのかどうかは知らない。父の悪口を言うような母ではなかった。なのだから、父親なんかいなくてもいいのよ、的思想が母にあるのかどうかも、ほのかは知らないのだが。

 大きくはないがしっかりした会社の経営者三代目、父はその立場で、初代と二代目が亡くなってから、父は母と結婚した。父方は特に男が早逝家系らしく、ほのかの曾祖父も祖父も父も中年の年頃で逝去していた。三代目が潰すこともよくあるらしいが、父は可もなく不可もなくといった程度に会社を存続させ、父亡きあとは母が会社を引き継いだ。

 経営者としての能力は、母のほうが父よりも上だったらしい。金銭的にもまったく困窮することなく、母は息子と娘を育てた。母が多忙ゆえに放任されていた部分はあるが、兄は大学院まで終了して文系の学者になった。ほのかは外国語大学英語科を卒業して通訳になった。

「父親がいなくても、ほのかがひとりでしっかり子どもを育てていけるんだったら、母さんは応援するわよ。それに、あんたは母さんが反対したってやりたいことはやるでしょ。そういうところが頼もしいんだから、あんたは我が道を行きなさい」
「兄さんには言わなくてもいいかな」
「あいつは頭の固いところがあるから、言わなくてもいいんじゃない?」

 ルックスがいいのと金を持っているのとで、兄はけっこうもてる。妻と息子がいるにも関わらず適当に遊んでいるようだが、自分はいいけど妹は駄目、の思想の持ち主だ。それでも同居しているわけでもなし、黙ってやればいいとの母の意見に従って、ほのかはひとりで子どもを産んだ。

 仕事で知り合ったイギリス人と、彼が日本に滞在している間だけの恋をしていた。彼は仕事を終えて帰国し、残したものはほのかの胎内の子どもだけ。ほのかには結婚願望はかけらもないが、子どもはほしかったので好都合だった。

 一年間は産休、育休を取るつもりだったので、もしものために蓄えてあった資金を活用した。金髪の可憐な女の子を出産し、ベビーシッターや保育園の手配もし、家政婦さんを雇って家事をまかせ、長女の華子が一か月後には一歳になる時期に、ほのかは仕事に復帰した。

「ほのか、いつの間に結婚したんだ? もう子どもが生まれたのか? できちゃったってやつか?」
「できちゃったから子どもはいるけど、できちゃった婚じゃないよ」
「ってことは?」
「結婚はしてないから」

 黙っていてもどこからか漏れるもので、平素はつきあいもない兄も妹が出産したと知ったらしい。電話をしてきた兄に正直に告げると、兄は長く長く絶句してから言った。

「不倫なのか?」
「彼は独身だって言ってたけど、本当のことはわからない。彼はイギリスに帰っていってしまったし、私が華子を産んだのも知らないはずよ」
「えーっとえーっと……えーっと……なにからどう訊いていいのかわからないよ。俺はたつ子になんて言えばいいんだ」
「義姉さんには本当のことを言って。迷惑はかけないから」
「迷惑はかかるんだよ。おまえがかけてないつもりでも、そんなふしだらな妹を持ったってだけで、俺たちには迷惑がかかるんだよ」
「そぉ? ごめんね」

 面倒なのでそうあしらっておいたら、兄はそれ以上は言わずに荒々しく電話を切ってしまった。

「華子はきょうだいがほしいよね?」
「おにいちゃんがほしい」
「お兄ちゃんか……お兄ちゃんってのは養子でももらうんだったら可能かな」

 しかし、日本の法律では未婚の母に養子を託してはくれないだろう。弟か妹でもいいよね? と質問すると、ようやくお喋りができるようになってきた、一歳半の華子はこっくりうなずいた。

「あらぁ? ふたり目も産むの? 華子のお父さんと再会したとか?」
「産まれてきたらわかるだろうから言うけど、今度はアフリカ人なのよ。華子のパパはアーティスト、次の子のパパはアスリート。誰かまでは言えないけど、生物としてのこの子たちの父はそういった男性よ」
「来日していた金髪のアーティスト……ブラックのアスリート……そう大勢はいないだろうけど、ま、あんたが決めたことなんだから貫きなさい。華子はきちんと育ててるんだから、できるって立証済みだものね」

 今回も母は、反対意見は述べなかった。

 問題は兄だ。華子の出産時には兄は、唖然茫然愕然だったらしい妻のたつ子をなんとか説得というか、きみは俺の妹には関わらなくていいんだからほっとけ、と言ったらしいが、父親のちがうふたり目の子どもとなると、兄も義姉も逆上するかもしれないと思えた。

 通常、まずは母親が大変だろう。父親がいたら大変さが五倍ほどになりそうな気がする。ほのかは親の問題はクリアしているのだから、兄夫婦なんて軽い軽い、と考えることにした。

「ほのか、また産んだんだって?」
「誰だよ、兄さんにそうやって告げ口してるのは……」
「誰だっていいだろ。しかも、今度は黒人とのハーフだって? おまえはなにを考えてるんだ」
「なにを考えてるにしたって、あなたには関係ないんじゃないの?」
「そうは行くかよ。きっちり話そう。おまえのマンションに行くよ」

 電話で宣言されて、仕方がないから承諾した。

「義姉さんまで一緒? ご苦労さまだね」
「なんでひとこと相談くらいしてくれないの?」
「相談したら反対するでしょ」
「するに決まってるだろ」
「ほのかさんったら、ひどすぎるわ」

 長女のときに経験済みなので、今回は前回よりもスムーズに出産できた。お金の面も人手の面も仕事の工面もクリアして、長女の華子と次女の佳子と、家政婦のおばさんと、育休中のほのかは穏やかに暮らしていた。その平穏を破ったのは、血相を変えて乗り込んできた兄夫婦だ。

「うちの竜弥のことも考えてよ」
「竜弥がどう関係するの?」
「竜弥だって何年かしたら、結婚話も出てくるでしょ? そのときに身辺調査でもされたら、未婚の母のほのかさんの存在が障りになるとも考えられるのよ。ひとりだけだったらともかく、一目で父親がちがうって娘がふたり……この子たちだって、華子ちゃんと佳子ちゃんだって、大きくなったら差別にさらされるわ。あなたは自分さえよかったらいいみたいだけど、竜弥と華子ちゃんと佳子ちゃんの気持ちはどうなるの?」

 綿々とかきくどく義姉の横で、兄も重々しくうなずく。竜弥とは兄夫婦のひとり息子だ。

「差別されるのよ。日本では華子ちゃんや佳子ちゃんは差別されるの」
「義姉さん、その差別や偏見っていいこと?」
「いいこと? 差別や偏見はいいことではないけど、現代の日本には厳然と存在するじゃないの」
「悪いことだとわかってて、あなたがその偏見や差別を口にするんだね。悪いことなんだったら、ご自分の意識から変えていかなくちゃ。世間は差別するかもしれないけど、差別するほうが悪いんだもの」
「……あなた、ほのかさんって宇宙人みたいね」
「まったくだ」

 兄夫婦は肩を落とし、ほのかは言った。

「日本ではルックスのいいハーフはもてはやされるけど、アメリカ南部なんかだと佳子みたいな子は差別されるのよ。正式に結婚している黒人と白人の夫婦だって同じ。だったらその夫婦は子どもを産むなって言うの? 差別されるから産むなって、最低の台詞だよね」
「……だって、現に差別は……」
「だから、差別っていけないことなんだから、私たちからなくしていこうよ。それができないって変じゃない? 結婚してるからいいって言うかもしれないけど、結婚したって夫が浮気でもして離婚することはおおいにある。それだって子供はかわいそうよ。そっちのほうが最悪の家庭になりそうじゃない?」

 義姉さんは知らないみたいだから幸せだけど、実はね……とは言わずに、遊びの浮気などはたびたびやっている兄を見やる。こほんと咳をしてから、もういいよ、無駄だよ、と兄は言い、妻の肩を抱いた。

「おまえの屁理屈には俺たちは太刀打ちできないよ。もういいから、俺たちには迷惑かけるなよ」
「縁を切っていただいてもよろしくてよ」

 言ったほのかを、たつ子は恨めしそうに睨んでいた。

「きょうだいは二歳ちがいがベストなのよね。ちょうどよく妊娠したから、理想的な歳の差で出産できるわ」
「……あの、三人目ですか?」
「そうですよ。子どもが増えると大変だろうから、もちろんお給料はアップします。協力してくれますよね」
「は、はい」

 三人目の子どもの生物学的父は日本人、ミュージシャンだ。言い訳などしなくても、三人の子どもの父親がちがうのは一目瞭然。ほのかはそれを望んでいた。家政婦も戸惑っているようだが、彼女は金のために働いているのだから、少なくとも表立ってはとやかくは言わない。妊娠を告げた翌朝、家政婦が花を活けてくれた。

「これ、母子草?」
「そうです。ご無事な出産をお祈りしています」
「ありがとう」

 ふたり目はものすごくとやかく言った兄たちも、三人目となるとむしろ諦観するかもしれない。今度はぜひとも男の子、ほのかの願いはきっとかなうはずだ。

END







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