ショートストーリィ(花物語)

花物語2017/7「段菊」

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2017/7 花物語

「段菊」

 面と向かって人にこんなことを言うとは、やはり日本人ではないからなのだろうか。幼いころから祖父母の家にいることが多かった摂子には、謙譲の美徳、人には遠慮を、気遣いを、思いやりを、という教えが身についてしまっていて、ケィティにはむしろ見とれてしまっていた。

「あんたって暗いね」
「そ、そう……? えーっと、ケィティさんって日本語、上手なのね」
「私、語学の天才だから」

 他人を暗いと決めつけるのもだが、自分で自分を天才だと言うのも、摂子には信じられなかった。

 中学生にもなって摂子は字が下手すぎる。幼稚園くらいから習字をやっておくべきだった。摂子のお母さんには余裕がなかったのだから仕方ないし、まだ手遅れではないから、書道教室に通わせよう、そうそう、それがいい。
 本人には相談もせず、祖父母が決めてきた習い事だ。先週、はじめて教室にやってきて、中学生コースの仲間たちとは挨拶だけはかわしていた。

 幼児、小学生、中学生、高校生、成人。
 この書道教室は五つのコースに分かれている。小学生と成人はなかなかに盛況なのだが、幼児のほうは遊びのようなもの。高校生も少ないが、中学生は生徒数がさらに少ない。

 もっとも数の少ない中学生コースには、イギリス人がいるとは聞いていた。先回はケィティという名前だと教わった彼女は欠席だったのだが、摂子についてはケィティも聞かされていたのだろう。イギリス人で摂子と同い年とだけは聞いていたが、摂子は突っ込んだ質問はしなかった。

 イギリス人だったら日本語は得意じゃないんだろうな、と思っていたのだが、ケィティは日本人と変わらない話し方をする。自称天才は本当なのかもしれなかった。

 なんて不躾な子なんだろ、と初対面で感じたケィティとは、それでもじきに雑談だったらする仲になった。ケィティ、セツコ、と呼び合うようになるにつれ、彼女はいくつもの質問をした。

「それでそんなに暗くなったの?」
「きっとそうだね」
「ふぅぅん」

 不審そうな、うさんくさそうな目。ケィティにそんな目で見られて、摂子のほうは目を伏せた。

 起床して身支度をして祖父母の家に送っていかれ、祖母に保育園に連れられていった幼児期。
 小学校にはきっちり戸締りをしてからひとりで登校した。四年生までは学童保育に行き、学童の放課後は祖母の家に帰って夕食と入浴。時にはそのまま泊まることもあった。

「摂子のお父さんは、お母さんが忙しく働きすぎるのが不満なんだって。お母さんの収入がいいからお父さんは楽できたってのもあるはずなのに、結局は家事ができないだとか、摂子の育児を私にまかせすぎだってのが気に入らないみたいだよ。だったらあんたが家事も育児もすればいいんだ」
「おばあちゃん……」
「離婚するらしいけど、摂子は今までとそんなに変わらないから大丈夫」

 たしかに祖母の言う通りで、摂子の生活は両親の離婚後もさして変化しなかった。

 官庁の管理職である母はたいへんに多忙で、だからこそ摂子は母方の祖母に育てられたようなものだ。そうと知るようになったのは、両親が離婚した摂子、小学校五年生のとき。摂子の親権は母が持ち、摂子は母とふたり暮らしになったマンションから小学校に通う。食事や入浴は平日はたいてい祖父母宅でだった。

 離婚にあたって両親がどんな話し合いをしたのかは、摂子は詳らかには聞かされていない。祖母によると、父さんは摂子には別に会いたくもないらしいね、とのことで、事実、父とはあれきり一度も会っていなかった。

「それで傷ついて、摂子は暗い女になったんだ」
「そうかもしれないと思うよ」

 一年ほどの間に、摂子はケィティのさまざまな質問に答えた。ケィティはあまり自分の話をしなかったのだが、摂子からおよその境遇を聴き出してから話してくれた。

「私の親はかなり年取ってるの。摂子のおばあちゃんと変わらない年なんじゃないかな」
「おばあちゃん、六十すぎてるよ」
「うちのパパも五十すぎてるよ」

 中学二年生から見れば、五十代も六十代も似たような年頃である。

「パパもママも何回離婚したかなぁ。私の実のパパは三回、実のママは二回だっけ? 三回だっけ? 離婚しては再婚するから、ステップファーザーやステップマザーも何人も何人もいて、いちいち覚えてらんないの。そのステップの人たちも離婚したり再婚したりしてるから、私と関係のある大人がいーっぱいいるんだよ」
「ほぇぇ」
「もちろんパパやママにもパパやママがいて、生きてたり死んでたりするんだけど、それも覚えてない。だって、グランマやグランパだって何度かは離婚してるよ。一度も離婚したことのない大人なんて、イギリスにはいないんじゃないかな」

 ほぇぇ、へぇぇ、としか摂子には返答できない。これぞまさしくカルチャーショックだ。

「どのパパがどうでどのママがどうで、グランパは? グランマは? ややこしいから覚えてるのもやめたの」
「そうなんだ」
「そうなんだよ。でね、私の親権は実のパパが持ってて、去年、日本人と再婚したのね。三回目だったか四回目だったか忘れたけど、パパは新しい奥さんが大好きで、私を連れて来日したの。パパの新しい奥さんはお喋りだから、私もじきに日本語を覚えたよ」
「パパの新しい奥さん……ケィティの新しいママ……」
「ママってのは世の中にひとりだけだから、あのひとはパパの新しい奥さん。ママじゃないよ」
「そのひと、嫌いなの?」
「ううん。けっこう好き」

 私なんかはそうなのに、明るいでしょ? なんで一回両親が離婚したくらいで暗いの? 馬鹿らしいじゃん、とケィティは言いたかったのだと解釈した。

「摂子、このごろ元気ね。おばあちゃんも安心したわ」
「うん。ケィティのおかげ」

 三年生の夏休みに、摂子はケィティのパパとパパの新しい奥さん、だとケィティの言う女性との家に遊びにいった。庭に咲いていた紫の花を、その女性が摂子にプレゼントしてくれた。

「菊ですか?」
「段菊っていうのよ。シソ科だけど、菊に似てるでしょ。この花の花言葉は、悩みとかわがままとか、あまりよくないんだけど、大人のわがままで悩んでしまう少女のために……なんてね」

 複雑な気分で受け取った摂子を見て、ケィティは笑っていた。

 高校はケィティとは別々になったのだが、淡い茶色の髪にグリーンの瞳の彼女とともに、紫の段菊の花の印象は鮮烈に残った。
 大学を卒業した摂子が一般企業に就職したころには、離婚が珍しかった時代も去って平成の世の中になった。摂子は祖母の友人の紹介で結婚し、子どもが三人できてワーキングマザーとして生きてきた。

 あれっきり一度も父には会っていない。祖父は亡くなったが、祖母と母は摂子の住まいとは近居で元気にしている。母は官庁の重要なポストに就き、祖母が主婦のように家庭の切り盛りをしていた。

「母さん、俺、結婚しようと思うんだ」
「あら、おめでとう。紹介してちょうだいよ」

 三番目の子どもである長男が言い出したとき、摂子は気軽に応じた。

「今どきとしてはちょっと早めだろうけど、いいよね。どんなひと……って、会わせてもらったらわかるから連れておいで」
「彼女……先に言っておくよ。バツ三なんだ。子どもができない体質だからって、一度目は夫に離婚をつきつけられた。二度目と三度目は不妊症だと知ってて結婚したのに、相手に言われたんだそうだよ。やっぱり……子どもがほしいって」
「……そうなの、わかったわ」
「母さん、反対しないの?」
「そんなのするわけないでしょう。彼女が悪いわけじゃなし」

 ありがとう、と息子は言ってくれたが、娘たちは言った。

「えええ? バツ三? あり得ない」
「バツイチだっていやなのに、三回? そんなの、母さん賛成したの? 父さんは?」
「あのね……」

 なぜ三度も離婚を? と夫は言ったが、事情を説明すればわかってくれた。それにしてもな……とぶつぶつぼやいていたのは、もろ手を挙げて賛成というわけでもないのだろう。

 こういう事情で三度の離婚をした女性なのよ、と説明すると、娘たちも納得はしてくれたが、年上なんでしょ? そのひと、男を見る目ないよね、わかるけど、弟がそんな女性と結婚するってのはね、子どもはできないんだよね……と難色を示していた。摂子の母も祖母も、そうと話すとなんとなく渋面を作っていた。

 平成も三十年近くになる現代でも、日本人は離婚に偏見を持っている。息子と彼女はすこしばかり特殊なケースとはいえ、バツ三は相当だろう。摂子だってそんな事情がなければ、いやだなぁと感じたかもしれない。

「母さんだって離婚したくせに」
「私は好きで別れたんじゃないわ。父さんが……」
「彼女も同じよ」
「そうねぇ。でもねぇ、世間がねぇ……」
「ああ、それは私も気になるわ」

 反対したいらしい母の顔を見ながら、摂子は考える。
 中学校を卒業してからは連絡もないケィティは、どこでどうしているのかしら。彼女も結婚して、二度や三度の離婚や再婚を経験しているのだろうか。私は離婚はしなかったけど、息子がそんなことを言い出しているのよ。

 あなたのおかげかしらね。離婚を色眼鏡で見なくなったのは。

 ケィティ、もう一度会いたいわ。あなただったらなんと言うか。息子の結婚についてではなく、周囲の人々の態度についての意見を聴きたい。身内がこうなのだから、他人はなんと噂するのか。それだけは気になって仕方ない私に、あのころのように元気をちょうだい。

 END








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~ Comment ~

NoTitle

う~~ん。
どうなんでしょうね。
何度も結婚して離婚するっていうのは。
その境地については理解できんですが。
離婚するなら結婚するな!!って思うのですけど。
まあ、現実問題そういうわけにはいかないですよね。
離婚したら、せ~~せ~~した!!って感じにはならないのですかね。離婚したいから離婚したと思うのですけど。
やはり難しいですね。
結婚・離婚というのは。。。
(-_-メ)

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

離婚するつもりで結婚する人はいない。
なんて言ったのは一昔前で、駄目だったら離婚すりゃいっか、って気分で結婚する人もいるとかいないとか?

当人同士はまだしも、どうしたって巻き込まれる人はいますよね。むずかしいですよね。
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