ショートストーリィ(花物語)

花物語2017/6「いずれアヤメか」

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2017/6 花物語

「いずれアヤメか」

 勉強が大嫌いで、漫画とアニメにばかりうつつを抜かしている。彩夢が息子の二千翔について嘆いているのを聞くたび、重子は言いたくなって困った。そりゃあ、彩夢ちゃんと三千弥さんの子だもの。それで普通じゃない? アヤメ、ミチヤ、ニチカだなんて名前からしても、ヤンキー一家だもんね。

 ものごころついたときから、彩夢は重子のご近所の友達だった。幼稚園から中学校までが同じで、名前は可愛いけど彩夢ちゃんって顔は可愛くないよね、重子ちゃんと名前を取り換えたらいいのに、と誰彼からとなく言われた。

 学力がちがったので高校は別々になり、それでも重子と彩夢は時々は会って話をした。なのだから、互いの人生についても知り尽くしている。

 高校を中退してしまった彩夢は、近くの市場の八百屋で働くようになる。流行っている大きな八百屋なので店員の数も多く、若者も大勢働いていた。彩夢は同じ高校中退の三千弥とできちゃった結婚をした。彩夢の親は反対したので、重子の両親が説得してやったものだ。できちゃったんだから、結婚させるのが一番だよ、と。

 二十歳で結婚した彩夢と三千弥の夫婦は、彩夢の両親と同居していたから、それからだって重子とは交流が続いた。重子は短大を卒業して銀行に就職し、二十五歳で結婚した。当時、すでに幼稚園児だった二千翔は、やがて生まれた重子夫婦の娘、さやかの子守りもしてくれた。

 二千翔が高校生になった年、さやかは十歳。二千翔のほうはさやかにかまいたがったが、あんな不細工なおっさんには近寄ってほしくない、とさやかは言い放ち、二千翔を苦笑させていた。

「ごめんね、二千翔くん。さやかったらひどいんだよね。さやか、二千翔くんにあやまりなさい」
「ごめーん。でもさ、だって、ほんとのことだもん」
「本当のことだからってなんでも言ったらいけないの」

 お母さんだって、二千翔がこうなったのはあの両親の子だからよ、とは言わないでしょ、と重子は心でつけ足した。
 あのころまでは優越感を抱いていられて、重子の心は平穏だったのだ。

 エリート銀行員の夫と、重子とさやかは実家からほど近いマンションで暮らしている。夫の収入はいいほうなので、重子は専業主婦だ。今どきは裕福な専業主婦がもっとも勝ち組なのである。

 八百屋の店員夫婦の彩夢たちは、子どもを彩夢の両親に預けて共働き。いつまでたっても彩夢の両親と同居しているせいか、三千弥は年々やせていく。それに引き換え、彩夢はどっしりと太ってとうてい重子と同い年になど見えない、押しも押されもせぬおばさんだ。

 夫の両親は外国暮らしなので、重子には義理親の苦労もない。二年に一度くらいは親が帰国したり、重子たちが親のもとに遊びにいったりするだけなので、もめごともなく平和だった。

 子どもはひとりずつだから同じだが、できがちがいすぎる。二千翔は工業高校に通っているものの、アニメと漫画にしか興味のないオタク。さやかは中学受験をするために、勉学に励んでいる。小学校の先生からも、さやかちゃんだったら志望校に合格間違いなしと太鼓判を押されていた。

 やっぱりね、生まれつきできがちがうんだし、こうなるのも当然よね。重子は彩夢とわが身を比べては満悦する。重子はダイエットにも気を使い、エステに通ったりもしているので太らない。重子の夫も身ぎれいにしていて、若く見える。重子と彩夢と三千弥が同い年で、重子の夫は四歳年上なのだが、彩夢ばかりが中年に見えていた。

「重子ちゃん、これ、見て」
「なあに?」

 中学校から大学院まで完備している女子校に、さやかが無事に合格して通いはじめ、高校に進学した春、彩夢が重子に漫画雑誌を手渡した。

「面白いペンネームでしょ」
「亀波? カメナミって読むの?」
「カメハメハだって」
「カメハだったらわかるけど、カメハメハなんて読めないじゃないのよ。これがどうかしたの?」
「そのカメハメハって、うちの息子なんだよ」
「二千翔くん?」
「そうなの。その雑誌で新人賞を受賞してデビューしたのよ。近いうちに単行本も出るんだよ」
「そ、そう。おめでとう。よかったね」
「まあね、漫画家なんてどういうものだか、私にはよくわからないけど、ニートやひきこもりよりはいいだろって父さんとも言ってるの」

 かすかに胸がざわめいたあのときから、彩夢と重子の力関係が逆転していったのかもしれない。

 カメハメハの描いた漫画「モエルおたく道」が爆発的に売れ、コミックスとしては前代未聞の大ベストセラーになった。映画化もテレビ化もなされ、あれよあれよという間に二千翔、いや、カメハメハは漫画家の大先生になってしまった。

「引っ越すことになったのよ。重子ちゃんとはずっと近くにいたのに、離れてしまうのは寂しいわ」
「あ、そうなの。どちらにお引っ越し?」
「二千翔が二軒、家を建ててくれたの。二千翔は億ションっていうのか、タワーマンション? そういうマンションでひとり暮らししてるんだけど、おじいちゃんおばあちゃんとお父さんお母さんにって、二軒も豪邸を建ててくれたのよ。そんなには遠くないから、重子ちゃんもぜひ遊びに来てね」
「ええ、ありがとう」

 ひょうきんな持ち味がもてはやされ、二千翔はテレビにまで出ている。高校時代にはさやかに不細工なおっさんと言われていた二千翔は、そうなるとあかぬけてかっこよくなり、芸術家然として見えるようになった。

 時に、二千翔は二十三歳、さやかは十七歳。

「さやか、学校から電話がかかってきたのよ。昨日、学校に行かなかったんだって? なにかあったの? いじめられたりしてるんじゃないの?」
「ガキじゃあるまいし、イジメなんかないよ」
「ガキって、そんな言葉を使うもんじゃないわよ」
「なんにもないから大丈夫。昨日は電車の中で気分が悪くなったから、ちょっとさぼっただけだよ」
「さぼりは駄目よ」

 わかったわかった、とうるさそうに言っていたさやかは、それからちょくちょく学校をさぼるようになった。名門女子校なのだから教師もきっちりしていて、さやかが休むたびに電話がかかってくる。ついに重子はさやかを問い詰めた。

「学校、つまんないんだよ。私には合わないの」
「だから、苛められてるとかじゃないの?」
「いじめられはしない。無視だったらされるけどね。だからさ、学校はやめたいの」
「やめるって、そんなことを軽々しく言うものじゃないわよ」
「軽々しく言ってない。私だってよくよく考えたよ」

 幾度も幾度も、さやかの父親もまじえて家族会議をした。重子の両親もさやかに話してくれ、さやかの父方の祖父母も帰国してさやかに意見をしてくれた。だが、さやかは頑として、中退したいとの意思を覆さなかった。

「彼と同棲するって決めたから。反対したって聞かないから、家は出るね」
「同棲? 彼氏がいるの?」
「いるよ。当たり前じゃん。ママは私がもてないとでも思ってるの? 私、おじさんにだってお兄さんにだってもてもてだよ。エンコーだってしてたんだから」
「さ……や……か……」
 
 あやうく気絶しかけた重子に、さやかは爽やかに微笑んだ。

「エンコーは二回だけだし、それだけでやめたから心配しないで。エンコーなんかしたら駄目だ、って諭してくれた、クラブの黒服のお兄さんとつきあうようになって、本気になったの。同棲して、さやかが二十歳になったら結婚しようって約束したんだから大丈夫だからね」
「なにが、どこが大丈夫よっ?!」

 ママはあんたをそんな娘に育てた覚えはありませんっ!! ヒステリックに叫ぶ重子を、娘はクールに見つめる。さやかの爽やかな微笑は消えなかった。

「まあね、ひきこもりやニートよりはいいんじゃない?」

 なにかにすがりたくて、重子は彩夢の新居に訪ねていった。誰がそんなところに行きたいもんか、豪邸なんか見たくもないよ、と思っていたのだが、彩夢ならばさやかを幼いころから知っている。娘だけではなく、重子のことも幼いころからよく知っている友達なのだった。

「私だって高校を中退してできちゃった結婚をして、ろくでもない息子に悩まされてきたけど、今では息子は立派な漫画家だよ。私たちはそれでも働きたいから、八百屋をすることにしたの。それも二千翔が協力してくれて、デパートの中に店が出せるんだ。今度は店員じゃなくてオーナーだよ。最初はいっぱい苦労もしたけど、息子のおかげでこうなれたんだもの。さやかちゃんだっていいほうにころぶかもしれない。学校だけが人生じゃないよっ!! ものは考えようだよっ」

 彩夢に言われると説得力はあるのだが、なにがどうまちがって、彼我の人生がこんなふうになってしまったのかと考えると、重子は呆然としてしまう。

 いずれアヤメか、カキツバタ。
 この慣用句は、甲乙つけがたい美女に対して用いられるはず。ちょっとずれているのかもしれないが、重子も言いたい。いずれ彩夢か重子花……昔は重子のほうがはるかに上だったはずなのに、なにがどう狂って、彩夢と重子が逆転してしまったのだろうか。

END







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