ショートストーリィ(しりとり小説)

172「天下無敵ラヴ」

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しりとり小説

172「天下無敵ラヴ」

 才色兼備の女子アナ。興梠光信は、大学時代の一年先輩である瀬田真織の悩みを熱心に聴いていた。

 同窓会というのでもないが、時々集まって飲み会を開く。ウィンタースポーツサークルだから、冬以外は学生時代にも飲み会ばかりやっていた。卒業してもOBやOGの結束は強くて、派手な職業に就いた先輩たちもけっこう参加している。その中でもいちばん華やかなのはやはり真織だった。

「まーた告白されちゃったんだ。私は二股してるんだよ、って冗談っぽく正直に言ったのに、三股でもいいから俺も混ぜてくれ、だって。困っちゃうんだよね」
「マオちゃん、ほんと、もてるよね」
「当たり前じゃん」
「もてないほうがおかしいっての」

 口を入れる他のメンバーたちのようには、光信にはできない。

 大学に入学した光信が、こんなサークルは僕には向かないかな、お金がかかるかな、と迷いながらも入部したウィンタースポーツサークル。スキーやスノボが中心ではあったが、近場のスケート場に行ったりするのだったらさほどにお金はかからなかった。

 向かなくてもいいから入りたいと光信が思ったのは、二年生ながらにサークルではすでに中心人物だった真織のそばにいたかったからだ。美人でプロポーションもよく、法学部の優等生。父親は外交官で真織は帰国子女、英語は当然、ドイツ語とロシア語が堪能で、スキーはプロ級の真織。

 今どきはスノボのほうが流行る? スノボなんて遊びじゃん、と笑っている真織を、光信はいつも熱く見つめていた。

 美人であるというだけで、女性は同性の嫉妬を浴びるものだと聞く。しかし、真織は周囲の女子学生たちとレベルがちがいすぎたのか。お嬢さまやお坊ちゃまもうじゃうじゃいる大学でも、真織は嫉妬よりは羨望のまなざしを向けられていた。男子たちは恋人になりたいというよりもファンを自任し、女子もファンクラブに入りたがった。

 難関試験を突破してテレビ局に就職して三年、二十五歳になった真織は美貌と才覚とで人気者になりつつある。サッカー選手とプロ野球選手との二股交際をしているところに、近頃脚光を浴びているラグビー選手からも告白されたのだと悩んでいるらしい。

「はぁ、飲み過ぎた。明日も仕事なんだよ。帰るわ」
「真織ちゃん、送っていこうか」
「男は駄目。私たちが送っていこうか」
「真織先輩、私に送らせて」
「男は駄目って差別じゃないかよ。じゃぁ、僕ら三人で送っていくよ」

 誰が送っていくかで言い争っている同窓生たちを無視して、真織はなぜか光信を指さした。

「キミ、誰だっけ?」
「興梠です」
「コオロギ? ロギくんか。ロギくん、送っていって」

 席を移動する者もいたので、押されて真織の真正面にすわっていた。そのせいだとしか思えないのだが、光信は心から偶然に感謝した。
 その夜はタクシーで真織を送っていっただけだったが、お礼のしるしなのか、電話番号とケータイのメールアドレスは教えてくれた。コオロギという珍しい姓なのも手伝って、真織は光信をしっかり記憶してくれていた。

「ロギくん、今夜は暇なんだ。あそぼ」

 バブル時代のアッシーとかメッシーとかいうやつか? 真織からメールをもらったときには一瞬、そう思ったが、光信は車は持っていない。タクシーを使ってもアッシーだったらやる。メッシーは食事をおごればいいのだろう。真織とデートのようなことができるのならば、なんだってやるつもりだった。

「ロギくんってなんの仕事? 聞いたっけ?」
「いえ、言ってません。僕は製薬関係の業界紙記者です」
「新聞記者なの?」
「業界紙ですから、そんなに忙しくはないんですけどね」
「薬か。そしたらさ、TW製薬の新薬開発情報って入ってくる?」
「入ってくるかもしれませんが、僕は下っ端ですし、もしも知れたとしても情報は漏らせませんから……」
「そんなのあったりまえじゃん。キミにスパイしろなんて言ってねえんだよ」
「あ、すみませんっ!!」

 時として真織の口から出る男言葉も、光信には最高に魅力的だった。
 すべてが魅力的ではあるのだが、ふとしたおりに見せる意外な仕草や言動。祖母が華族階級出身なのだそうで、古風というのか大時代的というのか、そんな所作もたまらなく美しく見えた。

「ああ、このひと、知ってるよ。ガキのころにうちに遊びにきて、お年玉をもらったことがある」

 一ヶ月に一度くらい、真織のほうから誘いがかかる。光信が思い切ってデートに誘うと、忙しいからごめんね、とハートつきの断りメールが届く。光信には誘いを待つしかなかった。

 そうしてデートしていると、高名な画家が祖母の友達だと言ったりする。映画に連れていかれて代金は? と尋ねると、この監督、親父の飲みトモなんだよ。チケットなんかいくらでももらえるから、と言う。隠れ家的バーに連れていかれても、マダムとため口をきいていたりする。あのマダム、遠い親戚なんだ、などと言う。

 なのだから、アッシーでもメッシーでもない。たいていの店は顔パスで、お金? いいのいいの、である。展覧会や映画もチケットを持っていて、光信には払わせないのだった。

「マオちゃん、僕はまったく払ってないから気が引けるんだよね。レンタカーでドライブでもしない? そのときには今までのお礼の意味で、全部僕が払うから」

 敬語はやめろ、マオちゃんと呼べ、と命令されて、光信も従うようになった。一ヶ月に一度ほどは会う関係が続いて約一年が経過していた。

「んなしょぼいの、いらねぇって。ロギくんは気にしなくていいのよ」
「でも……。マオちゃん、彼氏は……」
「去年だったよね。プロスポーツ選手三人につきあってほしいって告白されて、めんどくさいから全部つきあったの。そしたら三人ともがプロポーズしてきたから、めんどくさくなって三人とも断った。マオちゃん、彼氏と別れたんだって? とか言って近づいてきたのが、お笑いの……それから、俳優の……あと、キャスターの……」
「マオちゃん、いつも複数同時進行だよね」
「今まではそうだったけど、なんだかなぁ、ほんと、面倒になってきたよ。私がフリーになると男がほっとかないんだもん」

 面倒だとは光信は決して思わないが、惨めな気分になってきた。
 彼女は光信のことを可愛い後輩だとしか思っていないのだろう。女の子はめんどくさいから、と理由も聞いた。だから男の光信を誘い、金銭的負担を与えないで遊んでくれる。大人同士の遊びではなく学生のままのノリだ。

「僕ももう二十五の大人のつもりなんだけどな……マオちゃんは僕を男として見てはいないの?」
「男? だよね? そか、ロギくんも私と寝たいんだ。だったら行こうか。ホテルカメリアだったら親父の友達が……それとも、私のマンションでもいいよ」
「ホテル代は僕に出させて」
「そぉ?」

 不思議そうな顔をした真織との初体験。その勢いで翌朝にはプロポーズした。

「はぁ? ロギくんが私と結婚したいって?」
「身の程知らずかな、もちろん、断ってもらってもいいんだけど……」
「面白いね。いいかもね」

 スムーズにことが運んだのは意外だったのだが、真織はうなずいてくれた。真織の両親や親せきも、堅実な男性だからいいんじゃないの? 大学時代からの友達と結婚するのはいいことだね、と言ってくれた。むしろ光信の両親のほうが腰が引けていたのだが、真織さんがいいと言うんだったら……と結局は受け入れてくれた。

 なのだから、覚悟は決めていた。

「興梠さん、出てましたね」
「なにが?」
「とぼけちゃって」

 その昔、民放の女子アナには二十五歳定年説があった。そのせいか女子アナは旬の時期に、いい獲物をつかまえて結婚退職してしまう。政治家二世、実業家、俳優、スポーツ選手、料理家、小説家、弁護士や医者。そういった社会的地位も収入も上等な男と結婚して主婦になった女もよくいた。

 二十五歳定年説は影を潜めてはいるものの、女子アナは若さが生命線だ。真織は結婚と同時に局を辞してフリーになり、妊娠出産の時期にはほとんど仕事もしていなかった。

 ふたりの娘ができ、長女が小学生、次女が幼稚園児になった昨年から、真織はぼちぼち仕事を復活させている。今年は世界的な映画祭の仕事を引き受けて、目下はその準備で忙しいようだ。子どもたちはほぼ真織の親の家で暮らしていて、幼稚園や小学校から直接車で送迎してもらっている。

 父親の光信は仕事を終えると真織の実家に行って子どもたちと触れ合い、休みの日には遊園地に連れていったりする。もうじきに真織は海外に発つので、しばらくはともに単身赴任予定だった。

「とぼけちゃってるということは、あれは嘘なのかな。そうですよね。いくらなんでもあんな年寄りと」
「ああ、あれね」
 
 つい先日、週刊誌にスキャンダルが載った。興梠真織、大物俳優のJと深夜の密会?! 

「そうですよね」
「そうだね」

 女性の部下に質問されたことについては、ただとぼけておいた。が、こんなことは今までにだって何度も何度もあったのだ。

「久しぶりに仕事をしたら疲れちゃったよ。パパ、マッサージして」
「ああ、いいよ」

 長女が一歳になり、次女を妊娠するまでのわずかな時期に、真織は頼まれて新装開店したレストランのリポートという仕事をした。長女はベビーシッターに預け、光信が帰宅してからはベビーシッターを帰らせてふたりで留守番していたのだった。帰ってきた真織はシャワーを浴び、光信にマッサージさせながら言った。

「久しぶりに他の男とキスしたわぁ」
「……あ、そ、そう」
「キスだけだよ。心配しないで」

 プロデューサーに口説かれた、人妻になると色っぽさが増したね、いっぺんだけどう? と言われたけど断った。あんなハゲオヤジ、嫌いだもんね。でも、レストランのオーナーは渋い二枚目で、こっちからキスしちゃったんだ。彼も嬉しそうに抱きしめてくれて、ディープキスまでしちゃった。

 楽し気に話す真織に相槌を打ちつつ、このひとは常人とは倫理観がちがうんだから、僕が譲歩するしかないと光信はおのれに言い聞かせていた。

 次女の妊娠中にも一度だけ仕事をし、スポンサーとホテルに行ったらしき痕跡を光信が見つけた。

「妊娠してるのにそれは……」
「妊娠していたら他の男の子はできないからちょうどいいって。嘘だよ。なんにもしてないよ」

 そちらのほうが嘘だとは思ったのだが、遊びだったら許すしかなかった。

 その調子で、仕事を復活してからの真織はちょくちょく遊んでいる。三十代になって若さに翳りは出てきているものの、男たちは真織に人妻の色気を感じるようで、いっそう彼女はもてる。光信としても魅力的な妻は嬉しいのだから、他の男に本気になって離婚すると言い出さなかったらよしとしよう。

「あれ、ほんとみたいじゃないですか」
「いいからさ、あなたに関係ないでしょ」
「興梠さんは腹が立たないんですか」

 明日には真織が帰国するという日、再び俳優と真織のスキャンダルが出た。ワイドショーも取り上げていたので、真織の母親も見たかもしれない。真織はいつもうまくやっているので、世間に名前が出るのははじめてだ。今度ばかりは母親が諌めてくれると決め込んで、光信としてはまかせるつもりだった。

「奥さんが浮気するなんて最低」
「だから、あなたには関係ないでしょうに」

 部下の女性が怒っている。彼女は独身で彼氏もいないと言っていた。たしかに、もてそうにはないタイプだ。すると、マオちゃんがうらやましいのかな? そこまで言うと部下がいっそう怒りそうなので、光信はその場を離れた。

 それよりも、今夜には真織に会える。娘たちもママが帰ってくるのを楽しみにしているだろうから、迎えにいって連れて帰ってこなくちゃ。マオちゃん、ちょっとくらいの遊びはいいけど、娘たちの前でだけはいい母の顔をしていてね、とは、真織の母親が言ってくれるだろうからおまかせしよう。

次は「ヴ」です。








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~ Comment ~

NoTitle

プロ野球とかこういう集まりがありますよね。
スポーツバーというか、巨人ファンのバーとか、半身ファンの居酒屋とか。
そういうので集まるのはいいなあ。
・・・とか楽しそうだなあ。。。
・・・ということを感じますね。
こういう時は酔っていて、どんなこともできるような心境になりますよね。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

こちら大阪にはハンシンびいき店、たくさんあります。
そういう店には入ったことはないのですが、行ってみたいような、怖いような。

そういえばサッカーワールドカップのときに、スポーツバーで盛り上がった相手が……みたいなエピソードを映画で見ました。
男性のほうはそんなことは忘れてしまっていて、女性のほうは、一瞬でもとても楽しかった思い出として抱いている、という。
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