ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS雨の物語「時雨茶屋」

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フォレストシンガーズ

雨の物語

「時雨茶屋」

「通りすがりのしもた屋に「小唄教えます」との小さな看板がかかっていた。高杉晋作といえば有名な小唄があったのではなかったか? シンガーとしては「歌」のすべてに関心があるので、真次郎はその家の玄関チャイムを押した。

「あら……えーっと……」
「あ、あの、本橋真次郎です」
「そうですよね。フォレストシンガーズの?」
「そうです」

 部屋に通してくれた三十代くらいの和服の女性は、フォレストシンガーズを知っていた。

「最近は歌手もドラマに出ないといけないみたいな風潮なんですよね。高杉晋作をやってほしいってオファーがありまして」
「高杉晋作? 本橋さんだったら坂本龍馬のほうが似合いそう」
「龍馬はもっと似合う奴がいますけどね」

 フォレストシンガーズは知っていても、坂本龍馬と同郷で龍馬に似ていると言われ、本人はやめろと言うものの、まんざらでもなさそうな奴のことは、彼女は知らないだろう。だから真次郎は別のことを言った。

「高杉にも有名な小唄がありますよね?」
「三千世界の烏を殺し、ぬしと朝寝がしてみたい」
「そうそう、それ」
「これは小唄じゃなくて都都逸ですけど、高杉が詠んだのかしら。馬関の芸者あたりが口ずさんだのかもしれませんね」
「ああ、そうなんですか」

 小唄と都都逸のちがいなど、真次郎にはわからない。ただ、宇多と名乗った小唄の先生に、時間のあるときに手ほどきしてもらう約束をした。

「三味線ですよね」
「小唄三味線です。本橋さん、心得は?」
「ゼロです。俺はピアノとギターだけです」
「音楽家なんですもの。すこし練習すれば弾けますよ」
「そうかなぁ」

 時間があれば、というのは真次郎のだ。宇多は多忙な身でもないようで、いつも和服姿でゆったり微笑んでいる。逆行した時代の中にいる昭和の女……大正の女? 宇多にはそんな風情がある。

 手取り足取り、みたいに、宇多は真次郎に三味線も小唄も教えてくれた。真次郎も熱心に通う。高杉晋作に端を発した習い事だったが、スケジュールを合わせにくかったのもあり、宇多が似合わないと笑ったのもありで、オファーは断った。仕事とは無関係になっても小唄をやめる気はなかった。

「この家も古くなってきたから、修繕しなくちゃいけないんですけど、お金がね」
「古いのがいい感じの家ですけどね、築何年なんですか?」
「五十年くらいになるかしら。昭和の時代には料理屋だったんですよ。私は芸者だったから、奥のお座敷で仕事をさせてもらっていたの」
「昭和の時代に芸者って、宇多さん、そんな年じゃないでしょ」
「私、六十八よ」
「嘘ばっかり」

 稽古がすめばお茶を飲んで、世間話もするようになった。

「宇多さん、ほんとは何歳ですか」
「本橋さんよりは年上」
「俺、三十六ですよ。俺より年上には見えないな」
「だから言ってるでしょ。六十八だって」
「嘘がすぎますよ」

 だんだん腹が立ってきた。落ち着いて考えれば腹を立てる筋ではない。女性にはっきり年齢を言えと迫る俺が野暮なのだ。宇多が何歳であっても真次郎には無関係なのに。

「年を多くサバを読む女性はいないはずだけど、四十くらいにはなってるんですか」
「六十八よ。昭和生まれだもの」
「俺だって昭和生まれですよ。宇多さん、正直に言って下さい」
「いやです」

 何度もそんな会話を繰り返し、何度もはぐらかされ、言えよ、いやだ、と言葉遣いも崩れていく。ふと気がつくと、宇多は真次郎の腕の中にいた。

「俺には妻がいるんだけど……」
「知ってるわ。一度だけね」

 一度だけ、ふたりは思いを遂げた。
 その夜、真次郎が宇多におさらいをしてもらっていたのはこんな小唄。

「ひとりの人に 二夜とは
 契らぬものと思えども
 残る未練の朝時雨
 濡らす葦辺の芝木戸や
 その名も粋な 時雨茶屋」」

 おい、おいおいおいっ、香川厚樹!! 怒鳴りそうになって、俺は彼に手渡された用紙の束を閉じた。

「なんだ、これは」
「いやぁ、いっぺん、古風な小唄の師匠の不倫恋愛小説なんか書いてみたくてね」
「なんで相手役が本橋真次郎なんだ。俺がおまえのオファーを断った腹いせか」
「あれぇ? 駄目でした? 本橋さん、喜んでくれるかと思ったんだけどな」
「……誰がっ!!」
「そうですか。原稿はパソコンに残ってますから、本橋真次郎って名前を変換したら、本橋さんではなくなりますよ。誰にしようかな。本庄繁之とか……いや、失礼」

 言っておいて香川はくっくと笑っている。本庄繁之……似合わない。俺だって似合わないが、シゲはもっと似合わない。乾隆也だったら似合いそうだが、あいつは独身なので不倫にならない。宇多に夫がいれば不倫になるのか?

「馬鹿らしい。架空の男にしろ」
「そうですかぁ? 実在の男のほうが、書いてて楽しいんだけどな」
「小唄の師匠は実在の女なのか?」
「そうだとしたら、本橋さん、会いたいですか」
「え……」

 大学の後輩である香川厚樹は、映研のメンバーとして在学中に俺たちに接触してきた。こっちはすでにフォレストシンガーズとしてデビューしていたものの、最悪に売れない時期だった。

 そこで知り合った香川とはけっこう長いつきあいになる。現在の香川はアニメを主に扱っている映像会社で働いていて、個人的にもショートフィルムを撮ったりもしている。フォレストシンガーズも被写体になったし、麻田洋介と戸蔵イッセイを使ったリメイク映画の撮影もしている。

「本橋さん、高杉晋作、やりません?」
「映画か?」

 このオファーだけは事実だ。スケジュールが合わない、俺には役者をやりたいって気はない、高杉だったら章のほうが似合うぜ、俺もそんなのやりたくない、というようないきさつもあって断った。

 素直に引きさがったくせに、それをネタにこんな小説を書くとは、香川はとんでもない奴だ。俺をおもちゃにして遊ぶな。
 しかし、このシチュエィションには引き込まれた。過度に怒ってしまったのは、こういうのもいいかもな、とよろめきそうになったからだ。いや、精神的にだけだが。

「で、宇多って本当は何歳なんだ?」
「へ?」

 いや、いいよっ、と俺は自分で自分を遮った。

「本橋真次郎バージョンは破棄しろよ」
「わかりました。先輩に迷惑はかけないように書きます」
「ああ、そうしろ」

 書くのは自由なのだから、そこまでは止められない。
 香川をカフェに残して外に出ると、こういうのが時雨なんだな、って感じの雨が降っていた。あの角を曲がれば、宇多という名の色っぽい女が小唄教室を開いている家がある。

 そんな錯覚に包まれそうな、梅雨どきの細かい雨。

END









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NoTitle

小説はなるべく実名、、、という気持ちは分かりますね。
その方が書いていて感情的になりますからね。
ノンフィクションかフィクションかは後に決めていいですからね。
キャラクターを作って感情を入れるのは時間がかかりますからね。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。
私は嘘ばっかり書くのが好きですから、実名小説はあまりピンと来ないのですが。

キャラクター作りは楽しいですが、あまりにキャラが増えている私の現状では、もはや新しいキャラはあまり湧いてこなくて、ワンパターンになってしまいます。
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