ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS雨の物語「梅雨寒」

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フォレストシンガーズ

雨の物語

「梅雨寒」

 どうして俺はこがなところにおるんろう?
 
 何度かはこんな席にも加わったのだが、いっかな慣れない。いつだってそんな気分がつきまとう。フォレストシンガーズの面々は女性たちに取り巻かれてサインをしているようで、俺は遠くから彼らを眺めている。長身の痩せた女たち、今日のイベントに出ていたモデルたちらしい。

「ヒデさん、知ってます?」
「ああ、モモちゃん。知ってるってなにを?」
「うちの社長、鋼さんを誘惑しようとしてるんですよ」
「ゆ、う、わ、く?」

 鋼とは俺の弟である。高知在住二十八歳、独身。モモちゃんのいううちの社長とは、オフィス・ヤマザキの山崎敦夫。六十代のはず。初老の男が三十近い男を誘惑……よく考えたら、もしかして、と思い当った。

「もしかしたらもしかして、鋼に歌手になれってか?」
「当たり。ヒデさんは鋭いんですね」

 ファッションと歌のイベントには、フォレストシンガーズもモモクリも出演していた。山崎社長には俺も歌手になれと誘惑されたことがあるのだが、そっちは断った。ただし、歌を書いてくれとの依頼なら受ける。今回も俺の書いた曲がイベントで使われたので、打ち上げの席にも呼んでもらったのだった。

「鋭いっていうか、俺も経験ありだからな。俺は鋼には聞いてないけど、あいつが歌手ってのは無理だろ」
「モモちゃん、鋼さんにそれとなく聞いてみてくれって、社長に頼まれたんですけどね」
「聞いたのか?」
「聞いてません。別の話になっちゃったから」
「それでいいだろ。鋼が歌手って……いや、あいつがやりたいんだったらいいんだけどな」

 大学生のときに本橋さんと乾さんに誘ってもらって、フォレストシンガーズに加えてもらった。なのだから、俺はそのころには歌手になりたかった。女の奸計にはまったのかもしれない結婚をして夢が破れた俺が、山崎さんからの鋼の誘惑を強く反対すると、嫉妬しているのかと思われそうだ。

 考えてみたらそれもいいかもしれない。最近は早熟なタレントも多いが、意外に遅咲きの歌手や俳優もいる。三十路間近でデビューとは年を取りすぎているような気もするが、鋼は顔も声もいいし、歌だって下手ではないのだから。鋼は作詞も作曲もできないはずだから、俺が作ってやってもいいしな、なんて気の早いことを考えてもいた。

 イベントは戸外だったから、打ち上げも野外パーティのような形だ。梅雨の近い六月の夜、夜気は湿って感じられた。
 数日後、鋼に電話をかけた。

「鋼、デビューすんのか?」
「はぁ?」

 結婚式には妹も弟も出席してくれたが、そのあとは完全に家族とは音信不通にしていた。離婚してからは俺のほうから連絡を絶ち、俺はほうぼうを放浪していたから、住所不定のようなものだった。

 最近になってようやく、弟や妹とは電話でなら話すようになった。妹は福岡で夫とふたり暮らし、弟は実家暮らし。両親には婚約者を家に連れていって会ったが、あのときには鋼はいなかったから、何年顔を合わせていないのだろうか。俺の結婚生活はざっと三年、あれからざっと八年……十年以上、鋼とは会っていない。

 妹の美咲が写真を送ってくれたので、大人になった鋼がどんな男なのかは知っている。俺とは会っていないのに、鋼は幸生や章とは会っていて、ヒデさんに似ていい男だね、と幸生が言っていた。モモちゃんも、鋼さんはかっこいいと言っていた。

 なので、電話をかけるのはそれほど気が重くもない。鋼はどこにいるのか知らないが、携帯に出た。親父と俺と弟と、三人の声が似ていると美咲が言っていた通りだ。妹とならば無駄話もするが、弟とは、元気か? もなく、単刀直入に質問した。デビューするのか?

「せんよ」
「せんのか?」
「ガラやないきに」
「たしかに、ガラやないな」
「そうじゃろ? そんなもん、俺は興味ないちや」

 モロ土佐弁で話す相手は家族だけ。今の俺は土佐弁と神戸弁と標準語がまぜこぜになった変な言葉遣いだが、弟とだったらこんなふうになる。

「それよりなぁ……」
「なんちや? 恋の悩みか」
「……おまえに言うてもしようがないきに」
「おまえとはなんちや」
「おまえはおまえじゃ」

 ガキのころみたいに下らない口争いをして、鋼は電話を切ってしまった。

 なんとなく、ほっとしている。
 弟が歌手になって、俺と似た声で歌ってヒットして、スターになる。そんな想像をすると気分が良くない。小笠原鋼……どんな芸名をつけるのかは知らないが、あいつの兄貴はもとフォレストシンガーズの小笠原英彦だってよ、なんて噂されたくない。

 兄貴は未練たらしく音楽にしがみついて、フォレストシンガーズのお情けで稼いでいる……言われたくないのは事実だからか? 俺がフォレストシンガーズとはなんの関わりもなかったとしたら、臨時収入もありゃしないのだし、三津葉と知り合って婚約するなんて幸運もやってこなかっただろうし。

「……ちゃっちゃいな」

 おのれの小ささを嫌悪するこんな夜。
 梅雨入りして間もない六月の、今夜は雨。俺はちっちゃいな、と思うと、夜気がつめたい。梅雨寒ってこんなふうなのを言うんだろうか。

END








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~ Comment ~

NoTitle

まあ、やる気がなくては歌手はできないですからね。
コンディションを保つのが難しいですからね。
歌を本業にするって本当にお辛し仕事だと思いますねえ。。。
覚悟と決意。
それがあっても成功しないかもしれない。
そんな因果な仕事ですからね。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

俺、どうでもいいんだ。
歌手になれって言われたからなったけど、売れなくてもいいし。
なーんてポーズの歌手はいるかもしれませんが、そんな姿勢だと売れたいのに売れない人を激怒させそうですね。
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