ショートストーリィ(しりとり小説)

171「あなたのすべて」

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しりとり小説171

「あなたのすべて」

 正社員になれないのは学歴のせいなのだろう。悔しいけれど、高校二年生の年に母親が病気になってしまって父親に見捨てられ、常太郎が高校を中退して働くしかなくなってしまったのだから仕方ない。高校中退でも雇ってくれる会社があり、準社員という形で工場で働けるのはありがたかった。

「だから、結婚は諦めてるけどね」
「諦めなくてもいいんじゃない? 好きなひとはいないの?」
「いないし、女性を好きになったりはしないようにしてるんだ」
「そんなの寂しいでしょ」
「寂しいけどね」

 だから、趣味のひとつくらいは持ちたかった。ここならば年配者が多いから、という理由もあり、お金がかからないから、もあって選んだ市民ハイキングサークル。若者は少ないが皆無でもなく、三十歳になったばかりの常太郎よりひとつ年下の浅子と親しくなった。

「正社員じゃないっていうのは結婚のネックになるかもしれないけど、努力したらなれないの?」
「正社員登用試験はあるんだけど、高卒以上っていう資格が必要なんだよ」
「そっかぁ……うん、そうね」

 かなり太っているが、浅子は体力がある。山歩きに参加して常太郎が先にばてると、手を引っ張ってくれたり荷物を持ってくれたりもした。

「私はこんな体型だから、男のひとには敬遠されるみたい。それでも、彼氏はいたことがあるんだよ。私からプロポーズしたんだけど、彼のお母さんに反対されちゃった。強すぎるって」
「強い女性はかっこいいのにね」
「そうでしょう? だったら常太郎さん、私と結婚しない?」

 親しくなったといっても友達で、だからこそこうしてふたりで食事にくるようになったのだと常太郎は嬉しく感じていた。恋人がほしくてサークルに参加したのではない。年配者たちは独身の常太郎にお節介を焼きたがるが、彼の年収と準社員の身分を知ると、女性を紹介するとは言わなくなるのだった。

「冗談でしょ」
「冗談では言わないよ。私ね、思うの」

 ナウい女って結婚してて子どももいて、もちろん仕事もやって、夫の稼ぎがよくなかったら養うくらいの勢いでいなくちゃ。それがこれからのかっこいい女だよ、と浅子は大まじめに言った。

「僕は奥さんに養ってほしくはないけどね」
「それはまあいいんだけど、私は常太郎さんの年収なんか全然気にしないの。私だって働くんだから、ふたり合わせたら生活はしていけるでしょ。常太郎さん、家事はやれるよね」
「できなくはないよ」
「私だって家事もやるよ。だけど、仕事もするんだから専業主婦ほどはできない。家事の分担も決められたらいいな。そういうことはいやだって言う男性もよくいるんだけど、常太郎さんなら受け入れてくれられない?」
「いいよ。浅子さん、本気?」
「本気だよ」

 当時の浅子はさほどに大きくはない会社の事務員だったから、大言壮語しているといえたかもしれない。けれど、常太郎はやはり家庭がほしかった。子どもだってほしかった。

「結婚して下さい」
「あらぁ、常太郎さんがプロポーズしてくれた。はい、結婚しましょう」

 あのときの浅子の輝く笑顔は、一生忘れないだろう。
 
 結婚してからは夫婦ふたりで、がんばって上昇していった。常太郎は通信教育で高校卒業資格を得、会社の昇格試験を受けて三十三歳にして正社員になった。五十一歳の現在は工場の生産二課主任の地位についている。
 一方の浅子は四十歳で起業し、小さいながらも会社社長だ。常太郎に専務にならないかとの打診はあったのだが、妻の部下になるのは避けたいとのプライドゆえに断った。

 あまりに仕事にがんばりすぎたから、妊娠はしても出産には至らなかったのは夫婦ともどもに残念だが、浅子の両親も常太郎の母親も手厚い介護もしてもらえる有料老人ホームに入所させ、月に一度は夫婦そろって訪ねていける日々に幸せを感じていた。

 今日も浅子は遅くなるだろうから、ひとりで食事をして帰ろうか。仕事を定時で終えた常太郎は、行きつけの定食屋に足を向けた。勤務先からだと近いので、時たま若い社員に会う。今夜も生産四課の山崎と相席になった。

「主任は奥さん、いらっしゃるんですよね」
「いるよ。きみは独身?」
「独身を謳歌してます。結婚なんかしたくもないし……」

 高卒で給料が安いのは、二十代のころの常太郎もこの山崎も同様だろう。結婚したくない、が本音かどうかはわからないが、結婚はいいものだよ、と説教するつもりは常太郎にはなかった。

「奥さんは仕事ですか」
「仕事は仕事だけど、最近、新入社員が入ったんだよ。うちの奥さんは小さい会社を経営してるんだ」
「へぇぇ、すごいですね。いいの見つけたんだな」
 
 不躾な言い草ではあるが、常太郎も笑っておいた。

「それでね、胸の中に小さい雲があって、僕は小さい人間だなって自己嫌悪したりしてるんだよ」
「小さい雲?」

 焼き魚定食を食べながら、常太郎はうなずいた。
 
「峰さんっていう新入社員が入ったの」
「若い女性?」
「中年男性よ。彼、リストラされたんだって」
「それは気の毒に」

 一ヶ月ばかり前、浅子が常太郎に報告してくれた。

「昔の友達……っていうか、正直に言うね。あなたとつきあっていたころに話したことがあるでしょう? こんな私にもモトカレがひとりだけいるって」
「そうだっけ? ああ、浅子さんがプロポーズして、強すぎるからって断られたって彼?」
「強すぎるって反対したのは彼のお母さんだよ。そうそう、その彼。その彼なのよ」

 つまり、峰は浅子のモトカレで、人づてに聞いたのだそうだ。浅子さんの昔の彼、リストラされて奥さんにも離婚されて悲惨なことになってるよ、と。

「子どもさんはふたりいて、ふたりとも専門学校を出て就職しているらしいんだけど、峰さんもまだ五十代だから、引退してしまうには早いみたいなのね。もっと働きたいって言うから、うちに入社してもらったの」
「そっか……」

 事後承諾だったのは、常太郎は浅子の会社とは無関係なのだから当然かもしれなかった。

「へぇぇ、モトカレですか。なんか奥さん、やりたい放題ですね」
「そうかな」

 さらに無関係な山崎に話したくなったのは、小さい雲が常太郎の中でわだかまっていたからだった。

「奥さんって主任と同じような年なんですよね。ひとつ年下? 五十のばあさんか……にしたって、モトカレなんて気分よくないですよね。主任は許すんですか」
「許すもなにも、僕は妻を尊敬してるよ」
「なめられてるなぁ。怒ってもいいのに。そんなの離婚してもいいようなもんですよ」
「離婚なんかしないよ」
「主任、甘いですよ。俺は稼ぎもない女とは結婚したくない。専業主婦を養うなんてまっぴらだけど、そういういばった社長なんて女もいやだな。だから俺は結婚なんかしないんだ」

 まあ、きみは好きにしたら? 結婚しないというよりできないんだろうけどね、と常太郎は心でだけ反論した。

 この青年以下だった若き日の常太郎と友達になってくれ、恋人になり、結婚しようと彼女のほうから言い出してくれ、本当に結婚して妻になってくれた浅子。妻のおかげで常太郎の人生は、若いころに描いた未来図よりもはるかによいものになった。

 妻には感謝してもし切れない。リストラされたモトカレを雇ってあげ、最近は彼の元妻との交渉も手伝ってやっていて、それゆえに連夜帰宅が遅くなる妻を、尊敬していると山崎に話したのは嘘ではない。

 嘘では決してないけれど、心が完全に平穏だと言えばそれは嘘になる。まさか今さら、浅子がモトカレとどうこうなるとは思えないが、おおらかな心持ちにはなれないでいる。山崎に妻を悪しざまに言われて、どうしてこんな気持ちになるのか改めて考えてみた。

 愛しているから……浅子、僕はあなたを愛しているから……だから、こんな気持ちになるんだ。要するに嫉妬だね。そう結論づけると、ほんの一部だけは心の雲が晴れた。

次は「て」です。






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拍手コメントのSさんへ

コメントいただいていたのに、気がつくのが遅くてすみません。
ありがとうございます。

最初のコメント、うふふ。
ふたつめ。
似てますか~。

わりと淡々と書くように心がけていて、淡々しすぎるかな、と悩んだりもしているのです。
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