ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「ゑ」part2

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いろはの「ゑ」

「ゑひもせず」

 同業者、ギタリスト、とはいっても彼はスタジオミュージシャン、僕はバンドマンだから接点はあるようでいてそれほどでもない。友達でもないので結婚式にも招待はされなかったが、会ったときに言ってみた。

「種田くん、結婚したんだってね。おめでとう」
「ああ、レイ、ありがとう」

 僕らのバンド、レイラのメンバーは全員、国籍不詳のニックネームだけを名乗っている。僕の本名も知らないで、レイはレイでしかないと思っている、というよりも、あいつの本名はなんだっけ? などと意識もしていない人間が大半だろう。

「お祝いもしてなかったから、おごるよ」
「祝ってもらうほどでもないけどね」
「結婚ってめでたいんだろ」
「めでたいんだろうな」

 醒めたもの言いだ。
 それでも、酒をおごると申し出たのは断られなかった。種田は酒が好き。年のころなら三十くらいか。やや太目で背の低い男だが、彼はプロデュース方面にセンスがあるらしく、アイドルの売り出しに関わったりもして収入が多い。

 そのせいか、彼はもてる。世の中不公平なもので、女のほうが得だよな、と言う男もよくいるが、ルックスがよくない場合は断然、男のほうが得だ。

 敏腕プロデューサー、収入最高、という男も女もけっこういるが、たとえばあのアイドルグループを出世させた女性……彼女だってものすごく収入がいいはずだが、もてない。寄ってくるのは金目当ての男ばかりよ、と嘆いていた。

 気のもちようってやつもあるのかもしれない。男のほうがその点、割り切れるのかもしれない。男はこっちが好きだったら、女のほうは金目当てだったとしてもそれでもいいと思えるが、逆の場合は女のプライドが許さないだろうから。

 最近の若者はそうでもなくなっていると聞くが、性的、恋愛的には男と女はちがうよなぁ、と、僕も二十数年生きてきて実感するようになっていた。

 なんだか種田がつまらなそうなので、つまらなくなくなるようにと、妹のユイを呼び出すことにした。ロックギタリストの妹のくせして、ユイはロックが嫌いだと言う。男嫌いでもなさそうだが、二十歳をすぎても私はユニコーンが呼べるんだとイタイ台詞を言ってのける。すなわち、処女だってこと? 嘘だろぉ? とは僕も思うが、いくら兄でもたしかめられないわけで。

 ミュージシャンには面白い男は多いので、私は客寄せユイじゃない、と文句をつけながらも、ユイは僕の呼び出しに応じてくれる。今夜も仕事を終えて暇だったらしく、出てきてくれた。

「種田さん? はじめまして。ご結婚おめでとう」
「あ、ああ、ありがとう。レイの妹さん? 商社で働いてるんだって?」
「ええ」

 まったく僕の妹らしくもなく、ユイはいわゆる女性エクゼクティヴ候補生だ。その上に美人だから、彼女があらわれると男たちの目が輝く。僕の知人ミュージシャンはこぞってユイを口説きたがり、ユイは上手に身をかわす。ユイも口説かれるのを楽しんでいると見えるが、決して流されない。

 外見は似ていなくもないが、僕はたいそう背が高く、ユイは小柄なほうだ。女の背が低いのは難点にはならず、こういうタイプが好きだという男を引きつける。白けていた感じの種田も、ユイがやってきたらテンションが上がったように見えた。

 ひとつ年下の妹。若くて美人で人当たりもよくて、性格はよくないかもしれないが露骨にはあらわさない。今どきらしい仕事のできる強い女。それでいてぱっと見はソフトで優しい。これでもてないほうがおかしいってもんだ。

「なんだかずいぶん、奥さんをこきおろすのね」
「本当のことだからね。ってか、こきおろしてるつもりはなくて、真実を述べてるだけだよ」
「だったらなんで結婚したの?」

 兄妹として同居していた十数年間の、ユイとの間にあったあれこれを思い出しているうちに、ユイと種田の会話は佳境に突入していた。

「種田さんって奥さんを好きで結婚したんでしょ」
「嫌いではなかったけどね。うん、まあ、好きではあったんだろ」
「ただひとりのひとっていうのでもなくて?」
「他にも女はいたけどね」
「……何人もの女性の中から選んだの?」
「彼、もてるんだよ」

 横から僕が口を添えると、ユイは納得顔でうなずいた。種田が何者なのかはユイも知っているから、あながち社交辞令でもないだろう。

「女性のほうがほっとかないっていっても、種田さんのほうは興味なかったとか?」
「全部の女に興味があったわけじゃないけど、何人かは気になる女もいたよ」
「その中から選んで奥さんと結婚したんでしょ? やっぱり奥さんは特別なひとなんじゃない?」
「特別っていえばね……」

 どことなく夢見がちな瞳になって、種田は言った。

「特別な女はいたんだよ」
「奥さんじゃなくて?」
「当然だろ。奥さんじゃなくて……」

 モデルの……と言いかけて、種田はふっと笑う。モデルのリラか。典型的、類型的モデルらしいルックスのリラというハーフ女が、さりげなく種田にアプローチしていたのは、周知の事実だった。

「誰も知らないと思うよ。彼女のほうも俺に好意を持っていてくれるみたいだったけど、シャイな子だからあからさまなことはしない。気づいてるのは俺だけかな。こう見えて俺はそういうのは聡いんだ。リラ……いや、モデルのその子はさ……名前は言わないけどね」

 言ってるじゃないか、僕はひそかに失笑したが、思わず口から洩れてしまったということか。

「ツンデレっていうのかな。俺に恋してるくせにつんけんしちゃって、ふたりきりだとちょっとだけでれっとなるんだ。彼女はおバカタレントみたいなポジションにいるから、頭が悪いふりをしてるんだよ。頭が悪い奴に頭のいいふりはできない。してもじきに馬脚をあらわす。けど、頭のいい奴に悪いふりはできるんだね。芸能界にはよくいるんだよ」
「なるほど」

 うん、まさしく恋は盲目だ。

「本当の自分は見せたくないってのか、そんなところがけなげでさ。俺は陰で彼女をバックアップしていた。そうしているうちには俺も彼女に気持ちがかたむいていってたんだけど、彼女は誰かと結婚して妻になったり母になったりするような女じゃない。誰かひとりのものになるような女じゃない。俺は彼女はそっとしておきたかった。そういう男もいるんだよ。本当に好きな女はそっとしておいて、現実は現実として女房をもらったんだよ」
「そんなだったら結婚する必要はなくない?」
「こんな業界でも、結婚してるほうが信用が置けるって考えるやからもいるからね」

 どこまで本気で言っているのか知らないが、種田は酒よりもそんな自分に酔っている口ぶりで言っていた。ユイに言っているのだから、そんな俺ってかっこいいだろ、アピールなのかもしれない。

「ひねくれたふりもしていたけど、彼女はほんとはいい子なんだよ。あのルックスのよさにだまされて、中身も現代っ子そのもののドライな女だと思ってる奴ばっかだけど、古風なところもあるんだ。それでいて妖精みたいな透明感もある。打算だの計算だののない子なんだね。彼女が俺とふたりっきりのときに話してくれたんだけど、子どものときにはピアノを習っていて、天才じゃないかと騒がれたんだってさ。そういうところも俺とは話が合うのかな」

 その上に、絵と作文でも賞をもらったことがある。読書感想文コンクールで優勝したり、中学生書道大会でも特選を受賞したりした。僕もリラがそんなことを言っていたのを聞いた。

「謙虚な子だから、俺にしか言わないんだよ。それだけ心を許してるんだよな。俺は兄貴気分になっちまってね、この子だけは汚い水に染まらないように守ってやりたいと思った」
「だったら結婚すればよかったのに」
「ユイちゃんも綺麗な顔に似合わず世俗的だな。言ってるだろ。あの子は人の女房におさまるような女じゃない。俺がひとりじめしたら損失だよ」
 
 だからね、と種田はしめくくった。

「世間的には俺みたいにもてまくった男が結婚した相手が、特別な女だって思い込みがあるみたいだね。そういう奴もいるだろうさ。でも、俺はこんな男なんだ。特別な女は特別として取っておいて、結婚するのは通俗的な現実の女。そのほうがいいんだよ」
「ふーん」

 自分に酔った勢いで、種田は酒にも酔ってきている。ユイはしらっとしていて、僕もちっとも酔えはしない。店を出ると種田は上機嫌で言った。

「ユイちゃん、俺に惚れるなよ」
「ご心配なく」
「どうしてもって言うんだったら、抱いてあげるくらいはいいけどね」
「ユイ、帰ろう」

 放っておくとユイが種田を殴る恐れもあったので、僕は妹の手を引いた。

「おやすみ」
「ええ? レイが俺に抱いてほしいのか? 悪いけどその趣味はないよ。リラんとこ行こうかな。リラはどこでなにしてるのかな? いや、やめておこう。今夜の俺はちょっとおかしくなってるから、リラに迫られたら抱いてしまうよ。そんな罪つくりなことは……」

 そこに突っ立ってうだうだ言っている種田をほっぽって歩き出し、僕はユイに言った。

「僕にも独自の情報網ってのはあって、世間に出回っていない話も聞くんだよ」
「なんのこと?」
「リラ、できちゃってるらしいな。近くできちゃった婚の発表があるはずだよ」
「リラって……種田氏の……?」
「そうだよ。言わないとか言って、名前を連呼してただろ」

 突っ立ったままでまだうだうだしている種田を振り返り、ユイは非難口調になった。

「言ってあげないの?」
「いやだ。僕は無用に他人に憎まれたくないよ」
「気の毒……っていうのかな」
「種田が? いや、愚かっていうんだ」
「レイらしいセリフだね」

 もっと若かったころ、思い込みから恋をしていた女の子に忠告してあげたことがある。彼女が恋していた男の本性は、男たちは知っていたから。

 そうして僕が憎まれた。彼がそんな男のはずないでしょ。レイは彼に嫉妬してるのよ。あげく、レイのせいで彼にふられた。
 あんな奴にはふられてよかったのに……ってさ、僕も他人のことは言えないが、女の子をだましたりはしない。レイそのまんまの僕に惚れる女はいくらでもいるんだから。

 その経験上、僕は誰かの思い込みで曇った目を覚まさせようなんて思わない。「恋は盲目」はある意味幸せで、あれはあれで純情さもある奴なんだなと、種田を微笑ましく思えるから。

「酔えない酒だったよな。ユイ、もう一軒行く? それとも、僕んち来る?」
「レイのおかげで普段の私は知り合えないような人種と話せるから、いい勉強になるわ。酔えなくてもいいんだ」

 この台詞もまた、ユイらしいものだった。

END








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~ Comment ~

NoTitle

おおう、種田さんは酔ってらっしゃいますね…色んなものにw
そしてリラさんできちゃった婚という現実w
女性の方が現実的というかしたたかというか、本当そうですよね。あるあるって頷きながら読んでました(笑)
ユイさんの言うように、普段知り合えない人と話せる機会は勉強になりますね♪その点ではネットも同じかなと思いつつ、色々見聞広めたい今日この頃です(^-^)

たおるさんへ

いつもありがとうございます。
こんな奴、いますよね。
酔っているのって幸せだなぁ、一生、酔い続けていられたら。

ネットの世界でだけ本音をさらす人もいそうですし、急に強気になる人もいるみたいですし、面白いですよね。
私なんかは現実の世界では見聞を広める機会もあまりありませんので、おっしゃる通り、ネットは勉強になります。

ところで、たおるさんは時間の余裕はおありでしょうか。
ユイとレイをイラストにして下さったら嬉しいな~~なんて、夢見ております。

http://quianred.blog99.fc2.com/blog-entry-681.html
こんなのもありますので、よろしかったらご一読下さいませ。

レイは細身長身、ハーフっぽい美形で、長い髪を束ねています。
ユイは小柄で細身、クールビューティ、利発な美女。髪はショートのほうがいいかなあ。

といった感じなのですが、もしお時間に余裕がおありで、描いてみてもいいな、と思われたら、サイコーに嬉しいです。

NoTitle

お!依頼ですね!わかりましたー!あかねさんのお願いならエンヤコラですよ☆
ちょっと待って下さいね!6月に私のブログが3だか4周年を迎えるのでそれに向けて小説か絵かを用意しないといけなくて(-_-;)そちらが終わったらとりかかりたいと思います( ー`дー´)キリッ

たおるさんへ

わーい、嬉しいな。
いつまででも待っていますので、よろしくお願いします。

いつも図々しいお願いを聞いていただけて、恐縮です。
ありがとうございます!!
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