ショートストーリィ(花物語)

花物語2017/5「ブーケのカスミソウ」

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ぶーけ
花物語2017

五月「ブーケのカスミソウ」

 大きくなったら学校の先生になる!!
 本人の佳澄のみならず、父も母も祖父母も、疑いもなくそう信じていた。

 父は小学校の校長で、母は小学校教諭。母が新米教師時代に研修を受けた際に、父が講師をつとめていたのだそうだ。父と母には十四歳の歳の差があり、父は母の師匠的な立場だったので、夫婦間にも格差があった。

 祖父母にしても、父方の祖父は中学校教諭、祖母はもと保母、母方は祖父も祖母も高校教師と、全員が教育者である。そんな家庭に育ったのだから、佳澄の将来の希望が「先生」となるのも無理からぬことだったのだろう。成績が良くないと先生にはなれない、という大人の教えには納得がいったので、佳澄は勉強家でもあった。

「お母さん、今日は授業参観だよ。来るって約束したじゃない? どこ行くの?」
「急いでるのよ。話はあとで」

 授業参観は平日に実施されるのが通例だ。よそのお母さんにも働く主婦はいるが、たいていは仕事を休んで参観に来る。小学校高学年ともなると、参観になんか来なくていいのに、と口では言う子もちらほらいるが、本音は来てほしい。教室のうしろに母の顔があると嬉しいものなのだ。

 が、佳澄の母は参観になど来たためしがない。保育園から小学校まで、たまさか祖母が来てくれたこともあるが、毎年佳澄の母は欠席だ。教師との個人面接や三者面談にだけは、時間の都合をつけてそそくさとやってきては、またそそくさと学校に戻っていくのだった。

「どこ行くのよぉ。参観には行かないの?」

 大急ぎで出かけていった母のうしろ姿に声をかけても、もう届かない。今日は朝から二時間通常の授業をして、三時限と四時限が保護者の授業参観。午前中だけで授業が終わる。参観に間に合うようにしてくれるんだろうか。口をとがらせている佳澄に、父が言った。

「昨日、母さんのクラスの子どもが万引きをしたらしいんだよ。母さんは今日は佳澄のために有休をとっていた。小学校六年生になったんだから、一度は参観にも行くべきだってね。しかし、担任しているクラスの子が万引きをしたんだから、学年の担任全員で会議をすることになったんだそうだ。教師としては一大事なんだから、佳澄は我慢しなさい」
「そんなぁ……」
「人には辛抱が第一、いつも言ってるだろ」

 だったらお父さんが来てよ、とは言っても無駄だ。父も身支度を終えて出かけていき、佳澄もとぼとぼと通学路をたどった。子どものことは母親がするのが当然。どうして僕が佳澄の世話をしなくちゃならないんだ? 母さんにできないならおばあちゃんに頼めばいいだろ、が父の持論なのは、佳澄だって知っている。

 人には辛抱が第一、という父の好きな人生訓をもって育てられたのだから、佳澄は我慢強い子になったのだろう。母は我が子よりも教え子が優先。父は仕事がすべて。そんなの当たり前だよ、と四人いる祖父母たちも言う。我慢って美徳なのだもの。佳澄は我慢のできるいい子だね。

「では、班分けをします。どうやって分けましょうか」

 参観日は無事に終了し、五月になってゴールデンウィークも終わると、間もなく修学旅行だ。クラスはその話題で持ちきりとなり、先生が児童たちに提案を求める。仲良しの友達と同じ班になりたい、との意見が圧倒的だったので、教師も受け入れてくれた。

「はーい、決まりましたか? ん? 佳澄さんはどうしたの?」
「あ、佳澄ちゃん、ここにおいでよ。うちはひとり足りないの。佳澄ちゃんが入ったらちょうどいいよ」
「う、うん、はい」

 誰かさんと誰かさんと誰かさんと、一緒の班にしよう!! ざわめいて盛り上がっているクラスメイトたちに置き去りにされた気分でいた佳澄を、琴絵が呼んでくれた。ええ? 佳澄ちゃんも? えええ? などとこそこそ言っていた他の女の子たちも、おおっぴらに佳澄を排除しようとはしなかった。

 それまでは班分けとなると、出席番号順だの席の近い子同士だのという決め方がもっぱらだったので、好きな子同士となるともめごとも起きかねない。わりにスムーズに決まったので、教師も安堵している様子だった。

 一泊二日の日光への旅。自由時間には班ごとに地図を片手に自由行動をする。佳澄ちゃんもおいで、と呼んでくれた女の子、琴絵はもとからリーダー格で、彼女がなんでも決めててきぱき動くのだから、佳澄の班はなにをするにもなめらかに行動できた。が、突然事件が勃発した。

 バスから降り、ここからは東照宮まで歩くことに決定した。六人で歩いていたその道中である。今にも雨が降り出しそうになっていたせいか、他には人通りはない。佳澄は皆からやや遅れて歩いていたのだが、みんなが騒いでいるほうへと駆け寄った。

「琴絵ちゃん、大丈夫?」
「どうしたの? おなか痛いの?」
「どうしよ。誰かケータイ持ってない?」
「ケータイは禁止だもん。持ってないよ」
「琴絵ちゃんっ、しっかりしてっ!!」
「マナが泣くなよっ」

 リーダーがしかめっ面でうずくまってしまったのだから、他の子たちはパニックである。修学旅行のルールではケータイは持参禁止。見回してみても公衆電話のボックスも店もない。通り過ぎていくのは観光バスばかりで、四人の女の子たちは泣きそうになっていた。

「おーい、おーいっ!!」

 こうするしかないと判断して、佳澄は道路の真ん中に立って両手を挙げた。大きく手を振り回す。無視して走り去っていく車やバスがほとんどだったが、一台の観光バスが留まってくれて、中から中年女性が降りてきた。

「佳澄ちゃんっているのかいないのかわからなかったけど、役に立ったね」
「佳澄ちゃんが班にいてくれたよかったね」
「佳澄ちゃん、ありがとう、あなたのおかげで琴絵は助かったのよ」

 観光バスから降りて来たのはベテラン添乗員の女性だった。道路で手を振っていたのが子どもだったからこそ、彼女がバスを止めてくれたのだ。添乗員さんが的確に処置してくれたので、琴絵は大事に至らずにすんだ。琴絵のおなかがどうして痛くなったのかについては、教師は詳しくは話してくれなかったが。

 中学生になっても高校生になっても大学生になっても、アルバイト先でも、佳澄はいつだって小学校のころのままのポジションだ。ああ、佳澄ちゃん、いたの? あ、佳澄ちゃん、お願い。はー、佳澄ちゃんがいてくれて助かった。ずっと誰かにそう言われてきた。

 自己主張をしないのは、人には辛抱が第一、の父の主義で育てられたからだろうか。我慢は美徳、と祖父母も佳澄を褒めてくれたからか。佳澄はいい子だね、と母も言ってくれた。

 今日は琴絵の結婚式だ。小学校の修学旅行以来、琴絵と佳澄は仲良くしている。大学を卒業したばかりの佳澄の交友関係の中では、琴絵がトップを切ってゴールインした。

「これ、佳澄の花だね」
「ああ、カスミソウ?」
「ブーケには必ずといっていいほど入ってるよね」

 アルバイト先で知り合ったひとつ年上の先輩を、佳澄が琴絵に紹介した。俺、琴絵ちゃんとつきあいたいな、と彼が言い出し、佳澄がふたりの仲介をした。私、もしかしたら彼を好きだったのかな、と感じるようになったときにはすでに遅く、琴絵ちゃんにプロポーズしたんだ、との彼からの報告を受けた。

 ゴージャスなウェディングドレス、華やかな大輪の花を集めたブーケ。白いカスミソウが花々を縁取っている。どんな花とも相性のいい白い小さなカスミソウ。自分を主張せず、誰の邪魔にもならずに引き立てて、それでいてとても役に立っている。複雑な気分で佳澄は思う。

 いろんな意味で私に似た花なんだな、カスミソウは。
 幼いころの将来の夢、学校の先生になる!! はかなったんだから、これからはクラスの児童たちをまとめる、カスミソウみたいな存在になろうと、佳澄は決意した。


END








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