ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS雨の物語「あと一センチ傘が寄ったら」

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フォレストシンガーズ

雨の物語

「あと一センチ傘が寄ったら」

 ガキのくせして、こいつは俺の魂胆を見抜いていやがるんだろうか?

 事情は断片的にしか知らないが、もとフォレストシンガーズのメンバーだった小笠原英彦は、結婚するからと言ってアマチュア時代に脱退した。

 結婚して離婚し、妻子を残してヒデさんは旅に出た。俺はその時期に神奈川でヒデさんに会っている。神奈川県にも田舎のような場所があり、そこで俺のいない時期のフォレストシンガーズが歌ったことがあると幸生に聞いたからだ。樹の幹に幸生の落書きが残っているというのを見たくなって出かけていった。

 おそらくはヒデさんも同じ理由でそこにいたのだろう。

 それからなにがどうなったのか、ヒデさんは神戸に流れ着いて落ち着いた。彼がフォレストシンガーズを脱退してから約十年、まずシゲさんと再会して、俺たちとも会うようになった。

 一年間しか大学にはいなかったのだから、ヒデさんとの縁は俺がもっとも薄い。しかし、彼は俺の先輩である。ヒデさんがフォレストシンガーズをやめなかったとしたら、木村章はどうなったんだろ、と思うと複雑な気分でもある。ヒデさんは本橋さん並みに暴力的で、乾さん並みに鋭敏な男だからつきあいにくいのだが。

 そのヒデさんが働く神戸の電気屋、ヒノデ電気。主人は日野さん、ヒデという字も入った名前、というのが関係あるのかどうかは知らないが、日野さんにはひとり息子がいて、創始という。ヒデさんは創始をずいぶん可愛がっているというか、対等に友達づきあいをしているというか。

「小学生やから幸生よりは二十歳くらい年下なんやけど、創始は幸生に似てるんや」
「ヒデさん、そんなに幸生が好き?」
「……アホか、おまえは」

 というような会話をしたことがあって、創始は幸生ともずいぶん仲がいい。俺は創始とは会ったこともなかったのだが、幸生が言ったのだった。

「創始ってアニメ好きだってのは話しただろ。蜜魅さんがアニメ声優のイベントに創始を招待したんだよ。ヒデさんが連れてくるらしいけど、仕事の打ち合わせを兼ねてるからイベントには行けないんだってさ。俺につきそってやってくれって頼まれたんだけど、俺も先約があるんだ。章、行かない?」
「ええー? ガキのつきそい?」
「ワオンちゃんも出るんだよぉん」

 むろん、幸生のほうは俺の魂胆……というよりも、幸生の差し金というか、策略というか、それが俺の魂胆と一致したのだから、渋々のていをよそおって創始と待ち合わせた。

 この年頃の男の子となんかどんな会話をしたらいいんだ? 俺には十二歳年下の弟がいるとはいうものの、龍が十歳くらいのころには俺は東京、弟は稚内と、話をする機会もなかった。ヒデさんとシゲさんと幸生と乾さんは子どもの扱いもうまいが、俺は苦手だ。

「こんにちは、はじめまして、日野創始です」
「ああ、行儀いいな。知ってるだろうけど俺は木村章。よろしく」
「はい、よろしくお願いします」

 その上に、彼は神戸の少年だから関西弁だ。俺は大阪弁が大嫌い。ヒデさんや幸生に言わせると神戸弁と大阪弁はちがうらしいが、俺にはどこがどうちがうのかわからない。東京駅まではヒデさんが送ってきて、そこから別行動になったらしい。創始はタクシーの中ではそんな話をした。

「ひとりでちゃんと来られたんだな」
「来られましたよ」
「おまえ、アニメ好きなんだろ?」
「はい」

 堅くなっているのか、創始は俺にはため口はきかない。ヒデさんは日常的に彼と接していて、幸生とシゲさんは彼と何度も会っているそうで、完璧友達みたいに喋ると聞いていたのだが。

「おまえ、本橋さんと乾さんには会ったのか?」
「本橋さんには会いました。乾さんとは会うてないな。お母ちゃんは乾さんに会いたいらしいけど、ヒデさんが言うんです。乾さんは危険やて」
「危険……?」
「なんで危険なんか、僕にはわかりません」

 とぼけているみたいな口調だったので、その話題はそこまでにした。

「蜜魅さんとは仲良しやけど、ワオンさんにはサインをもらったくらいです。木村さんは別にアニメが好きでもないんでしょ? えーっと、ワオンさんとは大学が一緒でした?」
「俺は一年で中退してるからさ」
「ああ、そうやったっけ」

 ワオン、その名前を口にするたび、創始の目が意味深な光を帯びる……なんて、俺の考えすぎだろうか。

 大学三年生の年に幸生が友達になったのだから、俺は大学時代にはワオンちゃんとは一面識もなかった。大きな学校だから、経済学部に古久保和音という女子学生がいるとも知らなかった。幸生は彼女と同じゼミで知り合い、ほぼひとめ惚れして迫った。

 友達づきあいはしてくれたけれど、寝てはくれなかったワオンちゃん。彼女の本名は「かずね」だが、幸生がワオンちゃんと呼ぶようになったので、声優としての芸名も「古久保ワオン」だ。

 そんな女に俺が惚れてしまって、なのに、幸生となにかあったんじゃないかと疑い、幸生が否定してくれたので信じた。なのになのに、俺はもう一歩を踏み出せないでいる。
 さっさと告白してふられたらいいだろ。あのツンツン女がデレになるところを見せてくれるのもよし、ツンツンのままふられるのもよし。

 頭ではわかっている。フォレストシンガーズは声優業界と無関係ではないので、仕事の関わりもたまにはある。行きつけのカフェで会うこともあった。

 だからこその俺の魂胆と幸生の策略。俺はアニメには興味ないのだから、創始のつきそいとしてしかイベントには行けない。昔から我々のファンだったという漫画家の蜜魅さんを紹介してくれたのはワオンちゃんで、蜜魅さんはヒデさんと婚約しているのだから、創始も俺の魂胆を知っているような気がしなくもなく。

 いちいち気にしていたら動けない。ここまで来たら行動あるのみだ。

 行動ったって、アニメ声優のイベントで客席にすわり、楽しそうな創始につきあっているだけではなにもできない。創始は
ものすごく嬉しそうだが、アニメの美少女戦隊って……俺はそんなものは知らないから、アミちゃんがどうの、ボーちゃんがこうのと言われても意味もわからない。

「ワオンちゃんは猫の役なのか」
「そうや。木村さん、知らんかった?」

 徐々に言葉遣いがほぐれてきた創始が教えてくれた。

 十人というか、総勢十体の美少女戦隊には、人間もロボットも宇宙人も動物もいる。ワオンちゃん演じるココルは年に一度だけ人間に変身する美少女猫なのだそうで、幸生の好きそうなキャラなのだった。

「ふーん……」
「僕もココルちゃん、好き。蜜魅さんがココルちゃんの絵、描いてくれてん」
「そりゃよかったな」

 アニメキャラの猫なんかより、俺は本体のワオンちゃんが好きだ、と言ってしまいたくなる。好き……なんだよな、好きなんだ。だから俺はこんなところにいるんだ。

 ステージには十一人の声優がいる。十体の美少女戦隊の声優たちなのに、なぜか男がいる。時々男に変身するキャラがいるのだと創始が教えてくれて、ややこしいんだな、と俺は苦笑する。声優にも美人は多いのだが、俺は他の女には興味ない。ただ、ワオンちゃんばかり見ていた。

「章、お疲れ」
「あ……ヒデさん……」
「おう、創始、楽しかったか」
「うん、ヒデさん、仕事終わったん?」

 イベントが終了してホールの廊下に出ていくと、ヒデさんと蜜魅さんがいた。もしかしたらこれは、このふたりも幸生の策略に加担しているのか。そこまでしてもらわないといけない俺はなんなんだ。情けない。

「木村さん、創始くんは私たちが……」
「そうやな、章、行ってこい」

 どこに行けと言われているのかはわかっていたので、創始はこっちのカップルにまかせて俺は単独行動になった。けれど、楽屋に行く気にはなれない。楽屋には他の女もいるだろうし、なにしに来たの? とワオンちゃんにつんけんされる恐れもあるし。

「……雨か」

 巷に雨のふるごとく、我が心にも雨の降る。
 乾さんじゃあるまいし、詩なんか呟いても空も心も晴れやしない。

「え?」

 どうでもよくなって外に出、やみくもに歩いていると、小さな傘がさしかけられた。水色の女ものの傘だ。

「ワオンちゃん……」
 
 相合傘ではなくて、彼女も別の花柄の傘をさしている。ひとことも口をきいてくれず、先に行ってしまおうとする彼女の背中に声をかけた。

「ありがとう。このあと、予定ある?」
「打ち上げがあるから」
「……そっか」

 俺も行ってもいい? なんて尋ねられない。どうして俺はワオンちゃんの前では弱気になるんだろ。好きだから? 好きだから、なんだろうな。どうしてこんな女、好きなんだろ。好きだから、好きだから、理屈なんかなくて好きだから。

 雨に濡れてる俺を見つけたのは偶然かもしれない。ヒデさん、蜜魅さん、創始が言ったのかもしれない。なににしたって、俺に傘を貸してくれたのは必然だ。ほんのちょっとだけ距離が縮まった……そんなのが嬉しいなんて、木村章もヤキが回ったもの、なのかな?

END









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NoTitle

そろそろ梅雨の季節がやってまいりますね。
テンプレと併せて、とても雨を感じる。
梅雨を感じる情緒的な小説を読ませてもらったなあ。。。
・・・と感じました。

雨から。
傘から。
感じる愛情・恋慕が伝わることもありますよね。
(*´ω`)

LandMさんへ

いつもありがとうございます。
LandMさんは雨の季節がお好きでしたよね。
私はこれからの季節は嫌い。
五月まででいいわぁ、と毎年言ってますが。

でも、雨って物語性はありますよね。
梅雨を感じると言っていただけたのも嬉しかったです。

あーあ、雨、夏、いやだなぁ。
とはいっても、早く冬になってほしいわけでもなく。
コールドスリープしたいです。
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