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396「ローカル列車で2」

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フォレストシンガーズストーリィ

396「ローカル列車で2」

1・寿々

 千里の道も一歩から、というのだから、旅番組に出られるようになったのはいいことだ。「歌の森」の不細工女子代表、チャコ役としてほんのちょっとは名前と顔が売れたから、新しい仕事を手に入れたのだから。

「女ふたり、ローカル列車での旅」、佐田千鶴と時松寿々が旅人だ。双方、売れない女優というポジションは似ているが、ルックスは大違い。大柄な私は小柄な相手とペアにしやすいらしくて、「歌の森」の相方も小柄でころころのモコ。ローカル列車のほうでも千鶴さんは小柄なほうだ。

「佐田千鶴、知らないな」
「私も知らなかったんだけど、可愛い子だよ」
「十九歳ね? いいなぁ、十代なんて。私たちは崖っぷちだけど、十九だと将来もあるよね」
「ユカちゃんにだって将来はあるよ」
「だといいんだけど……」

 共演者のひとりである阿久津ユカは自嘲的に笑う。
 二十五歳、美人女優としては崖っぷちなのかもしれないが、昨今は三十代でブレイクしたりもするではないか。三十代アイドルだっているではないか。

 その点、お笑い系女優のほうである私には、年齢はさほど重要ではないはず。
 ないはずだと信じたい。

「千鶴ちゃんって乾さんに……なんだろ?」
「そうなんですか」
「いいなぁ、乾さんはもてるんだよな。乾さんは三十五、千鶴ちゃんは十九。男女が逆だったら無理かもしれないけど、歳の差婚も流行ってるんだし、つきあえばいいのにね。俺だったら大喜びだよ」

 劇団ぽぽろのスターであり、フォレストシンガーズとは長年の交流があるらしい戸蔵一世さんは、千鶴さんのことも知っていた。

「佐田千鶴ってのは……」
「ああ、石川くん。彼女は高卒だよ」
「そうですか。十九歳だったら……」
「俺も高卒だし、寿々ちゃんもそうじゃない?
「そうです」

 ふむ、と呟いて、石川諭はイッセイさんと私の顔を見比べる。彼の口癖は、あのひとはどこの大学? と偏差値、だから、質問される前にイッセイさんが答えたのだ。

 主役クラスの俳優の中には、一回の放送に一度は顔を出すものの、ほんの端役である役者とは格が違うと思っているひともいるらしい。端役でも若くて可愛い女の子とだと遊びたいと考えたりもするようだが、時松寿々? そんなのいたっけ、との認識のひとも多い。

 石川諭はそっちのタイプらしく、私に直接話しかけてきたことはない。それきり私を一瞥すらせず、つまらなそうな顔をして離れていった。

「うちの親はさ……」

 このドラマのメインキャストに有名人はいないが、その中にもヒエラルキーはあるらしく、私なんかは限りなく最下位に近い。イッセイさんは高いほうのはずだが、彼も売れない役者だと自称しているせいもあるのか、表面上は私にも気軽に接してくれていた。

「俺が学生のころには学歴も大切だって風潮だったけど、そんなものは次第にすたれていくって考えだったらしいんだ。だから、俺が大学には行かずに役者になりたいって言ったときにも、反対はしなかったよ。役者になるんだったら学歴なんてまるで無関係だよなって言ってた。だけど、意外にそうでもないよね」
「高学歴が売りの芸人さんとかもいますものね」
「俺たちがなにを言っても、低学歴人種の歯ぎしりだな」

 撮影の休憩時間、セットの隅でイッセイさんと話していると、次々に共演者たちが会話に参加してくる。次は川端としのりくん。彼は現役高校生だ。

「ローカル列車の旅ですか。いいなぁ。僕は国内旅行はあまりしたことがないんで、最近、時間ができるとひとり旅をしてるんです。寿々さん、素敵な電車があったら教えて下さいね」
「国内旅行はしてないけど、海外だったらしてるんだろ」
「親に連れられて、ドイツやイギリスのホールでクラシックコンサート、なんて旅行だったらしましたね」

 若いからもあるが、彼は共演者たちとはやや毛色がちがっている。つまりはお坊ちゃんというわけだ。

「イッセイさん、この間はどうも」
「ああ、元気出たか?」
「おかげさまで……」

 たった今、スタジオに来たばかりの三村真次郎が、イッセイさんにだけ声をかけて通りすぎた。彼はどうやら私を嫌っている。それとも、おまえなんか好きも嫌いもねえよ、うぬぼれるな、であろうか。

 男は美人が好きなのが当たり前。三村くんはユカちゃんに恋をしていて、ユカちゃんはそんな彼をうっとうしがり、虫よけとして私を利用しようとする。ユカちゃんがどこまで三村くんを面倒がっているのかは知らないが、大嫌いだとまでは思っていないような気もする。

 好んでやっているわけでもないが、ユカちゃんとふたりきりになりたいのに邪魔をする寿々。というのが三村くんの時松寿々像だろう。嫌いというよりも目障りなのか。

「千鶴……千鶴ってぇと……洋介が……んん、ちがったかな」
「洋介がなにか言ってたのか?」

 見ていると複雑な気分になる共演者もいて、彼はその最たるものの存在だ。ロックヴォーカリストのVIVI。彼の仲間が私を誘惑しようとし、一生に一度くらいはそんな経験をしてみるのもいいかと心が動いた。今は若いからそんな誘いもあるけれど、このままおばさんになったら、私と寝たがる男は皆無になりそうで。

 なのに、VIVIが妨害した。
 こんな女とそこまでして寝なくても……おまえ、飢えてんのかよ? VIVIが言っている声が私の耳に届いた。私を誘惑しようとしていた男は、VIVIに諌められて気を取り直したらしい。

 あんな男、はこっちの台詞だ。あんな奴とベッドに入らなくてよかった。遊ぶの遊ばれるのといった話ではなく、酔いが醒めた男にベッドの中で萎えられたり罵られたりしたら、私はどうしたらいいのかわからなくなっただろうから。

 だから、VIVIを恨んでいるわけではない。ただただ、彼を見ていると複雑な気分になるだけ。VIVIはイッセイさんと、洋介がどうのこうのという話をしている。洋介とは誰なのか知らないので、私は口を入れずにいる。セットの隅は大通りのように、何人もの人間が通り過ぎていっていた。

「この間、桜田さんと話してたんだって?」
「……それがどうかしたんですか」

 じゃあね、寿々ちゃん、またね、と愛想よく私にも声をかけたVIVIが行ってしまうと、主役クラスの中では残るひとり、琢磨士朗もやってきた。イッセイさんに尋ねられた琢磨くんは、無愛想に応じた。

「桜田さんってどう思う?」
「どうも思いませんけどね」
「そっか……だったらいいんだよ」

 このやりとりも、私には意味不明。
 
 「歌の森」とは実在の男性五人のヴォーカルグループ、フォレストシンガーズをモデルにした半ばはノンフィクションのドラマだ。脚本家はみずき霧笛氏。みずきさんからしてフォレストシンガーズとは親しいらしく、フォレストシンガーズと交流のある役者や歌手もゲスト出演する。

 ゲストの中では一番のトップスターは桜田忠弘さんだろう。彼は自ら、俺も出たい、と言ったのだそうだ。急遽、桜田忠弘が演じるための役柄が作られた。大スターのわりには桜田さんはお高くなくて、私なんかにも話しかけてくれる。大スターに話しかけられると感激する売れない役者もいるようだが、私はむしろ戸惑ってしまった。

「寿々ちゃんは桜田さんってどう思う?」
「かっこいいですよね。月並みですけど、スターのオーラがありますよね」
「オーラかぁ。俺にはオーラって見えない?」

 真顔で問いかけられると、またまた困ってしまう。桜田さんほどのスターのオーラなら見える気もするが、イッセイさんにはそれほどのオーラはない、ないとは言ってもまだない……まだ、だと言っていいのかどうか。私なんかに言われてもイッセイさんは嬉しくもないだろうし。


2・千鶴

 お酒をメインにしている店には、未成年の私は入りづらい。乾さんが連れてきてくれるんだったらいいけれど、ひとりでは入ったらいけないのかな。でも、ここにいたら乾さんと会えるかもしれないし。妙な言い訳をしながら、俳優や歌手がよく出入りしている居酒屋に入ってみた。

「あ……」
「千鶴さん、ここここ、ここにおいでよ」

 むこうから呼んでくれているのは、時松寿々さん。ローカル列車の番組で二、三度一緒にロケをして、寿々さんのほうは私を友達扱いするようになった。私から見ればだいぶ年上なのであまりになれなれしくしてはいけないかとも思うのだが、売れない女優としての立場は近いので、年齢差以外はそうは気を使わなくていい相手だ。

「千鶴さんってあなた? 可愛い顔してるんだね」
「紹介するね。阿久津ユカさん」

 「歌の森」はいつもいつも熱心に見ているので、私はユカさんはよく知っている。男性キャストの多いあのドラマでは女性としては一番の役柄の、山田美江子役のひとだ。二十歳ごろの美江子さんは真面目でお堅い教育学部の学生だから華やかには作っていない。そのせいで、素顔のユカさんはドラマで見るよりも美人だった。

「はじめまして。ドラマはずっと見てます」
「千鶴ちゃんって山田さんとは仲良しなの?」
「仲良しってことはないんですけど、フォレストシンガーズのみなさんにはちょっとだけ可愛がってもらってますから、美江子さんともお話したりはします」
「ふぅん」

 目つきが冷たいような気がするのは、私の思い過ごし? 飲めば? と言いながらユカさんがビールを注いでくれ、千鶴ちゃんは未成年だよ、と寿々さんが止めた。

「フォレストシンガーズとは親しいのね。どんなふうに?」
「どんなふうって……」

 ビールくらいいいじゃん、とユカさん。写真でも撮られたらいけないから、と寿々さん。ユカさんは注いだビールを自分で飲んだ。

「千鶴ちゃん、元気にしてたか?」
 会う機会があると、そう言って私の頭に手を乗せる本橋さん。

「久しぶりです」
 何度言われても、年下の私に丁寧な口調のシゲさん。シゲさんには私のほうから、恭子さんはお元気ですか? と尋ね、はい、元気です、と答えてもらう。恭子さんによろしく、がシゲさんとの会話の定番だ。

「千鶴ちゃん、彼氏はできた?」
「章の質問、意地が悪いんだよな」
「意地が悪くはねえだろ。俺は純粋に千鶴ちゃんを心配してるんだよ」
「できてないんだったら俺とつきあおう、とか言いたいくせに」
「言いたくねえよ。千鶴ちゃんは俺の好みのタイプじゃないし、千鶴ちゃんのほうも俺はタイプじゃないだろ」
「千鶴ちゃん、はっきり言っていいよ。あんたなんか嫌い、って言っていいからね」
「……三沢さんは好きです」
「ありがとう」

 木村さんと三沢さんとはそんな会話をかわし、横で聞いていたアイドルシンガーの瑛斗くんは言っていた。なんだかシュールだったなぁ、って。

「乾さん……」

 顔を見ただけで胸がいっぱいになってしまい、微笑みかけてもらうと涙が出そうになる乾さん。かなわぬ恋だと知っているけど、片想いはやめられない。

 ひと口にフォレストシンガーズと言っても、五人のお兄さんに対する感情も態度もまったくちがう。ユカさんの質問には簡単には答えられそうになかった。


3・寿々

「きゃああ、電車の床が抜けそう」
「おおげさな。電車の床がそんなやわなはずないでしょ」
「だって、あたしたちだけだったらまだいいけど、重量が……女じゃないほど重い女がいるんだもん」
「誰だよ、それは、イロハ?」
「ローナったら、言わせるの?」

 きゃはきゃはとはしゃいでるのは、あいどるグループの「イロハ」の三人だ。一見は三人ともにはしゃいでいるようだが、ハナビは気弱に笑っているだけ。イロハとローナは名前は出さねど、私のことに決まっている「女じゃないほど重い女」を肴にして盛り上がっていた。

「ぽっちゃりカルテットでーす」
「五人とも一緒にすると、イロハがかわいそう~」
「なに言ってんだよ。かわいそうなのはローナだろ」
「千鶴ちゃんじゃないの?」
「ってかね、ひとり……いいんだけどね」

 メディアが流行らせようとしているのか、それとも、本当にちょっとは流行っているのか、ぽっちゃりガールブームなのだそうで、イロハはその流行に乗るために結成されたグループだ。ばっと見は三人とも同じようだけど、性格はちがう。太りようもちがう。

 ソロアイドルとしてデビューしたものの売れなくて、ダイエットして痩せたのをもとに戻し、ぽっちゃりぽっちゃりアイドルになったローナ。井端露和という名前だったころに、私も彼女とは挨拶をかわした覚えがあった。

 昔からずーっと太っているのだそうな、イロハ。いっちゃんはそこが可愛いんだよ、といばっている。
 もうひとりはおどおどしているようにも見えるハナビ。イロハとローナに両側から押されていたら、ひとりだけ控えめなのもいいかもしれない。

 事務所の目論見がはまりつつあって、売れつつあるイロハが今日のゲストだ。ぽっちゃりカルテットなんて言っているが、本当に一緒にしてあげたらかわいそうなのは千鶴さん。千鶴さんは太っているのではなく、出るべきところは出、くびれもしっかりあるマリリン・モンロー体型なのだから。

 彼女たちの言う通り、私は千鶴さんも含めての四人とは体格がまったくちがう。どっしりぼってり、母にはいつも、寿々は着コッテウシみたいだと言われていた。

 富山県のローカル列車に五人で乗り込み、床が抜けるの座席が壊れるのと、イロハとローナは大騒ぎしている。グループとしてのイロハはけっこう売れているので、番組のスタッフたちも愛想がいい。こういう番組では売れている者がいちばん強いのだから、千鶴さんも私も引き立て役に徹するしかないのだった。

「花嫁列車なんでしょ? ローナも早くお嫁に行きたいわぁ」
「花嫁衣装って着物だもんね。ローナのサイズだってあるよね」
「あるに決まってるじゃん。イロハの無礼者」
「ひとりだけ、サイズなかったりして?」
「そしたら花婿衣装でもいいんじゃね?」
「花婿衣装の誰かさんと、千鶴ちゃんの花嫁って似合いそうだね」
「それ、いいかも」

 好き勝手に言っては大笑いしているローナとイロハ、ひやひやしているようにも見えるハナビ、こういう空気には慣れていないようで、困り顔の千鶴さん。私はお笑い系なのだから、太ったアイドルたちに負けていられない。本来はこの番組の主役でもあるのだから、もっともっと盛り上げなくちゃ。

END






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