ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS雨の物語「雨のち虹いろ」

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フォレストシンガーズ

雨の物語

「雨のち虹いろ」

 ドアを開けた途端、うわーんっ!! という盛大な泣き声が耳を打った。一歳に満たない次男の壮介にすれば力強すぎるので、広大か? 当たりだ。俺も父親らしくなってきて、長男と次男の泣き声は聞き分けられるようになってきた。と、喜んでいる場合ではない。

 だーっと走ってきて突進してきた広大を抱き上げ、ママがママが、ママがいけないの、と途切れ途切れに言いながら泣いているのを抱いて部屋に入っていく。妻の恭子はぶすっとした顔はしていたものの、俺にだけ聞こえるように、ごめんね、と言った。

「えーっと……俺はどうしたらいいのかな」
「落ち着くまで抱いててやって」

 そうするしかないので、広大を抱いて寝室に入る。広大は泣きじゃくってしがみついて離れないので着替えもできない。諦めてベッドにすわった。

 二十六歳の年にフォレストシンガーズに、ラジオレギュラーの仕事がもたらされた。本橋さんと乾さん、幸生と章、俺とテニス選手の川上恭子さんがペアとなって早朝のラジオ番組を担当する。週に三回もの仕事だったから、時間的に聴取者は少ないとはいえ、我々を知っているひとが徐々に増えていくきっかけになった。

「テニスで勝負しようよ。私が負けたらカラオケにつきあうわ」
「俺が恭子さんにテニスで勝てるわけないでしょ」

 仕事が終わってからふたりで食事に行ったり、恭子さんのテニスの試合を見に行ったりして仲良くなっていったころ、恭子さんに言われた。
 テニス勝負は当然、俺の完敗だったのだが、前々から誘っていたカラオケに恭子さんはつきあってくれた。お疲れさま会みたいにしてふたりきりでカラオケハウスに入り、初に判明したことは。

「そうよ、シゲさんにだったらわかるでしょ。私は音痴なのっ!! だからカラオケはいやだったんだよ」
「そっか、ごめん。でも、恭子さんの音痴は可愛いよ」
「シゲさん……」

 鈍感な俺があのときばかりは察して言った。

「先に言わせて、好きだ」

 音痴なのにカラオケボックスに来てくれたのは、ふたりきりになりたかったから。俺に告白してくれるつもりだったから。俺だって恭子さんが好きだ。友達として好きなつもりでいたのと、俺はもてないんだから、恋なんかしたって無駄だ、との諦観があって気づかないふりをしていた。

「私も好き」
「俺とつきあってくれますか」
「はい、嬉しい」

 生まれてはじめての相思相愛の恋人。プロポーズというほど改まってはいなかったが、そのひとと結婚できることになった。マリッジブルーとかいう奴で、なんだか揺らめいているらしき恭子に、美江子さんがアドバイスをしてやってくれた。乾さんは言っていたらしい。

「シゲほどいい奴はいないんですけど、あいつは自信がないのが欠点なんですよ。恭子さん、あなたがあいつに自信を持たせてやって下さい」
「シゲと結婚したら幸せになれるよ、俺が保証するから」

 本橋さんも言ってくれ、幸生も言った。

「シゲさんがもてないのはまちがいないみたいだったけど、前に俺、言ったでしょ。シゲさんはその分、素敵な女性と結婚してとびきり幸せになるんだよ。当たってたよね」
「素敵な女性……いやいや、おめでとうございます」

 どこが素敵な女性? と言いたいようにも思えたが、章も言ってくれたので素直に礼を述べておいた。

 三つ年下の恭子と結婚した、あのころからフォレストシンガーズが上向いてきた。なのだから俺は以前よりも多忙になり、恭子がひとりで留守番をすることも増えていったのだが、彼女はけなげに家庭を守ってくれた。仕事は少なめにして主婦業をがんばってくれていた。

「シゲちゃん、できたみたいよ」
「……」

 嬉しすぎてまともに言葉も出せず、恭子を抱きしめたあの日、三年とちょっと前に恭子の胎内に宿ったちっちゃなちっちゃな赤ん坊の素が生まれてきて、今、俺の胸にすがってわあわあ泣いている。うるさいなんてひとかけらも思わない。愛しくて愛しくて、シャツの胸を涙でぐしょぐしょにされているのまでが可愛かった。

 とりたててはなにもできないので、広大が三歳になるまでの出来事をなぞっていた。

 いつもは気の強い女性が、俺の胸で泣いてくれると嬉しいな、と乾さんが言っていたが、俺は女性にそんなふうに泣かれたことなどない。姉をはじめとする女性と喧嘩をしたことは幾度かあるはずだが、すべて気の強い相手で、彼女は怒りこそすれ泣きはしなかった。

 おまえのママとだったら喧嘩をして、泣かせたこともあるんだけどね……女性に泣かれると俺は困惑のきわみになるんだけど、おまえだったら可愛いよ。心行くまで泣け、広大。

 だんだん涙が止まりつつあるようで、広大はしゃくり上げている。広大は恭子に似て言葉が早く、三歳のわりにはしっかり話せるのだが、三歳のわりには、だ。泣いていてはしどろもどろになるに決まっているのだから、涙が完全に止まるまでは待ってやろう。

「お風呂、入ったか?」
「パパと……」
「まだか。じゃあ、もうちょっとしたら入ろうな」
「うん」
「眠くないか? 泣くと疲れるだろ。眠いんだったら明日の朝にしてもいいかな。パパは明日は休みなんだ」
「お休み?」
「うん。ドライヴに行こうか」
「うんっ!!」

 これで完全に泣き止んだ様子で、広大の顔が輝いた。

「だったら風呂、入ろうか。風呂で話をしよう」
「うん」

 覗いてみると、恭子は壮介のベビーベッドの横で読書しているらしい。広大は全面的に俺にまかせると決めたらしいので、恭子との話はあとにして広大をバスルームに連れていった。

「あのね、壮介がね」
「うん」
「僕のおもちゃ、お鼻に入ったの」
「おまえのおもちゃってどれだ?」

 お湯につかって髪と身体を洗って、再び湯船に沈んだころになって、広大がなにがあったのかを話しはじめた。

「ああ、車の車輪か」
「それでね、ぼく、取ってやろうとしたの。そしたら壮介が泣いたの。ママが……ぼくが壮介をいじめたって……」
「ああ、それでなぁ」
「ママ、きらい。パパが好き」

 詳しいことはわからないが、広大のおもちゃの小さな部品が壮介の鼻に入り、お兄ちゃんが取ってやろうとした。うまく行かずに弟が泣き、そこを目撃した母親が怒った。誰も悪くはないので、俺としても困ってしまったのだった。

「うーん、うん、パパがママに言っておいてやるよ。広大は壮介をいじめてないもんな」
「うんっ!!」

 入浴がすむころには広大はこっくりこっくりしはじめていて、パジャマを着せてベッドに運んだときには熟睡状態だった。壮介もとうに眠ったようで、俺がダイニングに戻ると、恭子が食事の支度をしてくれていた。

「お疲れさま。食べるでしょ」
「軽く……いや、普通に食うよ」

 煮物や野菜炒めや恭子お手製のいなり寿司などが食卓に並び、日本酒も出てきて、俺は広大の話を恭子に語った。

「そっかぁ、私が怒ったから広大は泣き出しちゃって、ちゃんと話を聴いてやらなかったのよね。明日、ごめんねって言っておくわ」
「それでいいんじゃないかな」
「ありがとう、シゲちゃん」
「いや……俺だって親なんだから」
「そうだよね」

 日ごろは親らしいことはあまりできないのだから、たまには息子や妻の役に立たなくちゃ。

「今夜もメシがうまい!! あのさ、恭子、前に女性向けマラソン雑誌の表紙になっただろ」
「そうそう。いろんな人におめでとうって言われたよ」
「あれを見てくれたよその出版社のひとから、またやりませんかって社長にさ……」
「わ、素敵!!」
「俺はもちろんいいんだけど、今度は広大と壮介を連れてって話なんだよ。なんの雑誌だと思う?」

 以前はふたりして悩みまくったのだが、今回は恭子がスムーズに正解を出した。

「広大と壮介も一緒だって言うんだったら、育児雑誌でしょ? イクメン向け?」
「イクメンなんてのは実はそうそういないんだそうだから、一般的育児雑誌だけど、うん、当たり。恭子はどう思う? あんなちっちゃいうちから雑誌モデルなんてやらせていいのかな」
「そうねぇ」

 有名人の子どもゆえに、露出度が高くなるというのはありがちだ。俺は有名人でもないのだが、一応はシンガーなのだから、こっちが知らない人が俺を知っている場合もある。そんな人間の息子であることは、広大と壮介にどう影響するのだろう。

「ミーハーだけど、いい記念になりそうだなぁ。とびきり可愛く撮ってくれるんだろうし……あれ? 私はいらないの?」
「父と息子っていう、男ばっかりを探してたんだってさ」
「いやぁん、私も仲間に入りたぁい」

 わざとらしくいやいやしてから、恭子はにこっとした。

「付き添いには行ってもいいんでしょ」
「もちろんだよ。賛成?」
「賛成っ!!」

 大泣きしている長男と、それにともなってどよよんとしていた妻、家の中がどしゃ降りみたいだったのが、ぱーっと晴れて虹が出た気分。広大にも壮介にもまだ雑誌の表紙になるという意味はわからないだろうけど、マイナスにならないように俺も心しなくちゃ。

「明日はドライヴでしょ。広大には話してやらなくちゃね」
「うん、きみからも話してやって」

 それから、昨日はごめんね、ってキスしてやって。

END








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NoTitle

昔は確かに父親とお風呂に入ったなあ。
・・・ということを思い出しましたね。
もう何十年前なのか・・・。。。
数えきれないですね。
確かに小説を読んで思い出しました、
(ノД`)・゜・。

LandMさんへ

いつもコメントありがとうございます。
私も昔は父とお風呂に入りました。

あのころは小学生の女の子を銭湯の男湯に平気で連れていっていたみたいですが、今どきの親ならそんなこと、しないでしょうね。
我が家には当時はお風呂はなかったので、銭湯でした。
なつかしいです。

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