ショートストーリィ(しりとり小説)

170「小さなボランティア」

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しりとり小説

170「小さなボランティア」

 病弱だったから、小学校も中学校も欠席が多かった。義務教育だからなんとか卒業させてもらえたけど、高校は出席日数が足りないと留年させられることもある。退学だってある。父はそう言った。

「お父さんの知り合いの会社で、道子を雇ってもいいと言ってくれてるんだよ。簡単な事務職だ。身体も学校よりは楽だし、社長の友達の娘なんだから、みんなが道子の事情も知っていて休ませてくれたり、いたわってくれたりもする。道子は勉強が好きなわけでもないだろ。会社は小さいけどしっかりしてるから、結婚するまでは働けるよ」

 ためらいはしたものの、道子は父の提案に従った。

 コスモス建機、その名の通りの建築機器を扱う会社だ。道子は事務所で一般事務の仕事をする。父の言っていた通りで仕事は大変ではなく、十八歳の道子にはおじさんたちもおばさんたちも優しくしてくれた。

 それでも風邪を引いたり、ちょっとした病気にかかったりはする。道子ちゃん、帰ってもいいよ、あらあら、大変、早退しなさい、道子が具合悪そうにしていると、社長や、専務の職に就いている社長の奥さん、または社歴の長い年配の社員が気遣ってくれた。

 給料や福利厚生はいいほうではないが、道子だって精勤はしていないのだから不満はいえない。若いひとが少ない職場だからこそ、道子ばっかり優遇されている、との陰口もなかったようだ。

「社長の奥さんが言ってくれたんだけどね……」

 二年ほどすぎたとき、父が言った。

「元雄さん、知ってるだろ」
「ああ、えっと、この間、工場長になったひとでしょ。社長の息子さん。何度も会ってるよ」

 よその会社で修行していた社長の息子は、四十四歳だと聞いていた。早くに結婚して子どももふたりいたのだそうだが、一昨年、事故で妻子をいちどきに亡くした。
 傷心の元雄はよそで働いていく気力を失ってしまい、そちらの会社は退職した。しばらくは心のケアをしていた元雄は、ようやくすこし元気が戻ってきたとかで、父親の会社の工場長に就任した。

 小柄で痩せていて、妻子を亡くした男性だと思うせいもあって、道子にも生気に乏しく映った。元雄の歓迎会には道子も出席したのだが、元気ないなぁと感じただけだった。

「でも、このごろはちょっとずつ元気になってらっしゃるみたいよ。事務所にも時々来ては、道子ちゃん、無理したらいけないよって言ってくれるの」
「そうらしいね。奥さんが言うには、元雄さんは道子のことが気に入ってるらしいんだ」
「ふーん」
「だとしても、道子と元雄さんじゃ親子くらい年が違うもんな」

 結婚の遅かった父は六十歳に近いが、元雄はその父の年頃に近い。道子から見ればおじさん以外の何者でもなかったのだが、それからも会うたびに、元雄は道子になにかと話しかけてきた。

「道子は結婚したいだろ」
「私と結婚してくれる男のひとなんかいないよ」

 最初から結婚は諦めていた。

「元雄さんだったら道子の事情は全部知ってる。中卒で病弱で、家事だって無理はできない。出産もできないんじゃないか、そうだよな? 元雄さんは一度は妻も子もいた身で、再婚できたら子どもがほしいって気もなくはないんだそうだよ。でも、今から再婚して子どもを作っていたんじゃ、元雄さんは五十になっちまう。子どもはもういいかな、けど、再婚はしたいなってね、お母さんには言うようになってきたらしいんだ」

 お母さん、すなわち専務、すなわち、コスモス建機の社長夫人だ。

「道子だったらお母さんやお父さんも気心が知れてる。丈夫ではないのもよく知ってるけど、控えめでおとなしい素直ないい子だ。変に学歴なんかないほうが、すれてなくていいんだそうだよ。元雄さんの前の奥さんはエリートだったらしくて、つきあいにくかったんだそうだ」

 考えてみたらどうだ? と父に言われて、道子としては呆然としてしまった。
 結婚も諦めていたのだから、出産なんて夢みたいなものだ。出産に耐えられたとしても、子育ては道子にはできっこない。道子が子どもを持ったら親子共倒れになりそうに思える。

 一生、コスモス建機と両親に守られて、ひっそり生きていけたらな、というのが道子の希望だった。けれど、母も言った。

「そんなに悪い話じゃないと思うのよ。年上すぎるって以外は、元雄さんはいいひとなんでしょ? 将来はコスモス建機の社長さんでしょ? 道子だって嫌いではないんでしょ? お父さんから見ても、元雄さんだったらいいんじゃないかって言ってるし」
「嫌いじゃないけど……」
「そしたらなにが不満? お父さんもお母さんも若くはないんだから、道子がひとりで残ると思ったら死んでも死にきれないよ。安心させてちょうだいな」

 涙ぐんだ母にすがられ、父にも、いい話だよ、としみじみ言われる。会社に行くと社長や専務が、考えてみてくれてるのよね? とせっつく。元雄は肝心の件には触れなかったが、親切にしてくれていた。

「道子ちゃん、お父さんから聞いたんでしょ。考えてみてくれた?」

 ついにある日、本人の元雄からの質問があった。絶対にいや、ではない。気が進まないという理由では弱すぎる。考える時間はたっぷりもらっていたのだから、断れはしない。

「はい、よろしくお願いします」
「そうか。こちらこそよろしく」

 二十一歳の道子は、四十五歳の元雄の再婚相手になることを決意した。

 専業主婦になればいいと、周囲のひとはみな勧める。子どものいない専業主婦は暇だよ、と言うひともいたが、道子は無理の利かない身体だから、慣れない主婦業はむしろ難行だ。仕事は辞めて毎日一生懸命、家事をこなしていた。

「ただいま。道子、顔色がよくないな」
「お帰りなさい……顔色、よくないですか? 疲れがたまってきたのかもしれません」
「疲れがたまるって、たまるほどのことはしてない……いやいや、いいよ、寝なさい。晩御飯はできてるんだろ? 片づけはしておくからやすみなさい」
「すみません」

 だるくてたまらなかったから、元雄の好意に甘えて寝床に入った。
 結婚式も新婚旅行もなかった入籍の日から、三ヶ月ばかりがすぎたその日から、道子は家事さえできなくなった。

「なんだってそんな弱いお嫁さんをもらったのかって、私たちも言ってたのよ。こんな役に立たない嫁でも、若いのがいいんだねぇ。男ってどうしようもないよねぇ」

 寝込んでしまって三日目に、元雄の元妻、死別した妻の姉だという女性が訪ねてきた。

「妹は大学院出の仕事好き女だったから、私はその分、実家の家事ばっかりやってたのよ。そのせいで独身なんだけど、元雄さんのためには好都合だったでしょ。これから私が家事をやってあげるから」
「は、はあ、でも、そんな……」
「いいのいいの。他人じゃないんだからね」

 夫の元妻の姉、そんな女は道子から見れば完全な他人だが、追い出すわけにもいかなくて姉さんと呼び、おまかせするしかなくなってしまった。

「まあまあ、台所もひどいものね。掃除なんかろくにしてないんでしょ。冷蔵庫の中もしょぼすぎるし、トイレもお風呂もどこもかしこも汚い。汚宅ってこういうのを言うのね。まずは大掃除。それから買い物にいってくるわ。道子さんは寝てなきゃいけないの?」
「いえ、起きられないほどじゃないんですけど……」
「だったら、軽い仕事はしてちょうだい。私は車で来てるから、買い物にも連れていってあげるわ」

 あれよあれよという間に元義姉に巻き込まれ、道子はむしろ疲れ果てた。元義姉は口だけではなく手際が良く、元雄が帰宅する時刻には家も綺麗になり、料理も何品もできあがっていた。

「姉さん、来て下さったんですね。助かりますよ」
「これからは私にまかせておいて。うちの両親はふたりでなんとかなってるから、住み込みで家政婦をやってあげるわ」
「あ、ああ、そうですか……」

 ああ、うまいなぁ、なつかしい味だ、と食卓についた元雄は嬉しそうだ。家の中も片付いて気が休まりますよ、と夫に言われては、姉さんに帰ってもらってほしいとも頼めない。夫の元妻の姉の家事能力は道子とはケタ違いで、体力も抜群なのだから。

「どうしてあんな女と再婚したの? 若かったらなんだっていいの? 草葉の陰で妹が泣いてますよ」
「……性格はいい子なんだけど、早まりましたかね。ボランティア活動みたいなものだったかな」

 早く寝なさい、と寝室に追いやられた道子が夜中にトイレに行こうとしていると、夫と義姉……としか呼びようのない女性の会話が聞こえた。

「いっそ離縁したら?」
「そんなわけには……」
「できなくはないわよ。なんだったら私が……」
「ええ? 冗談でしょ?」

 声が低まっていた部分は、なんだったら私が元雄さんと結婚してあげる、だったのだろうか。ボランティアだったと言われたのも哀しくて、道子は布団にもぐって泣いた。

 翌日、元雄は出勤し、義姉がひとりどたばたと家事をやっている隙に、道子は身体ひとつで家を出た。タクシーに乗るとは思いもよらず、電車を乗り継いで実家に帰った道子を迎えてくれた母に昨夜の話をして、道子と母は抱き合って泣きじゃくった。

「なによ、これは。こんな小説?」
「そうじゃなくて、ネットの身の上相談サイトに投稿するの」
「はぁ? こんなの嘘じゃん」
「嘘でいいんだよ。アルバイトだもん」
「そんなアルバイトがあるの?」
「あるのよ。で、これを身の上相談ふうにまとめて投稿するでしょ。するとレスがいっぱいつく。要するにツリだね」
「うわ、あくどい」
「よくある話じゃないの」

 フリーライターは頭を悩ませる。どうせだったらオチもつけたいな。

 娘から打ち明け話をされた母親は、道子を病院に連れていく。総合病院では紹介状がないとやたらに時間がかかるから、半日も待って診察をすませて帰宅すると、元雄が道子を迎えにきていた。

「元雄さんから話は聞いたよ。元の奥さんの姉さんが手伝いにきてくれて、断り切れなくていろいろやってもらった。元雄さんはあの女性には頭が上がらなかったんだそうだ」
「そうなんです。道子、ごめんな。ボランティアだなんて言ってしまって気を悪くしたんだろ。僕はそんなことは思ってないから……」

 父親の横で正座して頭を下げる元雄に、母は言った。

「義姉さんは、道子と別れて私と結婚しようって言ったんですって?」
「言ってませんよ、そんなこと。なんだったら私が道子さんに引導を渡す、とは言ってましたけどね。すみません、本当にすみません。道子、僕と一緒に帰ろう。義姉さんには引き取ってもらったからね」

 ところで、病院はどうだった? と父親に尋ねられた母親は、重々しく答えた。

「おめでたですってよ。道子さんにだって出産はできなくはない。むしろ母親になったら健康になれるかもしれない。大丈夫だ、産みなさい、って先生はおっしゃったわ」

 こんなオチはどうだろうか。
 あのサイトに集う女たちは、結婚、離婚、不倫、といった話題が大好物だ。道子を主人公にしたこの釣りストーリィを、出産で落とすのはいいのではないかと思える。素直な女たちはオチに喜んでくれるだろう。

 どうなることかと思ったけど、旦那さんもいい人じゃないの。
 おめでとう!! 元気な赤ちゃんを産んでね!!

次は「あ」です。







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~ Comment ~

NoTitle

えええええー!まさかの展開(笑)
読んでて、おいおい、それでいいのかって思ってたらまさかの嘘の話だったとは(笑)
悩み相談ってネットに結構ありますけど、こんなツリもあるんですね…
レスがいっぱいついたらなにが収益とかあるんでしょうか…
しかし、道子さんが嘘の話で良かったです…なんだか可哀想で…


たおるさんへ

コメントありがとうございます。
夢オチやフィクションオチはずるいんですけどねv-12

投稿サイトを読んでいると、これってプロが書いたんじゃないの? と思えるものもあって、その妄想からこんなのができました。
今どきでも道子さんみたいな女性、いなくもなさそうな。
我慢は美徳みたいに思ってるひともいますものね。
道子に同情していただいてありがとうございます。

もしも本当にプロにこんなの書かせているのだとしたら、なんのためなんでしょうね? 賑わうと広告収入とかが増えるとか?

NoTitle

ま、なんとなく落ちは読めていた(笑)。
・・・というのはともかくとして。
結婚して(再婚して)、子どもが出来てハッピーエンドじゃないですからね。この続きも読んでみたいものですね。
人生はこれkらも続きますからね。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

シンデレラなんかでも、「いつまでも幸せにくらしましたとさ」の内容を知りたくなりますよね。
そのあとも人生は続く。
だから私もたまに、有名な物語の「そのあと」を書きたくなります。
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