ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FSさくら物語「雨に咲く」

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フォレストシンガーズ

「雨に咲く」

 辛夷、連翹、花水木、雪柳に菜の花に山吹、馬酔木も蒲公英も菫も露草も。
 まさしく百花繚乱の春の花々の中、ひときわ人の心を酔わせるのは桜の花。老いも若きも日本人は桜が好き。私ももちろん好き。

「……綺麗だね」
「桜だよな」
「本橋くんには桜以外の花に見えるの? 桜じゃなかったらなんなの?」
「うるせえな、確認しただけだろ」

 大学で合唱部に入部して、親しくなった本橋くんと乾くんは性格がかなりちがっている。身長はさほどに変わらないが、本橋くんはがっちり、乾くんはほっそり。本橋くんは声が低くて太く、乾くんの声は高めで清涼感がある。

 外見もちがうが、中身はもっとちがう。
 十代終わりの男の子とすれば、本橋くんのほうが普通かもしれない。乾くんは金沢出身でおばあちゃんっ子だそうだから、東京出身お兄さんっ子の本橋くんとはちがっていて当然だろう。

 普通の男の子って、しかし、こんなにも花の名前を知らないもの? うちの弟たちはどうだったか? 彼らはまだ子どもだし、弟に花の名前なんか訊かないから知らなかったが、こんなものなのかもしれない。それにしても桜まで?

「だったらあの白い花……あっちの黄色いの、知るわけないよね」
「知るわけないだろ。山田、花の話なんかやめろ」
「はいはい。ひとりでこの花々に浸るわ。本橋くんは邪魔だから帰っていいよ」
「ああ……あ、いい匂いがする。たい焼きを売ってるんだな。買ってくるよ」
「たい焼きってあんこでしょ? 甘いのは嫌いじゃなかった?」
「いや、この匂いはあんこじゃないよ」

 典型的花より団子男子の本橋くんは、おまえも食うだろ、と勝手に決めて、出店に近づいていった。
 つきあいも一年になって、本橋くんの食べ物の好き嫌いもわかるようになってきた。彼は甘いものが嫌いで、フランス料理なんかも好きではない。いかにも東京らしいシンプルな料理が好きだそうだ。

 学校帰りに散歩していたらやってきた川沿い。去年もここに来たな……あのひととつきあうようになったころには桜は終わっていたけれど、このあたりにはつつじや菖蒲が咲いていた。あのひとも花の名前に詳しくはなかったけれど、つつじくらいは知っていた。

 四年生のあのひとは、美江子、俺の彼女になれって言った。
 俺を好きか? まだわからない? 好きにさせてみせるさ、って、傲慢な口調で言った。

 そんな男、好きじゃなかったはずなのに。おまえだなんて呼ぶ男も嫌いだったのに。
 故郷の栃木県の高校生だったころには彼氏はいた。けれど、少年と少女の交際だったから、キスまでしかしなかった。そのキスも、あのひとのキスと較べたら子どもみたいなもの。

 はじめてのことをたくさんたくさん教えてくれて、言った通りに私を「星さんが大好き」にさせて、捨てていったあのひと。

 今ごろは社会人になって、職場のみんなとお花見に行ったりしてるんだろうか。女性の先輩にもてていたりして? 私のことなんかとうに忘れて、美人を口説いていたりして? あなたに捨てられてから二か月くらいしか経ってないんだから、私はまだ……忘れるなんて無理だよ。

「ほら、俺の思った通りだ。中身はハムエッグだよ」
「ハムエッグのたい焼きもおいしそうだね。いくら?」
「いいよ、やるよ」

 戻ってきた本橋くんが、アレンジたい焼きをくれた。熱々の甘くないたい焼きをかじりながら、川のほうを見る。

「かわをむいてくえよ」
「は? たい焼きの皮? たい焼きの皮を剥くの?」
「乾が言ってたんだよ」

 東京の川沿いにある店で、とある男性が友人に名物のかしわ餅をごちそうした。友人がかしわ餅を皮ごと食べようとしたので、彼は言った。

 皮を剥いて食えよ。

 すると、友人はくるっと川のほうを向いて、かしわ餅を皮ごと食べた。
 読書が好きでいろんなエピソードが頭の中に詰まっている乾くんが、本橋くんに話してくれたのだそうだ。本橋くんがその話を私にしてくれて、私はくくっと笑った。

「普通、カワヲムケって言ったら皮だよな」
「そうだよね。その友達って乾くんみたいな人じゃない?」
「言えてる。ひねくれてるんだな」

 悪口を言っているわけではなくて、親しみのこもった「ひねくれてる」だった。

「でも、柏餅って皮じゃなくて葉っぱだよね? まいっか……ねえ、本橋くん、私の心情を曲にしてみて」
「曲? いきなり? そんなもん、ここで作れって言われたってできねえよ」
「ワンフレーズだけでも」
「……ピアノがない」
「ハミングしてみて」

 無茶言うなよ、とぼやいてから、本橋くんは目を閉じた。三十分近くも、フェンスにもたれてふたりとも無言でいた。私は川べりに咲く花を見たり、風に舞ってくる花びらを感じたりしていた。

「うん、こんな感じ」
「できた?」
「ちょっとだけな」

 ごく普通の男の子ではあるが、本橋くんにはこんな才能がある。私も目を閉じて、彼の低い声がメロディを紡ぐのを聴いた。

 花びらが散る……散った花びらが私の頬をかすめて、あのひとのもとに届く。あのひとと私は別れたけれど、今年もまた花が咲く。咲いた花が散る。風に散る。花びらが私の髪にとまって、美江子は元気だよな、と囁いて、あのひとのもとへと飛んでいく。

 桜風景の中で本橋くんが作った曲なのだから、私の解釈だってまちがってはいないはず。
 目を閉じて見上げると、ぽつぽつと雨が降ってきた。サクラアメと呟くと、うまそうなアメだな、と本橋くんが応じる。彼は雨じゃなくて飴を連想したのだろうか。

 花に降る雨はあたたかくて優しいから、こうして濡れていてもへっちゃら。
 でもね、隣にいるひとが本橋くんじゃなくて、あのひとだったらな……って、どうしても思ってしまうの。私のために、本橋くんは素敵なメロディを作ってくれたのにね。

MIE/19歳/END








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