別小説

ガラスの靴69

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「ガラスの靴」

     69・贖罪


 このあたりに知り合いのやっているバーがあるとアンヌが言う。音楽業界やスポーツ業界人がリタイアして、水商売をはじめるのはありがちだ。そういう知り合いの店なのだろう。

「だいぶ前に来たんだけど、酔ってたから記憶があやふやだよ」
「なんて名前のバーだっけ?」
「紫蘭」
「シランなんて知らんなぁ」

 アホなシャレを言いながらも探していた。
 今夜はいつものように息子の胡弓は僕の母に預け、アンヌと夫婦水入らずで外食。アンヌは夕方で仕事が終わるというので、僕が待ち合わせ場所に出てきた。

 三歳の胡弓を連れてはいけないような、フレンチレストランでディナーをごちそうしてもらい、もう一軒行こうか、とアンヌが誘ってくれた。臨時収入でもあったのかな?

「紫蘭、ここじゃないの?」
「ああ、ここだ」
 
 ようやく発見したのは、古びた感じの店だ。紫のネオンサインがレトロな感じの看板で、目立たない場所にひっそりと建っていた。

「久しぶり……あれ?」
「ちがうの?」

 ドアを開けて中に入ったアンヌが、怪訝そうに店内を見回す。僕ははじめて来る店だから知らないが、内装が変わっているのか。カウンターのむこうにいる痩せた女性が、いらっしゃいませ、と微笑んだ。

「前からあんたがママさんだった?」
「いえ、あの、半年くらい前から私はここで働くようになったんです。私はママじゃなくて、ただの従業員です。ママは今日はお休みで、アルバイトの若い子がいるんですけど、まだ来てなくて」
「ママって、紫って女?」
「いえ、保子さんっていう……」
「ちがうな」

 経営者が変わったらしいのだが、「紫蘭」の名前はそのままだ。お店丸ごと別の人が買い取ってオーナーになるというのも、ない話ではないらしい。

「まあいいや。せっかく来たんだから飲んでいこう」
「ありがとうございます。あのぉ、お客さま、芸能人かしら?」
「あたしは芸能人のつもりはないな。ロックミュージシャンだよ」
「そうなんですね。どこかで見た方だと思ってました」

 和服姿の女性は涙子と名乗り、名刺をくれた。涙の子でルイコ。えらく暗い名前に似合った、暗い雰囲気の女性だった。一生懸命愛想よくしようとつとめているらしいが、なんだかぎこちなくて、接客業には慣れていない感じがした。

「あたしはアンヌ、こいつはあたしの夫」
「ああ、そうなんですか。ご主人なんですか」
「主人はあたしだから、こいつが主夫なんだよ」

 まぁーっ!! と大げさな声をあげてから、涙子さんが水割りを作ってくれた。チーズやナッツのおつまみも出てきて、アンヌが彼女に質問した。

「涙子ってこの商売、長いのか」
「いえ、半年前にこちらでは働くようになったのが、はじめてです。それまでは私が主婦だったんですよ」
「旦那は?」
「いますけどね」

 プライベートな話はしたくないのか、涙子さんは曖昧に笑っている。それよりもロックのお話、聞かせて下さいな、とせがまれて、アンヌが語る。昨日から徹夜で続けていたPVの撮影話は、僕にもとても面白かった。
 そうしているとドアが開き、新たなお客さんが入ってくる。いらっしゃいませ……と言いかけた涙子さんの顔がこわばった。

「おかあさん……」
「なにか食べさせてよ。お客がこれだけしかいないんだったらいいだろ」

 入ってきたのは派手な服装のおばあさんだ。お母さんが娘が働いている店でごはんを食べさせてって、アリなのだろうか。しかめっ面の涙子さんにはかまわず、おばあさんはアンヌの隣にすわってしまった。

「あんたも派手だね」
「ばあさんも派手だね」
「その子、あんたの彼氏かい? それとも、ホストクラブの子?」
「あたしの夫だよ」
「ほぉぉぉぉ」

 眼鏡をずらして僕をまじまじと見てから、早くなにか食べさせてよ、とおばあさんは涙子さんに催促する。涙子さんはアンヌに詫びてから、まな板に向かった。

「綺麗な子だね。あんたも別嬪さんだけど、年下だろ」
「そうだよ。ばあさんの亭主は?」
「亭主ねぇ、一度は結婚したんだけど、あんたぐらいの年に離婚したんだよ」
「ふうん」

 珍しくアンヌの知り合いには今夜は会わなかったから、知人がやっているというバーを探してやってきた。なのにそこにも知人はいなかった。僕とばかり喋っていても退屈なのか、アンヌは見知らぬおばあさんの身の上話を真面目に聞いていた。

「亭主は家を出ていってしまって、息子と私が残された。養育費なんかもらえるわけもなかったから、あたしはひとりで働いたよ。息子もアルバイトはして、高校までは卒業させた。高校を出たら就職もして、あたしもちょっとは楽になった。それから十年くらいは、息子とふたりで楽しい暮らしだったんだよ」

 なのに、息子が結婚すると言い出したのだそうだ。

「結婚したいから家を出ていくって言うんだよ。そんなの許せない。あたしは大反対したね。それでもどうしても結婚するって言うから、だったらあたしの面倒も見てよって命令してやったんだ。息子は嫁とはもめてたみたいだけど、苦労をかけた母親の面倒を見るのは当然だろ。嫁になるって女も呼び出して、あたしを捨てるなんてのは人の道にはずれてる、そんなことをしたら世間さまに顔向けできないよって言ってやったから、息子もその女も納得したんだよ」
「へぇぇ」

 なにか言いたそうではあったが、他人ごとだ。アンヌは特にはコメントせず、涙子さんも黙々と料理をしていた。

「そうして息子は結婚して、三人で暮らすようになった。意外によくできた女でね、嫁はけっこうあたしに尽くしたんだよ。だけど、そうやってあたしにばかりかまけてるから、旦那がないがしろになる。息子はあの父親の血を引いてるんだから、ちゃんと見張ってないと浮気するだろうと思っていたんだよ」
「浮気したわけ?」
「それもしようがないだろうね。女としての魅力が全然なくなっちまって、姑と我が子しか見えてない嫁なんだもの。そんな女房だと男は浮気するさ」

 元凶はあんたなんじゃないの、おばあさん? と僕も言いたくなったが、アンヌが黙っているのだから僕も黙って聞いていた。

「ところが悪いことに、息子の浮気相手ってのも結婚してたんだね。ダブル不倫ってやつさ。息子は開き直って、むこうの女の亭主に慰謝料を請求されてる、俺には金がない、どうにかしてくれ、って嫁に泣きついた。嫁は主婦をやってたから稼ぎはなかったんだけど、そうなったら稼ぐしかないだろ。あたしが仕事を探してきてやったんだよ」
「なんかそれ、変じゃねえのか?」

 うん、すごく変。僕もアンヌに同意し、涙子さんはおばあさんの前にチャーハンの皿を置いた。

「しけた食い物だな。まずそう」
「文句言わずに食え」
「あんたに言われる筋合いはねえんだよ」

 毒づいたものの、アンヌに言われたので渋々、おばあさんはスプーンを手にする。うまくないね、あいかわらず下手だな、と文句を言いながらも、チャーハンを食べつつ続きを喋っていた。

「息子は嫁に子どもとあたしと、慰謝料の支払いまでを押しつけて家を出ていっちまったよ。母親の恩をあだで返すってのはあのことだ。やっぱり父親の血なんだよね。あんたもこんな顔だけ綺麗な男と結婚してたら、浮気されて捨てられるよ」
「あのさ、ばあさん」

 その一言はスルーして、アンヌがおばあさんに尋ねた。

「涙子はあんたの娘?」
「あんたはなにを聞いてたんだよ。ぼーっとして、頭が悪いのか。今の話に出てきただろ。涙子がその嫁だよ」

 へ? は? とアンヌと僕はあっけに取られるしかなく、おばあさんは涙子さんに言った。

「あんたは料理も下手だし気が利かないし、亭主に出ていかれるのも当たり前だね。こんなんで客にまともな料理を出せてるのか?」
「このお店はバーですから、あまり料理はしないんですよ」
「料理も下手だし不景気な面してるし、この店も流行ってないんだろ」
「お客は少ないですね」
「そのうち潰れるかねぇ。水商売も無理だったら、ソープででも働くか? あんたにできる仕事なんか他にはないだろ」

 つんつん、とアンヌがおばあさんの肩をつつく。おばあさんはその指を振り払い、僕はついに言った。

「涙子さん、今の話ってほんと?」
「だいたいは……」
「なんで……逃げないの?」
「夫の借金を返すのは、妻のつとめですもの」
「離婚すりゃいいじゃん」

 そうだそうだ、とアンヌも力強くうなずき、おばあさんは言った。

「亭主が稼いでくるときだけはいい顔して、つらい立場になったら捨てるって、そんなの、世間さまに顔向けできるはずないだろ。あたしが許さんよ」
「ばばあに許してもらう筋合いはねえんだよ」
「ばばあとはなんだ。このあばずれ」
「なんだとぉ?」

 カウンターから飛び出してきた涙子さんがおばあさんを止め、僕がアンヌを止めた。アンヌはかなり怒っていて、僕は妻を抱きしめて耳元で言った。

「涙子さんがそのつもりにならないだったら、僕らにはどうにもできなくない? こんな女性っているんだね」
「……あたしらは他人だからな。うー、しかし、むかつくっ!!」

 他人のためにも怒ってみせる、正義の味方アンヌは大好きだけど、まったく僕らにはどうにもできない。僕はカウンターにお札を載せて、アンヌの肩を抱いて外に出た。
 涙子という名前、あの暗い空気、彼女の境遇にぴったりすぎて嘘みたいなほどだ。「紫蘭」という名前までが、どろどろーっじめじめーっと感じられてきた。

つづく









 
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