ショートストーリィ(しりとり小説)

169「白い恋人たち」

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しりとり小説

169「白い恋人たち」

 函館支店、こんな小さな支店の営業課長だなんて、栄転だとは思えないが、地方であっても課長になれたのは、会社から期待されているからだと山木珠緒は考えることにしていた。

「山木課長は三十二歳なんですか。その年で課長だなんて、すごい出世ですよね」
「そうでもないけどね」
「どこの大学ですか?」

 東京の大学、そこの院を出たの、理系? そうよ、という会話をした相手は、三つ年下の部下、小野田満だった。

「やっぱすげぇですよ。俺は札幌の大学を卒業したんですけど、大学院には行けなかった。俺も理系なんですけど、院まで進まないと大卒と同じような仕事にしか就けませんよね。課長は院まで出てどうしてこの会社に?」
「誘われたのよ」
「縁故入社ですか」
「縁故じゃないよ。教授の勧めだったの」

 三つ年上なだけの女が上司になるとは、と小野田はひがんでいるのかと思ったが、それもあるにしても、珠緒と親しくなりたいとは考えているようだ。課内では小野田と珠緒の年齢がもっとも近いのもあり、いつしか仲良くなっていった。

「課長、彼氏はいないんですか?」
「函館に来るときに別れてきたわ」
「俺を棄てて函館なんかに行くのかって言われたとか?」
「ま、そんなとこ」

 学生時代から十年もつきあっていたモトカレは、あきらかにひがんでいた。

「珠緒は俺の支えになってくれるって気はひとかけらもないんだよな。俺はブラック企業に就職しちまったから、二度、転職をした。珠緒はたまたまいい会社に就職できたから順調に出世して、俺を見下してるんだろ。そうはいっても珠緒の会社なんか、ちっぽけなもんじゃないか」
「まあそうだけど、男女差別はしないいい会社だよ」

 そんな会話は平素から頻繁で、珠緒のほうが収入いいんだから、出しておいて、とデート費用やホテル代も払わされたりした。

「函館支店の課長? 珠緒は俺よりも仕事が大事なのか? 俺を棄てていくのか」
「そんなこと言うんだったら、キミが私についてきてよ」
「俺も函館に? 珠緒のほうが仕事をやめるって気はないのか? 俺を選ぶって言うんだったら、結婚してもいいんだよ。珠緒も三十二だろ。結婚出産を望まないのか」
「キミが函館についてくるんだったら、結婚してあげてもいいよ」
「結婚してやるのは俺のほうだろ」
 
 平行線をたどったあげくに、彼とは別れた。詳しい事情を話す気にもならないでいる珠緒に、小野田は自分のほうの話をした。

「俺も大学のときには何人もの女の子とつきあったんだけど、あのころって俺は結婚なんか考えられなかった。女の子のほうはそうでもなくて、小野田くんだったら有望だから婚約しない? なんて冗談めかして言うんですよ。それで何人もから逃げ出したんだけど、大学三年のときの彼女、いい女だったな」

 金持ちのお嬢さまだから品があっておっとりしていて、結婚などとは言い出さなかった。

「鷹揚で優しくて、今から思えば最高の彼女だったんですけど、俺も若かったし、これからいくらでも女の子とは知り合えると思って、別れました。噂によると彼女は……」

 どこどこの会社の御曹司と結婚したらしい、と小野田は言った。

「卒業して前の会社に就職して、今度は同い年の幹部候補生の女の子とつきあったんですよ。彼女は課長と似たタイプで、仕事命って感じだったな。お嬢さまはなんでも俺に合わせてくれたけど、彼女は自分に合わせさせようとする。俺を操ろうとする。やっぱあのお嬢さまのほうがよかったな、なんて後悔したりしてね」
「ないものねだりだね」

 そうですよね、と小野田は頭をかいていた。

 北海道の中では都会だとはいえ、函館には繁華街がそういくつもあるわけではない。いきおい、社員の行動範囲も限られる。小野田とふたりで飲んでいる姿を目撃されたこともあったし、ひとりで飲みにいった店で、部下と遭遇したこともあった。

「あら、課長、おひとりですか? 小野田さんとじゃなくて?」
「小野田くんとなんかめったに飲みにはきませんよ。古場さんこそ、ご主人と待ち合わせ?」
「私もたまにはひとりで飲みたいんですよ」

 パート社員の古場鶴美、彼女は四十歳で、独身時代は正社員として、結婚してからはパートとして同じ職場で働き続けている。変形お局さまのようなものだが、珠緒の職場では主のようものでもあるので仕事では重宝していた。

「で、小野田さんとはつきあってるんですか?」
「職場恋愛はしたくないな」

 避けるわけにもいかなくて、珠緒は鶴美と同席することにした。

「恋愛にはなってるわけだ」
「そうなのかなぁ」
「告白されました?」
「告白なんかしてこないよ。彼は年下だし、部下だし、思わせぶりは言うけど、遠慮してるんだろか」

 モトカノは何人もいたけど、決め手に欠けたんですよね、今度こそ、結婚相手になる女性とつきあいたいな、と小野田は言い、珠緒の顔をじっと見つめていた。

「年下ったって、たった三つでしょ? 部下だからって遠慮なんかしていたら、今どきは社内結婚できないじゃないですか」
「そうは言ってもね……」

 ため息をつく珠緒に、相談に乗りますからね、と鶴美は言ってくれた。
 彼女も部下ではあるのだが、年上で既婚なのだから人生経験は豊富なはずだ。それからは珠緒は鶴美に小野田とのあれこれを相談するようになり、鶴美も親身になって聞いてくれた。

「そこは珠緒さんがさりげなく一押ししなくちゃ」
「私が押すの?」
「そうですよ。それもさりげなく、さりげなくね。珠緒さんからのアプローチだってむこうに思わせたら、男は図に乗りますから」
「なるほど」

 社内ではパート社員と課長だが、プライベートでは鶴美のほうが先輩だ。珠緒さん、鶴美さんと呼び合うようになって、有益なアドバイスもしてもらった。

「課長……じゃなくて、珠緒さんって呼んでもいいかな」
「ええ?」
「つきあうようになったら、あなたが俺の上司だって忘れていいかな」
「……それ、告白?」
「恋人同士になったら、ため口でもいいかな」
「いいよ。許してあげる」

 仕事一筋で生きるつもりはないから、珠緒は結婚だってしたかった。三十二歳は女としてはぎりぎりに近い年齢だとも聞く。すこしだけ年下の、仕事もルックスもそこそこの男。上昇婚思考のない珠緒には小野田は理想に近かったから、やった、と内心で小躍りした。

「ただし、私は若くもないんだから……」
「もちろん、結婚を前提でつきあって下さい」
「いいわ」

 やったやった、私の勝ち!! 珠緒としてはそのつもりで、鶴美にも報告した。

「よかったですね。近い将来には函館で新家庭を構えるんですか」
「私が本社に戻れたら一番いいんだけどね」
「小野田さんって函館のひとでしょ? ご両親もいらっしゃるんでしょ? 嫁としての立場は……」
「嫁に行くつもりはないから。私は小野田くんと結婚するんだよ」
「そりゃそうですけどね」

 今すぐに結婚するわけでもないのだから、そのあたりはおいおい考えていけばいい。珠緒としては譲れない部分は、小出しにして小野田に伝えていくつもりだった。

 北国で暮らすのははじめての、北海道の冬。函館は積雪は少ないほうだが、それでも雪景色になる日もよくある。白い街がライトアップされた冬は、恋をしている珠緒にはロマンティックで美しかった。

「えと、珠緒さん……」
「なに?」

 本年度の仕事おさめの日、早めに勤務を終えて、珠緒は小野田との待ち合わせ場所に急いだ。小野田は緊張の面持ちで珠緒を迎え、食事に行く前に……と切り出した。

「珠緒さんに言われた通りで、俺ってないものねだりなんだよね」
「ん?」
「癒し系のお嬢さまとつきあっていたら、仕事のできる自立した女がよくなる。キャリアウーマンとつきあっていたら、可愛くてつくしてくれる女に目移りする。その調子で二十代には彼女を何度も取り換えた。今度こそは結婚して落ち着きたかったんだけど、両親に話したら難色を示されて……」
「私が年上だから?」

 その懸念はなくもなかったが、小野田は、俺が説得するからまかせておいてくれ、と言っていた。珠緒の両親は反対はしないだろうから、きちんとまとまってから話すつもりだった。

「それもあるし、職場で奥さんのほうが立場が上だってのもやりにくいだろって」
「だったら、満くんが転職すればいいのよ。私が話にいこうか?」
「いや」

 苦悩のいろをおもてに浮かべて、小野田は首を振った。

「そんなときに、俺はまたないものねだりをやってたんだ。可愛くて若くて、仕事なんかたいしてできはしないけど、この子とだったら親は絶対に反対しないだろうっていう、二十三の子とね……」
「浮気したの? 誰?」

 あなたの知らない女の子だよ、と小野田は言うが、彼女を守ろうとしてかばっているのかもしれない。

「浮気ってか、俺はまだあなたとは結婚してないんだから、心変わりってか気の迷いってかね……だけど、苦しくて相談したんだ。相談相手はあなたもよく知ってるひとだから……古場さん」
「ああ、古場さんね。彼女には私も相談に乗ってもらったよ。古場さんだったら満くんを諌めてくれたでしょ」
「ってかね……」

 いっそう苦しそうに、小野田は言った。

「ないものねだり、そのときにつきあってるのとちがったタイプに走るってのは俺の定番なんだけど、これはかなり異色だなと」
「なんのことなの?」
「熟女ってほどの年齢でもないけど、あのくらいの女は究極に癒してくれるんだよね。珠緒さんとはずいぶんちがったタイプの……深みにはまりそうなんだ」
「誰と? え……えーっ?!」
「そうなんだよ。俺は誠実でありたいから、目移り、心変わりをしたら前の彼女とは別れる主義だ。珠緒さんとは結婚前提のつもりだったけど、あくまでも前提でしょ。決定ではなかったからね。だから、ごめんなさい。俺のことは忘れて下さい。俺が転職するんでもいいよ。あなたは悪くないものね」

 うだうだと弁解している小野田の声は、珠緒の耳を素通りしていく。

 本当なのか? 相談に乗るのが好きな鶴美が、知恵を授けたのではないのか。仕事を辞めてもいいつもりだったら、私との仲をでっちあげれば? 若い子に乗り換えられたら闘志を燃やすかもしれないけど、私とだったら珠緒さんもがっくりして、勝手にしろって言うんじゃない?

 そう考えたがるのは珠緒のプライドゆえか。ふっくら太った鶴美は珠緒にはおばさん以外の何物にも見えないし、既婚でもあるのだから心配もしていなかったが、実は小野田を狙っていたのか。珠緒も鶴美に小野田の情報を与えすぎたのか。いずれにしても、小野田とは別れることになりそうだ。

「いい思い出をありがとう」
「珠緒さん、俺はあなたのそんなところが好きだったよ。潔いよね。男前だよね」

 本当のことなんてわからないけど、ここは私のゆきずりの土地だ。男もゆきずりの相手だと割り切れるはず。割り切れるはずだと、珠緒は自分に言い聞かせた。

次は「ち」です。








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