ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FSさくら物語「花弁乱舞」

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フォレストシンガーズ

さくら物語

「花弁乱舞」

 空気を吸い込んで呼吸を止め、止めて止めて止めすぎて気絶しそうになった。なにこれ? なにって、桜だろ? 桜以外のなんなんだよ。千本桜っていうのかな?

 弥生の空は見渡す限り……ってこれだね。学生時代に乾さんに教えてもらった短歌も思い出す。
 「願わくば 花のもとにて春死なん その如月の望月のころ」

 如月に花は咲かないでしょ? と尋ねて、旧暦だから咲くんだよ、と乾さんが教えてくれた。俺もこうありたいな、と呟く乾さんに、死なないで!! とすがったっけ。

 二十歳にもならないガキになんかわからなかったが、三十になった大人の俺にだったらわかる。
 日本人だもんね。春の真っ盛りに桜のもとで死にたい。花は桜木、人は武士。いや、人はミュージシャン、ミュージシャンの三沢幸生だ。

 下界では桜はほぼ散ったが、山の上のほうではまだ十分に見ごろだと聞いた。今日は休みだから、人のいないところで名残の桜を見たい。そのつもりで車を走らせて山に登り、人のいないほう、人のいないほうへと進んできた。

 人がいないにしてもいなさすぎて不気味な感さえあるが、どうしてこんな素晴らしい桜スポットに人がいないのだろう? 知られていないせいか。ネットでも紹介されていないのかもしれない。俺にとっては幸いなので、車を止めて降りてみる。絶景ひとりじめ。

「ほーほけきょって、鶯くんだろ? 話をしようよ。デュエットする? コーラスする? 俺が低音パートを歌うから、鶯くんたちが高音ね。他の鳥も……きみたちはなんて鳥?」

 おまえに似た声の鳥ってけっこういるよな、と本橋さんが言っていた。俺には鳥の声で区別はできないが、なんだっていい。鳥が、ワタシ、ユキチャンッテイウノヨ、なんて答えてくれるはずもないが、ひとりで喋っているよりは楽しい。

「鳥と喋るって、ひとりごとと同じだろ」

 口出ししてくる架空の章は無視して、小鳥さんたちと一緒に歌う。鳥たちの美声と俺の美声が溶け合って、観客も聴衆もいないのがもったいなくてたまらない。猫でもやってこないかと期待したが、ここらへんにはいないのか。野生のヤマネコちゃんとか、いない?

 ヤマネコレディが俺の声を聴きつけてあらわれて、恋に落ちる。そんな妄想をしてみても、それからどうするんだ? と現実に戻るのはやめて、ヤマネコちゃん、出ておいで。

 小鳥とは恋はできそうにないので、この歌で猫を呼ぶ。猫とだったら恋ができるのか? この変態、と罵っているのも章の声だ。

「まったくもう、うるせえんだよ。うるさいのは幸生だって? 俺はうるさくないもんね。ああ、でも、やっぱり人間に聴いてもらいたいな。妙齢の美女があらわれないかな」

 いちばんいいのは妙齢の人間美女。
 二番目は妙齢の非美女。
 三番目は妙齢ではない人間女性。

 そのあとは順不同で、三毛猫、ヤマネコ、その他の猫、ただし、メスに限る。
 やや残念ながら、オス猫でも許す。猫ネコ猫、出てこーい。

 願ってみても出てきてくれそうにない。そしたら酒とうまいものでも出てこないかな。いや、運転しなくちゃいけないから酒はなし、極上の花見弁当がいいな。

 話し相手が小鳥しかいないってのはやはり寂しい。応答がないので会話にも限りがあって飽きてきた。俺は人間と、それがかなわないなら猫とでもいいから会話をしていないとつまらない。仕方がないので花のもとで昼寝をしようか。花のもとで俺が死んだら嘆き悲しむ人が莫大な数になりそうだから、寝るだけね。

 桜の巨木にもたれて目を閉じる。花の妖精に取り囲まれて、ユキちゃんユキちゃん、ユキちゃんっ!! ともてまくっている夢を見た。

「ん? ああ……あ? わぁ……」

 起きているのか寝ているのか、夢の続きか幻か現実か。夢幻と紙一重のような薄桃色に包まれた。

 ふわーっと風が吹いて、ふわーっと花びらが舞う。俺の全身に降り注ぐ無数の花びら。花びらたちの一枚、一枚が、文字なのか、音符なのか。ひとつずつつかまえてまとめて歌に……いや、そんなのどうでもいい。この瞬間に身をまかせよう。そうすれば歌も自然にできていく、きっと、いや、たぶん。

END








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