ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FSさくら物語「花霞」

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フォレストシンガーズ

さくら物語

「花霞」

 季語ってのは旧暦を基準にしているそうだから、現代の季節にはふさわしくない感じがすることもある。けれども、「桜」は春だ。「花」とは桜をさすのだから、「花」は春。

 通りがかった河原に腰を下ろして、霞のかかったような頭で桜霞について考える。遠くに見える花霞。「霞」もいかにも春だなぁ。頭にも霞がかかってくるから、こうしていると居眠りしそうだ。
 あの花霞は対岸の公園か。あんなに広い公園に広範囲の桜……どこの公園かな。どこだっていいけどさ。

「あの……まさかだよね」
「ん?」

 頭に霞がかかっていたものだから、隣に誰かがすわったとは気づかなかった。まさかって? まさか、きみは俺のことを知ってる?

 声をかけてきたのは若い女の子。ただし、彼女は子どもを抱いている。フォレストシンガーズの木村章と知っていて声をかけた? デビューしてから一年半、シングルCDは出しているものの、テレビにもほとんど出ない、ヒット曲もないのだから、俺たちの知名度ははなはだ低い。

 それでも、知っているひとは知っているのかもしれない。今回だって春のイベントで歌うためにこの土地に来て、リハーサルの合間の休憩時間にひとり、散歩に出てきたのだから、彼女は俺を知っていて?

「ああ、ちがうわ」
「ちがうって?」
「ごめん。中学のときの彼氏かと思ったの」
「なんだ、それ。子連れで新手のナンパかよ」
「ナンパなんかしてないし」

 地方都市は結婚が早いと聞く。彼女は二十四歳の俺と似た年頃に見えるから、都会ではガキみたいなものだが、既婚子持ちのほうが多数派の土地もあるだろう。

「きみの子?」
「んと、ちがうよ。ベビーシッターのバイトしてるの」
「そうか。仕事中にさぼってんのか」
「さぼってるんじゃなくて、息抜きだよ」
「息抜きイコールさぼりだろ」
「ちがうってば」

 小柄でスリムな可愛い子だ。初対面の男にぽんぽんものを言う気の強さも好み。じゃあ、俺のほうからナンパしようかな。

「俺も仕事で来てるんだけど、休憩時間なんだよ。きみの仕事は何時まで?」
「えっとね、えっと……六時」
「俺は一旦仕事場に戻らないといけないんだけど、八時くらいには終わるかな。それから一緒にメシ食わない?」
「私と?」

 きょとんとした丸い目をして、彼女は俺に問い返す。きみが声をかけてきたんだろ。だから誘ってるんじゃないか。

「それは、えと、どういう意味?」
「……はぁ」

 ナンパをした女の子に、どういう意味? と訊かれるのははじめてだ。どういう意味もこういう意味も、イエスかノーかしかないのが当然なのだが。

「きみと食事をして話をして、気が合うようだったらもっと深く知り合いたいってか……」
「深く知り合う?」
「いちいち細かく追及すんなよ」
「あ? 怒った?」
「怒ってないけどさ」

 調子の狂う女だ。ナンパはもうヤメ。こうして河原で遠くにぼんやり霞んだ桜を見ているだけでも、隣に可愛い女の子がいるほうがいい。彼女が抱っこしている赤ん坊はすやすや眠っているから邪魔にはならず、彼女も立ち去ろうとはしない。綺麗だなぁ、と呟いて話題を変えた。

「わたし、佳澄っていうの」
「あれ?」
「へ?」
「あれ、花霞っていうんだそうだよ。俺は章」
「章くん……そうなんだ。花霞……私は中学しか出てないから、そんなむずかしい言葉は知らないな」
「知らなくてもいいけどね」

 登校拒否だったの、なんて、佳澄はさらっと重たいことを口にする。そんなこと、俺に言われたって反応のしようもなくて、ふーん、とうなずくだけにした。

「中学のときに彼氏ができて、彼氏に会いたいだけで学校に行ってたんだけど、彼氏が転校しちゃって行く気もなくなって……それでも中学は卒業させてもらって、高校は諦めて家の手伝いしてたんだ。二十歳になって、父さんの知り合いの男のひとにつきあってほしいって言われて、二十一で結婚して、二十二でこの子を産んで……」
「んん? すると、ベビーシッターのアルバイトじゃなくて?」
「あ、ごめんね。私の息子」
「……あっそ」

 ごめんねと言われてしまっては、迷惑をかけられたわけでもないのに怒れない。しつこくナンパしなくてよかった、と考えておこう。

「昨日から全然寝てくれなくて、旦那も旦那のお母さんもお父さんも怒るの。私も参っちゃって、朝からずっと外を歩いてた。今ごろ寝られたらまた夜、起きるんだけどね」
「苦労してるんだ」
「みんなこんなものじゃないの?」
「いや……」

 すると、佳澄は二十三歳くらいだろう。都会の二十三歳女なんて、苦労はしていない奴が大半だ。俺だって好きなことをして生活していけてるんだから、売れない苦労なんて……とちょっと反省した。

「章さんは独身?」
「うん」
「仕事、さぼったら駄目だよ」
「さぼってるわけじゃないんだけどね……俺、シンガーなんだ」
「歌手?」

 へぇぇっ!! とのけぞるほどに驚いた佳澄に俺は笑ってみせた。

「まるっきり売れてないけど、歌手だよ。フォレストシンガーズの木村章。駅の近くにあるリバーサイドホール、ほら、あれ、知ってる?」

 ここからも見えているホールを指さすと、佳澄はこっくりした。

「中学のときにクラシックコンサートに行ったことあるよ。学校行事で」
「そっか。あそこで今夜、スプリングフェスティバルってのがあるんだ。そこで歌うから、嘘じゃないよ」
「……いいなぁ、行きたいな」
「来てよ。俺の名前を出してくれたから入れるようにしておくから」

 この若さで赤ん坊の夜泣きに悩まされて、姑や舅にまで怒られているってのがかわいそうになって言ってみた。もはやナンパ気分ではなく、お気楽な自分が後ろめたくなってきたのもあった。

「無理だよ。赤ちゃんいるのに」
「……そうだね」
「嘘だなんて言わないから。覚えておくから……フォレストシンガーズの章くん」
「そうだよ。売れてないけどね」
「売れるようにがんばって」
「うん、ありがとう」

 遠く遠くに霞んだ桜の花を見れば、俺は佳澄を思い出すかもしれない。せっかく好みの女の子と知り合ったのに、彼女のほうから声をかけてくれたのに、なんと、彼女は子持ち。苦くて甘い、桜霞の想い出として。

AKIRA/24歳/END








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~ Comment ~

NoTitle

そういえば、基本的に季節は旧暦であらわされることが多いですよね。不思議。。。いい加減に現在の気候に合わせた区分をしたら良いと思いますけどね。
最初の部分に共感しすぎて、その後が頭に入らなかった。すいません。。。

LandMさんへ

いつも本当にありがとうございます。

春の弥生のこのよき日、
はひな祭りで、この歌も作られたころは旧暦で、二月にひな祭りだったのかな? その地方にもよりますが、これはどっち? 新暦か旧暦か、なんて悩んでしまったりもしますよね。
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