番外編

FS超ショートストーリィ・四季の歌・全員「四季の歯」

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フォレストシンガーズ

四季のうた・超ショートストーリィ

「四季の歯」

1

 煙草を吸う者は歯には細心の注意をするべきだ。めったにテレビに出る機会はないものの、皆無でもないのだから、乾さんの歯、汚いね、幻滅、などとファンの方に言われたくない。歯磨きは当然、自宅でもケアをして、歯科医にも頻繁に通っていた。

「乾さんの歯は丈夫ですよね」
「子どものころの食生活のおかげかもしれませんね」
「どういったものを?」

 年に数回、この歯科医には来ているのだが、患者との世間話は忘れてしまっているのだろう。パソコンに向かっている若い男性医師に、隆也は何度目かの思い出話をした。

「うちは祖母が料理のメニューを決めていましたので、和食ばっかりだったんですよ。小魚や小エビや貝や、青菜の炊き込みごはんやって、意識していたわけでもないのでしょうけど、カルシウム豊富な食事がもっぱらでしたから」
「ほおほお。それはいいな。だから乾さんは虫歯がない、と」
「今回もありませんか」
「ないようです」

 白く美しい歯を維持することもさりながら、虫歯や歯周病にも気をつけなければならない。女性の平均寿命よりは大幅に若い年齢で逝ってしまった祖母は、入れ歯ではなかったはず。こんなところにも祖母のおかげが……隆也は歯医者の椅子で、今日もまた祖母を想った。


2

 芸能人は歯が命、なんて言う。俺たちは芸能人でもないけど、歯は大切だな。昨日の休みはなにしてた? 俺は歯医者に行ってたよ、との隆也の返事を聞いて、俺も行こうと真次郎も思い立った。

「芸能人でなくはないんじゃありません?」
「いや、俺たちは芸能人だなんて、そんなことはこっ恥ずかしくて言えませんよ」
「どうしてですか?」

 自ら歯のケアはしている。現代人ならばたいていはやっているだろう。定期的に歯医者に通っている隆也のような者も多いのだろうが、真次郎はそう頻繁には行っていない。歯医者? 歯が痛くなったら行くもんだろ? との認識があった。

 以前に歯が痛くなって駆け込んだ歯科医で治療してもらい、半年後に葉書を出しますからまた来て下さいね、と言われ、了解はしたものの、忙しさにまぎれて葉書を無視してしまった。なので、そこには行きづらくて別の歯医者にした。真次郎の持っている健康保険証を見れば、彼が歌手だとはわかるのである。

 とはいえ、年配の女性医師はフォレストシンガーズを知らなかったようで、芸能人の定義とはなんですか? などと質問する。これがわずらわしいから医者は嫌いなんだよな、と真次郎はひそかにため息をついた。


3

 この世に嫌いなものは数々あれど、医者は特に嫌いだ。章は子どものころには身体が弱く、しょっちゅう母に医者に連れていかれていた。注射が怖いと泣いたり、入院しなくてはいけないと聞いただけで泣いたり、薬が苦いと泣いたり。

 泣くと医者も看護師もなだめてくれたが、母は嘆き父は怒る。たまに父が付き添っていたりすると、おまえは男のくせにこんなことで泣くな!! と怒鳴って病人を殴ったりする。そばに母がいるとおろおろして、お父さん、やめて、私があやまるから、と泣きそうになる。

 なんか俺の親って、けっこうな問題親だったんだな。
 そんなことまで思い出すので、医者には極力行きたくない。しかし、歯だけはどうしようもない。激痛ではないのだが、しくしく痛む歯。意識しはじめると止まらなくなって、章は夜もやっている歯医者に出向いていった。

 このごろは医者も過当競争だ。特に歯医者は都会にはどこにでもここにでもある。こんな時間に医者が診察しているなんて、章が子どもだった時代の稚内では考えられなかった。救急病院でもあるまいに。

「結婚するのか、おまえが?」
「そうだよん。親父の知り合いの息子とお見合いしたんだ」
「へぇぇ、よくこんなあばずれ、貰い手があったもんだな。どこのどいつ?」
「歯医者だよ」
「……嘘だろ」

 得意満面だった女の顔が浮かぶ。
 章が若いころに歌っていたロックバンドのファンだった女。酔ったはずみに章も寝たことがあるが、あの女は他のミュージシャンとだって気軽に寝ていた。

「結婚したら今まで通りには行かなくなるだろうけど、たまには遊んであげるよ」
「それは、たまには寝たいって意味か?」
「やだ、アキラの馬鹿」

 歯医者の妻ってのは勝ち組なんだろうな。あいつ、幸せになってるかな。だけど、近頃の歯医者の家族は大変かもな。名前も忘れた女、もちろんあれっきり二度と会っていない女の顔が、記憶の中で楽し気に笑っていた。


4

「ママ、どこ行くの?」
「いいところだよ、楽しいところ」
「パパ、ごまかしたら駄目」

 妻の恭子が身をかがめ、長男の広大と視線を同じにして言い聞かせた。

「歯医者さんに行くの」
「おいしゃさん? やだぁ」
「行かなくちゃいけないんだよ。虫歯にはなってないと思うけど、なっちゃってからだと大変だから見てもらうの。痛いことなんかしないから大丈夫」
「ちゅうしゃしない?」
「しないから大丈夫だよ。ね、パパ?」

 甘いものは一切食べさせないというようなきびしい母ではないが、三歳になった息子をこれからは定期的に歯医者に連れていくと恭子は言っていた。

 楽しいところ、だなんてごまかさず、歯医者だとはっきり教えるのは正しいのだろう。
 でもな、いやだよな、広大。パパが替わってやりたいよ、と繁之は思う。だけど、パパも歯医者は嫌いだよ。時々は行かなくちゃいけないんだけど、うちのメンバーたちはちゃんと行ってるみたいだけど、俺はなるべく避けたくて。

 いいや、そんなことを言っていてはいけない。広大だって怖がりながらもママに連れられていった。俺も行くよ、うん、明日な、明日。


5

 リクライニングみたいに椅子を倒して、目を閉じて顔にはタオルが載せられて、耳に流れ込んでくるのは心地よいイージーリスニング。幸生が居眠りしそうになっていると、可愛らしい女性の声が聞こえてきた。

「歯のクリーニングを担当させていただきます、西川です。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。歯科衛生士さんかな?」
「そうです。では、失礼します。お口を……」

 はいはい、と返事をして、幸生は口を大きく開ける。西川さんの顔は見てないけど、可愛い子なんだろうな。若そうで、声が可憐で仕草が優しくていい気持ち。歯医者なんか好きじゃないけど、年に何度かは行け、と乾さんに命令されるのもあって俺も実行している。

 歯のケアは大切だ。真っ白で綺麗な歯は大切だ。けど、楽しみもなくっちゃね。
 口をがばっと開いているとおしゃべりができない。幸生のもっとも大きな楽しみが奪われているのだから、優しくて可愛い女性と接していられるのだけが幸せ。

 西川さんがどんな顔をしているのかは、見ないほうがより以上に幸せなのかもしれない。

END









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~ Comment ~

NoTitle

歯は昔から健康的なんですよね。
歯医者に、この歯ならなにもすることはない、と毎年言われます。
毎年、検診は行ってます。
(  ̄ー ̄)ノ

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

歯はとーっても大切ですよね。
毎年検診に行き、なにもすることはないと言われるって、理想的ではないですか。

私の場合は去年、五年ぶりに歯医者に行きました。
虫歯はできていなかったのでほっとしましたが、さぼらずに定期検診に行かなくちゃと決意した次第でございます。
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