ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FSさくら物語「サクラサク」

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フォレストシンガーズ

さくら物語

「サクラサク」

 「空き室アリ」

 見学可、とも書いてあったので、お邪魔します、と小声で呟いてアパートの中に入ってみた。今どきのマンションのような堅強なセキュリティなど望むべくもない。俺が住んでいたころは同居者は全員、独身男だと聞いていたから、少々用心がよくなくてもどうってこともなかったのだろう。

 若いとは限らないが、独身で貧しい男たち。そんな奴らのアパートに泥棒に入ったところで、盗むものもない。暇を持て余している奴もいたから、時間を問わず部屋にいて、泥棒は下手をしたらとっつかまってストレス解消だとばかりにぼこぼにされる恐れもある。

 だからさ、鍵もかけなくても大丈夫だよ。
 冗談でもないような顔をして、ご近所さんは言っていた。

 三代続かないと江戸っ子ではないと言われるが、我が家はご先祖さまからずっと江戸、東京だ。父も母も江戸っ子なのだから、俺も江戸っ子。そのわりには貯金はあったのは、末っ子だからこそだったのか。父も母も小遣いにはさほどうるさくなかったし、弟を虐げる罪滅ぼしか、兄貴たちもたびたび小遣いはくれた。

 そのおかげでバイト代は貯金でき、歌手になりたいと告げて家族全員に反対された大学四年の夏に、その貯金を資金にしてアパートを借りた。

 そのアパートだ。

 二十歳になった俺の初の城。大学を卒業してアマチュアシンガーになり、二十四歳でプロになってからも、結婚するまでここに住んでいた。引っ越しが面倒だの、狭いほうが掃除が楽でいいだのと言い訳して、事務所の社長にも言われた。

「本橋、ここはひどすぎるだろ」
「金がないんですよ」
「うー、そうだろうけどな……」

 まだ若いうちは社長も渋々納得していたのだが、俺が三十を過ぎると、思い出したように言っていた。

「まだあそこに住んでるのか? フォレストシンガーズもそこそこは売れてきたんだから、リーダーのお部屋拝見だとかって雑誌のコーナーのインタビュー申し込みが来たらどうする?」
「受けますよ」
「……ひどすぎるだろ。うちの事務所の恥だろ。もしかして誰かと一緒に住んでるとか……まさかなぁ。あの部屋に住める女はいないよな」
「いないでしょうね」

 無意識ではあったが、それもあったのかもしれない。
 本気の恋愛ではなかったと後になれば思うが、当時は本気で好きでつきあった何人かの女たち。真次郎と一緒に住みたいな、だとか、ちゃんと食べてないんでしょ、毎晩、ごはんを作って待っててあげたいよ、と言った女もいた。

 ここまでのボロアパートで同棲はできないから、抑止力にしていたのかもしれない。
 ほんとだぁ、ここは無理、と俺の部屋を見た女はたいてい、肩をすくめた。

 十年以上もひとりで暮らしていたアパート。金はなかったけれど、好き勝手していた。結婚するとどうしたって妻に生活を管理されるようになるのだから、完全な自由が懐かしくもなる。

「あ、ここ、俺の部屋だ」

 毎日毎日ここで寝たのでもないが、長く暮らしていた部屋なのだから、ドアの前に立つと想い出が押し寄せてきた。近所迷惑もかえりみず、仲間たちを連れてきて飲んで歌って雑魚寝して、翌日、隣室の中年男にイヤミを言われたり。

「楽しそうでいいねぇ。俺も仲間に入れてよ」
「この次は参加すればいいよ。呼ぼうか」
「あんたら、仕事はなにをやってんの?」
「プロの歌手。フォレストシンガーズっていうんだ。知らない?」

 嘘つけぇ、と二階の学生に嗤われたり。

「このアパートって女性禁止だっけ?」
「そんなきまりはないと思うけど、ここへ泊めるのか?」
「泊めるってか、同棲したがってる女がいるんだよ」

 一時期、すこしだけ親しくしていたどこかの販売員に相談されたこともあった。

「同棲反対!!」
「やめてくれよな、そんなことされたら俺たちたまんねえよ」
「一人前に同棲するんだったら、もうちょっとましなところへ引っ越せよ」

 住人たちにこぞって猛反対されて、彼は引っ越していった。やっぱりそうだな、ここに女は連れ込めないな、と俺は思っていた。

「結婚しました」

 その彼から一年後、アパートの住人全員あてに葉書が届いた。そこまでしか知らないが、俺と同年配だった彼は幸せな家庭を作っているだろうか。フォレストシンガーズの本橋って、アパートでは隣人だったんだ、と誰かに自慢してくれていたらいいな。
 
 誰、それ? と言われるか、嘘つけ、と嗤われているかもしれないが。

 仕事柄、留守にすることも多く、アパートの住人たちとは表面上のつきあいしかしてこなかったが、ちょっとだけ親しくなったそんな奴もいる。あいつは、あのおっさんはまだいるのだろうか。こんなアパートからは出ていったってほうが、出世したことになるんだろうな。

 鍵はかかっていなかったので、いけないのかもしれないがこっそり中に入り、色の焼けた畳に寝そべって、十年前の気分になってみる。

 こそ泥になった気分もある。
 いいなぁ、ここ、借りようかな。借りてなにをするって? 独身気分に戻るためだ。それだけだ。でも、美江子が誤解して怒るかもな。女を囲うつもり? なんてね。

 ちがうちがう。おまえだってここに来たことあるだろ。女人禁制の掟はないものの、こんな部屋に住むような変人女はこっちからお断り、ってなもんだよ。苦笑いで窓を開けてみた。

「ああ……ピンクが……」

 ここに住んでいたころには見えなかったはずだが、なぜか近くの小学校の校庭が見える。そうか、視界を遮っていたビルが壊されたんだ。校庭の一画がピンクにけぶっているのは桜。花の名前に疎い俺だって、桜くらいはわかる。

「サクラサク……」

 「サクラサク」は高校なり大学なりの受験合格を知らせる電報の決まり文句だ。最近はインターネットで知れるから、地方在住者に電報を送る仕事は消滅したのかもしれないが、俺のときにはあった。俺は東京だから直接見にいったが、高校の同級生が地方大学からのそんな電報を受け取って、ともに喜んだ経験もあった。
 
 俺たちの「サクラサク」はフォレストシンガーズデビューだった。
 うちからデビューしないかね? との電話はここで受けた。あの社長のおっさん声が、天使のように響いた。

 畳に肘をついて顎をのせ、うつぶせのポーズで窓から桜を眺める。
 あのころの想い出にもうちょっと浸っていたくて……俺、疲れてるのかな。精神的に走りっぱなしだもんな。なにをたわけたことを……って、兄貴、怒るなよ。たまには疲れも感じるさ。

 桜が咲いてるってことにも気づいてなかったんだから。

 だから、ここにもうちょっとだけいよう。
 桜が気持ちを癒してくれる。昔の追憶ってやつも慰めてくれる。今の俺の立場ではこんなアパートを借りて隠れ家にするのも現実的ではないけれど、もうちょっとだけだったらこうしていてもいいだろう?

END

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