ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS動詞物語「惚れ直す」

 ←FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2017/2 →FSさくら物語「サクラサク」
フォレストシンガーズ

動詞シリーズ

「惚れ直す」


 サプライズがあると聞いていたのはこれだったのか。嬉しいような、恥ずかしいような気分だ。

 もと野球選手の興梠さん、私は知らないタレントのSAKURAさん、彼女は日本人だがSAKURAという芸名らしい。そのふたりが司会担当で、興梠さんは実技もやってみせる。日曜日の朝、アスリートを迎えての番組だ。

 実際には録画なのだが、放映されるのは日曜日午前九時。視聴率はあまり望めないかもしれない。
 ゲストは各種競技のアスリート。興梠さんももとアスリートだから、なにかしらのスポーツで競う。その番組に、なんとっ!!

「あー、パパだ」
「そうだね。パパよ」
「お歌?」
「お歌は歌うのかな。ひとりで歌うってこともなくはないけど……」

 本庄恭子の夫であり、ここにいる広大と壮介の父であり、職業は歌手である本庄繁之は、フォレストシンガーズのベースマンだ。
 フォレストシンガーズデビュー十周年記念として各自のソロコンサートがあり、シゲちゃんは心配しまくっていた。

「俺のソロはキャパ三百人程度の小さいホールでいいと思うんだよ。なのにさ、その十倍くらい入るホールに決まったんだって。乾さんは一万とか言ってたな。章が八千、本橋さんと幸生は五千ってとこだから、それでも俺がいちばん小さいんだけどさ」
「……差別だ」
「差別じゃなくて、現実に即してるんだよ。ああ、だけど、三千人ものお客さまが来てくれるかな」
「来て下さるわよ」

 妻として断言したが、私も不安だった。

「みなさんのソロコンサートのチケット、売れてます?」
「かなり順調にはけてるよ。まだソールドアウトまではいかないけど、乾くんの金沢公演は時間の問題かな。シゲくんももうちょっとね」
「あのね、美江子さん」

 意を決して、私は言ったものだった。

「シゲちゃんのチケットがたくさん余りそうだったら、私が買い取っていいですか」
「恭子さん、それって失礼よ。あなたの夫を信じなさい」

 逆に美江子さんに叱られてしまった私の目論見とは、こうだった。
 もしも本庄繁之ソロコンサートのチケットがだぶついてしまったら、私が買い占めよう。知り合い全部に送りつけて、絶対に来てねと強要しよう。嫌われるかもしれないが、そのうちの半分でも来てくれたら客席が埋まる。

 けれど、そんな心配は無用だった。
 四度のソロコンサートには私もすべて出かけていったが、ソールドアウトとまではいかなくてもそれなりにお客さまが入ってくれていて、シゲさーん、素敵っ!! なんて声も飛んでいた。
 客層は比較的高齢だったが、私が強要したのでもなく、事務所のサクラでもないだろう。自主的に来て下さったみなさまのひとりひとりの手を取ってお礼を言いたかった。

 ソロコンサートをはじめとして、別のシンガーとのデュエットもある。シゲちゃんもフォレストシンガーズのシゲとしてだけの仕事ばかりではない。

「いつかはソロアルバムを出したいんだ。乾さんは出したけど、他のみんなも出したいって野望があるよ。章はロック、本橋さんはクラシックかな。本橋さんのピアノの弾き語りでジャズってのもいいかもね。シゲさんも俺もソロアルバムを出すのは夢だけど、シゲさんとユキのデュエットアルバムなんてどう? 恭子さんは売れると思う?」
「売れなかったら私が買って友達にプレゼントします」

 恭子さんの発想はワンパターンだなぁ、と言われそうなことを口にして、三沢さんに笑われた。
 グループで歌っている歌手には、ソロでやりたいとの夢があるものらしい。シゲちゃんにはその野望は少ないらしく、俺はフォレストシンガーズのシゲでいるのが一番だと言っているが、まったくないわけでもないのかもしれない。

 それでもって、今日はテレビで歌うの、ひとりで?
 日曜日の朝の「興梠オサムのようこそアスリート」を見て、とシゲちゃんが言った。水曜日までシゲちゃんは仕事で帰ってこない。なにがあるの? と尋ねると、サプライズだよ、と言い残して出かけていった。

 プロ野球の大好きなシゲちゃんが応援しているチームのファンになりはしたものの、正直、私は野球にはさほど興味はない。興梠さんの現役時代も知らないので、この番組も見たことはない。テニス選手が出ていたら見たかもしれないが、出るという情報はなかったから。

 三歳の広大と一緒にソファにすわり、ゼロ歳の壮介を抱いてテレビを見つめる。壮介にはまだわからないだろうが、テレビに出ているパパを見せたくて。

「はじめまして。本庄さんは野球がお好きなんですよね」
「はじめまして。はい、そうです」

 視聴者のみなさまへのご挨拶がすむと、興梠さんとシゲちゃんが会話をはじめた。パパパパと言って、広大は食い入るように画面を凝視している。

「俺の現役時代、見てくれてました?」
「見てましたよ。ほら、今日の試合に勝ったらタイガースにマジックが出るってのがあったでしょ」
「ああ、あれね」
「あのとき、九回裏一点差で、あとひとりで勝てそうだってときに、ツーアウト一塁で興梠さんが打席に立ったんです。俺は息を呑んで試合を見ていました。そしたら……」
「俺、なにかしました?」
「逆転サヨナラツーランホームランでしたよね」
「そうでしたか。十年も前のこと、よく覚えてますね」
「忘れられませんよ」

 執念深いなぁ、と興梠さん。恨んでますよ、とシゲちゃん。言い合ってからふたりしてがはがは笑った。マニアックな想い出話のあとで、興梠さんが言った。

「本庄さんは野球、やってたんですよね」
「少年野球ですよ。小学校のときです」
「ヒーローになった想い出は?」
「エラーをやらかして逆ヒーローになった経験だったら、何度かあります」

 またまた、がははは。興梠さんは四十代だろう。引き締まった身体つきの豪快なタイプだ。シゲちゃんは平均的な背丈でがっしりしているほうだが、興梠さんの隣に立っていると華奢にさえ見える。

「パパ」
「そうだね、パパだよね。パパ、トレーニングウェアを着てるから、なにかスポーツをするのよ」
「テニス?」

 じゃないと思うけど……と言いつつ広大とテレビを見続けていると、その話題が出てきた。

「本庄さんの奥さんはテニス選手なんですよね」
「ええ。一応引退して、今は子育てとインストラクターなどやってます」
「うちの奥さんは……っと、それはいいんだった。だったら本庄さんは野球もテニスも得意でしょ」
「いえ、どっちも不得手です」
「なんだったら得意?」

 ママ、と言って広大が私の鼻を押さえたのは、興梠さんとパパの会話の意味を理解しているからだろう。我が息子は頭がいいのだから当然である。なんて、他人がいたら言えないことを呟いてみた。

「駆けっこでしたら……」
「駆けっこって地味だね。ん?」
「はーい、サクラ登場!!」

 そこへ走り込んできたのは、もうひとりの司会者のSAKURAさん。ころっとした小柄な身体をショッキングピンクのトレーニングウェアに包んだ彼女は言った。

「興梠兄さんも本庄シゲさんも、体力は抜群でしょ? トライアスロン勝負にしましょう」
「トライアスロン? 俺、聞いてないよ」
「俺も聞いてませんよ」
「いいからいいから。時間がないんだから早くやりましょう。はーい、さっさとやる!!」

 演出なのかもしれないが、困った顔をしているふたりの男性の背中をSAKURAさんが押して、脱げ脱げ、脱いで脱いで、と言っている。ふたりともに走りながら、トレーニングウェアを脱ぎ捨てた。

 下には水着をつけているから、やはり演出なのだろう。
 トライアスロンとは、水泳、自転車、長距離走の三種を連続して行う競技だ。今日は時間がないから簡易トライアスロンでーす、とSAKURAさんが告げた。

「きゃあ、本庄さん、かっこいい!! 鍛えてますね」
「俺は?」
「興梠兄さんの裸は見飽きたよ。すぐに脱ぎたがるんだもん」
「人を露出趣味みたいに言うな」

 息の合ったやりとりをSAKURAさんとした興梠さんが、プールサイドに立つ。シゲちゃんも立つ。ふたりがプールに飛び込むと、SAKURAさんが実況中継をはじめた。

「本庄さんは駆けっこと水泳が得意だそうですので、トライアスロンにチャレンジしてもらっています。おーっ、本庄選手、早い!! まさにトビウオ!! がんばれ、興梠!! きゃーーっ!! 本庄さん、かっこいい。素敵っ!! 惚れそうっ!!」

 黄色い声でけたたましく騒ぐSAKURAさんを見ていると、ちょっといらっとする。横では広大が、パパどっち? パパがんばれ!! と声援を送っていた。

 僅差で水泳は興梠さんが勝ち、続いて自転車。競輪用のような自転車に、水着のままでふたりがまたがって走り出す。またまたSAKURAさんは三沢さんみたいな声で、きゃあきゃあきゃあ、かっこいいっ!! と騒いでいた。
 
「パパ、かっこいいね」
「うん、かっこいいよね。このひとは広大と壮介のパパだもんね」
「壮介、パパだよ。わかる?」

 お兄ちゃんが弟のちっちゃな手を取って、テレビを指さす。壮介はそうされてきゃきゃっと笑う。シゲちゃんの乗った自転車が疾走して、興梠さんの自転車を追い抜いていく。私の夫の全身の筋肉が躍動して、私は彼に見とれてしまう。

 シゲちゃん、かーっこいいっ!! あなたは私と息子たちのものよっ!!

END








スポンサーサイト


  • 【FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2017/2】へ
  • 【FSさくら物語「サクラサク」】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2017/2】へ
  • 【FSさくら物語「サクラサク」】へ