ショートストーリィ(花物語)

花物語2017/2「年に一度のスノードロップ」

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花物語2017

「年に一度のスノードロップ」

 もうじきやってくるはじめての結婚記念日。新婚夫婦にとっては最大のイベントなのだから、夫の孝道はサプライズプレゼントなりなんなりを考えてくれているのだろうか。当日まで素知らぬ顔で待つべきか。今日は孝道のほうが先に帰宅していたので、お帰り、と出迎えてくれた夫になにか言おうか、言わないほうがいいか、と恵梨香は迷っていた。

「あのさ」
「……んん?」

 来た? 寝室で普段着に着替えていた恵梨香は、ドア越しに夫の声を聞いていた。

「明日、墓参りに行くんだ」
「墓参り? 誰の?」
「いとこだよ。俺が中学のときに亡くなったんだけど、小さいころには仲が良かったんだ。明日は命日だから、墓参りだけは欠かさず行ってるんだよ」
「そっか」

 だから、恵梨香も一緒に、と夫は言うのだろう。一度も会ったこともない夫の親戚の墓参りに誘われても気が乗らないし、恵梨香の望みとはまるでちがった話だったのでがっかりして、恵梨香はひとりで口を尖らせた。

「何時から行くの?」
「朝早いから、恵梨香は寝ていたらいいよ。休みにまで早起きするのはつらいもんね」
「あ、そうなの」

 一緒に行こうと言われているのではないらしい。だったらいいか、のような、早くから出かけて墓参りって、どこまで行くんだ? と疑惑が生じるような。

 専門学校を卒業して介護職に就いた恵梨香は、四年ほど前までは老婦人が姪とふたりで暮らす大きな屋敷に住み込んで、老婦人の世話をしていた。通いの家政婦さんが別にいて、口うるさいおばさんがわずらわしくはあったものの、家事はしなくていいので楽だともいえた。

 老婦人が亡くなったので恵梨香の仕事がなくなり、住み込み介護士は辞職した。給料がよかった上に住み込みでお金を使うこともなく、貯金は増える一方。

 仕事はちょっと休んで留学しようと決め、恵梨香は一年間、ハワイですごすことにした。ハワイだったら留学じゃなくて遊びでしょ、と言う者もいたが、ハワイへの語学留学はけっこう流行っている。一年間の楽しい暮らしが終わる直前のある夜、仲間たちと海の見えるクラブでお別れパーティを開いた。

 そこで知り合ったのが、留学生仲間が連れてきていた孝道。仕事でハワイに来ていた孝道の住まいは日本で、彼も恵梨香と同じ日の飛行機で帰国するという。フライト時間までが同じだったので、航空会社に交渉して隣同士の席に変更してもらった。空席もあったので交渉は成立したのだった。

「うちは祖父が輸入雑貨の会社をやっていて、ハワイの雑貨も扱いたいってことになったんだ。それで僕が視察に来たんだよ。なかなかいい感じだったから、これからはハワイに来ることも増えるかな」
「私は留学から帰ったら、日本でまた仕事を見つけなくちゃ」
「介護職だったら仕事はいくらでもあるんじゃない?」
「あるとは思うけど、英語もうまくなったんだから、両方活かせる仕事がしたいな」

 飛行機の中ではそんな話をして、成田に到着すると孝道は言った。

「このままさよならって寂しいな。食事しない?」
「機内食でおなかいっぱいだよ」
「そしたら、また会ってもらえないかな」
「そうだね」

 即座に誘いに乗るよりは、時間を置いたほうがよかったのかもしれない。今度の土曜日、との約束の日まで、孝道は思いを募らせていたとあとから恵梨香に打ち明けた。

 結婚を前提で、と正式に告白されてから半年余りで、孝道にプロポーズされた。
 外見は凡庸だが、孝道の前途は有望だ。恵梨香も二十八歳。帰国してから再び介護職についてはいたが、二十代のうちに結婚したいのだから、四つ年上の孝道とだったらまあいいかと、恵梨香はうなずいた。

 結婚式は二月末日。寒い時期ではあるが、春が近いという意味でわくわくする日でもあった。

 肉体的にハードな介護職は結婚退職し、現在の恵梨香は夫の祖父のつてで雑貨店のパート店員として働いている。将来は夫がまかされる店を共同経営するつもりなのだから、修行の意味もあって有意義だ。

 三十歳になったのだから、そろそろ子どもを……と恵梨香は考えているが、夫も熱望しているようにもないし、夫婦ふたり暮らしは快適だから、もうすこし先でもいいかな、気分でもあった。

 とりたてて不満もない日々だから、小さな疑惑を追及したくなったのかもしれない。翌朝、言った通りに早くマンションを出ていった夫を、恵梨香は尾行した。
 徒歩で最寄りの駅まで出、夫は白い花束を買った。そこから電車を乗り継いで郊外へと、特急で二時間弱かかる駅に夫が降り立ち、恵梨香も続いて降りたときには正午近い時刻になっていた。

 駅からも徒歩で、夫は山道を登っていく。交通の便のいい都会に住んでいるのだから、夫は自家用車は実家に預けていてたまにしか乗らない。マンションの駐車場は高い、実家に広いパーキングがあるのだから、無駄な金は使わなくていいだろ、が夫の主義だ。

 自家用車でここまで来られたら尾行できないところだったし、タクシーも使わないほうが恵梨香はやりやすいのだが、疲れてきた。なんだって電車と歩きなの? こんなに遠いのに。

 今日はそれほど寒い日でもないので、歩いていると汗ばんでくる。孝道の歩調に合せるためには、恵梨香は早歩きしなければならないのでよけいだ。でも、夏じゃなくてよかったよね、と恵梨香は自分に言い聞かせていた。

 いい加減歩くのもいやになってきたころ、夫がどこかの寺の山門をくぐっていった。「宝山寺」。ほうざんじだろうか。わりに大きな寺の中に入っていった夫の横に、すっと並んだ女がいた。え? こんなところでデート? どこかで見たことのある顔だ。女が誰なのかを考えて思い当った。ハワイで知り合った留美子ではないか。

 留学生仲間ではなかったのだが、恵梨香から見れば友達の友達というポジションか。それほど親しくはなかったが、たしか、留美子も仕事でハワイに来ていたはず。ハワイの日本人仲間としては互いに顔も名前も知っていて、パーティなどで会って何度かお喋りもした。

 夫と留美子は黙って連れ立って歩いていく。ふたりは同じ、白い花束を抱えている。

 背の高いすらりとした女と、彼女よりもやや背の低いぽっちゃりした夫。ふたりが入っていったお堂には「水子供養」の大きな文字。どういうこと? 恵梨香は首をかしげたが、お堂の中までは入っていけない。留美子ならば留学生時代の友人に訊けば住所かメルアドか電話番号はわかるだろう。恵梨香はその場を離れた。

「あの……」
「はい?」
「失礼ですが……」

 寺からも出ていったところで、恵梨香は見知らぬ男に声をかけられた。

「留美子とはお知り合いですか?」
「あの……えと……」
「僕は留美子の夫で、狭間といいます」
「あ、そうなんですか」

 こんなところではなんですから……と狭間は言い、駅のほうへと歩き出した。幸いにも人通りはなく、駅まではかなり道のりがあるので、狭間のほうの事情は知れた。

「僕は留美子と結婚して三年以上になるんですけど、去年も一昨年も、今日、この日に墓参りに行くって言って出ていったんです。この寒い時期に? 春になってからにしたら? って言ってみても、今日が命日なんだからって。誰の? 中学生のときに亡くなったいとこだと」
「うちの旦那もそう言ってました。留美子さんとうちの旦那は親戚?」
「そうじゃないんですよ」

 僕も行ってもいい? 一年目には狭間はそう言ってみた。駄目、と断られて諦めた。
 二年目には妙な胸騒ぎを覚えたのだが、ついていきたいのを我慢していた。
 そして三年目の今日、辛抱できなくなってついてきた。

「お寺の中で出会った男性が、あなたのご主人の遠田孝道さん」
「そうです。えーっと、で、入っていったのは水子供養のお堂? なんだ、それ? なんのこと?」
「なんとなくはわかるんですけど、僕はやっぱり知りたい。留美子に訊いてみますよ。遠田さんはどうしますか?」
「んんっと……留美子さんの返事を聞いてから考えます。連絡先、交換してもらっていいですか」

 スマホの電話番号だけ交換し、すこし考えたいと言った狭間とは駅で別れた。

 疲れてしまったので恵梨香はおとなしく帰宅した。孝道は遅くなってから帰ってきたが、特にはなにも言わず、表情も平静だ。次の日は日曜日だったので、スーパーマーケットに買い物にいったり、孝道が掃除をしている間に恵梨香が保存食を作ったりして、常の休日となんの変りもない一日だった。

「留美子から聞きましたよ。遠田さんは?」
「私はなにも聞いてません。私にも話してくれられます?」
「わかりました。会いましょうか」

 月曜日になって、狭間から電話があった。

 あの日は多少気が動転していたので、狭間のルックスなどは気にしていなかった。が、電話で約束して待ち合わせた狭間は、長身で顔立ちも整ったいい男だ。年齢は三十前後か。留美子は孝道と同じくらいの年齢だったはずだから、狭間のほうが年下だろう。

「高校生のときなんだそうです。留美子と遠田さんは同級生で、恋人同士だった。親にも内緒でつきあって、留美子が妊娠してしまって……」

 高校生ならばそうするしかなかったのだろう。留美子は中絶した。孝道は金持ちの息子なのだから、豊富にもらっていた小遣いを貯めていた分で費用は全部出した。

「中絶した日が、二十年近く前のあの日だったみたいですよ。留美子は父子家庭育ちで、大人だったとしても結婚はできない格差があるって、孝道さんもそう言ったらしい。だから、別々の相手と結婚した。それでも産んであげられなかった子の命日にだけは、ふたりでお詣りにいこうって決めてるんだそうです」
「狭間さんは知ってたの?」
「知りませんよ。知るわけないでしょ」
「知ってたら留美子さんと結婚しなかった?」
「……どうだろ」

 それで、知ってしまったらどうするの? 尋ねた恵梨香に、狭間は苦悩の表情で答えた。

「過去のことなんだから、言いたくなかったのもわかるから……だけど、それって精神的浮気ですよね。今は孝道さんとはそれ以外のつきあいはないって留美子は言ってました。信じますけど、そのつきあいだけは絶対にやめないって。わかってあげたいけど……」
「そうだよねぇ」
「あの白い花はスノードロップっていって、死を象徴するとも言われています。アダムとイヴの神話には、もうすぐ春が来るんだからって、希望の花っでもあるらしいですね」
「そうなんだ」
「で、遠田さんはどうなんですか?」

 共犯者というのはおかしいが、それに近い立場のふたりだ。恵梨香はしばし考えてから言った。

「だったら、狭間さんも浮気したらいいんだよ。私もするから」
「はぁ?」
「同罪になってしまったら、許せるんじゃない? 私もこうやってまだ若くて綺麗なうちに、浮気を一回くらいしておいてもいいな。だけど、旦那に落ち度もないのに浮気したら、ばれたらこっちが慰謝料払って離婚ってこともあるじゃん? 今回は旦那に文句言わせなくてもよくない?」
「それはつまり……」

 うつむいて、狭間もなにやら考えていた。

「ある意味では遠田さんは誠実な男なのかな。僕の心が狭いのかなって思ってたけど、遠田さんもたいした男じゃないな」
「そぉ?」
「あなたみたいな奥さんがいるのがその証拠ですよ」
「んん?」
「あなたはあなたでご自由になさって下さい。僕は僕で考えます。あなたと僕は無関係だ。当たり前ですよね。電話番号も削除しますから、あなたもそうして下さいね」
「私って狭間さんのタイプじゃないってこと? 失礼な男だな」

 苦笑してため息ひとつついて、狭間は立ち上がった。
 この機に乗じていい男と遊べると思ったのに、あてがはずれてがっかり。こうなったら私は孝道に、とびきりお金のかかる結婚記念日イベントをねだってみようかな。

 過去なんかどうでもいい。その子は存在しないのだからかまわない。私にとっては現在が大切だ。私も本気で妊活しよう。スノードロップなんかじゃなく、実際にその腕に我が子を抱いたら、孝道も過去は忘れるはずだ。恵梨香はもうすっかり、そっちに気分を切り替えていた。

END








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