ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS動詞物語「酔いしれる」

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フォレストシンガーズ

「酔いしれる」

 
 絵馬を買って願い事を書いていると、横から妹が覗き込んでいた。
 恒例の初詣。若いころには大みそかに家を抜け出したり、友達と旅行がてらに遠方へ出かけたり、晴れ着を着て彼氏とふたりきりで、というようなこともあった。

 いつのころからか旅行も億劫になり、友達づきあいも面倒になり、彼氏? 私を何歳だと思ってるのよ、になったのは、妹も同様だったのかもしれない。加寿子と波留子の東姉妹は年子なのだから、四十代後半にもなるとなにもかもが同じようなものだ。

 どっちかが疲れているようなときには、顔が似ているのもあって、疲れているほうが、姉さん? と言われる。波留子が姉かと言われると怒っているが、加寿子としては、どっちでもいいじゃないの、でしかなかった。

「見ないでよ」
「なに書いてるの? 貯金ができますように? カズちゃんには他の願いごとなんてないよね?」
「あんたはなんて書くのよ? 家内安全?」
「カズちゃんとなるだけ喧嘩にならないように、かな」

 先に加寿子が故郷を出てきて、東京で短大に入学した。一年遅れで波留子も東京に来て加寿子と同居になった。最初からそのつもりで、父が広めのマンションを借りてくれていたからだ。
 短大を卒業すると、姉は中堅どころの商事会社に、妹は中堅どころのメーカーにと、職種も似たような一般事務の会社員になった。

 旅行になんか行ってないで、帰省しなさいよ。彼氏はいるのか? そろそろ嫁に行け。加寿子が結婚しないと波留子もしにくいよね。そんな仕事、いつまでもやってても仕方ないんだから故郷に帰ってくれば? 見合いの話だったらあるよ。

 うるさく言ってきていた両親は、波留子が四十歳になった時点で諦めたらしい。故郷の土地と屋敷を売って、わりあい近くにできた老夫婦向け有料マンションに入居し、私たちが死んでもお金が残ったらあげるわよ、と母は言っている。意外にあっさりしたものだった。

 なのだから、加寿子と波留子は東京にマンションを買った。両親も、あんたたちの好きにすればいいと言っていた。
 
 可もなく不可もなく、こんなもんでしょ、の中年姉妹の暮らしが続いていく。今年は両親はマンションの有志で温泉旅行をするのだそうで、帰省する必要もなく、近所の神社へ初詣に来たのだ。加寿子も波留子も相手に見えないように絵馬を書き、相手に見えない場所に吊るした。

 波留子がなにを書いたのかは知らないが、加寿子の願いはかなった。その通知が届いたときは、何年ぶりかと思えるほどの歓喜に包まれた。

「フォレストシンガーズのファンのつどい?」
「そうなのよ。ファンクラブに入ってから十年、毎年毎年応募してたんだけどまるで当たらなかったの。十年前なんてフォレストシンガーズはまるっきり人気なくて、ファンクラブの会員なんか微々たる数だったはずなのに当たらなくて、このごろは人気が出てきてるからますます当たらなくて、諦めかけてたんだけど、今年も抽選に応募してよかった」

「そういえばファンクラブに入ってたよね。部屋で音楽を聴いてるのもフォレストシンガーズだっけ? どうでもいいっちゃどうでもいいけど、ファンのつどいってなにをするの?」
「今年は音楽三昧って書いてあるわ。フォレストシンガーズは歌のグループなんだから、素敵なホールで少人数のファンを集めて、歌をたーっぷり聴かせてくれるのよ」
「ふーん」

 まるっきり興味なさそうに、妹はファンクラブから届いた封筒をひねくっていた。
 わくわくする、心が浮き立つ、そんな気持ちも何年ぶりだろうか。我知らず顔がほころんでしまっている加寿子に、波留子は言った。

「それってそのときに楽しいだけだよね」
「そりゃそうだけど……いいじゃないのよ。ケチつけないで」
「はいはい、よかったね」

 小馬鹿にしているような口調で言って、波留子は封筒をぽいっとテーブルに投げ、自室に入ってしまった。
 人は興味のない事柄にはあんなものだろう。波留子は身体を鍛えるのが趣味で、ジョギングをしたりジムに行ったりしている。そのほうが身体のためになるのだから、歌を聴くのが好きだなんて馬鹿らしいと思うのも無理はないかもしれない。

 姉妹とはいえ性格もちがうのだから、わかってもらえなくてもいい。けれど、誰かに喋りたい。誰に喋ろうか。加寿子の毎日には職場と家とフォレストシンガーズしかない。こんなことだったら友達をキープしておいて、彼女と趣味を共有するんだったか。

 疎遠になってしまった友人にこだわってもしようがないのだから、そっちも諦めた。誰に喋ろうか、言いたい、話したい、自慢したい、口がむずむずしてきて、加寿子はついに職場の後輩に声をかけた。

「白田さん、お昼、食べにいかない?」
「ええ? 東さんがおごってくれるんですか。珍しい」
「……誘ったほうがおごるのは当然よね。行く?」
「はーい、ごちそうさまです」

 十年近く後輩ではあるが、白田だって四十歳近い。あまりに若すぎる女性よりはいいだろうと思ったのだが、普段は同僚と親しくしていない、というのか、敬遠されている気配を感じて近寄っていかないのだから、自分の言いたいことの口火を切るのをためらっていた。

「東さん、気になってたんですか」
「え? なにが?」
「私、モテキが来たみたいで……」
「モテキ? えーっと、聞いたことのある言葉だけど……」
「年を取ったからっていったってそのくらいの流行語は知っておかないと、恥をかきますよ」
「そう? ああ、もてるってこと?」
「そうなんですよ」

 嬉しそうに白田が言うには、髪型と化粧をすこし変えたせいなのか、最近はいやに職場の男性に誘われるようになったのだそうだ。

「東さんくらいの年齢になると、男には見向きもされなくなるんでしょうけど、私はまだ華があるんですよ。四十になるまでには結婚できそう。それが気になってて、東さんも私と話したかったんでしょ?」
「あ、ああ、まあ、ちょっとね」
「なんでも訊いて下さい。年ごろの近い女の子には嫉妬されそうで言いにくいけど、東さんだったらもうそんなもの、超越してますものね」

 この状態ではフォレストシンガーズの話などできそうにない。現実の恋愛にうつつを抜かしている女だと、そんな手の届かない男に興味ないわ、と言いそうだ。もっとも、白田の話にもファンタジーがまぎれ込んでいるようではあったが。

 十年来の夢がかなったと誰かに話すのも諦めて、加寿子はひとり、フォレストシンガーズファンのつどいにやってきた。クラシックの室内楽演奏会に使われることが多いというしゃれたコンサートホールは、ヨーロッパの上流階級が集うサロンのようだった。

 そんなところ、私には無縁だけどね、そんな感じがするじゃない? 素敵。加寿子はひとりで来ているので、胸のうちでひとりごとを呟く。

 こじんまりしたステージを客席が囲んでいる。フォレストシンガーズの五人がステージに登場すると、加寿子の胸がきゅんと締めつけられる。こんなに近くでフォレストシンガーズを見られるなんて……私は特に誰かのファンってわけでもないけど……ううん、ひとりごとだったら正直に言ってもいいじゃない。彼らの歌が好きなだけではなくて、私は木村章がタイプなのよ。大好きなの。

 小さなホールでの小さなコンサートだからか、彼らが選んだ歌はラヴソングが主だった。甘く美しく切ないハーモニー、木村章の高い高い声がとりわけ、加寿子の胸に迫ってくる。何曲ものラヴソングを聴いていると、自分が五十歳に近い独身女だなどとは忘れてしまいそうだ。

「では、次の曲の前に……」
 リーダーの本橋真次郎の合図で、花籠がステージに運ばれてきた。奏でられているイントロは、フォレストシンガーズのプロポーズの歌、「満開の薔薇」だ。その歌に合わせて、真紅の薔薇であふれそうな花籠が運ばれてきたのだった。

「ようこそ、ファンでいて下さるあなたを愛しています、受け取って下さい」
「今夜はいらして下さってありがとうございます」
「俺たちからファンのみなさまへの、愛の贈り物です」
「はいはい、ユキちゃんから愛をこめて。僕らを愛して下さるファンのあなた、大好きですよ」

 他の四人が客席を回って、ファンの女性たちにバラの花を贈っている。わぁ、いいなぁ……他人事だとしか思えなくて、加寿子はぼーっとそちらを眺めていた。

「I love you なんちゃって……」
「え?」
「美しい貴方へ。章から愛をこめて。って、これ、幸生の盗作ですね。受け取って下さい」
「私に?」
「はい。俺たちのファンとしてのあなたを愛しています」
「……アイ、シテル」

 冷静な自分は理解している。誤解するようなファンがいては大変だから「ファンのあなたに」と付け加えているのだ。だけど、だけど、愛してるって、木村章くんが……薔薇の花を私に捧げてくれている。夢を見てるみたい。私、このまま死んでもいいわ。

 ベルベットのような、と形容される真紅の薔薇の花びらの手触り、馥郁たる薔薇の芳香、すこし照れているような木村章の笑顔が視界をいっぱいに占めて、今の私は、モテキなの、と言っていた白田に負けないほどに酔っている、とは思う。だけど、そんなこと、かまっちゃいられないわ、でもあった。


END







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