ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「し」part2

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フォレストシンガーズ

いろはの「し」part2

「島の娘」

 まるでおとぎ話のよう。遠い遠い昔、というほどにも昔ではないけれど、この母が若い女の子だったころだというのだから、唯にはずいぶん昔の物語のように聞こえた。

「お父さんには内緒だよ」
「どうして?」
「どうしても」

 小さいころには意味がわからなかったが、中学生にもなるとわかってきた。ちょっとだけ秘密の香りがしてわくわくして、幼稚園くらいのころから何度も何度も聞かされた母のおとぎ話を、今夜もまたせがんでみた。

「最初から?」
「うん」
「……そうね、あれは十五年くらい前になるのかな。私が二十三だったから、十五年だね。早いね。そりゃあ唯も大きくなるわけだわ」

 幼いころに父親を亡くした母、理恵は、沖縄本島からでもかなり距離のある離島で民宿を営む母親、唯の祖母に当たるひととふたりで生きてきた。
 民宿では近隣の老人や主婦をパートタイムで雇ったりもしていたそうだが、基本的には母と娘の暮らし。十五年も昔ならば、現在よりもさらに不自由だっただろう。

 観光客もやってこないでもないその島に、あるとき、リゾートホテル建築の話が持ち上がった。島民たちにも利益になるだろうとのことで特に反対もなく、完成したホテルのオープニングセレモニーのために、東京から歌手が呼ばれた。

 メインとなるのはセシリアという名の、美人シンガーだ。当時は三十歳くらいだったのか。セシリアは今でもベテランシンガーとして有名だから、唯でもその名前は知っていた。

「だけど、セシリアはどうでもいいんだよ」
「はいはい。ここからが本題だものね」

 セシリアの前座として呼ばれたのが、当時はまったくの無名だったフォレストシンガーズ。セシリアはオープン間近のリゾートホテルに泊まっていたらしいが、フォレストシンガーズは唯の祖母と母の民宿のお客になった。

「リーダーの本橋さんは背が高くて、ちょっと怖い顔をしていたけどたくましくてかっこよかったの。乾さんはすらりとして穏やかで優しくて、お世辞の上手なひとだった。マネージャーの山田さんは都会の綺麗なお姉さんって感じで、憧れたものよ」
「それから?」
「三沢さんはやんちゃ坊やみたいで、木村さんはちょっぴりひねくれ者で、もとはロックバンドやってたって言われたら、ああ、そんな感じ、ってタイプでね」
「それからそれから?」

 いつだって母は、もったいぶって彼を最後にする。

「本橋さんと乾さんと山田さんが二十五で、木村さんと三沢さんは二十三。その真ん中が本庄さんだったんだけど、最初はいちばん年上に見えたのよ。本庄さんの年を聴いてびっくりしたから、失礼だったよね、私」

 若かった母と、たまにはテレビで見るフォレストシンガーズの本庄繁之の若かりし日、ふたりはこの島で出会って恋に落ちた。そりゃあ、お父さんには内緒ね、であろう。

「島に台風が来て、お母さんの大嫌いな雷が……ああ、やだやだ。またもうじき台風が来るよね」
「台風なんかどうでもいいから、続きは?」
「それでね……お母さんは雷が怖いでしょ。このごろだって雷が鳴ったら、唯に抱きしめてもらうもんね」
「そのときには本庄さんに……だったんだよね」
「抱きしめてもらったりはしてないわ。そばにいてもらっただけよ」
 
 そのわりには母の頬が赤くなっているから、本当は抱擁くらいしたのだろうと唯は睨んでいた。

「キスもした?」
「してないって言ってるでしょ。心と心が触れ合っただけの、淡くて綺麗な恋だったの」
「ふーん」

 抱きしめてもらっていない、キスもしていない、というのも、あのおじさんとこのおばさんが恋をしたのも、唯は信じておくことにしていた。

「フォレストシンガーズのみなさんは仕事が終わって東京に帰っていったんだから、お母さんの気持ちもそれでおしまいだったのよ。一年後には結婚して、その一年後には唯が生まれた。本当に昔話、おとぎ話みたいだね」
「ロマンティックなお話だもんね」
「そうよ」

 同じ学校の男の子にほのかな想いを抱いたことならあるけれど、唯には恋の経験はない。いつかは私もお母さんのように……母のこの表情を見ていると、恋っていいものなんだなと思える。
 あのおじさんと淡い恋をしたあとで、その次には本当の恋をして結婚し、母となった理恵。唯もそんな経験をして母となって、この島で暮らしていくのだろうか。

「あ、おばあちゃんの声だ!!」
「お父さんも一緒かな。さ、お昼ごはんを作らなくちゃ」
「私も手伝うよ」

 父と祖母は畑に野菜を取りに言っていたらしい。夏休みに入ったのだから、今夜には民宿にお客さんがやってくる予定になっている。家族四人で昼食をとったら、唯も手伝ってお客さんを迎える支度だ。これから忙しくなりそうだった。

END









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