ショートストーリィ(しりとり小説)

168「てのひら返し」

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しりとり小説

168「てのひら返し」

 学歴にこだわる親なのは知っていたから、なるべく言いたくはなかった。けれど、結婚したいとの報告なのだから、質問されれば答えるしかない。武志は正直に言った。

「中学生のときに登校拒否になりまして、中学は義務教育だから卒業はしたんですけど、高校には行っていません。叔父がニューヨークに住んでいましたので、叔父のアパートに居候させてもらって、アルバイトをしたり自転車旅行をしたりしていました」
「まぁあ……」
「ふむ……」

 びっくり顔の母、むっつり顔の父。日本では中学までしか卒業していないけど、高校と大学はアメリカで……むにゃむにゃ、とでも濁しておけばいいものを。そこまで正直に言わなくてもいいのにと明美が思っているのをよそに、そうなんですよ、と武志は笑っていた。

「中卒でサラリーマンになんかなれるの?」
「明美、だまされてるんじゃないのか?」
「まともな男性だとは思えないわ」
「中学しか出ていないような男、お父さんは反対だよ」
「もちろん、お母さんもよ」

 案の定、武志が帰っていったあとで両親は口々に反対だととなえた。

 わりあい早めに結婚した大学時代の友人の夫は社交的な男性で、お節介ともいえる。明美にも彼の知人を紹介してくれた。

「三十過ぎても独身の女性は気の毒でならないって言うのよ。明美はもてるほうでもないし、性格はいいけど外見はイマイチでしょ。なにかで妥協するしかないってのがうちの旦那の持論なんだよね。いちぱん妥協しやすいのは学歴じゃない?」

 大学は出ていないけど、旦那の取引先の会社でしっかり働いている。学歴はなくても親戚の会社だから入社できたみたい。高卒なのか専門学校卒なのかは知らないけどね、と友人は言っていた。

 失礼な言い草ではあるが、大学は出ていなくてもちゃんとしたサラリーマンで、収入だって悪くないのならいいではないか。明美には強い結婚願望はなかったのもあり、友人づきあいからはじめて恋人になれたらいいかな、との軽い気持ちでつきあうようになった。

「ほんとは俺の学歴、気になってるんだろ?」
「結婚するっていうんだったら気にならなくはないかな」
「中卒だよ」
「ええ?」

 登校拒否、渡米、十代のころの生活について包み隠さず話してから、武志は言った。

「そんな俺でよかったら結婚しよう」
「……うん、結婚する」

 親はきっと反対するだろうから、そのときには結婚式もなしで入籍だけすればいい。武志も明美も三十二歳なのだから、親の承諾がなくても結婚はできる。

 それにしてもああまで正直に、登校拒否までを明美の親に打ち明けなくてもいいものを。私は武志くんの人間性が好きだし、結婚しても共働きをすれば金銭的にも苦労はしないはず。子どもができたとしてもやっていける。親が悩んでいるのだったら説得するつもりだったが、頭ごなしに反対されたのでは口にする気にもなれなかった。

 就職したときに親元から独立はしていたので、それからの明美は実家には立ち寄らなくなった。電話は無視していれば、親もひとり暮らしのマンションに訪ねてくるほどではない。

 お父さんもお母さんも反対ですよ。中学もまともに行っていない男なんて、結婚生活だって途中で投げ出すに決まってる。明美が不幸になるだけよ。もっともらしい反対理由を綴った母からのメールは何通も届いたが、それも無視した。

「結婚式はしないつもりなんだよね」
「友達だけ呼んでやるって手はあるけど、武志くん、したい?」
「うーん、明美ちゃんがしたくないんだったら、俺はどっちでもいいんだけどね……母がね」
「あれ? お母さんとは疎遠じゃなかったの?」
「疎遠ではあるんだけど、結婚するって報告だけはしたんだよ」

 それはそうだろう。

 中学生のときから親元を離れてしまっている武志は、独立精神旺盛だと明美は思う。マザコンの傾向はなさそうで、そんなところも好きだった。

 両親は離婚していて、父とはまったく交渉もない。母は田舎にいるけど、俺には興味もないみたいだよ、と武志は笑っていた。明美には姉がいるが、結婚して北海道に住んでいる。武志には異母弟がいるらしいが、つきあいはないと言う。だとすると両方の親戚と関わりもない新生活が送れそうで、明美としてはそれもいいかな気分だったのだが。

「俺の親父さ……うーん、やっぱ言わなくちゃいけないかな。明美ちゃんとは結婚するんだから、親父ともまるきり無関係ではないのかな」
「……お父さん、なにか事情があるの?」
「俺が中学を卒業したときには、両親はとうに離婚していたんだよ」

 まずは武志は、母の話からはじめた。
 ぽつぽつと話してくれてはいたが、まとまって聞くのははじめてだ。
 
 学校に行きたくないと言い出した息子に、学校なんか行かなくても別にどうってことはない、けれど長い人生、やりたいこともないんだったら虚しいよ。あんたはなにがしたいの? 学校に行かないんだったら時間はたくさんあるんだから、ゆっくり考えなさい、と母は言った。

「お父さんのところに修行に行く? あんたの弟たちは中学を卒業したらそうするんじゃないかな」
「そんなのやりたくないよ」
「だったら、叔父さんのいるニューヨークは?」

 それもいいな、となったので、武志は中学卒業までの間は、海外旅行の準備をしてすごした。

「本を読んだりあちこち出かけたり、外国にも行ったし、いろんな変な奴に会わせてもらったりもして、人生勉強ってやつはしたよ。叔父も学校には価値なんかないと考えていたから、俺の生き方には文句もつけなかった。そうして十年くらいニューヨークで暮らして、叔父が先に帰国したんだ。叔父は日本で叔父の父、俺から見ると祖父にあたる男の会社に入ることになっていたんだよ。叔父は芸術家になりたかったらしいけど、あてもないのに呑気に修行していられたのは、祖父の会社があったからなんだね」

 ひとりになった武志は、その後も五年ばかり外国を放浪してから、帰国して叔父が継いでいた会社に就職した。日本古来の伝統芸能用品を扱う独占企業なので、好、不景気はさほどに関係ないらしい。堅実な会社といえた。

「そんな会社で拾ってもらったからこそ、学歴なんかどうでもいいって言えるんだけどね」
「うん、それでも武志くんはしっかり働いてるんだから、それはそれでいいんじゃない?」

 ただ、ひっかかったひとことはあった。

「お父さんのところで修行するって、なんの?」
「あ、やっぱそこ、気になるよな? 歌舞伎だよ」
「カブキ?」

 一瞬、単語の意味が理解できなかった。

「母と父は離婚したとはいえ、俺、歌舞伎役者の長男なんだよな。親父と母が離婚後にどう関わっていたのかはよくは知らないけど、俺が結婚するとなると、親父に知らせないわけにもいかないだろ。結婚式はしないって言ったら、なんだかんだ言ってくるかなぁって」
「歌舞伎役者って、私も知ってるひと?」
「知ってるんじゃないかな」

 さらりと武志が告げた名前は、日本人だったら誰でも知っているであろう、大物歌舞伎俳優だった。

「明美、結婚するんだって?」

 呆然としたまま今夜は武志と別れ、彼を紹介してくれた友人にメールをした。この事実を知っていたのか? と確認すると、知ってたよ、でなかったら明美に紹介しないよ、聞いたんだね、びっくりした? と笑顔マークつきの返信があった。

 そんな男だから明美に紹介した? 学歴を妥協しろと言ったのはフェイクだったのか。呆然度が増した気分で帰宅すると、姉から電話がかかってきた。

「中学もまともに出てない男だ、あんたからも明美に説教してやって、ってお母さんに頼まれたんだけど、明美は納得してるんでしょ」
「そうだよ。私は彼の学歴と結婚するわけじゃないもん」
「あんたがいいんだったら私は反対しないけど、中卒だとツブシがきかないかもね。今の会社が倒産したり、また気まぐれを起こして海外放浪の旅に出たいとか言われたらどうする?」

 その可能性もゼロではないだろうが、そうなったとしたらあの大物歌舞伎役者が……両親は離婚していても、武志にとっては父親であるあの大物が……なんとかしてくれる? 頭に浮かんだそちらの可能性に、明美はさらにさらに呆然としてしまった。

「明美、どうしたの? 心配になってきた?」
「っていうよりも……姉さん、聞いて」

 気を取り直して事実を告げる。友人にも確認したから嘘ではないとつけ加えると、姉の声にも呆然とした響きが加わった。

「……それ、お父さんやお母さんは知らないんだよね」
「知らないのよ。私も今日、はじめて知ったんだもの。話すべき?」
「う、うう」

 うーうー唸ってから、姉は言った。

「そういう人なんだったら、って急にてのひらを返したような態度になりそうで、怖いわ。我が親がそんなてのひら返しをするかと想像すると、げんなりしちゃう」
「だよね」

 明美としては実に実に同感だ。それならばいっそ、このまま反対し続けていてほしかった。

次は「し」です。









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このお話読みながら、うちの親もそうだろうなってヒシヒシ感じました(^-^;
学歴ないってなると絶対反対でしょうが、前に知り合いの芸能人(学歴なし)が家にきたときはきゃっきゃ言って、それとなく結婚はどう?って言ってきたんでゲンナリしました(ーー;)
まあテレビで見てる分相手のこと知ってるような気になって安心とかあるんでしょうけど…
実際結婚するってなってる明美さんは尚更でしょうね…気持ちに激しく同感するお話でした(笑)

たおるさんへ

いつもありがとうございます。

日本人はものすごーく芸能人を偏重しますよね。
不安定な職業の最たるものだと思うのですが。
特に歌舞伎のお方ともなると、年配の人は尊敬してしまうのではないかと。

気持ちに同意して下さったとなると嬉しいです。
こういうこと、あるよね、という感じで読んでいただけるって、とーっても嬉しいです♪
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