番外編

番外編27(Let it snow!)後編

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番外編27

「Let it snow!」後編


4

 ファイブボーイズがフォレストシンガーズに続いていけたらいいな、と俺は漠然と考えていたのだが、長嶺は京都の寺の跡取り息子、知念は沖縄の医院の跡取り息子。酒巻さんはアナウンサー志望だと言う。それぞれに将来の目標があるのだからして、プロのシンガーズになるのは現実的ではない。
 卒業したら長嶺は故郷に帰る。知念は医学部なので六年間大学にいるのだろうが、ずっと合唱部にいるかどうかはわからないと言う。専門過程になったら、医学部はたいへんに学問が忙しくなるのだろう。
「二年までくらいしかやれないかもしれないな。今年はやるよ。今年中は酒巻さんもいるんだから、ファイブボーイズでコンサートにも出してもらおうよ」
 知念はそう言い、夏のコンサートでも秋の学園祭でも五人で歌おう、合宿でも五人で練習しようと誓い合った。酒巻さんも同意してくれた。
 二年生になった俺たちは、少なくとも俺は、勉強なんかはそっちのけで歌っていた。女の子に目移りはしていても、岸本にしてもえりかちゃんに正式に告白はしていないようだし、知念にも長嶺にも特に恋人というものはいないらしい。俺は菜穂子ちゃんがいいな、と思っているばかりで、告白する勇気は出ない。可愛いな、と恋人になりたい、は別感情だろうし。
 酒巻さんには彼女がいるんだろうか、と後輩たちは首をかしげていたのだが、酒巻さんは自分の恋愛話はしてくれずに、他人の話をした。
「尾崎くんは卒業した先輩とつきあってるんだよ。年上の小柄な美人」
 へええ、いいなぁ、と、四人して尾崎さんをうらやましく見つめていたりもした。
「俺、寺の息子やし、坊主なんかの彼女になってくれる女の子はいてへんのとちゃうかな。その点、知念はええよな。末は医者やもんな」
「長嶺って京都に帰ったら坊さんか。頭は剃るのか」
「今どきの坊主は剃らんでもええねん。こら、知念、おまえにはほんまに彼女はいてへんのか」
「いないよ」
 どうも知念は怪しいものである。彼はファイブボーイズの中ではルックスがいいと評判なのだし、本人はいないと言っていても、彼を好きだと思っている女の子はいるのではなかろうか。俺にもそんな女の子がいたらいいのだが、彼女は雄二が好きらしいよ、などとの声はいっこうに聞こえてこない。
しかし、兄には福岡に恋人ができたと言う。そのせいもあって家には全然帰ってこなかった兄が、秋になってから帰省してきた。
「今年のキャプテンは鈴木だって? 留年キャプテンも珍しいよな。おまえ、えらくイキイキしてるじゃないか。去年のしけた面からは変わったよ。合唱部に入って正解だっただろ。俺の言うことを聞いてよかっただろ」
「まあね。美人の恋人はできないけど、ファイブボーイズは楽しいよ」
 逐一というほでもないが、兄にはメールでだいたいは報告してあった。
「久保田って奴はどうした?」
「合唱部にいるにはいるけど、このごろは目障りじゃなくなったよ。忘れてた」
「あんな奴は気にしないのが最善だよ。去年のクリスマスに本橋たちに会ったんだって?」
「そう、フォレストシンガーズだろ。うまかったなぁ。三沢さんも卒業しちゃったんだけど、たまに学校に来てるんだ。酒巻さんと三沢さんは親しいから、酒巻さんから話しは聞くよ。フォレストシンガーズ、デビューしたんだって。CD買ったんだ、俺」
「ファンになったのか? 俺もCDは買ったよ」
「そうなの?」
 歌はなんにも目立たなくて、存在感もなかった兄にとっては、本橋さんや乾さんとはどんな存在だったのだろう。徳永さんというナンバースリーもいた当時の合唱部で、いつだってその他大勢だった兄は、寂しかったりもしたのだろうか。
「だけどさ、兄ちゃん、彼女ができたんだろ。連れてきたらよかったのに」
「……ふられたよ」
「ふられた? そんで帰ってきたの?」
「うるせえんだよ。もうじき学園祭だろ。俺も久し振りで母校の学園祭を見にいこうかな。ファイブボーイズも歌うのか」
「歌うよ、もっちろん」
 ふられて暇になって帰ってきたとは、兄らしいのかもしれない。福岡と東京は新幹線に乗れば遠くもないのに、彼女がいたらデートに忙しくて、休日にも家なんかは意識にも上らなかったのだろう。
 メールでは彼女の話題も出ていたのだが、どんな女なのかはよく知らない。が、今さらふられた彼女の話しなんぞしたくもないだろうから、俺も質問するのはやめておいた。兄はOB面をして合唱部に顔を出し、新しい彼女を探そうと考えているのかもしれないが、それはそれとして、学園祭に兄を伴っていった。
「椎名さん。お久し振りです」
 留年キャプテンの鈴木さんが、兄を認めて頭を下げた。
「おう、鈴木。雄二がお世話になってます」
「いいえ、とんでもありません。雄二くんは今では合唱部の中心メンバーですよ。去年のクリスマスではボーイズⅡメンの曲なんていうのを選んで、大丈夫かって思ったんですけど、酒巻がうまくまとめてくれまして、なんとかこなしてましたしね。今日はなんだっけ、雄二?」
「今日もボーイズⅡメンです。俺たちのファイブボーイズは、彼らの名前をもじったんですから」
「ボーイってのは同じだな。俺はそこらへんを見物してから、おまえたちの歌を聴きにいくよ。雄二、がんばれよ」
 兄は行ってしまい、俺も体育館へ出向いた。体育館の控え室には他の四人が来ていて、知念が花束を抱えていた。
「花なんかどうしたんだよ」
「知らない女の子にもらったんだよ。夏のコンサートにも来てくれて、ファンになったって言ってくれたよ。ファイブボーイズにもファンがいるんだ。嬉しいよな」
「俺がもろたんやったら嬉しいけどな」
 つまらなそうに言う長嶺の声は笑っていて、酒巻さんが立ち上がった。
「いいことを思いついたよ。ちょっと待っててね」
 待っていると、しばらくして酒巻さんも、大きな花束を抱えて戻ってきた。
「この花、一本ずつにしてステージからお客さんにプレゼントしようよ。華道部がバザーみたいのをやってて、花を売ってたから買ってきたんだ。手分けしてばらばらにしよう」
 一年生や二年生たちも手伝ってくれて、花を分けてステージのうしろのほうの花瓶に活け、酒巻さんの提案に従うことに決めた。
 すこしずつは俺たちの歌が上達してきていると実感できる。客席の女の子たちが歓声を上げてくれたりもして、歌っていると気持ちがいい。兄がどこかで聴いているのもほとんど忘れて、俺はファイブボーイズのハーモニーに自ら陶酔していた。
「みなさーん、おおきにっ!! 僕らからプレゼントでーすっ!!」
 客席に向かって長嶺が叫び、五人で花を投げた。主に女性たちが手を伸ばして花をキャッチしようとする。俺が遠くの席に花を投げようと腕を振りかぶっていると、女性の悲鳴が起きた。五人ともに手を止め、酒巻さんが背伸びをして悲鳴の方向を見やった。
「花に虫でもついてた? なんの虫だろ。毛虫かな、青虫かな。にしたら凄まじい悲鳴だったよね」
「女って虫が嫌いでしょ」
「虫じゃなくて薔薇の棘に刺されたとか?」
 ステージで俺たちが言い合っていると、誰かが悲鳴を上げた女性に走り寄っていくのが見えた。その誰かとはよく見ると、尾崎さんだった。尾崎さんは女性に話しかけ、大声で俺たちに言った。
「ゴキブリが飛び出してきたんだってよ。蜂じゃなくてまだよかった……じゃないんだよな、すみません、ごめんなさい。わー、泣かないで。おまえらは引っ込んでいいよ。鈴木さん、来てくれーっ!!」
 尾崎さんは今年の男子部副キャプテンである。キャプテンの鈴木さんも駆けつけてきて、ふたりで泣いている女性をなだめている。俺たちはステージから引っ込んで、客席の騒ぎが聞こえる中で言い合った。
「花にゴキブリなんか入ってるか」
「青虫とか蜂だったらわからなくもないけど、ゴキブリなんかくっついてないだろ。入ってたんだとしたら華道部の責任だよ」
「ゴキブリやったら噛めへんから、蜂よりはええんとちゃうのん?」
「僕も好きじゃないけど、女のひとってゴキブリは大嫌いだよ。投げた僕らにも責任はあるよね。言い出したのは僕なんだし、僕、あの女性にお詫びをしてくるよ」
 ファイブボーイズでは最年長、リーダー格である酒巻さんが客席に向かい、俺たちは待機していた。大問題になったりしないだろうか、とこそこそ言っていると、岸本が俺に耳打ちした。
「なあ、今、ちらっと覗いていった奴がいたぞ。久保田だったよ。久保田は花を小分けにしてるのも手伝ってくれてただろ。あいつにしたら珍しいと思って、俺は見てたんだ。雄二は気がついてなかったか」
「いたっけな。気にしてなかったけど」
「もしかして、あいつがゴキブリを……」
「久保田が? やりかねないけど、証拠もないのに言ったら駄目だよ、岸本」
 知念が岸本をたしなめ、岸本もうなずいたものの、俺の心にも疑念が生まれた。
 ゴキブリに名前が書いてあるわけもないのだし、ゴキブリは逃げていってしまったようだし、証拠なんかがあろう道理はない。だが、油断をしていると、久保田は忘れたころになにかしでかすのかもしれないとは思う。
 誰かがいたずらをしたのだとしても、最初から花に紛れ込んでいたのだとしても、ゴキブリ事件は大事には至らず、酒巻さんや尾崎さんや鈴木さんが謝罪してくれて、悲鳴を上げた女性も気持ちを静めた。中断していた合唱部のステージが再開したのを潮に、俺たちが控え室から出ていくと、女性がふたり立っていた。すらっと背の高い、年長であるらしき女性が言った。
「華道部主将の吉村です。彼女は華道部二年生の西岡さん。えーと、椎名さんってどなた?」
「俺です」
「西岡さん、彼なんでしょ?」
「そうです。椎名くん、私を覚えてない?」
「ん?」
 まじまじと見つめると、彼女の顔に幼顔が重なって見えてきた。
「芙美ちゃんじゃん。おーお、何年ぶり?」
「知り合い?」
 肘で俺をつついている岸本に説明する前に、俺は華道部キャプテンに尋ねた。
「芙美ちゃんについてはあとで。で、あの、華道部っていうと、酒巻さんが花を買ったのは華道部のバザーだっていう、それで?」
「そうなんですよ。私も西岡さんとふたりでステージを見てたんです。そしたら、なんだか騒ぎが起きたでしょ? 友達が合唱部にいますんで聞いてみたら、なんでもあの小柄な声の低い方が、うちのサークルのバザーで買ってくれた花束が原因だって言うじゃありませんか。放っておくのもなんですから、来てみたんです。西岡さんは椎名さんと知り合いだって言うし。詳しく話してもらえません?」
 女性の悲鳴とゴキブリの話をすると、西岡さんは眉をひそめた。
「ゴキブリ? やだ、ぞっとする。だけど、私も花を調べていたところにいましたよ。花に変なものがついてたらいやだから調べたんですけど、ゴキブリなんかくっついてなかったよね。華道部室にゴキブリなんかうろちょろしてなかったよね、ねえ、西岡さん?」
「私も調べました。いませんでしたよ」
 そうは言ってもいたものはいたのだし、もはや原因究明もできないので諦めて、俺は岸本と長嶺と知念に、芙美ちゃんを紹介した。
「中学一年のときに同級生だったんだよ。西岡芙美ちゃん。中学二年で引っ越したんだったんだよな」
「父の仕事の関係で都内に引っ越して、私が大学に合格が決まったころに、父はシンガポール支社に赴任することになったの。母はついていったんだけど、私は東京に残ってひとり暮らしになった。夏に合唱部のコンサートを聴きにいって、ファイブボーイズを見たんだ。あ、椎名くんがいるって思ったんだけど、声はかけなかったの。今日は事情を聞きにいくって言った吉村さんについてきちゃったのよ。椎名くんが私を覚えててくれてよかった」
「覚えてるよ」
「雄二、初恋のひとか」
 そう言う岸本も小学校時代の初恋のひとと大学でめぐり会っているのだが、俺は中学校時代の同級生と再会したのだ。芙美ちゃんは中学生のころは太めでにきびがぽつぽつの冴えない女の子で、たいした関心はなかったのだが、俺の本命の初恋の女の子の友達だったので覚えていたのだった。
 西岡さんは四年生にも話を聞いてくると言って立ち去り、二年生の四人は芙美ちゃんも含めて連れ立って外に出た。二日間の学園祭では今日は俺たちの出番はファイブボーイズの歌のみだったので、あとは自由に学園祭を見て歩ける。
 冴えない女の子だった芙美ちゃんは、小さめでちょっぴりぽっちゃりした、可愛い大学二年生に成長している。こうなると岸本たちは邪魔だったのだが、気をきかせてくれたのか、妙な目つきで笑いかけて散っていった。
「雄二くんはミキちゃんが好きだったんだよね」
「え……そうだったかな」
「知ってるよ。私が転校したからミキちゃんとも離れ離れになったけど、どうしてるんだろ」
「さあね。ミキちゃんなんて忘れたよ」
「そう? あれから六年もたつんだね。椎名くんって水泳はやめたの?」
「高校までは水泳部だったんだけど、大学では合唱部に入ったんだ」
「そうだったんだ。椎名くんって歌が上手だなんて知らなかったから、合唱部でグループを組んで歌ってる彼があの椎名くんだったなんて、びっくりしちゃった」
「上手ではないけど、練習はしてるから」
 目を細めて、芙美ちゃんは俺を見上げた。
「学園祭ってざわざわしてるね。お昼は外で食べない?」
「うん、いいよ」
 関心もなかった女の子が綺麗になって、俺の目の前にあらわれた。いっしょにお昼を食べようと誘ってくれている。うきうきした気分になって、ふたりで学校から出て静かな喫茶店に入った。
「一度でいいからこうしたかったの。中学一年だった私は、ミキちゃんを好きだって知ってた椎名くんと、一度でいいからデートしたかった。ミキちゃんとつきあったりはしなかったの?」
「してねえよ。俺は女の子とまともにつきあったことなんかないもん。中学校や高校では水泳ばっかり。大学に入ってからはえらく歌に惹かれちまって、歌ってばっかり。男女交際ってしたことないんだよ。ミキちゃんなんてガキのころの話じゃないか。芙美ちゃんが俺とデートしたかったって言うのも、ガキのころの話し?」
「ううん、こうしてるととっても嬉しい」
 遠くから見て、可愛いな、と感じていた女の子はいたが、告白しようとは考えもできなかった。思いがけなくも会った芙美ちゃんに、さらりと言える自分が不思議だった。
「芙美ちゃんには彼はいないの?」
「いないよ」
「じゃあさ、俺とつきあってくれる?」
 目を見開いて一瞬黙り、ミキちゃんはこっくりした。
学園祭なんかは忘れてしまって、それから芙美ちゃんといっぱいお喋りをして、明日も会おうと約束してうちに帰ると、兄が怒っていた。
「酒巻に聞いても鈴木に聞いても、雄二はどこかに行っちまったって言うばかりで、兄貴をほったらかして行方不明になっちまって、どこに消えてたんだ」
「出番がすんだら自由の身なんだからいいじゃん。それよか、兄ちゃん、俺たちの歌、聴いた?」
「聴いたよ。ゴキブリ騒ぎも見てたんだけど、ファイブボーイズはまあまあだったかな。想像してたよりはうまかったよ」
「兄ちゃんに褒めてもらうとくすぐったいんだけど、ありがとう」
 ゴキブリ騒ぎに久保田が……と話してみたい気もしたのだが、言っても仕方がないので言わずにおいた。芙美ちゃんの話はすると冷やかされそうなのでそちらも言わずにいると、兄が妙に真面目に言った。
「おまえたちもプロになりたいのか」
「まさか。そこまで考えてないよ」
「そうか。けど、来年も再来年もあるんだもんな。歌って歌ってすごす学生時代もいいもんだよ」
「そうだね」
 来年は酒巻さんが卒業して、知念は合唱部をやめてしまうかもしれない。今年はクリスマスコンサートの予定はないので、明日で合唱部の二年生として歌うのは最後になるはずだ。男子部の三年生、四年生が中心となって行う合唱に、長嶺も知念も岸本も俺も、二年生では四人のみが参加させてもらえる。
 明日は芙美ちゃんが、俺の彼女として歌を聴いてくれる。来年や将来は明日がすぎたら考えることにして、精一杯歌おう。
「おまえは彼女はいないのか? できたら報告しろよ。お互い、恋愛にもがんばろうな」
 翌朝に駅で別れて、兄は福岡に戻っていき、俺は体育館に赴いた。
「可愛いやんけ、芙美ちゃんて。あれからなんかあったんか」
 顔を合わせた長嶺が尋ね、いや、まあ、あとで話してやるよ、とあしらっていると、岸本もやってきた。
「ほんとは初恋のひとなんだろ。なにかあったんだろ」
 知念も言った。
「楽しみだなぁ。今夜は雄二のおごりで、酒巻さんにも来てもらって豪遊しようぜ」
「僕がなに? ええ? 雄二に彼女が? いいなぁ」
「そうは言ってないし……でも、それ、明日でいい? 駄目?」
「今日はデートか。言ったのと同じじゃん。このこの、憎らしい」
 岸本がわざとらしく俺を睨み、酒巻さんまでが言った。
「雄二のおごり? 大賛成ーっ!!」
 この分では散財しなくてはならないようだが、彼女ができたお祝いだと思ったら安いものだ。兄が小遣いをくれたのもあって、明日でよかったらおごってやるよ、と応じたら、四本の腕に背中や頭をごつんごつんぼかぼかと殴られた。
 

5

 新三、四年生たちが俺の回りで、新入部員勧誘活動の話をしている。俺も三年生になり、上級生たちの一員になったのではあるが、うららかな春の陽射しのせいで眠くなってきていて、生返事と生あくびばかりしていた。
「長嶺は来てないのか」
「ああ、来た来た。どうしたんだ、血相変えて?」
 どどっと足音が聞こえて、走ってきたのは長嶺らしい。誰かが、遅かったな、どうしたんだ、と長嶺に問いかけているのを聞きながら、俺はほにゃっと顔を上げた。
「雄二、来いや」
「どうしたのぉ? 俺、眠くて眠くて……おおおっ、なんだよっ、なんなんだよっ!!]
 怒っているのか焦っているのか、長嶺は誰にも返事はせずに、俺の両脇に両手を突っ込んで立たせ、強引に手を引っ張って走り出した。なんなんだよっ、と他のみんなの叫び声が聞こえる中、長嶺に走らされて連れていかれたのは学食だった。
「なに? 腹が減ったからメシが食いたくて連れてきたのか? 腹が減ってるのによくもあんなに走れたな。メシだったらつきあってやってもいいけど……」
「寝ぼけとるんかい。ボケ!! 見てみい」
 頭をごちっとやられて、長嶺が指さす方向を見た。
 昼飯どきであるので賑やかな学食の一角が、ぽかっと空いている。空間にひとりだけ女の子がいる。テーブルに突っ伏して泣いているように見える。長嶺に頭を殴られたためもあるが、彼女の姿を見て眠気が消え失せた。
「……芙美ちゃん?」
「そうや。芙美ちゃんや。俺は部室に行く前に腹ごしらえしよかと思て、学食に来た。ほしたら芙美ちゃんがあそこにすわってた。いっしょにごはん食べよか、て声をかけようとしたんやけど、なんかしらん暗いねん。声をかけるのはやめて見てたら、暗ーい顔して味噌汁を一口すすって、それからテーブルに顔を伏せた。泣いてるんとちゃうんか。おまえがなんかしたんやろ」
「なんにもしてねえよ。芙美ちゃんは春休みにはお父さんとお母さんのいるシンガポールに行ってたんだ。一昨日だったかに帰ってきたって電話はもらったけど、会うのは久し振りなんだから」
「電話でなんか言うてんやろ?」
「言ってない……はず」
「なんなんかは知らんけど、おまえの彼女があそこで泣いてる。どうにかするのが彼氏の役目やろ。どうにかせえ」
 どうにかせえと言われなくても、どうにかしなくてはいけない。学食にいる学生たちは芙美ちゃんの近くにはすわらずに、見ないふりをしてちらちら見たり、ひそひそ話したりしている。衆人の注目を浴びるのはつらかったのだが、俺は芙美ちゃんに近寄っていった。
「芙美ちゃん……ふーみちゃん」
 そおっと背中に手を乗せようとしたら、芙美ちゃんは怒り声で言った。
「さわらないで!!」
「あ、ごめん。どうしたの? どないしたん? 変な関西弁はやめようね、どうしたの? 泣いてるの? 外に出ようか」
「ほっといて」
「ほっといてって……なんだよ、なんだよ、俺がなにかしたのか? 俺が悪いの?」
「そうよっ!! 雄二なんか雄二なんか雄二なんかっ!!」
 テーブルのそばに立っている俺をはねとばしそうな勢いで立ち上がり、芙美ちゃんはあさっての方角を向いて叫んだ。
「大っ嫌いっ!!」
 そのまま芙美ちゃんは駆け出していき、あっけにとられて立ちすくんでいる俺のそばに、さっきまで部室にいた奴らが寄ってきた。今年のキャプテンの綾羅木さんもいる。副キャプテンの池田さんもいる。岸本も知念もいる。ついてきていたらしい。
「雄二……」
 みんなして俺をじろーっと睨む。俺としてはなにがなんだかわからなくて、言い訳のしようもなくて黙っていると、長嶺が言った。
「芙美ちゃんは雄二が悪いて言うてたやんけ。大嫌いて言うてたやんけ。おまえがなんかしたんやろ」
「そうだ、おまえが悪いんだろ」
 岸本も言い、他のみんなも口をそろえて、おまえが悪いと俺を罵った。
「俺はなんにもしてないし、なんにも言ってない……はず。思い当たる節はなーんにもないんだけど、なにか言ったかしたのかもしれないから、考えてみるよ。そっとしておいて下さい、先輩たちも」
 仕草までが同じで、そろって腕組みをして俺を睨んでいる男たちの間から、俺はこそこそっと逃げ出してひとりになって考えてみた。
 しかし、考えても考えても思い当たる節はない。一昨日、帰ってきたよ、また学校で会おうね、と電話で言っていた芙美ちゃんの声は機嫌がよかった。シンガポール土産をくれるとも言っていた。なのに、今日までに芙美ちゃんの身に、あるいは心になにが起きたのか。
 考えすぎて頭が割れそうになってきても、なにも思いつかないので諦めて、芙美ちゃんを探しにいった。だが、どこに消えたのか、芙美ちゃんは見当たらない。うろうろと探していたら、合唱部新二年生の野口と出くわした。
「先輩、どうしたんですか。情けない面しちゃって」
「情けない面してる? だって情けないんだもん」
「なにかあった? 相談に乗るよ」
 昔の合唱部は体育会体質だったと言う。それを徐々に壊していったのは三沢キャプテンだとも言う。三沢さんは体育会体質が嫌いだったので、先輩後輩のけじめを緩やかにしていったのだとも言われているが、三沢さん以前の先輩を俺は知らないので、真相は定かではない。
 いや、三沢さん以前の先輩を、俺は多少は知っている。紹介してもらっただけのフォレストシンガーズのメンバーたちは、知っているというほどでもないにせよ、実松さんは三沢さんの前のキャプテンだ。あのひとも三沢さん寄りのキャプテンだったと思えるので、合唱部の体質を壊したのは実松さんかもしれない。
 それでも俺たちの学年はまだまだ、先輩を立てていた。どうしたわけだか俺たちの一年下あたりから、けじめががたっと崩れたのだ。そうすると、去年のキャプテンの鈴木さんのせいか。誰の責任でもなくて世代の差ゆえなのか、野口なんぞは特に、先輩を先輩とも思わない口をきくのである。
 一年の年齢差は大きいのか。俺が先輩を目上とみなしているのは、本物の体育会出身だからか。先輩たちにはなにかとお世話になったので感謝しているのだが、後輩たちとはあまり関ってこなかったので、野口とも無駄話なんぞしたこともない。ここしばらくはファイブボーイズに熱中していて、後輩にかまっている暇もなかったのだし。
 酒巻さんが卒業してしまい、知念もいつまで合唱部にいられるかわからないと言う。そういうわけでファイブボーイズは解散に追い込まれたようなものなのだが、今はその話はいい。藁にもすがりたい。
 背が高くて甘い顔立ちと甘い声を持つ野口は、たぶん女にはもてるだろう。そんな話もしていないのでよくは知らないが、女の子とどうこうといった経験も豊富であるにちがいないので、ベンチにすわって先ほどの顛末を語った。
「椎名さんが悪いから、大嫌いになった、ってわけね?」
「って、芙美ちゃんは叫んだ」
「それだけじゃ俺にもわかんないけど、先輩、浮気でもしたんじゃないの? 他の女の子と歩いてるところでも見られたとか?」
「してねえよ。そりゃ、合唱部の女の子と話したり歩いたりはしたことがなくもないけどさ」
「それだよ、きっと」
「そんなんで泣いたり、あれだけ人のいる場所で、雄二なんか大嫌い!! って叫んだのか」
「女ってそういうのもありがちなんじゃないかな」
「おまえ……たかが二年生のくせしやがって、いっぱしの口をきくじゃねえかよ」
「なんで俺に怒るんだよ。親切に相談に乗ってやってんのに」 
 生っ白い澄まし顔で聞いたふうな口を叩く野口を見返すと、むかむかしてきた。
「おまえは俺を先輩って呼んでるけど、内心では馬鹿にしてるだろ」
「別に」
「してるじゃねえかよ。その顔は、年下のくせして俺をガキ扱いしてる顔だ」
「年下だの年上だのって、たったのひとつでしょ? だけど、俺は先輩は敬ってるよ。崇拝してますよ、椎名先輩」
「その口調が……馬鹿にされてるとしか思えないんだよっ!!」
「やだな。そうやって八つ当たりされるんだったら、あんたとなんか口をききたくないよ」
「八つ当たりとはなんだよっ!!」
 とはいえ、八つ当たりにまぎれもない。痛いところを突かれて黙ると、女の子の声が聞こえてきた。
「野口くーん、ごめんね、待った?」
 ベンチの前に立った女の子は俺を無視して、野口ににっこり微笑みかけた。ものすごく可愛い子だ。合唱部の女の子ではなさそうだが、俺の好きなアイドルに似ていた。
「今日はサークルはお休み?」
「うん、いいんだ。こういう口の荒い、態度のでかい先輩がいてさ、俺、合唱部にはうんざりしかけてるんだよ。今日はさぼるからいいんだ」
「先輩の後輩に対する態度がでかいのは当たり前だ。おまえのほうこそ、後輩のくせに態度がでかいじゃねえかよ。さぼるって? キャプテンには言ったのか」
「言わなくてもいいじゃん。ナナ、行こう」
「やだ、このひと、なんだかこう、似てる」
 ナナちゃんと呼ばれた女の子は、しばし考えてからきゃはっと笑った。
「似てるよ、えとね、えとね、なんだっけ? あれ……動物園にいる……あれ、思い出せない」
「いいから行こう」
 可愛い顔はしているが、ナナちゃんは頭はよくないと見える。野口もナナちゃんも俺に挨拶もせずに行ってしまい、俺は膝に肘を乗せて頬杖をついた。きゃはきゃはっと笑うナナちゃんの声が遠ざかっていく。
 三沢さんもよくきゃはきゃは笑っていたが、ナナちゃんよりも三沢さんの笑い声のほうが、今の俺には好ましい。好ましいというよりもなつかしい。俺はもてるんだ、といばっていた三沢さんの言葉に偽りがなかったのだとしたら、三沢さんに相談したかった。
 部室に戻る気にもならず、歩きながら携帯電話を取り出した。さぼっているのは俺も野口と同じなのだが、そんなことはかまっていられない。ケータイには酒巻さんのアパートの電話番号が入っている。三沢さんの電話番号は知らないのだが、酒巻さんとはいっしょにグループで歌っていたので、教えてもらっていたのだ。
「卒業してからのあてもないし、ケータイなんて持てないんだけど、アパートにはそのまんま住む予定だから、なにかあったら電話してね」
 就職先が決まらないままに卒業していった酒巻さんは、社会人になっても不安定な身分でいるのだろう。酒巻さんでは女の子がらみの相談には乗ってもらえない恐れがあるのだが、三沢さんに連絡してもらえるかもしれない。そうはできなくても、酒巻さんの低い声が聞きたくなってきたのだった。
 親は金持ちでもないし、合唱部に熱が入っている俺はアルバイトもしていないのだが、兄が独立して俺ひとりの面倒を見ていたらいいのだから、ケータイくらいは買ってもらえた。通話料も親が払ってくれている。酒巻さんを思うと、俺は気楽な身の上なんだな、とはじめて実感した。
 酒巻さんの自宅電話は留守電になっていたが、夜になって電話をしてきてくれて、会おうよ、と言ってくれた。酒巻さんが卒業して以来、会うのは初だ。芙美ちゃんの部屋に電話をするのは気が引けるのでやめておいて、翌日は学校もさぼって酒巻さんに会いにいった。
「電話の声が元気なかったね。合唱部でもめごとでも起きてる?」
 会うのは一ヶ月ぶり程度なのだから、変わるはずもない酒巻さんと、ファミレスで向かい合ってすわった。酒巻さんの声も話しぶりもちっとも変わっていなくて、しみじみとあたたかな気分になった。
「ごめんね。僕、まだ仕事が決まらなくて、お昼ごはんを食べるったってファミレスでも散財……」
「俺は小遣いがありますから、おごりますよ」
「そうは行かないよ。これでも先輩だからね。合唱部はどう?」
「もめごとはありません。生意気な後輩はいますけど、綾羅木キャプテンがまとめていってくれると期待してます」
「キャプテンは圭太だね。予想通りだな」
 ファミレスのお徳用ランチなんか食べながら、合唱部の話をしながら、芙美ちゃんの話をどう切り出そうかと悩む。酒巻さんは芙美ちゃんと俺がつきあっているのを知ってはいるのだが、三沢さんの連絡先を教えてもらったほうが早いだろうか。
「フォレストシンガーズはどうなんですか」
「このごろ三沢さんとも会ってないし、他のひとたちにももちろん会ってない。売れないみたいだね。なんでなんだろ」
 去年の秋にメジャーデビューしたフォレストシンガーズは、鳴かず飛ばずとかいう状態であるらしい。デビューしてから半年余りしかたっていないのだが、三沢さんたちも暗いのか。俺の相談に乗ってくれる心境にはいないかもしれない。
「雄二、僕に話しがあったんじゃなかったの?」
「いいえ、酒巻さんに会いたかっただけですよ」
「僕に会いたいなんて言ってくれて、嬉しいよ」
 結局は相談ごとも切り出せず、三沢さんにしてもたぶん、自分たちで精一杯だろうと思うと、連絡先を教えてもらっても仕方ないだろうと諦めて、世間話をして酒巻さんとは別れた。
「せめてアルバイトでも決まったらな……お金が稼げるようになったら、もうすこし豪華なものをおごってあげるから待っててね」
 そう言って手を上げた酒巻さんの細い背中が、やけに哀愁を帯びて見えた。


 それから数日、ひとりで悩んでもなんにも結論は出ず、次第に苛々してきたので合唱部に顔を出した。いつまで続けられるかわからないと言っている知念も来ている。岸本と長嶺も来ている。芙美ちゃんとはどうなったんだ? と訊きたげな視線がうるさくて、部室の裏手に出ていったら、三人とものこのこついてきた。暇な奴らだ。
 芝生にすわってしつこく悩んでいる俺を遠巻きにして、三人が内緒話をしている。内緒話のつもりなのか、聞こえよがしに言っているのか。三人の会話は全部聞こえていた。
「……いいよ、やっても。俺も三年生になって、医者の卵にはなりかけてるから、応急手当くらいだったらしてやれるよ」
 知念が言い、長嶺も言った。
「ほんで死んだら、俺がお経を上げたらええんやな」
「死ぬほどやるのか? それはやりすぎだろうけど、そうか。おまえらって医者と坊主の卵なんだ。最強コンビじゃん」
 岸本も言ってげらげら笑い、三人で頭を寄せてひそひそこそこそやっている。ひそひそでもこそこそでも全部聞こえていて、三人は物騒な相談をしているのだった。
「いっちゃん力の強いのは岸本やろ。おまえがやったらええねん。雄二が悪いに決まってるんやから」
「そうそう。その役割は岸本が適任なんだから、おまえがやれ。俺は介護に回るよ」
「で、万が一殺してしまったら、長嶺がお経を上げるんだな。うん、用意周到だ。よしよし、じゃあ、やろうか」
 指の関節をばきばき鳴らしながら、岸本が俺に歩み寄ってくる。俺はうがおっ!! と威嚇した。
「なんなんだよっ、おまえらはっ!! 俺は芙美ちゃんにはなんにもしてないし、なんにも言ってないっ!! 殺される筋合いはないっ!! ずーっとずーっと考えてるんだけど、俺はほんとになーんにもしてないんだよ。長嶺、おまえはもしかしたら芙美ちゃんが好きなのか。だからそうやって俺が悪い悪いって言って、芙美ちゃんの味方ばっかりするんだろ」
「芙美ちゃんは雄二の彼女やと思てるから、そういう意味では好きや。芙美ちゃんを泣かせたんはおまえやろ? おまえ以外の誰が芙美ちゃんを悲しませるねん?」
「なにか他のことで……」
「俺はこの耳で聞いた。言うとったやんけ」
 雄二が悪い、雄二なんか大っ嫌いっ、と三人そろって芙美ちゃんの口真似をした。
「まるで似てない。芙美ちゃんの声はもっと可愛い。ってなぁ、そんな話しをしてるんじゃねえんだよ。まったくもうまったくもう、おまえらは俺が悪い悪いって言うけど、俺はなんにもしてないんだよ。何度言わせるんだよっ!! 俺はなんにもなーんにもしてねえの」
「おまえが忘れてるだけやろ」
「忘れてないよ」
「いいや、絶対におまえが悪い」
 うんうん、と三人そろってうなずく。なんと言われようとも、俺はなんにもしていないのだ。だんだん腹が立ってきた。
「芙美ちゃんのほうが悪いよ。なにがあったのか知らないけど、あれだけの人が見てる前で、雄二なんか大嫌いって叫んだんだぞ。俺に恥をかかせたんだ。俺が完璧に悪者にされちまったんじゃないか。だいたいからして……あんな態度の女は俺が嫌いなんだよっ!!」
 じろじろと三つの視線に見据えられて怯みそうになった気持ちを励まして、俺は言った。
「去年の学園祭だったよな。中学生のときの初恋のひとの友達だった芙美ちゃんに会って、芙美ちゃんが言ったんだよ。椎名くんと一度でいいからデートしたかった、こうしてるととっても楽しい、って、俺に笑顔を見せてくれた。可愛かったよ。俺が好きだったのはミキちゃんなんだけど、ミキちゃんなんてどこでどうしてるのかも知らないし、目の前には芙美ちゃんがいる。芙美ちゃんは俺を好きだったみたいだ。そうして芙美ちゃんと向き合ってたら、情にほだされたってのか出来心ってのか、ついつい言ったんだよ。俺とつきあってくれない? ってさ。そしたら芙美ちゃんは、含羞の表情に嬉しさもまじえて、うなずいてくれた。俺もあのときは心がほわっとしてたから、芙美ちゃんがうなずいてくれて嬉しかったよ。俺にもはじめて彼女ができたんだ、これからは芙美ちゃんを大切にしようって心に誓った。だけど、今となったら早まったんじゃないかと……」
 冷ややかな三つの視線に耐えて喋っていると、本当にそうなのではないかと思えてきた。
「つきあいはじめたころはよかったよ。楽しかったよ。芙美ちゃんも優しかったし、俺も優しくしてたよ。なのに、あれはなんなんだっ!! 学食なんかで俺を罵って、思い切り恥をかかせやがって……あんな女に告白するんじゃなかった。あれは気の迷いだったんだ。俺は芙美ちゃんなんてたいして好きじゃなかったんだ。うん、そうなんだ。あんなわけのわからない女とは別れてもいいんだよ」
 言っているうちに、それでもいいと思えてきた。
「あんなメンドクサイ女とは別れるよ。長嶺が芙美ちゃんを好きなんだったら、告白してつきあったらいいじゃん。おまえもおまえもおまえも、芙美ちゃんも勝手にしろっ!!」
 ああ、そう、とつめたいつめたい声が三つ聞こえた。
「へ? なに?」
「勝手にすれば?」
 知念は言い、岸本も言った。
「じゃあさ、長嶺、芙美ちゃんに告白しちゃえよ」
「俺が? そやけど……うん、そうする」
「そうしろ。勝手にしような、俺たちは。雄二も勝手にすればいいよ」
 岸本がつめたーく言い、三人そろって背中を向けて歩いていってしまった。
 応援してやるよ、がんばれよ、と岸本と知念が言っていて、長嶺は照れくさそうに、うん、がんばる、と言っている。その声が遠ざかっていくのを、俺はぼーっと聞いていた。それでいいのか、雄二? と問いかけてみたら、俺の中の雄二はヤケクソみたいに、勝手にしろっ、と叫んでふてくされた。


6

 みんなみんな大嫌いだ、長嶺も知念も岸本も芙美ちゃんも、大嫌いだーっ!! 大声で叫びたい。だけど、俺はそんな台詞は胸のうちでしか叫ばない。奴らの顔を見ると口に出してしまいそうなので、しばらく合唱部には行かずにいたら、酒巻さんから電話がかかってきた。
「ようやくバイトが決まったよ。ラジオ局のADだから給料は安いんだけど、先日は中途半端になっちゃっただろ。雄二は僕になにか話したかったんだよね。もう一度会おうよ。雄二も二十歳になったんじゃないの?お酒、飲む?」
 友達にも彼女にもつめたくされている俺には、酒巻さんの優しさが胸にしみた。
 酒なんてものは中学生のころから飲んでいるが、酒巻さんの卒業前にもみんなで来たことのある居酒屋に行った。やってきた酒巻さんはこの前よりは明るく見えた。
「雄二って煙草を吸うんだった?」
「二十歳になったから吸うんです」
「無理しなくてもいいのに。雄二って作詞や作曲はするの?」
「俺はしたことないけど、煙草と作詞作曲って関係あるんですか」
 遠くを見ているようなまなざしで、酒巻さんが話しはじめた。
「僕が一年生のときだから、乾さんは四年生だったな。乾さんは成人に達してはいたんだけど、煙草を吸うんだよね。大人だって煙草は喉に悪いんじゃないのかな、って僕は思ったよ。だからさ、よくないんじゃありませんか? って言ったんだ。そしたら、こうして紫煙の行方を目で追ってると、煙の中にメロディや詞が浮かび上がってくるんだ、って乾さんは言った」
「メロディも詞も見えない」
 煙草を吹かして煙を見つめても、俺にはそんなものは浮かんでこない。浮かんでくるのは……芙美ちゃんの微笑みだった。
「誰にでも見えるものじゃないんだろうな。その夜には、僕も乾さんに相談したいことがあって、アパートを訪ねていったんだよ。小笠原さんと実松さんと本庄さんが先に来てて、大食漢の本庄さんのために、食べものをたくさん買ってこいって言われて、大きな荷物をえっちらおっちら運んでいってね、ものすごくたくさん買っていったのに、三人でみーんな食べちゃって……それはいいんだけど、乾さんは僕の話を聞いてくれたよ」
「なんの話しだったんですか」
「それもいいんだけど、あのときは僕、べそをかいてた。泣くと先輩には叱られたけど、あの夜の乾さんは僕を叱ったりはしないで、話しを聞いて、こうしたらいいよ、って教えてくれたんだ。僕は乾さんに言われた通りにしたんだよ。なつかしいな」
 なんの話しだかわからないので、俺には反応もできなかったのだが、酒巻さんはあたたかな目で言った。
「雄二もそうなんだろ。前にもそうだったんだろ。僕には乾さんみたいな判断はできないだろうけど、あのころの乾さんよりも年上なんだし、話して」
「……つまんない話ですから」
「他人にはつまらなく思えても、当人にはつまらなくないから悩むんだよ。雄二は悲しそうだ。いっつも元気だった雄二がそんな顔をしてると、僕も悲しくなってくるよ」
「酒巻さんって……」
 なんでそんなに優しいの? などと言うと、酒巻さんは恥ずかしいかもしれない。俺だったら、男にそんなふうに言われたら恥ずかしいので、言葉を飲み込んだ。
「酒巻さんって、そんな性格だと損をするんじゃありませんか」
「損をする? そうなのかな」
「そうですよ。人に誤解されたりさ……俺も誤解されたのかな。誤解されたって言ったって、なにが誤解を招いたのかもわからない。女なんてさっぱりわかんねえよ」
「女の子? ああ、そうだったんだ」
 酒巻さんは芙美ちゃんを知っている。俺が芙美ちゃんとつきあいはじめたころには、長嶺たちといっしょになって、いいないいな、なんて言っていた。
 だから、俺を悩ませる女の子は芙美ちゃんしかいないとも知っている。悔しいけれど、たしかに芙美ちゃんしかいないので、こうなったら話すことにした。学食での発端から、考えすぎて頭が痛くなって、面倒になってきて、あんな女とは別れる、と言った部分までを話している俺を見て、酒巻さんも頭痛をこらえているような顔になっていった。
「……うわわ、僕、そういうのは苦手なんだ。ごめん。そんなのは僕にもさっぱりわからないよ。女の子の気持ちなんかわからない」
「投げ出さないで下さいよ。酒巻さんが話せって言ったから、恥を忍んで話したんですよ」
「そうだよね。聞くんじゃなかった……なんて、無責任だね。雄二には芙美ちゃんに嫌われる理由は思い当たらないんだろ。なんなんだろ、それって」
「俺が聞きたいんです」
「うーん……ごめんね」
「なんで酒巻さんがあやまるんですかっ!」
「ああ、そうだよね。ごめんね」
 長々と考え込んでいた酒巻さんは、やがて言った。
「芙美ちゃんに直接聞くしかなくない?」
「それができたら苦労はないんです」
「だよねぇ。だけどさ、女の子のことで長嶺くんや岸本くんや知念くんとまで喧嘩になっちゃったの? そっちを先に解決しないといけないよね」
「あれはあいつらが悪いんです」
「そうかなぁ」
 再び酒巻さんは考え込み、長々と考えてから言った。
「それってもしかして……僕の考えすぎなのかな」
「もしかしてってなんですか」
「いや、わからない」
 わからない、わからない、酒巻さんのわからないと俺のわからないがからまり合って、なおいっそうわからなくなってきて、なにもかもが面倒になってきた。
「もういいんです。俺が芙美ちゃんと別れたらいいんだから。長嶺が芙美ちゃんに告白するんだったら、それはそれでもいいんだから。女なんかいなくてもいいんです」
「雄二、自棄を起こしたら駄目だよ。きみはけっこう我慢強いほうでしょ? そういうときに限って短気になったらいけない。短気は損気って言うんだよ。こういう問題はねぇ……ああ、どうしよう」
「もういいんですって」
「よくないよ。僕もさらに考えてみるから、きみもよーく考えてみて」
「考えたって袋小路にはまり込むんだから、俺は考えるのもやめます。つまらない話しをしてすみませんでした。別の話しをしましょう」
「つまらなくはないんだけど、僕はこういうのって苦手で……ごめんね」
 あまりあやまられるとイラついてくるので、酒に走ろうかと思ったのだが、ここは酒巻さんが支払いをしてくれるつもりでいるのだろう。飲みすぎては酒巻さんに悪い。酒巻さんってひとは小柄なせいかメシもあまり食わないようなので、俺ばっかり食うのも悪い。
 しようがないので煙草をばかばか吸っていたら、気持ちが悪くなってきた。酒巻さんに相談したのがまちがいだったのかもしれないと悔やんでいると、酒巻さんがつと立ち上がり、戻ってきたときには、つめたいお絞りを持ってきてくれていた。
「雄二、顔色が悪いよ」
 そう言ってお絞りを手渡してくれる坂巻さんに、俺は言った。
「俺、酒巻さんを彼女にしたらよかったかも」
「はあ? 僕が雄二の彼女? 馬鹿言ってんじゃないよ」
「……ありゃ? 酒巻さんも怒るんだ。酒巻さんの怒った顔ってはじめて見ましたよ」
 ぎゃははっと笑った声は、我ながら虚ろだった。
「無理して煙草なんか吸うからだよ。二十歳になったからって、煙草なんか吸わなくていいんだ。雄二はこれからも歌うんだろ。乾さんや三沢さんみたいな綺麗な声のひとだって煙草を吸うんだから、歌う者は喫煙はタブーなんてこともないんだろうけど……寝ちゃった?」
 狸寝入りをしている俺に、酒巻さんは言った。
「寝息が嘘っぽいよ。芙美ちゃんもだけど、長嶺くんたちとは仲直りしなくちゃ。合唱部にも行ってないの? 僕がいなくても、フォアボーイズになって歌っていけばいいのに……楽しかったな、きみたちと歌ってたあのころは……そんなに昔でもないのにね……雄二、ケータイ、貸してくれる?」
「俺のケータイですか」
 やっぱり起きてたな、と笑って差し出した酒巻さんの手に、俺はケータイを乗せた。
「俺のケータイでなにをするんですか」
「雄二は寝てていいよ」
 寝ているわけにはいかなくて見つめていると、酒巻さんはぎこちない手つきでケータイを操作した。番号を呼び出して耳に当て、相手が出たようで、いつもの低音で口を開いた。
「ああ、僕。酒巻だよ。うん、うんうん、いいんだけどさ、暇? 出てこない? なんでって、会いたいから。今はね……きみも知ってる……」
 店の名を告げ、電話を切り、酒巻さんはちょびっとビールを飲んで、それっきり口を閉じた。
「誰か来るんですか。三沢さんじゃありませんよね。俺は三沢さんの電話番号を知らないし、酒巻さんは三沢さんにあんな口のきき方はしないし……俺の知り合い? 誰ですか」
「待ってたら来るよ」
 待っていたらやってきたのは……
「長嶺……長嶺を呼び出したんですか」
「芙美ちゃんには電話はしづらいし、真っ先にかけた長嶺くんが来ると言ってくれたからね。すわって。ちょっと久し振りだね」
「こんばんは。酒巻さんもお元気そうですね」
「きみのその関西弁、京都弁か、もうなつかしく感じるんだよね。僕は元気だけど、雄二が元気がないんだよ。きみたちはどういうつもりなの?」
「どういうつもりっつうか……」
 酒巻さんにビールを注いでもらって一口飲んだ長嶺は、しばし考えてから言った。
「雄二が俺らに勝手にせえとか言うて、俺らも雄二に勝手にせえて言うて、あれからみんなでなんやかんやと喋ってまして、酒巻さんも聞いたんですよね」
「聞いたよ」
「雄二はこのごろは部室には来えへんから、俺らを避けてるんかなって思ってたんですけど、ちょうどええから調べることにしたんです。雄二は芙美ちゃんにも電話もしてへんかってんやろ。そらしにくいわな。そやから、俺らが三人で芙美ちゃんを呼び出して、雄二が悪いってどういう意味やねん、て訊いたんです。雄二はアホやから、自分のしたことも言うたことも覚えがないって言うてんで、とか言うて……」
「アホなんじゃなくて、本当に覚えがないんだよ」
「アホやから、芙美ちゃんに直接訊かへんねんやろが」
 まあまあ、雄二は黙って、と酒巻さんに制されて黙ると、長嶺は言った。
「芙美ちゃんもなかなか話してくれへんかってんけど、三人がかりで聞き出したところによると、久保田や。あいつが芙美ちゃんにとんでもないことを言いよってん」
 ごくっと唾を飲んで、俺は長嶺を凝視した。
「おまえ、ほんまに久保田に言うたんか? 言うてないやろ。まさかな」
「なにを?」
「その顔は、久保田の嘘やねんな。そやけど、聞かされた芙美ちゃんは激烈ショックやったんやろ。すっかり信じ込んで、雄二なんか大嫌いっ!! になったんや」
「だから、なんなんだよ」
「芙美ちゃん、久保田に口説かれたんやて」
 長嶺が言うには、久保田は芙美ちゃんにこう言ったのだそうだ。
「椎名が言ったんだよ。久保田さんにはなにかとお世話になってるんだから、一度くらいだったらいい。芙美ちゃんは椎名の彼女なんだから、椎名がいいと言ったらそれでいいんだ。一度だけだったら寝てもいいよ、だそうだ。だからさ、いいだろ」
 つきあってくれ、ではなく、つきあうはつきあうでも、そっちでつきあう……耳を疑って、俺はますます長嶺を凝視していた。
「芙美ちゃんは久保田にそう言われて、走って逃げて学食に来て、定食を頼んだんも上の空やったんやろな。雄二がそんなことを言ったなんて、って頭がいっぱいになって、頭の中がメチャメチャになって、気がついたら泣いてたんやろ。そこへ雄二が来たから、ああやって怒鳴ったんや」
「そんな……」
「とまあ、それだけは芙美ちゃんから聞いたんやけど、雄二がほんまにそんなん言うたんかどうかもわからんし、雄二はこのごろ部室にはけえへんかったやろ。どないしたらええんやー、って、みんなでもめてて、久保田にしてもなにを考えてそんなん言うたんやろって……なにがなんやらようわからんで、日がたってしもた。久保田は芙美ちゃんが好きなんかな」
 無言で聞いていた酒巻さんが、低い低い声で言った。
「好きな女の子に言うような言葉じゃないよ。僕にだって久保田がなにを考えてるのかはよくわからないけど、雄二は久保田となにかあったの?」
「一年生の合宿で……」
「それは僕も知ってる。あのときは三沢さんが丸くおさめてくれたんだよね。僕は三沢さんの身が心配だったからあとで訊いたら、俺には守護神がついてるんだから大丈夫、なんて言ってたよ。守護神ってのは……それはいいんだった。あの前だよ」
 前にもなにかとあったのだが、詳しい話は誰にもしていない。しかし、それによって恨みを持っているのは俺で、それにしたってそんな古い出来事は忘れかけていたのに、あいつのほうこそ俺に恨みを抱いていたのか。なんと執念深い奴だ。
「高校のときに……」
 詳しく話さないと理解してもらえないだろうから、高校時代に遡って、久保田と俺の関りを語った。久保田が一浪しているとは、酒巻さんも長嶺も知らなかった様子で、ふむふむと聞いていた。
「久保田はそんなこんなを逆恨みしてるのかな。雄二には非がないはずだけど、久保田の中ではいろんな出来事がどす黒く溜まっていってて、雄二に仕返ししてやろうとしたのかもしれない。芙美ちゃんとそんなふうにつきあいたいっていうよりも、そうやって芙美ちゃんにショックを与えて、雄二と喧嘩させようとしたのかもしれないね。長嶺くん、そうなんじゃない?」
「そうなんかもしれませんけど、そんなんしてなんになるんですか」
「なんにもならないけど、歪んでるなぁ」
 芙美ちゃんが怒ったり泣いたりしていた理由は、とりあえずは判明した。が、と俺は思う。
「芙美ちゃんもなんだって、そんな嘘を頭から信じるんだよ。あいつもアホなんじゃないのか。俺にはっきり言ったらいいんじゃないか。だから女なんて……芙美ちゃんは俺を信じてないからこそ、久保田の台詞を信じたんだろ。そんな女はやっぱり嫌いだ」
「うーん、困ったね、長嶺くん?」
「そのせいで芙美ちゃんと雄二が別れたりしたら、久保田の思う壺とちゃうんか」
「……でも……」
 今すぐ芙美ちゃんに電話をかけて、久保田が嘘をついたんだ、と叫ぶべきか。なんだったら芙美ちゃんのアパートに走っていって、俺はそんなことは言ってない、と叫んだらいいのだろうか。けれど、真相を聞いた俺の心の中にも、芙美ちゃんに対する黒っぽい感情が生まれていた。
「長嶺くん、これも雄二から聞いたんだけど、お坊さんと医者がどうこうって、物騒な相談をしたんだってね? 雄二になにをしようとしたの?」
「なんやったか忘れました。あのね、酒巻さん、前から聞きたかったんですけど、酒巻さんって後輩でも呼び捨てにはせえへんでしょ? 久保田やなんて言うたんは怒ったからやとしても、雄二とか圭太……綾羅木さんね、このへんは呼び捨てにするんですね」
「そうだね。意識してなかったけど、雄二や圭太は呼びやすいからかな」
「雄二はみんなに雄二て呼ばれてますよ。たしかに呼びやすい」
「長嶺くんは話しをそらすのが得意だね」
「そらしてるつもりはないんですけど……」
 長嶺と酒巻さんはどうでもいいような会話をしているが、俺の頭の中は千々に乱れていた。芙美ちゃんの態度の理由が判明してむしろ、頭の中も心の中もどどーんと重たくなっていた。


 お節介な奴らはそれ以上はお節介を焼かず、芙美ちゃんとの仲は修復できず、久保田を問い詰める気にもならず、知念は合唱部に顔を見せなくなり、それでも長嶺や岸本とはつるんでいたのだが、就職活動をしなくてはならない時期になってきて、どどんどどんがいっそう重くなってきた。
「長嶺はいいよな。京都に帰って寺の跡取りだろ」
「坊主になんかあんまりなりとうないけど、親父と約束したんやからしゃあないわ。岸本の希望職種はなに? なにをやりたい?」
「普通のサラリーマンでいいよ」
 普通のサラリーマンならば、選択肢はいくつもあるだろう。岸本は経済学部なので、就職には有利ではないかと思える。が、俺はいつしか、音楽関連の仕事をしたいと考えるようになっていた。
 ファイブボーイズで歌うようになったころからだろう。できるものならば五人で、フォレストシンガーズのようなプロのシンガーズになりたいと夢見たりもした。そう思っていたのは俺だけだったのだから、実現するはずもない夢だった。
 現実的に考えれば、俺はそんなに歌は上手ではない。ルックスもたいしたことはないのだからして、歌のグループのオーディションを受けたとしても合格はしないだろう。
 ならばせめて、歌手ではなくても音楽と関っていたい。アナウンサーになりたいと望んでも、採用試験に落ちまくって、いまだアルバイトでADをやっている酒巻さん同様、容易にかなう志望ではないだろうけれど、チャレンジはしたい。
 音楽関連の仕事とはいっても、多種あるとは知っている。俺は中国史専攻で、専門的な知識はない。楽器も弾けない。ミキシングだのエンジニアだのの方面は、一から学び直す必要がある。音楽ライター、プロモーター、コンサートスタッフ、どれも才能がないとしか思えない。
 両親は普通のサラリーマンでいいと言う。兄はJRに入れと言う。心の隅に芙美ちゃんがひっかかったまんまではいたのだが、就職についての悩みのほうが重たくなっていたころに、酒巻さんから電話がかかってきた。
「僕はあいかわらずADだけど、雄二は就職は決まった? ん? 音楽業界? そうだなぁ」
 悩みを打ち明けると、酒巻さんもいっしょに悩んでくれて、ふと言った。
「レコード会社ってのは? レコード会社に就職しても職種がいろいろあって、必ずしも雄二の希望に沿った仕事ができるとは限らないだろうけど、音楽の身近にはいられるよ。ADも音楽に関わっていられるんだけど、僕ももっと音楽と暮らしていたくて、DJのオーディションを受けてるんだ。合格はしないけどね」
「アナウンサーじゃなくて?」
「DJはアナウンサー以上に、音楽と近いだろ。ディスクジョッキーだもんね。アナウンサーだとニュースだの天気予報だのって仕事もあるんだけど、ディスクジョッキーは音楽を乗りこなすんだ。いつかはきっと、僕はDJになってみせる。雄二がレコード会社の営業マンになって、僕がDJやってる局に、新人ミュージシャンの売り込みに来たり、なんてことになるかもしれないよね」
「そうなれたらいいけど、酒巻さんがDJになるのが先決でしょ」
「そうだよね」
「フォレストシンガーズは売れて……ませんよね」
「まだまだみたいだね。そうそう、合唱部の大先輩の金子将一さんもデビューしたんだよ。知ってる? フォレストシンガーズの一年遅れで、金子さんもプロになったんだ」
 名前は聞いた覚えがあるが、酒巻さんがいつか言ったのだろうか。酒巻さんは嬉しそうに金子さんの話をしてくれた。
「僕より五年も年上なんだけど、お世話になった先輩なんだよ」
「そうすると、フォレストシンガーズも金子さんもプロのシンガーなんですから、コネがあるんですよね。いえ、俺じゃなくて酒巻さんに……」
「コネなんかは使いたくないんだ。そりゃああるにはあるんだろうけど、僕は実力でDJになりたいんだよ。なーんて言ってるから、いつまでたってもアルバイトADなんだよね。それに、フォレストシンガーズは売れてない。金子さんは新人。コネってほどにもならないんじゃないかな。雄二も実力で就職しなくちゃ」
 実力には自信がないのだが、レコード会社と聞いて、すこしばかり道が開けた気がした。
 
 
7

「なんで俺なんだよ……」
「雄二はキャプテンの器やで。がんばれよ。がんばりすぎて死んだら俺がお経を上げたるから、心置きなくがんばれ。副キャプテン岸本くんもがんばれよー。ふたり分のお経かて俺にまかしとけ。予行演習しよか」
 口の中でむにゃむにゃ唱えはじめた長嶺を、縁起でもない、と岸本とともに退けて、ふたりしてため息をついた。
 四年生になった現在は、知念はほとんど合唱部に来なくなっている。正式に退部したのではないが、医学部生は学問をいい加減にしているわけにはいかないのだろう。岸本は去年のうちに鉄鋼会社に内定が決まり、長嶺は京都に帰ってからが本番だというわけで、のほーっとしている。ならばどちらかがキャプテンになったらいいものを、投票によって俺がキャプテンに選出されてしまったのだった。
 先代キャプテンの綾羅木さんの弟である貢は、今年は二年生になったのだが、直々に申し渡されている。貢をよろしく頼む、と兄貴の圭太さんに言われて、俺はそれどころではないと言いたいのをこらえてうなずいた。
 しかし、俺は就職が決まっていないのだから、まったく貢どころではないのだ。合唱部には姉や兄がいたからという動機で入部してくる者もよくいるのだが、ガキじゃないんだから、俺だって久保田なんて奴とも闘って切り抜けてきたのだから、自力でなんとかしろ、と言いたい。
 だけど、俺が久保田と闘うに当たっては、三沢さんや酒巻さんが手助けしてくれた。俺の兄もちっとはアドバイスをしてくれた。貢にもなにかあったら助けてやるつもりはあるが、なにもないんだったらうっちゃっておこう。長身、美形、歌唱力も抜群の貢は兄の圭太さんをはるかに凌ぐ奴なのだから、俺が放っておいてもちゃんとやれるだろう。
 三沢さんが卒業してからは、合唱部にはスターがいなかった。ファイブボーイズはスターにはなれないままに解散してしまったようなものなのだから、スターの要素があって、将来は歌手になれそうな貢を見ていると、うらやましくなくもない。
「三沢さんはクリスマスコンサートっていう目新しい行事をやったんだから、俺たちもやりたいよな。雄二、なにか考えろよ」
「副キャプテンに一任するよ」
「こら、逃げるな」
 部室から出て歩いていると、知念に会いたくなってきた。医学部医学科、我が大学の最高峰難関学科に在籍する知念たちが、この時刻にはどこの教室で講義を受けているのかと、掲示板を見た。
「特別講義か。寄生虫学……気持ち悪そう」
 特別講義は他学部の学生も聴講してもかまわないので、俺も教室に行ってみた。静まり返った教室に教授の声が陰々滅々と聞こえる気がするのは、俺には長嶺のお経と変わりないほどに意味不明な講義だからか。知念は最前列にすわっていて、俺は居眠りしそうになるのを耐えて講義を聞いていた。
 寝ないでいるのがたいへんにつらかった講義が終了すると、知念は誰かのもとに歩み寄っていった。白衣姿の中背の男は助手といったところか。彼と連れ立って教室を出ていく知念を、俺は追いかけていった。
「ああ、雄二。ちょこっと久し振り。キャプテンになったんだってな。紹介するよ。寄生虫学科の院生の加藤さんだ。こいつは俺の友達で、中国史学科の四年生、椎名雄二です」
「中国史学科の学生さんが、寄生虫の講義を聴いて下さったんですか。寄生虫がお好きですか」
「好きっていうか……好きも嫌いもないってーか……加藤さんって寄生虫が好きなんですか」
「大好きです」
「はあ、そうなんですか」
 変なものが好きなんですね、と言いそうになったのをこらえていると、加藤さんが言った。
「よその学部の学生さんと話す機会は僕にはあまりないのですよ。お邪魔ではないようでしたら、三人でメシを食いましょうか。僕は貧しい院生ですが、あなた方とだと五つも年上なんですよね。もちろんお金は僕が支払いますので、好みのメシを言って下さい」
「学食で……」
「学食でもいいんですけど、たまには外で食いましょう。ゆっくり話しもしたいから、静かな店がいいですね。すこし遠いですが、よろしいですか、僕の行きつけの店で……」
 貧しい院生だと言っているのだから、高いものは頼んではいけないのだろう。酒巻さんとは微妙にニュアンスの異なる丁寧な言葉遣いの加藤さんに、知念とふたりで従った。
「そうすると、加藤さんは俺の兄と同い年ですね」
「椎名くんにはお兄さんがいらっしゃるのですか。合唱部の椎名さん……知りません。徳永渉とだったら卒業後も親しくしてもらってるんですけど、他の合唱部の方は僕はよく知らないのですよ」
「徳永さんと親しいんですか」
「はい。金子さんとも、女子部の喜多さんとも、徳永くんの親しい方には紹介してもらいました。本橋さんともお話しをしたことがありますが、金子さんや喜多さんや本橋さんは、椎名さんたちがよくは知りませんよね」
 喜多さんという名前は記憶にないが、他は噂に頻繁に出てくる。酒巻さんがよく言っている。金子さんもフォレストシンガーズもプロになったのだが、徳永さんもプロになりたいと熱望しているにも関らず、まだデビューしていないとも、酒巻さんから聞いていた。
まさか加藤さんは寄生虫料理の店を……まさかであってよかった。連れられていったのはごく普通の、ランチも出す喫茶店といった感じだったのだが、挨拶に出てきたのは外国人であった。
「えーとえーと……日本語は?」
「日本語も話せますが、まずはタイガーと……」
 知念と俺にそう言って、白人の男は加藤さんとぺらぺらぺらーっと英語で語り合っていた。
「加藤さんはロンドン出身なんだ。日本語より英語が達者なんだよ」
「ほおほお。知念、このひとたち、なに言ってるのかわかるか?」
「多少はな」
「医学部だもんな。英語やドイツ語もやるんだろ。俺は全然わかんねえよ」
「中国語だったら得意か」
「そっちも駄目」
「俺は文献を読むほうがいいな。ややこしい日本語よりは、英語の文献のほうが読みやすい。会話はヒアリングがむずかしいよ」
「ヒアリングも文献も日本語も英語も中国語も……うぎゃ」
 そんな会話をひそひそと知念とやっていると、加藤さんと外国人の挨拶がすみ、加藤さんは俺たちに言った。
「失礼しました。彼は僕と同じロンドン出身で、時折は挨拶をかわすのですよ。彼と話すのも楽しいのですが、この店は紅茶がおいしい。本場の薫り高きイングリッシュティが飲めるんです。食後は紅茶でよろしいですか」
「俺はコーヒーがいいです」
「んんと……すみません、雄二は気配りのできない奴でして」
「いえいえ、飲み物の好みは自由ですよね。ああ、知念さんも椎名さん……雄二さん? 雄二さんも合唱部なのでしたら、歌には詳しいでしょう。この歌、ごぞんじですか」
 スティングの「イングリッシュマンインニューヨーク」であった。加藤さんの英語は完璧なのは当然だが、音程は正しくない。俺の意識はそこにしかなかったのだが、加藤さんがワンフレーズ歌うと、知念が言った。
「イングリッシュマンイントーキョーですか」
「僕はジャパニーズなんですけどね、いつまでたってもどこかしら、イングリッシュマンなんですよ」
「トーキョーって言った? 聞き取れなかったよ。知念、おまえ、ヒアリングもけっこうたしかじゃん」
「いいからさ、雄二はちょっと黙ってろ」
「黙らなくていいですよ、雄二さん。食事は日本ふうの定食ですから、アジフライでいいですか」
 本日の定食はアジフライ。三つの定食が運ばれてきて、三人でとりとめもなく話していた。と、知念が尋ねた。
「雄二、就職は?」
「決まらない」
「あっちはどうなった?」
「あっちってなんだよ。意味わかんね」
 たぶん芙美ちゃんのことだろうとは思うのだが、すっとぼけておいたら、知念は加藤さんに向かって言った。
「こいつ、就職は決まらないし、彼女にはふられるしで、そんで暗い顔してるんですよ」
「うるせえな、おまえは。ふられてねえよ。こっちからふったんだ」
 ふったのでもふられたのでもなく、なんとなく疎遠になっているだけだが、終わってしまったのだろうか。今は就職で頭がいっぱいで、芙美ちゃんどころではないとはいえ、頭の隅には彼女の姿が居座っていた。
「雄二が就職できなかったとしたら、寄生虫学科で面倒見てやってもらえますか?」
「転入して一から勉強をやり直しますか。歓迎しますよ」
「……遠慮します」
 ふたりしてがははと笑ってから、加藤さんは口調を改めた。
「雄二さんの志望職種は?」
「レコード会社です」
「レコードですか。レコードって日本語に訳すとどうなるんですか」
「……」
 ピントはずれの反応にずっこけそうになっていると、知念は言った。
「音楽円盤でしょ。まあ、それはいいとして、そうだったのか、雄二。レコード会社なぁ……」
「むずかしいだろうな。そんなに求人もなさそうだし、俺なんか、レコード会社でどんな仕事をするのかもよくは知らない。ただ、ずっと音楽に関わっていたいんだよ」
「雄二さんはそんなにも音楽が好きなんですね。僕からしたら……力にはなってさしあげられなくて、すみません」
「加藤さんに詫びていただくようなことではありませんけど、ありがとうございます」
「俺もだな。だけど、雄二、あっちは?」
「あっちはどうでもいいんだ」
 ついさっきまで存在すら知らなかった大先輩。大学に入学してから仲良くしてきた友達。現段階では夢でしかない俺の希望を、ふたりは親身になって聞いてくれた。


 それから何日かの後、キャンパスで芙美ちゃんに会った。あろうことか、芙美ちゃんは久保田とベンチに寄り添ってすわって笑っていて、俺の目の前が真っ暗闇になった。
「……結局そうなんのかよ。なんなんだよ、芙美……芙美……馬鹿野郎っ!!」
 芙美ちゃんが誰とくっつこうと、もう俺にはなんの関係もない。どっちがふったのかはともかく、いつの間にやら別れてしまったのだから。けれど、なんだって久保田と……芙美ちゃんはそんな女だったのか。
「よお、椎名、就職決まったか?」
 見なかったふりをしてそそくさとその場を離れたのだが、久保田は俺を目に留めていたらしい。先回りして待ち伏せしていたのか、俺の前に立ちふさがった。
「あんたに答える義理はねえよ」
「なんだ、その態度は?」
「今さらあんたなんか怖くないんだよ。どけよ」
「……芙美はなぁ……」
「うるせえんだよっ!! 芙美の話なんか聞きたくもないよっ!!」
 このままではこぶしが勝手に動き出す。久保田は俺を見据えてから、耳になじんだ不気味な声音で言った。
「俺は就職は決まったよ。音楽業界に就職したくてさ、ほんのちょっとのコネもフル活用したんだ。合唱部の先輩たちにだって、音楽業界で働いてる人はけっこういるだろ。ほうぼうにコンタクトを取って、会ったこともない人にも電話した。そしたら紹介してくれた人がいて、楽器メーカーの広報に内定もらったんだ。おまえはまだなんだったら、その手もあるんだぜ」
「コネなんか……」
「おまえは格好つけすぎなんだ。使えるものはなんだって使わなくちゃ。だからこそ芙美だってさ……」
「芙美なんかどうでもいいけど、コネもどうでもいいけど……よかったな」
「うん、ありがとう」
 ぶん殴ってやりたくて、だけどもそうはできなくて、俺はくちびるを噛んで駆け出そうとした。久保田はそんな俺に言った。
「待てよ。おまえも音楽業界に就職したいんだろ。長嶺や岸本と話してたのが聞こえた。耳寄りな話、教えてやろうか」
「……聞きたく……」
「聞けよ」
 聞きたくないとは言えなくなって、立ち止まった。
「俺の会社、楽器を扱ってるからさ、音楽業界の情報は入ってくるんだ。レコード屋ってのかCDショップってのか、そういう店もやってる。昨今はレンタルが流行ってて、CDは売れないんだろ。そこを敢えて、参入してくる会社があるらしい。これからはwebの時代だってんで、CDとネット配信で会社を盛り立てていこうって、新規レコード会社だよ。新規なんだから新入社員を求めてる。受けてみないか?」
「ど、どうしてあんたが?」
 悪いたくらみでも秘めてないかと、疑いのまなざしで見たのだが、久保田はうっすらと笑って言った。
「芙美をもらっちまってさ……いやぁ、そんなのどうでもいいんだよ。芙美は椎名よりも俺が好きだって言うんだから、そりゃそうだよな。芙美には男を見る目があるんだよ。そうなると寛大な気持ちになるっての? おまえは高校時代から世話してやった、俺の後輩なんだから、就職活動の世話もしてやりたいなって。世話っつうか、教えてやるだけだもんな。受かるかどうかはおまえ次第なんだし、別に恩に着せるつもりはないんだぜ」
「……罪ほろぼし?」
「なんのだよ。馬鹿」
 久保田が耳寄り情報をもたらしてくれるとは、なにかのまちがいか。本当になにかのたくらみか。俺としては信じがたかったのだが、とにもかくにも新規レコード会社を訪ねた。
 採用試験は受けさせてもらえるとなったので、それからしばらくは他のなにもかもを忘れて、試験のための準備を整え、面接、ペーパーテストなどなどに臨んだ。大学受験の際以上の緊張感と不安の中、時が流れていった。
「……雄二、なにを呆然としとるん?」
 レコード会社からの採用通知を手に、久々に合唱部室に顔を出すと、長嶺が話しかけてきた。
「呆然ともするよ。見ろよ」
「なになに? 就職決まったんか。よかったやんけ」
「よかったのか? 実を言うと、それって久保田が紹介してくれたんだよ」
「久保田? なんでまた?」
「話すと長いんだけど、おまえは俺の後輩なんだから、って理由だったかな」
「長くないやん。へええ、久保田にもええとこあるんやな」
「ないよ」
「あるやんけ」
 採用通知を熟読した長嶺は、きょとんと俺を見返した。
「……経理部?」
「最初の配属はそこだって。経理って音楽業界か?」
「レコード会社やねんから、音楽とは無関係ではないわな。最初の配属が経理でも、いずれはレコードのほうとかweb配信のほうとか……ないんか?」
「知らねえよ」
「そやけど、音楽業界には就職できたんやろ。よかったな、やったな。知念も岸本も呼んで、雄二のお祝いしようや」
 まったく釈然としない。業界に新参入したレコード会社の経理部に内定をもらったのは、俺の望みがかなったといえるのだろうか。だが、ここを蹴ったらもう二度と、いささかでも音楽と関わる職種は見つからないかもしれない。
 就職が決まって親は喜んでいるし、兄も祝福してくれた。友達もめでたいと言ってくれる。俺の喜びは中途半端だが、一応は安心して、酒巻さんにも電話で報告した。
「経理部? ふーん、そういうのもあるんだね。だけど、音楽関係でしょ? よかったね。で、芙美ちゃんとはその後は?」
「綺麗に別れました。学生時代のすべては清算して、俺は経理マンとして社会人第一歩を歩き出します」
「そっかー。がんばってね」
 酒巻さんに話したら、俺の決意も固まった。
 夏休みに入ったころに、知念と岸本と長嶺と四人で、何度も何度も来た居酒屋で、俺の就職祝い会が催された。芙美ちゃんもいてくれたらな、とつい思うのだが、あれはもう過去だ。久保田なんかとつきあって、あとがどうなろうと俺は知らないよ、と心で毒づいておくにとどめた。
「なあ、歌おうよ」
 岸本が言い、長嶺も言った。
「よーし、歌おう。ボーイズⅡメン、「Let it snow!」やな」
 ただいまは夏である。この歌はクリスマスソングである。酒巻さんが歌詞の大意を教えてくれたはずだが、覚えていない。にしても、snowというのだから、雪だろう。季節はずれもいいところなのだが、これがたぶん、俺たち四人の絆を深めた歌なのだ。
 
 「Oh!the weather outside is frightful
 But the fire is so delightful.
 Since we’ve no place to go
 Let it snow! Let it snow! Let it snow!
 It doesn’t show sighns of stoppin’
 And I brought some corn for poppin’
 The lights are turned way down low
 Let it snow! Let it snow! Let it snow!」

 歌から遠ざかっている知念の歌唱力は怪しくなっている。酔っている岸本も変な節回しになっている。長嶺の歌がお経に聞こえる。そして俺は、英語が怪しすぎる。
 しかしまあ、なにはともあれ俺も就職が決まった。レコード会社なのだから、いつかは音楽に関わる職種に就ける可能性もある。歌詞の意味なんかわからなくても、芙美ちゃんと別れて寂しくても、そんな些細な事柄はどうだっていい。
 残りわずかな合唱部生活に、これで集中できる。兄ちゃん、俺、合唱部に入ってよかったよ、兄貴に心で語りかけながら、酒巻さんや三沢さんや、その他の先輩たちにも感謝を捧げながら、生まれてはじめて、俺はちょこっとだけ、久保田にも礼を言っていたのだった。

END
 
 
 
 

 
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