ショートストーリィ(しりとり小説)

167「苦労したからって」

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しりとり小説

167「苦労したからって」

 おばさん女子会、いささかの自虐を込めて恵子たちがそう呼んでいる集まりだ。短大時代の友人グループと三十五年以上、よく続いているものである。

 五十代も終盤になったかつての女の子たちは、最初は八人グループだった。そのうちの三人は海外暮らしだったり親の介護だったりで来られなくなっているので、現在は五人。全員がそろうのは年に一度くらいだが、二ヶ月にいっぺん、ランチ会だの飲み会だのをやっていた。

「息子が結婚するって言い出したのよ」
「あら、おめでとう」
「うちの娘は結婚のケの字も言い出さないなぁ」

 ひとりは独身、ひとりは既婚子どもなし。ひとりはバツイチ、子どもふたり。恵子ともうひとり、好美とには夫と子どもがいる。恵子には息子がひとり、好美には娘と息子がひとりずつ。好美の娘は三年ばかり前に結婚していて、今度は息子が結婚したいと女性を家に連れてきたのだそうだ。

「三つ年下の銀行員なのよ。私たちのころって銀行は高卒で入って結婚までの腰かけって感じだったけど、今どきはそうでもないのね。彼女もいい大学を出て、銀行では一般職だけど給料もよくてしっかりしてるの」
「私たちのころだって大卒の女子銀行員はいなかった?」
「いたかもしれないけど、そんなにたくさんはいなくなかった? 私としても息子の嫁は仕事人間よりも、一般職の正社員くらいのほうがいいからいいんだけどね」

 銀行員についての話、短大時代のあの子も銀行に就職して、すごいエリートと結婚したのよね、というような話題も繰り広げてから、好美は息子の結婚相手について語った。

「美人ってほどでもないけど、まだ三十にはなってないし、細すぎず太すぎずでいい子を産めそうな腰つきをしてるのよ。外見もまあまあかな。私としてはもうちょっと美人のほうがいいんだけどね。うちの息子、けっこうイケメンだもんね」
「そうよね。イケメンだわ」
「イケメンって意外と、相手の顔にはこだわらないものみたいよ」
「顔顔ばっかり言う男よりもいいじゃない」
「好美ちゃんの育て方がよかったんだね」

 そうかなぁ、好美の息子ってイケメンか? とは思ったのだが、恵子も適当に相槌を打っておいた。

「一度は挨拶に来ただけだから、突っ込んだ話はしなかったのね。息子も先方さんに挨拶に行って正式に婚約して、結納の話なんかも出てきたところ」
「結納、するのね? 結婚式もするの?」
「当たり前じゃないの。うちの主人の仕事柄も、結婚式なしなんて駄目よ。娘のときにも豪勢なほうだったんだから、息子も差別なくやるつもり」

 写真を見せてもらった記憶のある、好美の娘の結婚式はたしかに豪勢だった。好美の夫は有名な企業の役職者で、好美は専業主婦。娘も息子も好美の夫のコネで同じ会社に就職したと聞いていたから、父親の立場上、というのもあるのだろう。

「婚約者の家はほんとに庶民で、お母さんは高卒らしいのよね。お父さんは高専卒の技術者だって。親の学歴がないってのは気にならないでもないけど、息子は親と結婚するわけじゃないんだから許したの」
「好美ちゃん、寛大だね」
「私も娘が結婚したがる相手の学歴だったら気になるけど、親まではいいわ」
「そうかなぁ。私に娘がいたら、親の学歴も気になるわよ。だって、それってその男性の家庭のバックボーンってことでしょ」

 子どものいない既婚者も発言し、そんなの気になるの? と独身者も言い、しばしその件についての議論になった。まあね、それでも親だから、問題は本人だから、と好美がしめくくり、そして言った。

「問題は本人。そこにちょっとだけ問題があるのよ」
「なになに?」
「実はね……」

 声をひそめて好美が言うには、彼女、同棲経験があるらしいの、だった。

「何度か彼女を我が家に招いて、食事をしたりしていたのね。彼女のお行儀を見たいからっていうのもあったわ。エプロンを持ってきて手伝いもするし、合格かなって思っていたの。いずれは同居するかもしれないんだから、躾の悪い娘なんていやじゃない?」

 なんとまあ、私と同世代なのに保守的だな、と恵子は呆れていたが、他の三人はうんうんと同意していた。

「そうして結婚式の話なんかをしていて、同棲なんか絶対に駄目よ、って話題になったのね」

 結婚式前に一緒に暮らして、そのあとで式を挙げる。入籍も前後してしまう。そんなの、お母さんは嫌いだな、と好美が言うと、彼女の表情がちらっと動いた。そのことを彼女が帰ったあとで尋ねると、息子が言ったのだそうだ。

「彼女、三年くらい前に婚約したことがあるんだって。お母さんが言ったように、結婚式を挙げてその日に入籍もするつもりで同居してたんだよね。その時点で彼の浮気が発覚して別れたそうなんだよ」
「ええ? 同棲していたってわけ?」
「そうなんだけど、同棲っていってもそういう事情なんだから……」
「だけど、婚約破棄もしたんでしょ? そんなときに浮気されるなんて、彼女のほうにも落ち度はあるんじゃないの?」
「男が浮気性だってだけだろ」
「……なんだかいやだな。真っ白じゃないのよね」
「お母さん、ひどいこと言うなよ」

 息子と喧嘩になったのだと、好美は吐息をついた。

「同棲っていってもそれだったらね……」
「男を見る目がなかったのかもしれないけど、好美ちゃんの息子さんと結婚するって決めたんだから、今度こそよかったんじゃない?」
「私もそれだったら許すわよ」
「そうだよね。だらしない同棲をしてた女なんて絶対にいやだけどね」
「だらしない同棲ってどんなの?」

 浮かない顔の好美をよそに、同棲談義になった。恵子が質問すると、友人たちは口々に応じた。

「結婚する気もないのに同棲したとか」
「軽い気持ちで一緒に暮らしてじきに別れたとか」
「じきに別れたんだったらまだいいけど、ずるずる長く同棲していたとか」
「同棲はしなくても、結婚しないでつきあってるだけのカップルっていやよね」
「独身主義だとかかっこいいこと言っちゃって、だらしないだけじゃない」

 この中で唯一の独身の友人は、私には長年彼氏もいないから、そんな経験ないわ、と笑っていた。

「そんな私も若い子のだらしない同棲はいやよ。けじめがないしふしだらだもの」
「だよね」

 で、好美ちゃんはどうするの? と質問された好美は、悩んでるのよ、と答えた。

「ご主人はなんておっしゃってるの?」
「そのようなのだったら同棲というよりも、結婚がこわれた女だな。うーん、とか言って、主人も悩んでるわ」

 ほんとにまあ、私の友達連中って古いわ。恵子としてはびっくり気分だ。恵子の息子の保が同棲経験のある女性と結婚すると言ったら? 過去は過去として清算しているのだったら、いわゆるだらしない恋愛の果ての同棲だってかまわない。ひきずっていなかったらそれでいい。

 結局、好美の息子はその彼女と結婚したらしいが、そんなお姑だと大変だなと、恵子は彼女に同情していた。
 それから数か月のち、恵子の息子の保も、結婚したい相手だと女性を我が家に連れてきた。

「美保さんはお綺麗ね」
「だろ?」
「いえ、そんな……」

 夫とふたり、美保と名乗った息子の婚約者と向き合う。息子の嫁は美人のほうがいいと言った好美を笑ってはいたが、その気持ちが今になってわかる。が、不安もあった。

「そしたらもてるわよね」
「母さん、失礼だよ」
「失礼かもしれないけど、恋愛経験は豊富なんじゃないの? いえ、それがいけないとは言ってませんよ。美人のお嫁さんだと母親としては心配だなぁって」

 笑い話にしてしまおうとしていたら、息子が真顔になった。

「美保さんは初婚なんだけど……」
「はい?」

 初婚なんて当たり前じゃないか、と感じた恵子に、息子が爆弾発言をした。

「子どもがいるんだよ。男の子だ。美保さんは未婚の母なんだよ」
「恋愛経験は豊富ではありませんけど、そのときには本気で恋をしました。だけど、私は結婚はしたくなかったんです。彼も結婚は考えられないと言って、でも、出産はしたかったから産みました。私にも息子がいますから、保さんのお母さんのお気持ちを考えたら……プロポーズはお断りしたんですけど……」
「母さんはそんな保守的なひとじゃないよね。父さんもだよね。俺は美保さんの息子を、一緒に育てていきたいんだよ」

 ふたりして、恵子を凝視する。夫までもが恵子を見つめる。
 ね、母心がわかったでしょ? 美保さんって苦労はしてるんだろうけど、だからってそれとこれとは話が別よね。友人たちにもそろって見つめられている気がする。

 許したくない……許せない……許せるわけがない……けれど、息子の信頼も裏切りたくない。友人たちにしたり顔で、やっぱりね、と言われたくない。恵子の胸には葛藤が渦巻いていた。

次は「て」です。















 



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~ Comment ~

NoTitle

親のバックボーン・・・。
あまり気にしないですけどね。
結婚するのは本人同士ですからね。
私も高学歴ではないですからね。
そういうことを言うのだと思いますけど。

気にし始めたらきりがない・・・。
ので、結婚は単純でいいですけどね。
どうせ親と結婚するわけ・・・でもないので。
今のご時世は。

LandMさんへ

コメントありがとうございます。

昔はよほどいいおうちでもなければ、嫁は短大卒くらいのほうがいいと言われ、だんだんと男性も、国立大とか有名私大出身の女性でないといやだと言い出し、今や親の学歴も気にするみたいですね。

結婚も子育ても贅沢品だとか?
いつの間にやらそういうふうになってきたのですねぇ。
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