ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS動詞物語「すだく」

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フォレストシンガーズ

秋「すだく」


 いささか特異体質なのかな、と俺は思うが、章に面と向かっては言わない。が、彼は次第に酔ってきたらしくて、てめえは変だよ、変態だよ、とまで言い出した。

「変態ってのはちがうだろ」
「変態じゃねえかよ。俺はこんなに苦労してるってのに……」
「苦労なんかしてないじゃないか。努力してないからやめられないんだ」
「そんなに簡単にやめられるもんか」
「俺はやめられたよ」

 酔っ払いがくだを巻いている。章だって飲んでいるし、この店でたまたま近くの席にすわっただけで、音楽が好きだと言うので相席した、佐々木という姓しか知らない男も酔っている。さっきから同じセリフの繰り返しになっていた。

「煙草、吸っていいかな」
「いいよ」
「あんたらは吸わないの?」
「シゲさんはもとから吸わない。俺は二十歳前後くらいには吸ってたけど、やめたんだ」
「禁煙、大変だっただろ」
「いや、別に……」

 そこからはじまった会話だ。
 スタジオで全員で歌の練習をし、本橋さんと乾さんと幸生はさっさと帰ってしまった。デートかな、いいなぁ、と俺がうらやましく思っていると、残っていた章が言ったのだ、うう、金がない、と。
 だったらおごってやろうか、俺はなくもないよ、と応じて、ふたりで飲みに来た居酒屋だ。フォレストシンガーズは全員、現在のところは給料は同額だから、章が金がないのなら俺もない。いや、俺のほうがデートだなんだと使わないから裕福なのかもしれない。

 デートがなくて裕福でも嬉しくないけど、先輩の義務として後輩にはおごってやらなければならない。章とふたりでぐだぐだと酒を飲んでメシを食っていると、佐々木くんが話しかけてきたのだった。

 話題が煙草になり、禁煙になり、果てしもなくふたりで、禁煙は簡単にはできない、簡単だよ、とやりあっている。俺も煙草はたまには吸ってみたが、習慣になるほどではなかったから会話に入っていけない。

 うちでは幸生と乾さんが煙草を吸う。本橋さんは機嫌が悪いと、煙草はやめろ、とふたりに怒っているが、平素は黙認の形だ。喉にはよくないとはいえ、精神にはいいらしい煙草。悪の葉っぱはおいしいな、と幸生は言う。悪ってほどでもないのだから、俺だってとやかく言うつもりはない。

 かつてはロッカーだった章は、ロックバンド時代には吸っていたらしい。ロックバンドの楽屋が煙でもくもくだなんてのは、俺にも想像しやすい。

「煙草なんてのは経済的にもったいないから、やめようと思ったんだよ。俺たちはプロのシンガーではあるけど、金はないんだ。シゲさんがおごってくれるってのもこんな安い店だし、あんたとだって気軽に飲んだり喋ったりしてるだろ。芸能人なんだろ? ってあんたは不思議そうに言ったけど、俺らはそこらへんの芸能人みたいに高級じゃないんだよ。その話はいいとして……」

 変な自慢だと自覚したのか、章は言葉を切って佐々木くんに指をつけつけた。

「デビュー前の俺はフリーターで、もっともっと金がなかったんだ。メシを食うのはやめられないし、家賃や光熱費や洋服代だっている。ギターのピックを買ったりCDを借りたりっていうのもやめられない。やめられるものは……って考えたからまずは煙草だったんだ。よし、煙草をやめようって決めたら簡単にやめられたよ」
「いくつの時?」
「二十一だったかな」

 先刻からこの会話も、何度も聞いた。

「二十一だったら煙草を吸いはじめてから短いだろ」
「大学生になってから吸うようになったんだから、短いな」
「俺は高校のときから吸ってて、十年になるんだ。だから長いんだよ。そんでやめるのがむずかしいんだ」
「ちがうだろ。意志薄弱っていうんだよ」
「そうじゃなくて……」

 ああ、もう、いい加減にしろ、俺の耳にたこができた。たこを刺身にしてもっと酒を……幸生が言いそうな下らないシャレが浮かぶほど、このふたりは堂々巡りで同じことばかり言っていた。

「シゲさんはどう思う?」
「さっきから言ってるじゃないか。体質によってちがうんだろって。佐々木くんは煙草、やめたいのか」
「やめられたらいいけどね。俺はあんたら以上に安月給だもん」
「同じようなものかもしれないけど、だったら努力しろよ」
「あんたまで俺を意志薄弱だって……」
「そうは言ってないよ。そろそろ出ようか」

 キリがないので俺が先に腰を上げた。章は佐々木くんと口論をしていた分、酔いが浅いようなので寝てはしまわないだろう。章と飲んで寝られてしまうと、俺がおぶって送ってやらないといけなくなる。そんなことをしても嬉しくもなんともないので、その事態は避けられるようなのはほっとしていた。

 が、ふたりはまだ口論している。だけどなぁ、煙草はそんなに簡単には……うるせえな、俺はやめられたよ、とのやりとりが続き、俺はとりあえず支払いをしてから外に出た。

「シゲさん、俺にもおごってくれんの?」
「あつかましいんだよ。てめえは払え」
「なんだよ、木村はおごってもらったんだろ」
「シゲさんは俺の先輩だけど、おまえは通りすがりだろ」
「……俺はおまえよりも年上だぞ、なんだよ、その口のききかたは」
「年上なんだったらおまえが払えよ」

 口の達者な男が他にも二名いるので、フォレストシンガーズでは章の口はさほど目立たない。しかし、このメンバーならば目立っていた。章に言われて佐々木くんがぐっとなる。店を出て駅のほうへと先に立って歩いていた俺は、足を止めて言った。

「いいよ、俺が出すから」
「あんたも俺よりも年下だろ」
「俺のほうがひとつだけ下だね。まあ、だけど、いいじゃないか……」
「わっ、シゲさんっ!!」
「え?」

 いきなりもいきなり、佐々木くんが俺の腰にタックルした。他に人通りがなかったからよかったものの、俺ははずみで道端の街路樹に頭から突っ込んでしまった。

「なにすんだよっ、てめえはっ!!」
「くっそーっ!!」
「おい、こら、佐々木!! てめえは酒癖が悪いのかっ!!」
「俺を呼び捨てにすんなっ。年下のくせに……簡単に禁煙できたからって、芸能人だからってえらそうにすんなっ」
「……支離滅裂だな。シゲさん、大丈夫?」

 体格は幸生くらいの佐々木くんなので、章にもなんとか引き剥がせたのだろう。泣き上戸なのか、佐々木くんは地面にすわり込んでうなだれて鼻をすすっている。俺は頭を振った。

「あ、ああ、大丈夫みたいだよ。脳震盪……起きてないみたいだな」
「むかつく奴だな。ここに放っていきましょうか」
「そう言ってやるなよ。あそこに公園があるから、ベンチにすわって佐々木くんを落ち着かせよう」
「シゲさんってつくづく、人がいいよね」

 人が悪いよりはいいだろ、と言い返して、佐々木くんを立たせて公園に連れていった。
 夏の終わりの都会の夜。終電にはまだ十分間に合う。寂しさも感じるような声で、虫が鳴いている。デビューしてちょうど一年、俺たちはこれから、どこに行くんだろう。

「章みたいな声だな」
「なにが?」
「綺麗な虫の声だよ。こういうのを「すだく」っていうんだろ」
「そうだった。俺も乾さんに教えてもらいましたよ」
「俺もだよ」

 慣用句や短歌やことわざや、文系のそれらはなんだって乾さんが教えてくれる。文豪の名前や花の名前も教わって、俺の知識が増えていく。本橋さんのほうは理系だから、そっちの知識は彼が授けてくれていた。

「あの居酒屋でもこんな感じでした?」
「居酒屋の賑わいはこんなに綺麗なもんじゃなかったぞ」
「殷賑とかいうんだっけ?」
「殷賑もちょっとは近いかな。ってよりもあれは喧騒だろ」
「だけど、居酒屋もすだいてましたね」
「すだいてた、って言葉があるんだろうか」

 乾さんに訊いてみよう、と同時に言って、ふたりして笑った。俺は章をあまり好きではないと思ったりもしたが、こんな一瞬、一瞬が積み重なって親しみが増していくのかもしれない。その意味では、佐々木くんがあらわれてくれたのも無駄ではなかったのかもしれない。

 章と俺にはさまれてめそめそしていた佐々木くんは、いつしかいびきをかいている。すだく虫の音、風流さに水を差す無粋な男のいびき。乾さんだったらこんなときには一句ひねるのか。本橋さんだったら空を見上げて、夏の星座を教えてくれるのだろうか。


SHIGE/24/END










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