ショートストーリィ(花物語)

花物語2017/1 「Fluttering petals」

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花物語2017

一月「Fluttering petals」

 店に置く雑誌のたぐいは、半月に一度くらいは入れ替える。菊花が営む大衆食堂の定休日も半月に一度なので、その日に古くなった雑誌を引き上げてきて自室で全部ざっと読む。菊花にとってはいちばん心安らぐときだ。

 パートを何人か雇っているし、娘も一緒に働いてくれているので、菊花の休日は週に一日取れる。忙しいのはありがたいことだと自分に言い聞かせて、それでも休めるのもありがたいと感謝している。今日は休みなので、掃除をすませて洗濯をしながら、店から持ってきた雑誌を読んでいた。

天気が悪くて、今日は洗濯をしても無駄かと思っていたのだが、夕方になって晴れてきた。休みの日に洗濯ができるのもありがたい。

「これ……あの一子?」

 ひとりごとに応える者はいない。このアパートで菊花は娘と同居しているのだが、店の定休日以外の休日は同じではない。今日は菊花だけが休みなのだった。

「……だよね」

 小学校から大学まで、望んだわけではなく偶然同じになった。友達ではなかったのだから、大学を卒業してからはどうしていたのか互いに知らない。菊花のほうはちょっとしたスキャンダルの渦中にいたこともあるので、一子は知っていたかもしれないが、一般人の一子が大人になってからについては、菊花はまったく知らなかった。

 その一子の名前で、週刊誌に手記が掲載されている。菊花の名前も出てきていたので、食い入るように記事を読んだ。

「あの、殿辻リナさんと山村啓二さんの娘、菊花さんとは友達でした。
 生まれつきは全然ちがうんですけど、学校が同じだったんですよね。私のほうが勉強はできたんだけど、菊花さんは有名人枠で大学に入ったんじゃないかな。だって、あの殿辻リナと山村啓二の娘なんですもの」

 なんで友達だったなんて書くの? それよりも、なんであの一般人の一子が手記なんて? 疑問でいっぱいになって記事を読み進めていった。

「あれはもう三十年以上も前の事件だから、覚えてない人も多いでしょうね。
 殿辻リナさんはフランスでも活躍していたトップモデル、山村啓二さんは菊花賞を獲得したキクヒメビジンの騎手として、一躍脚光を浴びた男性です。

 ふたりの娘が菊花さん。
 菊花賞がほしかったからつけた名前だって、山村さんはテレビでも言ってました。
 トップモデルでもあり、後には起業して実業家になったリナさんの名前と、芸能活動もするようになった山村さんとの相乗効果で、あの夫婦はどんどん有名になっていったんですね。

 もちろん、娘も鼻高々でしたよ。
 平凡な公務員夫婦の娘である私なんかは、そのころには菊花さんに見下されるようになっていたんだけど、ま、しようがないかな。

 だから、大学を卒業してからは友達じゃなくなって、菊花さんがどうしてるのかは知らなかったんです。私は平凡に公務員になりました。

「菊花賞騎手の山村啓二、仏ファッション界で活躍中の殿辻リナ夫婦が脱税!!」

 こんな記事が週刊誌に載り。

「結婚するつもりでしたよ。しかし、親があれではね。考え直すつもりでいます。子ども? 彼女は産むと言っていますので、出産したらDNA鑑定をしますよ。認知などについては結果が判明してからですね」

 当時、菊花さんがつきあっていた年配のスター俳優はこう発言しているとも出ていました」

 そう、菊花にとっては苦い想い出だ。

 父親のコネで菊花も芸能活動をするようになっていたものの、思うようには売れない。母は、タレントなんかやめて私の仕事を手伝えと言う。それもいいけど、スターになりたいな、もうちょっとだけ芸能界でがんばろう、と菊花は思っていた。

 つきあっていた年配のスター俳優とは、父の友人だった山田トップ。芸人出身なのでトップという芸名だが、恰幅のいい体格の渋い二枚目だった。
 六十歳近いトップはバツ三だったか。年下好みで、菊花に熱烈なアプローチをしてきた。

「あんたみたいな年寄りに、うちの娘をやりたくないよ」
「そう言わないで。幸せにするからさ」
「いやだ。あんた、あつかましすぎるよ」

 トップと父がもめていた矢先、菊花の妊娠が判明した。菊花としても六十近い男と結婚までは考えていなかったのだが、できてしまったのだし、年を取っていても金持ちだし、サラリーマンではないのだから定年もないし、と考え直した。父も、できちゃったんだったら仕方ない、と肩を落とした。

 結婚は三度もしたものの、子どもはいなかったトップは狂喜し、菊花に改めて熱烈にプロポーズした。ものすごくゴージャスな婚約指輪と、ベンツをプレゼントされた。

 その矢先も矢先だ。両親の脱税が発覚したのは。
 事実なのだから父も母もうなだれるしかなく、菊花も否応なく巻き込まれた。菊花自身の収入はたいしたこともなく、脱税などしていなかったので問題なかったが、友人や取り巻きは遠ざかっていった。

「あんな親の子なんだから、おまえの腹の子だって……」
「DNA鑑定はしますよ。あなたの子にまちがいなかったら認知はしてね」
「認知はするけど、あんな親の娘であるおまえが母親なんだから、その子もなぁ」

 てのひらを返したのはトップも同様。彼はスターだったのだから、婚約者の両親の巻き添えはごめんだったのだろう。

 やがて娘が産まれ、DNA鑑定の結果、トップの子どもであるのはまちがいないと判断された。菊花には他にもボーイフレンドはいたから、実はほっとしたのであるが。

「だけど、そんな態度のあなたとなんか結婚したくない。養育費はお願いしますね」
「あ、ああ、それでいいんだったら出し惜しみはしないよ」

 手切れ金として指輪とベンツはもらい、売り払い、その資金でカフェをはじめた。両親とは縁を切ったような形で、養育費だけはしっかりもらい、トップも約束を守ったので、娘の小菊をちゃんと育てられた。

「小菊もお父さんのコネで、アイドルにでもしてもらう? せっかく可愛く生まれたんだもんね」
「うん」

 幼いころには小菊もそのつもりだったようだが、長ずるにつれて芸能界はいやだと言い出した。いやなものを無理強いする気もないので、娘の望むままにアメリカに留学させた。

 その間にカフェを二軒ほどつぶし、焼肉屋、お好み焼き屋と商売替えをして、トップの援助もあったのでそれほど苦労は知らずに菊花は生きてきた。両親はあの事件のせいで大変なようだが、脱税なんぞするからだ。自業自得だとしか菊花には思えない。おかげで私も巻き込まれて嫌な思いをしたんだからねっ、との怨みがあるので、親には近づかない。

「あら、いつ帰ったの?」
「お母さん、私もお母さんの店で働くよ」
「いいけど……なにがあったの?」
「別に」

 突然帰国した娘は三十歳。菊花は五十五歳。別に、としか小菊は言わないが、手ひどい失恋でもしたのか。なにかを目指して留学したわけでもないので、なににもならずに帰ってきて大衆食堂の看板娘におさまっている。

「看板娘って歳でもないけどね」
「お母さんこそ、いつの間に大衆食堂になったの?」
「なんでだろうね。いつの間にか……」

 それでもまあ、きちんと暮らしていけているのだし、大衆食堂は流行っていて、常連さんたちに小菊はもてている。そのうちには常連さんたちの中の誰かと結婚するのではないかと菊花も期待していた。

 まあまあ幸せな私とちがって、一子は?
 手記を発表するくらいなのだから、なにかあったのだろう。手記は佳境に入ってきていた。

「私は公務員になり、三十一歳で同い年の警察官と結婚しました。
 恋愛というほどでもなかったけど、一生、独身でいるのは避けたいなって、夫も私もその部分で意見が一致したんです。ともに公務員でしたから、親も固い職業でしたから、価値観も似ていたんです。

 特になにもなく、結婚生活は続きました。
 三十二歳で長男を、三十四歳で次男を、三十六歳で三男を、男の子ばかりでしたけど三児の親になれて、人並みの苦労はしましたけど、子どもたちは成績優秀ないい子に育ちましたよ。

 うちの子たちは悪いことなんかしていないんです。
 これだけは絶対に本当なのに、ネット上であることないこと書かれて、夫が逆上してしまったんですね。
 なにが起きたかなんて私は言いたくないけど、書かないとわからないひともいるんですよね。私たちは被害者なのだからはっきり書きます。

 三男がレイプされました。
 そうです、男ですけど、三男は眉目秀麗で、女装趣味がありました。誰にも迷惑かけてないんだからいいでしょう? 似合ってますよ。私もはじめて知ったときにはびっくりしましたけど、できれば性転換したいとまで言って、そうね、ひとりくらい娘でもいいかなって。

 そんな子だからってレイプされていいんですか? そんなはずないでしょう? 妊娠もしないんだからいいって? 三男が誘惑したんだろって? 世論はそうなんですね。

 男性が男性を、という場合、傷害罪にしかならないんですね。
 でも、三男は心をも傷つけられて病んでしまっています。夫は三男の女装趣味は受け入れられなくて怒っていたんですけど、この事件で逆上して、犯人を撃ちました。犯人のところに乗り込んでいって話をしようとして、揶揄されたりしてかっとしたと、私はその場にいたわけではないので又聞きですが。

 どんな事情があれ、警察官が拳銃を私用に使って人を撃った。許されることではありません。犯人は軽傷を負っただけですが、夫は職場に辞表を出しました。当然ですね。
 私も公務員でしたので、夫の懲戒免職に従って職を辞しました。公務員の宿命ですね。

 加害者は軽い罰を受けただけで、フリーターだったらしいから社会的にも特に制裁を受けたほどでもなく、被害者一家はこんなふうになって。
 世の中って変なものですね」

 そうかぁ、手記を読み終えた菊花はため息をついた。
 この記事の中で菊花と一子が友達だったとされている意味は不明だが、話のとっかかりとして菊花の名前を使いたかっただけか。過去とはいえ菊花は一時は時のひとだったのだから。

「ただいまぁ」
「おかえり。ねぇ、小菊、この事件、知ってる?」

 帰宅した娘に雑誌を見せると、タイトルを見ただけでうなずいた。

「知ってるよ。お母さんはネットとか見ないから、なんにも知らないんだよね」
「私はネットって嫌いなのよ」

 三十年前にはインターネットは発達していなかったから、菊花は世間のおもちゃにされるようなことはなかった。だが、最近のネットでの噂話を知ると、こんなものとは関わりたくないと菊花は思うのだった。

「これがどうかしたの?」
「私の名前が出てきてるでしょ」
「あ、ほんとだ。菊花さんって書いてある。じいちゃんばあちゃんのことも書いてあるね。友達だったの?」
「友達ではないけど知り合いよ。一子ちゃんの中では、友達だってことになってるのかね」

 だったら、仕事をなくしたらしき一子を、うちの店で雇ってあげたらどうかと思うの。菊花がそう口にすると、娘はふっと鼻で嗤った。

「あのさ、なんでこんな手記を出したのかっていえば、本が売れたからだよ。本が売れて話題になったの。だからもっと簡単な手記を書いてって頼まれたんじゃないかな。お母さんと知り合いだなんて知らなかったから私も別に興味はなかったんだけど、その本、ベストセラーだってよ。何千万と儲けたはずだよ」
「ほんとに?」
「ほんとほんと。ベストセラーって儲かるんだねぇ」
「本には私の名前は出てないの?」
「聞いてないよ。週刊誌だとお母さんの名前が効くとか?」

 なんだ、同情して損したわ。ならば私も、私が脱税犯の娘として経験したあの事件を本に……いやいや、私には文才がないから無理か。つまらなそうな顔をして着替えにいった娘に、菊花は言った。

「もうこんな時間なんだ。読むのに夢中になってて夕飯、まだだわ。なんかおいしいもの食べにいこうか」
「私は店で食べたよ」

 つきあってよぉ、と言いながら、菊花は雑誌をゴミ箱に放り込んだ。

END

花物語2015/十一月「菊花賞」の続編です。
私は続編を書くのが好きでして。








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