ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS動詞物語「降りしきる」

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フォレストシンガーズ

夏「降りしきる」

 けぶるような雨の中、ひとり、歩く。あとは帰るだけだ。夏雨じゃ、濡れて行こう、ってか。ふふっと笑ったとき、むこうから来た男に突き当りそうになった。

「あ、乾さん、こんばんは」
「こんばんは。今から取材ですか」
「そうなんですよ。ああ、そういえば……」
「そういえば……?」

 意味ありげな笑みが神経に触った。
 フォレストシンガーズがデビューして一年ほどたったころだったか、ぼちぼち音楽雑誌に取り上げられるようになって、彼の取材を受けた。

 フリーライター、山崎聡、という名刺をもらい、山崎ってうちの社長と同じ名前ですよ、年齢は? 本橋や俺と同い年だね、と話して親しみを感じた。
 それから二、三度、彼のインタビューを受けたのだが、最近は会う機会がなかった。がっしりした体躯の印象的な男だから、久しぶりでもすぐに思い出した。

「フォレストシンガーズは売れましたな」
「おかげさまで。山崎さんは音楽の仕事を?」
「いや、音楽の記事だけじゃ食っていけないんで、広範囲に手を広げてますよ。今夜はカーディーラーに取材しにいくんですが、乾さんにもまったくの無関係じゃないし、食事がてらご一緒しませんか」
「俺がですか」

 取材に俺が同行してなんになる? とは思ったのだが、俺にも無関係ではない相手だと言われると気になった。若い男のカーディーラー? 俺が車を買った会社の社員でもなさそうだが。

「来ればわかりますよ。忙しくはないんでしょ」
「今夜は帰るだけだし、俺もどうせ食事はするつもりですけど……」
「だったら行きましょうよ」

 たまには早めに帰って自分で料理をしようかと思っていたのだが、この意味ありげな態度はかなり気になる。山崎がカーディーラーと待ち合わせをしている店は近いと言うので、彼が止めたタクシーにともに乗り込んだ。

「織田です。取材ってひとりでするんじゃないんですか」
「彼は俺の助手みたいなもんですから、気にしないで」

 この男はフォレストシンガーズの乾隆也を知らないようだ。そういうシンガーズがいるぐらいは知っていても、個々の顔や名前までは知らない方のほうが多いのだから、珍しい話でもない。山崎が紹介してくれないのは意図があるのだろうから、名前だけを告げた。

「乾です。勉強させてもらいます」
「ああ、どうぞ」

 乾なんてさしたる珍姓ではないし、織田は特段の反応は示さなかった。彼は俺とは無関係ではない? どういう意味なのだろう。なのに、フォレストシンガーズの乾隆也を知らないのか? 俺は彼を知らないが、彼はフォレストシンガーズの乾隆也を知ってはいても、目の前にいる男がその本人だと気づかないだけなのか。

 外には静かな雨の降る夏の夜。なんでも食べて下さい、と山崎が勧め、織田は洋風定食コースを選んだ。山崎も俺も同じものを注文して、食事の間は織田の仕事の話を聞いていた。不景気ですから、我々もつらいですよ、みたいな世間話のようなものだった。

 さて、それでは、といった調子で、食事が終わってコーヒーになったところで、山崎が切り出す。俺は彼の助手だというのだから、そのつもりで聞き役に徹していた。

「千鶴ってほんとに女優なんですね。劇団の研究員とかで、女優だって言ってるのは見栄を張ってるのかと思ってましたよ。こうして雑誌のひとが取材に来るぐらいなんだから、本当だったんだな」
「まあ、レベルとしては無名の劇団員に近いけど、話を聞いておけば使えるかもしれませんからね」
「やっぱその程度? だろうな。あれからだって彼女をテレビで見たりはしませんものね」
「映画の端役では出てるみたいですよ」

 佐田千鶴か。女優の千鶴、俺とは無関係ではないと山崎が言ったことからしても、レベル的な話からしても、この千鶴は佐田千鶴だと思える。俺はまさに、その映画の端役としての関わりで千鶴と知り合った。俺はただ無言で、山崎と織田の会話を聞いていた。

「女優なんてのはあんなもんなんですよね、誰でも」
「それは人によるでしょうけど……千鶴さんはそうだったんですか」
「あいつのほうから誘ってきましたからね。裸を見せてあげようか、みたいな」
「なるほど」
「僕としてはそのときにはお客だとしか思ってなかったけど、綺麗で色っぽい子なんだから、あんな子に誘われて断る男はいないでしょ」
「そうかもしれない」
 
 映画では共演したわけでもないのだが、なぜだか、乾隆也と佐田千鶴のセクシャルなポスターを撮影するという話になった。千鶴はたしかに肉感的で綺麗で、色気もある若い女だ。自分では太っている、特に下半身が太いと嘆いていたが、むっちりしているのはヒップラインだけで、脚は適度に細くて美しくのびやかだった。

 一枚、撮影したポスターで写真監督さんがなにかを感じたのか、セクシーさがエスカレートした写真をたくさん撮った。そうしているうちに千鶴が俺に好意を持ってくれるようになった。

 十六歳も年下の可愛い女の子。兄と妹のように、と呼ぶにはいささか過剰に甘えてくる千鶴に、俺も応えていた。千鶴は俺の恋人になりたがり、真剣なまなざしで、抱いてほしい、と、察してほしい、と訴えてきた。

 これはいけない、俺は十九の女の子とは結婚はできない。抱くだけだったら拒否する必要もないのかもしれないが、将来を考えられない女とそういう仲にだけなるのは、俺がしたくない。この次の恋は結婚に結びつくものにしたいから。

 ひとことで自分の心理を説明するのならば、そういうことだった。だから俺は千鶴を、そこまでは踏み込ませなかった。それでいて抱きしめたりはしたのだから、罪だったのかもしれない。千鶴は思い詰めて、エキセントリックな行動もしていた。

 そんな時期に織田は、千鶴と出会ったのか。彼の語るエピソードには針小棒大な部分もあるのかもしれないが、処女だと言っていた千鶴がはじめてベッドインした相手はこの男だったのか。他にもいたのか。

「ふーん、その程度じゃ使えないかな」
「そうですか……」
「面白いスキャンダル記事になるかと思ったんだけど、そんなもんか。いや、飲食代を払ってけとまでは言わないけど、それだけじゃつまらないな、な、乾くん?」
「そうなんですね、じゃあ、俺は失礼しますよ」
「ええ?」

 その程度なのかもしれないが、俺にしてみれば聞くに堪えない千鶴の痴態などをこれ以上聞かされたくない。織田は俺が千鶴と関わりがあったとは知らないのだからしようがないが、山崎はそうと知っていて俺をここに伴ってきた。なんの意図があって?

「乾くん、それじゃあライターの仕事なんかできないよ」
「そうですね。そうかもしれないけど、いいんですよ。今日はためになりました」
「あれ? きみが払ってくれるの? こんな下らない話を聞いて、食事代を払うのもアホらしくなってたところだったから、助かったな。俺が金欠だって知ってておごってくれるとは、いいひとだね」
「……助手に? いや、いいんだけど、だったらとっておきのこの話、しますよ」

 テーブルに、三人分の食事料金にはなるであろう金額を置いた。

 助手に払わせるのか? と言いかけたらしいのを途中でやめた織田のほうに、山崎が身を乗り出す。これでも帰るの? と俺に問いかける山崎をちらっと見て、俺は席を立った。千鶴と織田のとっておきの話なんぞ聞きたくもない。

 あの山崎の下卑た笑みは、あんな話を俺に聞かせたという意図を物語っていたのだろうか。
 昔は彼も俺たちも、下積みの若者だった。業界はちがっていても、上を目指して努力していた。その努力にどれほどの差があったのかは、俺は知らない。

 時の流れや時代の追い風や、世間の風潮、流行なども加わって、俺たちは一応は名の売れたシンガーズになった。一方、山崎聡は食っていくのにも苦労する売れないライターのままだ。

 つまり、そうなのか。やりきれない思いを抱えて、俺は小雨の中を歩く。努力ではどうにもならないことは、この世の中にはごまんとある。俺たちが嫉妬される立場になったのは喜ぶべきなのかもしれない。そのくらいしたたかでないと、この世の荒波を渡っていけないのかもしれない。

 でも、俺はそんなふうには思えない。甘ちゃんだな、乾隆也は。
 織田とベッドに入ったときの千鶴の心境やら、そんな話を織田がすると知っていて俺に会わせた山崎の心境やらがごっちゃになって、雨に混じって夜空から降ってくる。

 小ぬか雨程度の夏の雨が、妙につめたく鋭く突き刺さる。織田が口にした千鶴のそのときが、俺の耳朶に残っている。そんなものも雨が洗い流してくれればいいのか、そんな必要もないのか。雨は俺の気持ちを知る由もなく、ただ降りしきる。


END










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~ Comment ~

NoTitle

ふ~~む。
確かに世間の無情を感じますねえ。。。
芸能っていうのは時流もありますし、運もありますからね。
実力だけで食っていけるほどのものはないですからね。
人それぞれで痴態と言えるものはあるでしょうし、
大人なんですから食っていくためには何でもしないといけないのが
世間ってものですね。
・・・ということを感じました。

LandMさんへ

いつもコメント、ありがとうございます。
運も才能のうちとかいいますが、才能ないのって哀しいですよね。

なんであっても売れないのは哀れですが。
売れない芸能人って特に気の毒かもしれません。
リアルではもっと悲惨なのかもしれませんね。

あかねさんへ!!♪

遅まきながらおめでとうございます。!大変ご無沙汰いたしました。汗)
大晦日に帯広に行ってきました。寄る年に体調悪化したので災難除けで有名な神社があったからです。札幌以上の厳寒で大変でしたが道東の自然は素晴らしかったです。!
あかねさんは小説に余念がなさそうですがお元気な様子をお伺いできて嬉しく思いました。!
今年も宜しくお願いいたします。☆!!


荒野鷹虎さんへ

こちらこそ、ご無沙汰しっぱなしですみません。
ご挨拶、ありがとうございます。

去年の秋にうちの猫が遠くに逝ってしまって、気が抜けていました。
書くほうも全然になっています。

荒野さんのお住まいのあたりは猛吹雪なんかもありそうで、寒いでしょうねぇ。
ご体調がよくないとか、ご自愛くださいませ。

お互いぼちぼちと、今年もよろしくお願いします。

あかねさんへ!!♪

最愛の猫ちゃんが亡くなり力が抜けるのも良く分かりますねー、南無)
今年の北海道放つの台風と不輸の厳寒寒波来襲と散々です。
お互いぼちぼち頑張り続けてまいりましょう。☆!

荒野鷹虎さんへ

猫のことでもコメント、ありがとうございます。
まだ家の中のどこかに隠れているような気がします。

昨日、一昨日と、大阪でも雪が降りました。
積もるまではいかなかったけれど、粉雪は久しぶりに見ましたよ。
できればおうちの中で、ぬくぬくなさっていて下さいね。
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