ショートストーリィ(しりとり小説)

166「カムバック」

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しりとり小説

166「カムバック」

 はっとした表情になり、わずかに身をすくませるようにしてから、その女は逃げようとした。そんな態度を取らなかったら、登代には彼女が誰なのかわからなかったかもしれない。

「もしかしたら真緒ちゃん……」
「あ、ああ、おばさん、お久しぶりです」
「久しぶりね。元気? 時間があるんだったらお茶でもいかが?」
「え、えっと……ええ、そうですね」

 逃げようとしたのがなぜだったのかを探りたいのもあり、登代は彼女をスーパーマーケットのひと隅にあるティールームに誘った。

 ウィークディの昼下がり、大きなスーパーマーケットには主婦らしき女たちの姿がそこここにある。ショッピングモールの半分ほどを占めるスーパーマーケットなので、よほどに混んででもいなかったら店内にはゆとりがあった。

「何年ぶりかしらね。真緒ちゃんも結婚はしたんでしょ」
「ええ、まあね」
「お子さんは?」
「ふたり」

 四半世紀ほど前に、息子の栄作はつきあっていた女の子と別れた。その相手が真緒だ。真緒はもともと近所に住んでいて、小学校、中学校と息子と同じ学年で同じクラスになったこともあったから、登代とも昔なじみだった。

 高校は別になった真緒に息子が告白して、恋仲になったのだと登代は知っている。高校生の恋仲なんて可愛いものなのか、それとも意外と……と考えたこともあったが、高校を卒業した栄作は大学に進学し、真緒は就職したから、話が合わなくなって別れたのだろうと思っていた。

 それから息子は結婚し、真緒の一家は引っ越していった。真緒がどうしているのかは知らなかったのだが、栄作と同い年の真緒だって四十代になっているのだから、結婚して子どももいるのが順当であろう。

「栄作も結婚はしたのよ」
「そう……ですよね」
「二十年くらい前だったかしらね。真緒ちゃんは結婚して何年?」
「十五年くらいかな」
「栄作のほうが早かったのね」

 詳しい話をしたくない様子の真緒に、栄作はどこの会社に勤めていて、どのくらいの収入があり、だの、栄作の息子は今春、医大に入学したからお金がかかる、娘はピアノを習っていてこれまたお金がかかる、だのと、登代のほうは自慢のオンパレードを繰り広げていた。

「で、真緒ちゃん、なんで逃げようとしたの?」
「逃げようとなんかしてませんよ」
「したわよ。私を見て顔色が変わったし、なんだか全身強張ったように見えたのよ。だから私は真緒ちゃんだって気づいたんだもの。あなた、私にやましいところでもあるの?」

 私にばっかり喋らせて、あんたも自分の話をしなさいよ、登代としては不満がふくらんできていたので、ずばっと斬り込んだ。

「おばさん、知ってるんでしょ」
「なにを? 真緒ちゃんが栄作のモトカノだってことは知ってるわよ。七十すぎのばあさんだって、モトカノって言葉くらいは知ってますよ」
「そんな遠い昔の話じゃなくて……」
「それで、栄作が大学生になって別れたのよね。そのあとで栄作は何人かの女の子とつきあったわ」

 長身でもなくイケメンでもないが、まっとうに大学を出てまあまあの企業に就職し、年齢のわりには収入もよかったのだから、栄作はもてていた。登代は真緒の態度を追求しようとしていたのを忘れて、息子の愚痴をこぼしていた。

「いい家のお嬢さんやら、英語の上手な才媛やらもいたわ。私は息子の嫁は家庭的な女がいいと思ってたから、あんまりキャリアウーマンとかってのは感心しなかったのよ。英語の上手なお嬢さんだったら、アルバイトみたいにして子どもに英語を教えるってのもできるでしょ。だから、そのひとがいいって言ったんだけどね」

 もてるのをいいことにして、息子の女性との交際は長続きしなかった。

「お見合いもさせてみたわ。私としては息子の嫁はしっかり主婦をして、専門的な……英語だの茶道だのピアノだのって、そういう技術ですこしは家計の足しになる仕事のできる、そんな女性が理想的だったのよ。お見合い相手もそんなお嬢さんを選んだ。なのに栄作ったらね……」

 見合い相手はことごとく断ってしまい、登代の友人にも不義理をした。

「二十年ほど前に、栄作は勝手に結婚を決めたのよ。それがまあみっともないったら、できちゃったってやつでね……同じ会社の上司よ。しかも、女が男を差し置いて管理職って、しかもそんな女と栄作が結婚するって……三つも年上よ。三つも年上の上司にだまされて、女はまんまと妊娠しちゃったのよ。私は目の前が真っ暗になったわ。女のほうがたくらんだに決まってるのに、むこうの親が怒ってるって。なに言ってんのよ。三十近い管理職の女が部下をたぶらかして結婚したくて妊娠したんでしょ。そんなの、栄作には責任ないっての。こっちが被害者よ」

 けれど、登代の夫、栄作の父は言った。

「こういうことは男が悪いって言われるんだよ。栄作に罪がないわけでもないし、それよりもなによりも、栄作は優さんが好きなんだろ。栄作だって結婚したがってるんだ。母さんが反対する必要はないよ。優さんは名前の通りに優秀な女性だ。いいご縁だったんだよ」

 仕事はできるのかもしれないが、美人ではない。家事も苦手らしいのは、仕事人間の女にはありがちだと思える。娘に「優」だなどという名前をつける親までが登代には気に入らなかった。

「ユウ、だってよ。女の子だったらユウコにしなさいよねぇ。なんにしたって私が反対してもどうにもならなくて、栄作は結婚しちゃったわよ。私は栄作に家事なんか手伝わせずに育てたのに、嫁は仕事が忙しいからって家では掃除とか洗濯とかまでやらせるの。私は息子をそんなことをさせるために育てたんじゃないのよ。情けないったらありゃしない」

 孫が生まれたら嫁は退職するのかと思っていたが、とんでもない、と笑い飛ばされた。

「お義母さんのお世話にはなりませんから安心して下さいね。保育園はしっかり確保していますし、ベビーシッターも頼めますしから」
「小さい子はよく病気をするものよ。そんなときにはどうするの?」
「かわりばんこに休みを取りますから」
「子どもの病気で栄作を休ませるの?」
「ええ」

 当然でしょ、という態度の嫁に怒りが爆発しそうになって、息子に止められた。
 最初の子どもは男の子、二番目は女の子だったのだが、息子夫婦は登代に助けを求めることもなく、しっかりと子育てもしていた。

「あの嫁でよかったのって、孫たちの成績がいいところくらいよ。親はなくても子は育つっていうか、母親が手をかけてこなかった分は父親が手助けして、おかげでいまだに栄作よりも嫁のほうが会社での地位が上なのよね。癪に障るわ」
「おばさん、お嫁さんが嫌い?」
「当たり前でしょ」

 おとなしく登代の愚痴を聞いていた真緒が、そこではじめて口を開いた。

「だけど、栄作さんは奥さんを愛してると思ってる?」
「癪だけど、そうなんじゃないの? 仲は良いみたいよ」
「……栄作さんも頭がいいから、表面を取り繕うのは上手なんだよね」
「どういう意味?」

 ふっと鼻で笑って、真緒は言った。

「私がおばさんを見て逃げようとしたのは、バツが悪かったからよ。おばさんも知ってるのかと思ってた」
「だから、真緒ちゃんが栄作のモトカノだったのは……」
「そんな昔の話じゃなくて、五年くらい前の二度目のモトカノでもあったんだよ」

 へ? 我ながら間抜け面をしているのではないかと感じた登代に、真緒は真相を語った。

「男って結局、奥さんが自分よりもなにかで優れてるってのはいやみたいね。おばさんの言う通り、ピアノか英会話でもできる奥さんで、ちょっとだけ稼いでくれる専業主婦のほうがよかったな、なんてこぼしてたのを聞いたわ」
「栄作が真緒ちゃんに?」
「そう。五年くらい前に再会したの」

 ちょっとだけ働いて収入を得る主婦。真緒はまさにその通りだった。子どもたちも小学生になって時間のできた真緒は、オフィス街の喫茶店でパートをするようになった。その店に栄作が入ってきたのだと話した。

「モトカノとモトカレだもの。なつかしいじゃない? 私は刺激がほしかったし、栄作さんは奥さんに不満がいっぱい。そうしているうちに不倫になっちゃったってわけ」
「……そう、だったの」

 ならば、真緒が登代を見て逃げそうになった理由も腑に落ちた。

「お互いに遊びのつもりだったんだけど、栄作さん、奥さんにばれちゃったみたい」
「そんなの、私は全然知らなかったわよ」
「そうなんだね。奥さんは子どもたちのために離婚はしない、再構築しようって言ってるって、栄作さんは私から逃げ出してしまったのよ」
「……そ、そう」

 それはそれでいいんだけどさ、と真緒は投げやりに続けた。

「結婚してから不倫したのは、それがはじめてだったのよ。栄作さんでなくてもよかったんだけど、旦那じゃない男とつきあうのって楽しかった。味をしめたっていうのかな。もう一回不倫したんだよね。それが私も旦那にばれちゃって、私は離婚したの」
「あ、ああ、そうだったのね」

 真面目な主婦として生きてきた登代は、息子世代のこんな生々しい話を当事者から聞くのははじめてだった。

「男の浮気と女の浮気はちがうっていうよね。女は損だわ」
「……そ、そうかもしれない。それで、真緒ちゃんはどうしてるの?」
「子どもたちは元旦那のお母さんが育ててるみたい。不倫するような女にはまかせられないって言われて、取られちゃったのよ。養育費を払わなくちゃいけないってこともないから、ひとりだったらそこそこ働いて生活できるから、楽っちゃ楽だよ」
「じゃあ、今は独身なのね」
「うん」

 仕事とは水商売だろうか。改めてじっくり見てみると、真緒は若作りなファッションをしているせいもあって若く見える。息子の嫁は太ってどっしりして貫録もある体型になっているのだから、真緒のほうがはるかに若々しくて綺麗だった。

「ひとりって寂しいでしょ。栄作と会いたくない?」
「やだ、おばさん、なにを考えてるの?」
「真緒ちゃんが寂しいんだったら、栄作とお酒でも飲んで語り合いたいんじゃないかって考えてるだけよ」
「栄作さんを嫌いになって別れたわけじゃないんだから、もう一度会いたいなとは思うよ」
「……そう。だったら私が……」

 やだやだ、おばさんったら、と笑っている真緒の瞳には、妖しい光がちらついている。同じ女と二度も不倫をしたりしたら、嫁だって栄作を許さないのではないだろうか。栄作が真緒を退けたとしたらそれもよし。再び浮気再燃となったらそれもよし。

 どうやって真緒と栄作を自然に再開させるか。そんな妄想を楽しむだけでも、暇つぶしになるではないか。

次は「く」です。









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