ショートストーリィ(花物語)

2016/花物語/十二月「ランタナの花言葉」

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ランタナ

花物語2016/12

「ランタナの花言葉」

 太く短く華々しく生きたい。高校生くらいから時枝はそう考えていた。芸能界に入りたい。モデルでもアイドルでもいいから芸能人になって、将来は女優になりたい。中学生のときにはそんな夢を見て、オーディションも受けた。スカウトされた経験もあった。

「ちょっとね、脚がね……」
「あどけない顔をしていて胸も大きくて、小柄だけどプロポーションは悪くないんだけどね」
「その身長ではモデルは無理かなぁ」
「読者モデルってんだったら、小柄な女の子向けファッション特集には行けるね」
「アイドルとしてだったら……」
「うーん、しかし……」

 顔はもともと可愛いし、多少の難は整形手術で修整できる。身長は高くても低くてもそれなりに需要はある。胸が大きいのはよいアピールポイントになる。グラビアアイドルって手もあるな。

 芸能事務所のスタッフたちはさまざまな意見を述べたが、ただひとつ、共通しているのは時枝のこの欠点だった。脚が短くて太い。脚の形が悪い。これはもう矯正のしようがない。芸能人は歯が命だといわれるが、歯はどうにでもなる。が、時枝の脚だけはどうにもならないと。

「どうにかします。してみせます」
「身体のパーツにはどうにかなるところはあるけど、この脚は無理だよ」

 高校二年の春、最終宣告されたのだと時枝はうなだれた。

「だったら、これ、読んで下さい」
「なに? 小説でも書いたの? エッセイ? 写真も? 写真も自分で撮ったんだね?」

 デジカメ写真を添えたエッセイを一読して、芸能事務所のスカウト担当者は言った。

「行けるかも……」
「私、才能あります?」
「才能というよりも、センスはあるよね」

 可愛らしい女子高校生がしゃれた写真を撮り、感性の光る文章を書く。アイドル市場に出てくる女の子は大勢いるが、ルックス以外のなにかを持っている子は少数派だ。こっちでだったら売れるかも、と担当者は目を輝かせた。

「出版業界だって若くて可愛い、売れ筋の女の子を求めてるんだよ。昔、美人の女子大生を作家として売り出そうとした出版社があった。彼女がデスクに向かっている写真に「女子大生作家、処女作執筆中」とキャプションをつけて、おばさん作家の妬みを買ったりもしたもんだ」
「はあ……」
「意味わからない? それはいいんだけどね……ただ、彼女は処女作はどうにか書けたものの、あとが続かなかった。今では風俗系ライターだか、風俗系で働いてるだとか、噂だけは聞くね」
「……はあ」

 その点、時枝ちゃんは書けるし、撮れるよね、と担当者は大きくうなずいた。

「フォトエッセイで売り出すんだったら、脚の短さも太さも関係ないってか、ネタにもできるもんな」
「ネタにしてみせます」
「うんうん。時枝ちゃんは自虐ネタもできそうだもんね」

 あのとき、諦めずにアタックしてよかった、と後に時枝は思うようになる。芸能界のアイドルにはなれなかったが、出版業界ではおじさん作家や編集者たちのアイドルになれた。

 芳紀十六歳。若い作家も続々と登場してはいるものの、十代はほとんどいない。二十代でさえも少なく、三十代が若手扱いされる業界だ。時として若い才能があらわれても、潰されてしまう場合もある。驕り高ぶって自ら消えてしまう場合もある。スランプを乗り越えられずに自暴自棄になったり、どうしても書けなくなったり。

「時枝ちゃんは大切に育てたいな。アドバイスもするし協力もするから、近いうちには小説を書いてみない?」
「書きたいです。ってか、書いたものだったらあるんですよ」
「小説? ぜひ見せて」

 旬の時期にはなんだって売れるものなのである。十二月生まれで十二月に処女作小説を出版するのだからと、大御所作家のつけてくれたペンネーム、師走時枝の名前で出した処女小説はベストセラーになった。

 大学には特別才能枠で入学し、在学中に出したエッセイ、小説、写真集などはことごとく爆発的に売れた。師走時枝が写真を撮ったフォトエッセイも、師走時枝が被写体になった本物のアイドルみたいな写真集も売れ、時枝は特に執筆に苦労するわけでもなく、学生生活と作家生活を両立させて謳歌していた。

「時枝ちゃん、俺と結婚しようよ」
「なに言ってんだよ。俺とだよね」
「僕は時枝ちゃんと結婚したら、主夫になってあげてもいいよ。時枝ちゃんの秘書としてというか、マネージャーとして支えるよ。僕、そういう仕事は得意なんだ」
「あんなこと言ってる奴はヒモになるつもりなんだよ。俺は時枝ちゃんが書けなくなったら、養ってあげるから」
「不吉なことを言うなよ。俺はきみを愛してる。卒業前に結婚しよう」
「時枝ちゃーん、僕をお婿にもらって」

 同級生も先輩も後輩も、学生たちにはひきも切らずプロポーズされた。適当に遊んだ相手は何人かいたが、二十歳そこそこの男なんて物足りない。それに、そんなに早く結婚するつもりは時枝には毛頭なかった。

「時枝ちゃんを僕がもっともっと磨いてあげたいな」
「時枝ちゃんは小説家としてもエッセイストとしても立派なものなんだけど、さらに日本語力を向上させる必要はあるね。私が個人教授しましょうか」

 大学教授たちからも口説かれ、編集者や作家仲間からも求愛された。自然、同性の同業者たちからは嫉妬も浴びたのだが、妬まれるのも心地よかった。

「師走時枝、力丸剣と結婚!!」

 週刊誌にすっぱ抜かれた記事が出たときには、姉が言ったものだった。

「力丸剣って何者?」
「そこに書いてあるでしょ。お姉ちゃんは歴史小説の大家の名前も知らないの? 力丸剣の小説を読んだことはないの?」
「私は小説なんか読まないけど、力丸剣くらいは知らないこともなく……それにしたって目を疑ったよ。力丸剣ってもうおじいさんでしょ? あんた、いくつよ?」
「お姉ちゃん、認知症じゃない? 妹の年齢を忘れたの?」

 同性の嫉妬ナンバーワンはこの姉からのものである。三つ年上の姉は、ええ? あの師走時枝の姉さんなの? ぜんっぜん似てないよね、と嘲笑された、としょっちゅう言っていて、妹を憎悪しているようにも見える。

 平凡な妹ならば、姉も平凡でも当然かもしれない。なのに、ルックスも才能も極上のベストセラー作家を妹に持ったばかりに、なにもかもが地味な姉が割を食う。あんたなんかいなかったらいいのに、と実の姉妹であるだけに言うことも辛辣だ。辛辣というよりも幼稚でさえあった。

「力丸剣って独身なの?」
「離婚が成立したから、私と結婚することにしたんだ」
「……略奪婚ってわけ? 最低。本気で結婚するつもりだったら、私はあんたとは縁を切るからね」
「どうーーぞ」
 
 そうして時枝は、二十四歳にして三十歳以上も年上の大作家と結婚した。子どもはさすがにできなかったが、娘のように甘やかして可愛がって、ほしいものはなんでも買ってくれる、行きたいところにはどこにでも行かせてくれる、彼との結婚生活はなかなか楽しかった。

「豪華客船をチャーターして、その中で夫妻での共作ミステリを執筆なさっていたそうですね」
「ええ。世界一周旅行を兼ねた執筆生活でした。スタッフ以外の乗客は私たち夫婦だけでしたから、快適でしたよ」
「豪勢ですなぁ」

 桁外れの費用はかかったが、共作ミステリがベストセラーになったので、豪華客船貸し切りツアー代金以上の稼ぎになったのだった。

「剣ちゃん、離婚しない?」
「……そのうち時枝ちゃんがそう言い出すと思っていたよ。二十年間ありがとう」
「さすがに作家よね。妻の心を読むのも長けてるんだ。それで、剣ちゃんはどうするつもり?」
「もとの妻がもう一度一緒に暮らそうと言ってくれてるんだ。彼女の住んでる家は俺が慰謝料としてあげたマンションだから、そこに行くよ」
「そう。余生を幸せに送ってね」
「時枝ちゃんも、今度の相手とは添い遂げるように祈っているよ」

 七十代になった夫を棄てるのも、モトツマが引き取ってくれると聞けば罪悪感もなく別れられた。

「またまた略奪婚!! 師走時枝、今度は二十歳年下のバーテンダーと!!」

 離婚してから一年も経たぬ間にそんな記事が出て、疎遠になっていた姉からメールが届いた。二度も略奪婚だなんて、お天道さまが許しちゃくれないよ!! とメールの文面は怒っていたが、五十歳近くなった姉は独身のままなのだから、あいかわらず妬いてるんだね、と笑っておいた。

 そして、また二十年。時枝は病室で臥せっていた。

「……やっばりね。死期の近い妹にこんなことを言うのはなんだけど、あんたに余命宣告が出たってのを聞いて、私はやっぱりって思ったわよ」
「なんのこと?」
「略奪婚を二度もやった女は、絶対に幸せにはなれないの」
「私、幸せだったよ」
「そうだったのかもしれないけど……でも……」

 平均寿命が九十歳になんなんとするこの時代に、あんたは六十代で死ぬんじゃないの、と姉は言いたいらしい。

 二十四歳で三十歳年上の男を元妻から略奪して結婚した。一度目の夫は十年ほど前に、元妻に看取られて逝った。彼は年下好きだから、元妻にしても力丸剣よりも二十歳近く年下だったのだ。彼は最後まで現役作家であり、絶筆となった歴史小説の短編は「時枝に捧ぐ」との献辞つきで発表された。

 四十四歳で二十歳年下の男と再婚した。彼は二十四歳にして妻子持ちだったのだが、時枝に狂おしいほどの恋をして、妻も子も捨ててふところに飛び込んで来たのだ。新しい夫の享也はルックスがよかったので、バツイチ子持ち再婚アイドルという新しいジャンルのスターにしようと、時枝がプロデュースした。

 アイドルとしてはさほどに成功しなかったのだが、享也の才能は別のところで発揮された。スマホのための小さな部品を発明し、特許を取り、それだけで起業した享也は、三十代になるころにはひとかどの実業家になっていた。

 前の夫は年を取りすぎ、今度は私が年を取りすぎ。こればっかりは無理かな、と諦めつつあった子どもにも、ひとりだけは恵まれた。享也は意外に頭がいいようで、その遺伝なのか娘も頭脳明晰だ。十九歳になった娘はドイツに留学して医化学を学んでいるが、母の病を知って一時帰国し、病院にも毎日見舞いにきてくれている。

 見舞客が多すぎて病院から注意を受けるほどの六十四歳。そんな師走時枝になれたのだから、ほしいものはすべて手に入れたのだから、そんな私が幸せではないって、このひとはなにを寝言いってるの? 時枝はぽかんと姉の顔を見た。

「私は結婚もできなかったし、子どもだっていない。妹があんたなんだから、恩恵は受けてるでしょって言われるけど、なんにもしてもらってないよね」
「してほしかったの?」
「してほしくはないけど……だけど、私にはたったひとつ、あんたより上だってものがある。私はあんたよりも長く生きるわ。今だって健康でどこにも悪いところはないの。事故にでも遭わない限りはあんたよりも長生きする。やっぱりお天道さまは見てくれてるんだよ」

 姉がお見舞いとして持ってきてくれたのは、ランタナの鉢植え。見舞いの品に鉢植えとは、姉の最後のいやがらせか。姉の言いたいこともわからなくはないけれど、私は太く短く華々しく生きたかったんだから、望みはすべてかなったのよ。早死にったって六十過ぎまで生きたら十分じゃないの。

 ランタナの花言葉は「心変わり」。人間らしくていい。心変わりする生き物なのだからこそ、「人間」と呼べるのだ。

END








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~ Comment ~

NoTitle

ううむ。これまたあかねさんらしい小説ですね。
久々に堪能させていただきました~~というところですね。

歳の差結婚というのは男にとっては夢も浪漫もありますけどね。しかし。元嫁のところに帰ると言うところも男のセンチメンタルを感じられて良かったです。

LandMさんへ

らしいと言っていただくと嬉しいです。
ありがとうございます。

浮気してよその女に走った夫が、捨てられたのを受け入れる。
そういう寛大な女性もたまにはいるみたいですね。
映画を見たり小説を読んだりしても、愛や恋の形は本当にさまざまだなぁと思います。
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