ショートストーリィ(しりとり小説)

164「どうすりゃいいの」

 ←FS「待ち伏せ」 →FS「OH MY LITTLE GIRL」
しりとり小説

164「どうすりゃいいの」

 人づきあいは大の苦手だから、職場のひとたちと深くは交流しなくていい仕事に就きたかった。薫の現在の仕事だって人づきあいの必要はなくもないのだが、最小限でいいような気もする。

 身体は大きいほうで力もあるほうだから、重いものを運ぶのもさほど苦にはならない。とはいえ薫の担当する郵便物は小型がほとんどだから、家庭のポストに入れてくればいい。
 軽トラックに乗って郵便物を届ける仕事。届け先のひとと会話をかわすこともそれほどにはなく、薫には向いた仕事だ。届け先の範囲は狭く、自宅と仕事先を車で行ったり来たりしている毎日だった。

 なのだから、電車に乗るなんて久しぶりだ。いとこに子どもが産まれたと母親から電話があって、お金ではなくて品物を送ってあげなさい、Tシャツだったら安いからいいんじゃない? と言われたので、デパートに行くつもりだ。デパートに行くのも実に久しぶりである。

 子どものころにはいっしょに遊んだ、年齢の近いいとこだ。彼も結婚して子どもを持ったのかぁ。薫が薄給なのは彼も知っているから、安いTシャツでも笑って受け取ってくれるだろう。

 どんなのにしようかな、と薫自身もけっこう楽しみにして、肩にかけたバッグから赤ちゃん服のパンフレットを取り出したり、またしまったり、再び取り出しては、やっぱこっちがいいかな、と比較したりしていた。夕方の地下鉄は思いのほか混み合っていて、薫の手が幾度かとなりに立つ人の身体に触れていた。

「ちょっと、やめてもらえませんか」
「……あ、え、えと……」
「わざとやってますよね?」
「え、えと……わざとって……」

 相手は怖い顔で薫を見据える。身長は薫よりもやや高いが、体重は薫よりも少なそうなほっそりした学生に見えた。

「……降りましょうか」
「え、えと……あの……」

 次の駅についたとき、大学生だか専門学校生だかに見える相手に促されて、薫は地下鉄から降りるしかなくなった。突然の思いもかけぬ攻撃を受けてしどろもどろになってしまい、口下手な薫では反論もできなかった。

「駅員さん、このひと、痴漢です」
「あ、そうですか」
「ち、ちかんって……」

 わざとってそんな意味で言っていたのか? だけど……だけど……そんなの、そんなのってあるの? 薫としてはいまだ反論もできず、そんなはずはないじゃないか、との想いで駅員を見返すしかなかった。

「わかりました。被害届を出されますか」
「ええ」
「では、こちらへ」

 冷静に言った駅員が、薫の腕をがしっとつかむ。学生は軽蔑のまなざしで薫を一瞥し、三人して駅員室へと歩いていく。そ、そんな、そんな……そんなはずないじゃないか、と口の中でもごもご言っていた薫の気持ちが、ようやく言葉になった。

「そ、そんな……見てもわからないのかもしれないけど、私は女ですよ」
「いや、見たらわかりますよ」
「で、この学生さん? このひと、男でしょ」
「そうですよ」

 それがなにか? という目でふたりに見つめられ、学生は言った。

「たまに好色なおばさんにさわられるんですよ。おじさんにさわられたこともあるけど、たいていはおばさんですね」
「痴漢ってのは本来は男をさすんですが、近ごろの女性は怖いってんで、だんだん男の痴漢は減ってきていますね。かわりにこうなっている。嘆かわしいというのか」
「肉食女が男に相手にしてもらえなくなって、痴漢に走るようになったんですかね」
「おかしな時代ですね」

 ふたりしてため息をつき、駅員は言った。

「あなたが女性で被害者は男性、ちゃんとわかっていますし、昨今は珍しくもないんですよ」
「まったく、おばさんってのは不潔ですよね」
「いや、まあ、すべての中年女性が不潔ってのでもないでしょうけど……」

 やってません、痴漢なんてやってません!! と抗弁すべきなのに、薫の口が止まってしまった。
 長く電車に乗らない生活をしているうちに、痴漢までがさまがわりしたのか。薫の学生時代……二十年ばかり前だったら、完全に男女が逆だった。

 冤罪なども問題になり、男性は電車の中では別の意味で身を守るようになった。そんなニュースならば薫の記憶にもある。女性専用車ができたのもそのせいだったはずだ。が、現代はこうなった? 男性専用車も作って下さいよ、本気で検討中です、とのふたりの会話が、薫の耳に遠く近く聞こえる。

 痴漢なんかやっていないのはまちがいないが、誤解を解く方法は思いつかない。仕事、クビになっちゃうんだろうか、お祝いはどうしよう、薫の頭の中には大小の心配ごとばかりがぽこぽこ浮かんできていた。

次は「の」です。









スポンサーサイト


  • 【FS「待ち伏せ」】へ
  • 【FS「OH MY LITTLE GIRL」】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【FS「待ち伏せ」】へ
  • 【FS「OH MY LITTLE GIRL」】へ