ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS「待ち伏せ」

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フォレストシンガーズ

「待ち伏せ」

 高飛車な口調にひそむ、少女の感情。そんなものは俺には関係ない、とはねつけてしまうのも可能だが、ほだされてしまうところが俺の甘さなのだろう。

 レコーディングスタジオの外で俺を待っていた奈々に、乾さん、ごはんに連れてって!! と半ば命令されてこの店に連れてこられた。食事をしていても奈々は不機嫌だったから、機嫌を取るのはやめておいた。さて、送っていくよ、と言いかけたときに、奈々のマネージャー氏が出現したのだった。

「いやだ、帰らない」
「奈々ちゃん、明日は仕事でしょ。乾さんだってお疲れなんだから迷惑だよ」
「迷惑じゃないもん。乾さん、デザートにだって行くんだよね」
「ここで吉田さんに会ったのはありがたかったよ。帰りなさい、奈々」
「乾さんなんか……」

 押し殺した声で、だいっ嫌いっ!! と言い捨てて、奈々はマネージャー氏とともに店から出ていった。

 五歳と二十五歳ではじめて出会い、十年後に再会し、乾さんは奈々の初恋のひとなんだよ、と言われ、それからはからまれているというのか、慕われているというのか。
 この店は食事もできるが、酒だって飲める。よそに行くのも億劫になってカウンターに席を移し、酒にしようとしたところで、奥の席にいた女性と目が合った。

「あ、時松寿々さん……」
「え、え? 私をごぞんじで……」
「そりゃ知ってますよ。おひとりですか? ご一緒させてもらってもかまいませんか」
「えええ……そんなぁ、いいんでしょうか」
「あなたさえよかったら」

 この女性とはいささか不思議な縁がある。

 旧知のシナリオライター、みずき霧笛さんが脚本を書いた。我々フォレストシンガーズをモデルにしたテレビドラマ「歌の森」。我々の学生時代がメインなので、若い俳優たちが大勢出演している。

 メインキャストはオーディションで選ばれ、シゲ役の俳優なんぞは本人にそっくりで笑いたくなるほどだ。乾隆也役の彼は美青年すぎてみんなに冷やかされ、気障な台詞なども多くて俺そのまんまだとも言われ、俺としては気持ちよくはないのだが、みずきさんの意地悪なのだろうか。

 脇役たちは別の方法で選ばれたようだが、そのうちのひとり、合唱部の女性部員のチャコを演じているのがこの、時松寿々さんである。

 その上に寿々さんは、千鶴と旅行番組で共演している。「歌の森」がクランクインするときに出演者たちに紹介はしてもらっていたが、千鶴から、乾さんも寿々さんに挨拶してね、と頼まれていたのは実現していなかった。いい機会だから話がしたくて、俺は彼女のむかいの席にかけさせてもらった。

「聞こえてました?」
「奈々ちゃん? ええ、ちょっと……」
「すみませんね、お聞き苦しいところを」
「いいえ、全然」

 二十五歳だそうだとは、千鶴から聞いている。大柄なのでいくぶん老けて見えなくもない寿々さんは、今夜はこの店にひとりでやってきて食事をしていたのだと言った。

 さして売れてはいない女優なのは、寿々、千鶴、奈々に共通している。その中では奈々がもっとも有名なほうだ。奈々は十六、千鶴が十九、寿々は二十五歳、三十五歳の俺から見れば、三人とも若いね。だけど、寿々さんだったらまともに話し相手になってもらえる年齢かな、ってところであった。

はじめまして、ではないので、まずは「歌の森」の話をした。「歌の森」に出演したいと言ってくれるスターはけっこういて、桜田忠弘さんをはじめとして、幾人かが特別出演してくれていた。

「メインキャストはそんなに有名じゃない役者が多いんですよね。石川くんやら阿久津ユカちゃんやらがCMに出て顔が売れてきたり、VIVIくんのバンドが売れてきたりはしてるけど、まだそんなに格は高くないみたいな」
「役者さんにも格ってのはあるよね」

 石川くんとは、乾隆也を演じる美青年。阿久津ユカは山田美江子役の美女。VIVIは木村章を演じるビジュアルロックヴォーカリストだ。この三人は特にルックスがいいので注目されやすかったのもあるのだろう。

「そんな若い役者たちと仕事をしていて、桜田忠弘さんとお話ができたりして、緊張してしまいました」
「みずきさんもさすがに、桜田さんが出たいと言ってくれたのには感激していたよ」

 脚本が魅力的なんですよ、と俺が言うと、いえいえ、フォレストシンガーズのみなさんの人徳です、とみずきさんは謙遜していた。

「桜田さんは男から見てもかっこいいですからね。女性たちは憧れのまなざしで見てるんじゃありません?」
「誰がとは言いませんけど、抱かれたいなって言ってる子もいましたよ。自分が口説かれなかったからって、あんなおじさん興味ないわって言ってる子も……あ、すみません」
「ん? どうしてあやまるの?」
「悪口なんか聞きたくありませんよね。ごめんなさい」
「いや……」

 しゅんとしてしまった寿々さんが、やけに可愛らしく見えた。

「俺の友人や知人の悪口を言われたら気分がよくないかもしれないけど、知らないひとのうわさ話はただの世間話なんだから、気にしなくてもいいよ」
「桜田さんは乾さんのお友達でしょう?」
「友達は恐れ多いな。仰ぎ見る対象だよ」
「そうなんですね。スターですもんね」
「寿々さんも彼には憧れた?」
「そんな無駄なことはしません。感情の無駄遣いです」
「……ん? そ、そうなの?」

 どういう意味なのだろうか。質問はしにくかった。

「乾さん、寿々ちゃんとお酒を飲んだんだってね。ずるい。大嫌い」
「なんだっておまえに怒られなくちゃいけないんだ?」
「寿々ちゃんは……乾さんは罪深いのよ。寿々ちゃんは乾さんに……もうっ、馬鹿!!」

 意味が分かるようなわからないようなメールを千鶴がよこし、つきあい切れないので返事もそこまでにしておくと、翌日には待ち伏せされた。

「寿々ちゃんが嬉しそうに、私に報告してくれたの」

 挨拶もなしで、千鶴は恨みがましい口調で言った。

「乾さんと偶然会って、お酒をごちそうしてもらったの。おごってもらういわれはないって言ったんだけど、俺は年上なんだから、って払ってくれた。どうやってお礼をしたらいいんだろうね、なんて言うから、乾さんのほうがずーっと収入いいんだし、年上なのもほんとなんだから平気だよ、って言っておいたよ」
「ああ、それでいいよ」
「寿々ちゃん、乾さんを好きになったの? って訊いたらね」

 そんな無駄なことはしないよ、感情の無駄遣いだもの、と寿々さんは答えた。ああ、そういう意味だったのか。

「乾さんだってそうだよね。あんなにぬぼっと大きいブス、好きになられたら迷惑だよね」
「千鶴……」
「正直に言ってよ。千鶴のほうが可愛いよね。千鶴だったらこうして乾さんに片想いしていて、ちょっとかまってもらえたら嬉しいって思ってても迷惑ってほどじゃないでしょ? だけど、寿々ちゃんなんかに好かれたら迷惑だよね。ホルスタインみたいなブスが乾さんを好きになるなんて、身の程知らずっていうんでしょ。……乾さん、なにやってんの?」

 立ち止まり、俺はむこうからやってくるタクシーに手を挙げた。

「帰れって?」
「そんなことを言っている気持ちのままで、タクシーの中で鏡を見てみろ。今のおまえは最悪に醜い表情でいるんだよ。俺はそんなおまえを見ていたくない」
「……乾さん……」
「帰りなさい」

 涙があふれそうな目で俺を見上げてから、千鶴は止まったタクシーに素直に乗り込んだ。もはや表情は平素のものに戻っているから、タクシーの中で鏡を見てもおのれが醜くは感じないだろう。

 まったく、女ってやつは……いやいや、訂正。女のすべてがああだというわけではない。千鶴ってやつは……だ。あんなときにはきつく叱りつけたりすると逆効果だから、つめたく突き放すほうがいいといつしか俺は学んだ。千鶴は家に帰り、甘い自己憐憫に浸って泣くのだろう。泣いて悪感情を洗い流せるものならば、思う存分泣けばいい。

END







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