ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「ゆ」part2

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フォレストシンガーズ

いろはの「ゆ」

「夢見たものは」

 銀行で知り合った三沢修一と結婚したのが二年前。お決まりの、子どもはまだ? 攻撃にさらされるようになってきたころ、幸美は妊娠を知った。

「これで自由な日々とはさよならだね」
「そんな言い方をするわけ?」
「いやがってるわけじゃないけど、とうとうお母さんかって……」
「嬉しくないの?」
「嬉しいよ」

 だけど、自分で産むわけではないあなたほどではないかもね、と幸美は思う。

 夫の修一は手放しで喜んでいるが、幸美はつわりもつらかった。つわりがおさまったらどんどん腹部がせり出してきて、食欲が高まって太ってくる。手足がむくんだりもする。おまけにおなかの中で子どもがあばれるようにもなってきた。

「うっ!! 地震っ?!」
「幸美っ、どうしたっ?!」
「……ああ、びっくりした。赤ちゃんが蹴ったんだ」
「そっか。俺のほうこそびっくりしたよ」

 夜中に胎内から蹴られて飛び起きた幸美の腹部を、夫がいとおしそうに撫でる。うちの旦那、子どもなんて面倒だなって言うのよ、と嘆いていた友人もいたのだから、夫が喜んでいるのは喜ばしいのだが、自分で産まなくていいんだからいいよね、と幸美はどうしても考えてしまうのだった。

「男の子ですよ」
「ちょっと小さいけど、元気な赤ちゃん」

 やがて生まれた長男は、幸生と命名された。母親の「幸美」から一字取って、幸多き人生を送るようにとの名づけだった。

 たしかにまったく元気な赤ん坊で、幸美は一日中振り回されている。泣くよりも機嫌よくしているときのほうが多いのだが、幸生は寝ない。幸生がお昼寝をしたらあれもやってこれもやって、と考えているのに寝ない。

「早く寝なさいよ。幸生が寝たら母さんはヘッドフォンで音楽を聴くんだからね」
「……ばぶ?」
「音楽を聴いていると没頭してしまうから、幸生を見ていられなくなるの。そしたらあんたはひとりで勝手にどこかに行っちゃうでしょ? ベッドに戻すと怒るでしょ? あんたはそこらへんでばぶばぶ言ってるのが好きなんでしょ? 泣かないから助かってはいるけど、寝ないのは困るの。寝なさい」
「あぶぶ」

 喃語というのらしいが、生後三ヶ月程度にすれば幸生はよく喋る。幸美にしても生まれついてのお喋りで、赤ん坊相手にそんなに喋ることがあるのか? と修一に呆れられるほどなのだから、母に似たのだろう。

「よく喋るしよく動く赤ちゃんなんだよね。そのわりにミルクはあまり飲まないから、幸生は大きくならないのよ。まだ寝ないの? 母さんのお喋りがうるさい? そんなことないよね。幸生は母さんの声が大好きだよね。寝ないんだったら子守唄……そうそう」

 少女時代に大好きになり、一緒にはまっていた友人たちが飽きて離れていっても、幸美だけは捨てなかったGSのレコードが山ほどある。ファンたちどころか、バンドをやっていた当人たちも飽きたのか、GSなんてものはすっかりすたれているが、幸美はいまだに大好きだ。

 赤ん坊にこういう音楽はいけないのかしら? 毒や害になるってことはないよね? 誰かに相談して、やめなさいと言われたらいやだから、私の判断で聴かせよう。

「幸生、これ、一緒に聴こう。あんたが寝ないんだったらそれがいいね」
「ぶぶ……」
「ぶぶってバンドはないなぁ。ブルーシャトーとか? ブルーコメッツは演歌ってのかムードミュージックみたいだから、母さんの好みじゃないのよ。タイガースにしよう。「ぶ」のつく歌がいいの?」
「あば……」
「アバ? アバはGSじゃないもんね。どれがいいの?」

 十年以上も前に小遣いを貯めて買った、幸美の宝物だ。かさばるLPレコードを全部、結婚するときに持ってきた。夫は文句も言わないが、好きでもないようなので、ひとりのときに聴く。けれど、息子だったらまっさらなのだから、もしかしたら洗脳できるのではないだろうか。

「洗脳って人聞きよくないよね。音楽で洗脳するのはいいのよ。幸生、どれか選んで」

 ずらっと並べたLPレコードに、幸生が小さな小さな指で触れる。そのうちの一枚、「ザ・タイガース・世界はぼくらを待っている」を指で押して、幸生はにこっと幸美を見上げた。

「これ? 幸生、センスあるよ。よし、かけようね」

 CDも出回ってきているが、幸美はレコードのほうが好きだ。なつかしくも愛しいレコードを、そおっとターンテーブルに乗せる。注意深く針を落とすと、ほどなく演奏が聴こえてきた。

「踊ろうか」

 小さな幸生を抱いて、音楽に合わせて踊る。幸生は幸美の腕の中できゃっきゃっと喜んでいる。話せるじゃん、幸生。母さんの息子なんだもん。あんたも音楽が好きだよね。

 赤ん坊を抱いて踊るのはわりに重労働だったようで、幸美はけっこうくたびれた。幸生も疲れたようで、ようやく眠った。ベビーベッドのかたわらで幸生の寝顔を見ていると、幸美もうたた寝してしまったので家事ができないままだったが、楽しかったからいいのだ。

「……お父さん」
「どうした、真剣な顔して? 幸生になにかあったんじゃないだろうな」

 それから数日後、帰宅した修一に幸美は告げた。

「幸生は元気よ。そうじゃなくて、またできたらしいの」
「は? え?」
「そうなのよ。おめでただって。そしたら年子だよね」
「あ、ああ、そうなのか、よかったな」
「うん、まあね」

 幸生を妊娠したときにも、嬉しいけれど……と言いつつ不平もとなえた幸美だ。修一がいささか心配そうにしているのは、そのときを思い出したからだろう。

「今度は女の子がいいよね」
「女の子もほしいけど、俺はどっちでも嬉しいよ」
「お父さん、がんばってね。私もがんばるから」
「うん。幸美……お母さんらしくなってきたのかな。今回は落ち着いてるな」
「楽しみがひとつ、増えたんだもの」

 すこしずつ大きくなってくるにつれ、幸生はレコードから流れる音楽に深い興味を示すようになってきている。最近ではベッドの中で、音楽に合わせて身体を動かしている。ハミングすらしているように幸美には思える。

 きっと次の子も音楽好きになるはずだ。将来は幸美を真ん中に、幸生と二番目の子どもとでトリオになって、聴くだけではなくて歌って踊るなんてのはどう? 三人でGSみたいのを結成できるかもね。幸美の夢はふくらんでいく。

 そうそう、物事はポジティブに考えなくちゃね。年子は大変だろうなんて思わないで、いいことだけを考えるの。幸美はおなかに向かって、あんたにもGSを聴かせてあげるからね、早く出ておいでよね、と語りかけようとして思いとどまった。

 そんなに早く出てこなくていいよ。月満ちてしっかり成長してから出てきなさい。お母さんもお父さんもお兄ちゃんも、あんたの誕生をじっくりと待ってるからね。

END








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