別小説

ガラスの靴68

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「ガラスの靴」

     68・母心

 ミルクティを三つ淹れて、母と伯母の前にすわる。伯母は母の姉で、会うのは実に久しぶりだ。母は晩婚、伯母は母よりもだいぶ年上で早婚だったので、息子も娘も結婚していて孫もいる。いとこのお姉ちゃんとお兄ちゃんには、小さいときに遊んでもらった記憶ならあった。

「うちの血筋なのかしらね」
「血筋ってなに? おばさんちの息子も専業主夫?」
「男の主夫ねぇ。笙くんはそうなんでしょ。それだったらかえってまだいいかもしれない」

 よく覚えていないので確認したところによると、伯母には四十代の息子、四十代の娘、三十代の娘、と三人の子どもがいるのだそうだ。上から、既婚、未婚、既婚なのだそうで、長男と次女には子どもがいる。

「息子と嫁は同じ大学を卒業してるのよ。結婚したいってうちに連れてきたときには、嫁は普通のOLだったの。子どもができて仕事を辞めて、すこししたらとんでもないことを言い出したのよ」
「あれはたしかにとんでもなかったね」

 母は伯母から聞いていたのだろう。僕も聞いたのかもしれないが、親戚なんてどうでもいいので覚えてはいなかった。

「息子はあのころは一流企業の花形部署で働いていたから、収入もよかったわ。だから、させてやりたいって言うのよ」
「なにを?」
「もう一度音楽の勉強がしたいって。嫁は息子と大学は同じだけど、音楽を勉強していたらしいのね。中途半端に終わってしまったから、ドイツに留学して勉強したいって。子どものころからなにやら楽器はやってたらしいんだけど、ただの趣味だと思ってたのよ」
「耕一くんもまあ、よく許したわよね」

 舅、姑の反対を押し切って、嫁は幼子を連れてベルリンに留学した。僕のいとこにあたる耕一くんは、妻に仕送りをしてやり、時々は妻に会いにいっていた。であるから、二番目の子どももできた。

「外国で勉強しながら出産なんて絶対に無理でしょっ、帰ってきなさいっ、って、私は悲鳴を上げたわよ」
「そうだったわね」

 ところが、現地でお手伝いさんを頼んで、嫁は出産を乗り切ってしまう。耕一さんも手伝いにいき、嫁は留学をまっとうしてから帰国した。

「それからは音楽の仕事をしていたの。私にはもひとつわからない仕事だったけどね」
「アンヌと似た仕事?」
「アンヌさんはロックでしょうが。うちの嫁はクラシックよ」

 ロックよりもクラシックのほうが上? このおばさんは嫁の悪口が言いたいのか、自慢がしたいのか、どっちなんだ。

「クラシックっていうのはなんでも、高尚な音楽なんだから一般受けはしないみたいね。流行歌手だとか、アンヌさんみたいな俗っぽい仕事とはちがうのよ」
「アンヌさんだって簡単に成功したわけではないわよ」
「そりゃそうね。桃源郷なんか私は知らないもの」
「姉さんはおばあさんだもの。年寄りはロックバンドなんて知らないよね」

 ふんっだ、という感じで母が言うのは、このおばさんとおばあさんは、対抗意識を燃やし合っているのか。面白くなってきた。

「アンヌさんはどっちでもいいんだけど、うちの嫁よ。そんなふうだから、お金をかけさせたり耕一に寂しい想いをさせたり、子どもたちをほったらかしにしたりしたあげく、たいしてお金にもならない仕事をしていたの。そのくせ、外国に行くからって耕一に子どもをまかせて、子どもたちにも寂しい想いをさせてるのよ。電話をかけたら孫が出て、お母さんはイギリスに出張してるとか言うの。なにが出張よ」
「仕事なんでしょ」
「仕事ってのはお金になることを言うのっ」

 不満いっぱいの表情で、伯母が続けた。

「だったら同居して、私が孫の世話をしてあげようかって言ってみても、耕一がするからいいって言うのよ。耕一は家事も育児も上手になったし、孫たちはお父さんっ子になったって」
「そこは笙と同じね」
「同じとはいってもね……私は情けなかったわ。そんなだから耕一は……」
「それはあるかもしれないわね」

 そんなだから耕一が……どうしたのかは言わず、伯母は嫁の愚痴ばかりを言っていた。

「不細工な女なのよ。がりがりぎすぎすで、うちに来ても私の手伝いをしようともしない。昔からそうだったからイヤミを言ってやったら、耕一が立ってきて皿洗いをするの。私は実家に帰ったら母の手伝いをするんですから、こちらでは実の息子の耕一さんがするべきですよね、ですって」
「今どきはそうなのよね」

 アンヌには如才ないところがあるので、母が来ているとさりげなくお茶を入れたり、肩をもんでやったりはする。ただし、母はアンヌといると居心地がよくないようで、彼女が帰ってくるとさっさと出ていってしまうのだが。

「耕一は男前なのに、もっと若くて可愛い女の子と結婚できるのに、最初から反対だったのよ、今からでも遅くないわ。母さんが孫たちを育ててあげるから、離婚したら? って言ってみたら逆上したみたいに怒って、あれからは私が遊びに行くって言ってもいい顔しないの」
「姉さん、それは禁句だったかもね」
「どうしてよっ」

 姉妹喧嘩が勃発しそうになったので、僕が横から質問した。

「で、それからどうなったの? 耕一くんはどうしたの?」
「耕一は一家の主人なのに、嫁があんなだから家事や育児にかまけなくちゃいけなくなって、エリートの座からは脱落したのよね。課長どまりだったわ。中間管理職ってのはリストラに遭いやすいらしいのよ。耕一がリストラされたのはみんな、嫁のせいよ」
「じゃあ、耕一くんも主夫になったの?」
「耕一は笙くんみたいなプライドのない男じゃないわ。働いてます」

 横から母も言った。

「工員さんみたいな仕事よね」
「工員じゃなくて技術者よ」

 それでもブルーカラーだろうから、プライドの高い伯母さんは言いたくなかったのだろう。どうせ僕には、男としてのこりかたまったプライドなんかないよ。だから幸せなんだ。

「嫁の収入がよくなったから、生活の心配はないんですって」
「だったらよかったじゃん」
「よくないわよっ!! いつの間にか、嫁の収入は耕一の十倍だって言うじゃない。それに引き換え、うちの次女は稼ぎなんかない専業主婦よ。私も兄さんみたいなものわかりのいい男と結婚してたら、義姉さん以上に稼げるようになれたのに、失敗したわぁなんて文句言ってる。そんなの、私は知らないわ。あんたが選んだ旦那でしょうが」
「上のお姉ちゃんは?」
「ニート」
 
 ニートじゃないでしょ、アルバイトはしてるじゃないの、と母が言ったが、伯母にとってはフリーターとニートは同じらしい。母ってのは子どもがいくつになっても気になるものなのだ。うちの母は主夫の僕を受け入れてくれているのだから、ものわかりのいいひとなのだろう。

「この間、嫁が浮気してるのも見つけたのよ」
「浮気? お嫁さんのケータイでも見たの?」
「ちがうわよ。そんなことはしないわ。パソコンよ」

 遊びにいくと息子は疎ましがるが、お嫁さんは意外に歓迎してくれる。伯母が息子の家を訪ねていくと、テーブルのパソコンが開いていた。

「なにをしていたの?」
「仕事でチャットしていたんです」
「チャット……メールみたいなものよね。相手は男性?」
「そうですよ」

 チャットとはなんだか知らないが、教わるのも悔しいので、伯母はその画面を覗いた。
 さすがだな、僕はあなたを誇りに思うよ。同窓生として、あなたは僕らの理想の星だ、素晴らしい。僕の心にあふれる愛と尊敬を贈ります。
 相手の文面はそんなふうで、ありがとう、私もあなたに愛を贈ります、とお嫁さんは返信していた。

「愛ですって。汚らわしい」
「チャットなんだからジョークみたいなものじゃないの? お嫁さんってなんでそんなに尊敬されてるの?」
「どこやらの国のオーケストラの指揮者に選ばれて、外国でコンサートやるらしいわよ。だから尊敬されてるんだって」
「……すげぇじゃん」

 それはほんとに、アンヌとはスケールがちがう。チャットの文面は大学だか留学先だかの同窓生からのお祝いのメッセージだろう。日本語でやりとりしていても外国人なのかもしれない。

 が、伯母としてはそのすごさがぴんと来ていないようで、またあの嫁は孫をほっといて外国に出張だなんて……だったら私が孫の世話をしてあげるのに……いらないって言うのよ、息子もなにを考えているのか、などなど、延々と文句を垂れ流していた。

つづく







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