ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「き」part2

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フォレストシンガーズいろは物語2

「昨日のように」

 三浪までして入学したい大学なのか? 母校についてのそんな評判は知っていたが、高倉誠はどうしても入りたかったのだ。

 そこには種々、諸々の理由があったのだが、今になって思えば、あのふたりに出会うためだったともいえる。三浪なのだから当然、同級生たちよりも老けていた。ただでさえ、広島の高校時代に女の子に告白して、高倉くんっておっさんみたいじゃけぇ……と言われた経験もあった。

 老けている、おっさんみたい、すなわち、貫録があるという意味だ。その意味で高倉は、大学合唱部男子部でも文句なしにキャプテンに選ばれた。

「そんなご謙遜を……歌って下さいよ」
「フォレストシンガーズの連中の前で、俺が歌えるかよ」

 年齢は本橋や乾の六歳上、学年は三歳上。なのだからフォレストシンガーズの残り三名とは学生時代には触れ合いはなかった。その三人も含めたフォレストシンガーズが、ライヴハウスのステージで歌っている。ピアノ伴奏は金子将一、彼もまた高倉の合唱部での後輩で、金子は本橋や乾より二年年長だ。

「パーティがあるから、ここで待ち合わせして一緒に行こうね」
「なんのパーティ?」
「行けばわかるから」

 妻に言われて、彼女が指定した待ち合わせ場所に出向いた。高倉はレコード会社のプロデューサーであるので、パーティには慣れている。妻の関係の集まりなのかと思っていたのだが、ライヴハウスに連れてこられて足を踏み入れた途端に、祝福の言葉と紙ふぶきを浴びせられた。

「高倉さん、四十歳おめでとうございますっ!!」
「きゃーっ!! 高倉さん、かっこいいっ!!」
「おめでとうございまーすっ!!」

 並んだ顔は主に学生時代の仲間たち。こだわるようだが三浪ゆえに、ほとんどが年下の者ばかりだ。同い年といえば、故郷からやってきてくれたらしい高校時代からの友人が二、三人いるくらいだった。

「いやいやいや、ありがとう。びっくりしたよ。四十歳なんて忘れてたけど、ありがとう。嬉しいよ」

 男が四十歳になってなにがめでたい、とひねくれたい気分もあったのは霧散し、妻のサプライズ企画に感謝した。妻からのプレゼントは続いて、金子将一のピアノ演奏によるフォレストシンガーズの歌。これには高倉以上にゲストたちが大喜びしていた。

「俺が歌わなくても、ここにはシンガーは何人もいるじゃないか」
「徳永さんもいらしてるんですね。俺、実は彼がちょっと苦手です」
「そうなのか? まあ、徳永が得意だって言うのは金子くらいのもんだろ」

 噂には聞いていた、フォレストシンガーズの元メンバー、小笠原英彦。俺までお招きいただきまして……と挨拶に来た小笠原と話しつつ、高倉はステージに目と耳を向ける。高倉がとうに卒業していた時期に、本橋と乾は小笠原、本庄、三沢の三名を誘ってフォレストシンガーズを結成した。

 たやすくデビューはできないでいるうちに、小笠原が脱退した。後に木村が加入し、本橋と乾が二十四歳の年にフォレストシンガーズがメジャーデビューした。三十歳になっていた高倉は現在の仕事に就いていたものの、フォレストシンガーズのために力を貸してやれるほどの地位にはいなかった。

 けれど、フォレストシンガーズは近年になってじわじわっと売れてきている。派手にブレイクするというのではないが、彼らの歌の良さや歌唱力の素晴らしさが認められたのだろう。

 あいつらを見出したのは俺だ、が高倉のひそかな自慢で、つきあいの深い者には口にもしている。妻などは何度聞かされたかもわからないほどだろうから、夫の誕生日にこんな企画を立ててくれたのだろう。多忙な身の後輩たちが高倉のために集まってくれた、それだけでも感激だ。

「俺も本橋さんや乾さんからは聞きましたし、俺が入部したころには伝説に近くなっていたんですけど、高倉さんのお話も聞いてみたいですね」
「伝説って……きみが入部したのは俺が卒業した翌年だろ」
「そうです。高倉さん、ヒデって呼んで下さい。おまえって呼んでやって下さい」
「きみが……おまえがそのほうがいいんなら……すると、ヒデが入部した年のキャプテンは金子か」
「はい」

 卒業していくキャプテンは、次期キャプテンに申し送りをするという伝統があった。実際には春になってから選挙で決定するのだから、卒業していく者には次期キャプテンはわかっていない。それでも敢えて、自らが彼だと目星をつけた後輩に言葉を贈る。高倉は金子将一を選んだのだった。

「高倉さん、金子だったみたいだよ。当たってたね」
「金子しかいないだろ」
「いや、金子じゃなくて皆見って説もあったからさ」
「合唱部のキャプテンには華もあったほうがいい。俺よりはおまえのほうが似合ってたんだけどな」

 そんな会話をかわした相手の、星丈人も来てくれている。金子の代の副キャプテンだった皆見聖司の顔も見える。同窓会のノリで来てくれている者もいるのだろう。

「あれは……何年前かな。二十年近く前だな」

 広島の高校生だった高倉は、東京の大学を受験した。何校か受けた中には合格した学校もあったのだが、どうしてもここに行きたいと願った大学には門戸を閉ざされた。諦めきれずにチャレンジして、三度目の正直ならぬ四度目でようやく、入学できたのである。

 歌が大好きだったから合唱部に入部し、星、渡嘉敷という声の低い男と三人でユニットを組んだ。高倉も声は低いから、一時は女性に加わってもらったこともある。
 その女性を高倉が好きになり、彼女は星が好きで……といった、ありふれた三角関係に陥ったこともある。彼女のほうがつらくなったようで、自ら彼らから遠ざかっていった。

 学校近くのコーヒーショップでアルバイトしていた女性に声をかけられ、淡い期待を抱いていたら、私、星さんが好きなの、との告白をされたこともある。星のようなルックスのいいもてる男と友達でいると、割を食う機会が多かった。

 しかし、渡嘉敷と高倉は結婚したが、星は独身だ。彼こそがもてすぎて結婚できない男なのか? 三沢と木村はともかく、もてまくっていた乾も独身だから、そういうものなのかもしれない。

「ヒデも独身か?」
「ええ、バツイチです」

 後輩たちは知らない、高倉が合唱部の下っ端だったころの話。キャプテンになった年の新入生だった、本橋と乾との出会い、そんな話を、小笠原は興味深く聞いてくれている。近頃は誰に話しても、またぁ……その話、聞き飽きたよ、だったりするので、改めて話せるのは楽しかった。

「おまえはもてるんだろ」
「もてませんよ」
「嘘をつけ」

 初対面同然のような相手でも、先輩後輩の間柄だとわかれば気安い口がきける。小笠原も不快には感じていないようだ。

「この歌は……」
「白い冬……」
「ああ、あれですね」
「知ってるか? あれだよ」

 他の誰かからも聞いたような気がするが、高倉が卒業してからの合唱部の「伝説」。この歌も「伝説」のひとつなのだそうだ。

 十八歳だった本橋と乾が、高倉の前でデュエットした「白い冬」。本橋のバリトンと乾のテナーがからみ合い、こうしてふたりでデュエットするために、彼らは生まれてきたのではないかと高倉に想わせた。今、本橋と乾のふたつの声に、高低のハーモニーがつけられて耳に響く。

 彼らの「はじまりの歌」。フォレストシンガーズは有名になってきたのだから、彼らが合唱部で「伝説」になっていくのは当然なのかもしれないが、そこに高倉誠の名も語られているのかと思うと、全身がむずむずする。

 だから俺はあの大学に入学したんだ。俺が本橋と乾を見出すために、三浪までして入学したんだよ。
 他人にそこまで言うと引かれるであろうから、高倉は心の中で呟く。ステージから男たちが高倉を、一緒に歌いましょうよと呼んでいる。

 いやだいやだとかぶりを振りながらも、いやがってるふりをして、そのうち俺もステージに行くんだろうな、との予感もあった。

END








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