ショートストーリィ(しりとり小説)

163「デッドエンド」

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しりとり小説

183「デッドエンド」

 副業なのだそうで、ほとんどが女性ばかりのテレフォンアポイントセンターにアルバイトとして入った春明は、同僚たちに人気を博していた。

 本業はIT企業の新入社員で、業績が悪いから高給なんて払えない、金が足りないならバイトしろと社長に言われたのだと本人は言う。そんなのってあるんだろか、ほんとなんだろか? と果子は思うが、果子はIT企業の実態などは知らないから、疑惑を持つほどでもなかった。

「最近、香港支店から転勤してきた上司がいましてね」
「香港に支店なんかあるの?」
「だったらハルくんも出張に行ったりするの? 行くときには教えてね」
「私も、買ってきてほしいものがあるんだ」

 新入社員は海外出張なんかしませんよ、と笑っている彼は、いつの間にか同僚たちにハルくんと呼ばれるようになり、それをいやがってもいない。二十二、三歳であろう春明から見れば、同僚たちは少なくとも十歳は年上だ。独身フリーターと既婚パートが半々程度で、この部署には正社員はいない。

 海外進出は大切だぞ、と社長が言い、香港や台湾やシンガポールに支社を設立した。そのせいで赤字なんだ、と春明は言う。

 仕事はテレアポなので一斉には昼休みは取れない。昼休みだってグループごとのシフト制だ。好きでここに所属したのではないが、果子は春明と一緒のグループになり、全員そろっていれば八人ほどで同時間の昼休みとなる。休憩室の大きなデスクで、手製や市販の弁当、またはサンドイッチやおにぎりなどを広げていた。

「その上司が後輩を紹介してくれるって言うんです」
「ハルくんって彼女はいないんだっけ?」
「いませんよ。俺はもてないもん」

 うっそーっ、などとみんなに突っ込まれていたが、春明はさらっとかわしていた。それから数日後、いつものグループで昼休みになり、四十代の主婦が春明に尋ねた。

「ところで、上司の後輩ってどんな女?」
「ああ、紹介してもらうって言ってた女性ですよね。俺よりはちょっとだけ年上なんで、年上っていやかな? なんて改めて訊かれました。年上はいやだなんてことはないんですよ。だけど、上司は迷ってるみたいです」
「年上かぁ」
「そうだけど、上司と同じアメリカの大学を出た才媛でね、頭がよくて仕事のできる美人だそうです」
 
 全員の学歴までは果子は知らないが、高卒から大学院卒までいるようだ。相当な学歴があってもブランクがあると、パートにしか就けない場合も間々ある。

「アメリカの大学って、日本では入れる大学もないような子が行くこともあるんだよね」
「上司はスタンフォードですよ。後輩も同じです」
「アメリカ大学ランキングでは、ブリンストンやハーバードより下でしょ」
「東大よりは上ですね」

 言われてむっとしたところを見ると、大学発言をしている女性は東大卒だったりするのだろうか。果子も名前だけは知っているアメリカの大学の話題を彼女と繰り広げてから、春明は言った。

「その女性はマスコミ関係だから超多忙らしくてね、もうちょっと待っててって、待ちぼうけを食らってますよ。だけど、楽しみだな」
「そんなのいつになるかもわからないんだから、私で手を打てば?」
「遠慮します」

 既婚女性のひとりが言い、ずばっと断られてふくれっ面になった。

「紹介してもらったの?」

 よほどみんな春明の紹介話に興味があるらしい。それから数日後にまたしても尋ねられ、春明は素直に答えた。

「それがね、やっぱりあの女性は忙しすぎて時間が取れないっていうんで、別の女性を紹介してもらったんです。その女性は大学を卒業して就職したばかりだから、俺よりも二個下なんですね」
「ハルくんも新入社員じゃなかったの?」
「いろいろあって、俺は二十四歳なんです」

 浪人とか留年とかだろうか。いろいろ、の内容は話さず、春明は続けた。

「若くて可愛い子だって言われたんだけど、可愛いだけの女に興味ないな。俺はここでこうして手ごわくも魅力的な女性に囲まれてるせいか、若くて頭がぱーで鈍いような女はお断りなんですよ。その子は脚が太くてセンスもよくないし、一度はデートしてみたら? って言われたんだけど断ったんです」

 わっ、傲慢、などとこちらの女性たちが春明に非難のまなざしを向ける。それからは春明がアルバイトに来るたび、その話題が展開された。
 このグループにはフルタイムパートが多いのだが、春明は週の半分ほどの勤務だ。春明が勤務している日には果子も決まって出勤しているようだった。

「それでね、上司がなぜか俺に悪いことをしたみたいに思ってて、お詫びにごちそうしてあげる、なんていうんですよ。紹介してもらった女性が俺の趣味じゃなかったのは、上司のせいなんかじゃないのにね」
「へぇぇ、上司とデート?」
「デートじゃありませんよ。お詫びに食事ってだけです」
「同じじゃん」
「ちがいますって」

 上司って何歳? 質問され、さあね、みなさんと同じくらいの年齢かな、と春明ははぐらかす。ここには三十代から五十代までの女性がいるのだから、みなさんと同じ、は幅が広すぎるのだが。

「食事? 行ってきましたよ。仕事中の上司はいつだってパンツスーツなんだけど、昨日は用事で外出していて、思い切ってこれ、買っちゃったの、ってフェミニンなワンピースに着替えててね、見違えたな。こんなに女らしくてプロポーションのいい女性だったんだ。脚なんかはじめて見たもんな。すらっとした長い脚なんですよ。彼女、高いヒールのパンプスだと俺と同じくらいの背になってました。モデルみたいにかっこよかったな」

「この間のあの子は後輩のオススメだったから、私は知らない子だったのよ。ごめんね、あんなださいのを紹介して、なんて恐縮されて、いやいや、そりゃしようがないですよね、で、後輩さんのほうとはいつ? って訊き返したら、ちょっと不機嫌になられてしまった」

 やっぱり後輩がいいの? 私じゃ不満?
 そんなことはないけど……こうやって食事してるのはまた別でしょ?
 そうなの? デートだと思ったらいけないの?

「そんな会話になって、なんだかどきどきしてきました。ワインを飲んで、ちょっとだけ酔ったみたい、ほっぺが熱いでしょ? って、上司の頬に手を導かれて……うわぁ、色っぽいなって」

 社内飲み会なんかだったら強いじゃないですか、酔った姿なんか見たことありませんよ。
 そうね。あんなときは気を張ってるからだよ。キミとふたりきりだとリラックスできるんだわ。
 ……嬉しいです。

「あんまりリラックスすると、俺だって男なんですからね、って言いそうになって口を閉ざしました。上司にそんなふるまいをしたらセクハラでしょ」
「セクハラって、逆じゃないの?」

 こういった話のときには果子はただ聞き役に徹しているが、中心になる同僚が数人いる。今日もひとりが発言すると、何人かも言った。

「ハルくんは部下なんだから、上司にセクハラってのはできなくない?」
「でも、俺は男で上司が女性なんだから……」
「ハルくんってセクハラは男から女に、って思い込んでるの? 逆もけっこうあるんだよ」
「そうそう。私の弟だって、上司のセクハラがいやだって言って転職したんだから」
「弟が……ぶっ、情けねえ奴……あ、いえ、失礼」

 吹き出しそうになったのを引き締めたらしい春明を見て、同僚たちが言いつのろうとする。そこで昼休みが終了となり、会話もタイムアップした。

「この間のはただの食事だったんだけど、上司とふたりきりって居心地よかったんですよ。だから今度は、お礼をさせてほしいって俺から誘いました」
「デートに誘ったの?」
「上司をデートに誘うなんて、上から目線じゃありません? 前にはフランス料理のフルコースをごちそうしてもらったんだから、今回は俺からのお礼ですよ。分相応に、俺はリーズナブルな店でね」

 土曜日に休日出勤をするから、その帰りにね、と上司は承諾してくれた。夕方ごろに待ち合わせ、春明はなじみの店に上司を案内した。

「その日は休日出勤だからカジュアルめのファッションでした。ああいうのも似合うんだな。若く見えましたよ。そういえば俺、上司のはっきりした年齢を知らない、訊いてみたんです」

 すこしだけ酔い心地になったころあいで尋ねた。

「女性に年齢を訊くのは失礼なんでしょうけど……」
「そういう配慮のほうが失礼だよ。うん、私は三十三」

 そういう配慮が失礼、その台詞に春明は、さすが、かっこいい、と感じたのだそうだ。

「私が変なことを言い出したばっかりに、キミにつきあわせてばかりで悪かったよね」
「いえ、嬉しいですよ」
「嬉しいの?」
「あなたとプライベートで会って、食事をしたりするのが楽しいです」
「そう? 私も楽しいけどね……」
「ほんとですか?」
「だけど、上司と部下だもの。ここまでしか無理よね」
「無理……なんですか?」
「キミの心情的にも無理だろ?」

 わざと男っぽく言う上司の凛々しい表情に、春明の心は揺れ動いたのだった。

「いけないのかなぁ。上司と部下って禁断の関係なんですかね」
「あのね、ハルくん、あんたはいったいどうしたいの?」
「んんと……言ったらいけないのかな。恋人同士として交際したいって」

 こちらの年上女性たちは、そろってため息をついた。

「見事にはめられちゃってるね」
「キスくらいはしたの?」
「とんでもない。ただ、上司が俺の手に触れたくらいかな。ほっぺが熱いでしょ、って頬に手を持っていかれたり、キミの手は大きいね、背が高いもんね、って手を重ねられたり……そのたびにどきどきするんだ」
「時間の問題かな」
「食われるまでだったらね」

 は? と春明は、こちらの同僚たちを見まわした。

「食うって、男が女を、だったら言いますよね。古い言い回しだけど知ってますよ」
「ハルくんはまさに、その上司に食われかかってるんだよ」
「馬鹿な。俺は男ですよ」
「その女の手練手管に気づいてないの?」
「手練手管ってなんなんですか。その女、だなんて言い方はやめて下さいよ」

 そんな調子で議論をしたあげく、春明は言った。

「女ってのはみんなが自分と同じだと思う傾向があるんですよね。視野が狭いのかな。その点、うちの上司はどことなく男っぽくて、俺のことも部下として目をかけてくれてるんです。そんな生臭い考えは持ってませんよ。俺のほうこそ自分の欲望が……男は罪深いって悩みそうになってるのに」

 今日もそのあたりで昼休みの会話はタイムアップし、ひとりの女性が吐息まじりに果子に耳打ちした。

「ハルくんってエリートなのかしらね。就職した会社はまちがえたのかもしれないけど、世間知らずの坊やだなぁ。どっかしらウブなんだよね。私なんかは親戚のおばさん気分。なんにもわかってない甥を相手にお説教しようとしてももどかしいわ。あれはもう、近いうちにつかまっちゃうね」

 同じグループのメンバーは定時で仕事を終えて帰っていったのだが、果子はちょっとしたトラブルに見舞われて残業になった。ようやく処理が終わって職場から出ていくと、外でスマホを操作していた春明と出くわした。

「終わりました? お疲れさまです」
「あ、ああ、終わりました。ありがとう」
「あなたは無口ですよね。昼休みにみんながぎゃあぎゃあ騒いでても、あなたはひっそり控えめにしている。俺から見ると新鮮だな。果子さん、食事して帰りません?」
「い、いえ、あの……」
「彼氏、いないんでしょ」

 いないのだが、正直に答える気にならなかった。

「います。今夜は遅くなるって電話したら、彼も仕事して待っててくれるって」
「本当? ま、俺はみんなに言い触らしたりしないから大丈夫ですけどね。あなたと食事したって口説こうって気もないから、そっちも大丈夫ですよ」

 だったらなにをしたいの? との疑問を込めて見上げると、春明はふふっと笑った。

「おばさんたちをからかってると面白いよね。あんな類型的な話、あるわけねえだろ。作り話だって気づけよ」
「は?」
「あ、俺、もうここには来ませんから、みなさんによろしく」

 退職するということ? 訊き返す暇も与えず、春明は足早に去っていった。
 だから、退職するから、果子に打ち明けた? 作り話? あんな男と食事なんかしたくもないが、ついていけばもしかしたら詳しい話を聞けたのかもしれない。それだけは果子としても残念だった。

次は「ど」です。









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