ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS「シゲさん」

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フォレストシンガーズ

「シゲさん」

 
 帰っても誰もいないと思うと、帰宅拒否症になってしまう。こんなときは仕事で徹夜だとか、ライヴツアーで帰れないとかのほうがいいのに、こんなときに限って早く帰れたりして。

 親戚の結婚式だとかで、妻の恭子は息子たちを連れて里帰りだ。行ってもいい? と訊かれて駄目だと言えるはずもない。駄目ではないのだが、俺は寂しい。本音は言わなかったが、シゲちゃん、寂しいよね、我慢してね、ちゅっ、はーと。というメールをくれたので、恭子には見抜かれているのだろう。

 こんな夜に限ってお誘いもかからない。
 独身三人組、乾さんと幸生と章はデートかな。本橋さんと美江子さんもデートかな。いいなぁ、だなんて、昔の切なかった想い出がよみがえってくる。

 若かりしころ、美江子さんも本橋さんも乾さんも幸生も章も、次から次へと恋をして異性とつきあって、別れてはまた恋をしてつきあって……少なくとも俺にはそう見えていた。
 なんだってそう恋愛ができるんだ? なんだってそう、別れてもまた次が見つかるんだ? 簡単ではないんだろうけど、なんだって、そう、あなたたちには恋人が見つかるんだ?

 恋愛体質ではないらしい上に、もてない男はいつだって不思議がっていた。

 まったく恋をしたことがないわけでもないが、まともな恋人ができたことがない俺が、二十六歳で出会った川上恭子、ラジオでの仕事のパートナーとして、局側が選んでくれた女性だ。

 中背で、アスリートらしくしっかりした身体つきをしていた。テニス選手だと聞いていたので、もっとごついひとかと恐れていたのだが、俺よりも背は低くて可愛い笑顔のひとだった。
 じきにうちとけられたのは、相性もよかったのだろう。可愛い声、可愛い性格、それでいて芯が強くて、頑固者の部分もあった。

 次第に仕事以外のつきあいもするようになって、どちらからともなく好きになって、恭子が俺に告白しようとしているとやっと察した俺が告白して。
 恋人同士としてつきあって、プロポーズらしくないプロポーズをして婚約者になって、結婚します、とみんなに打ち明けた。フォレストシンガーズではもっとももてない俺が、もっとも早く結婚した。

「もてない男は早く結婚したほうがいいんだよね」
「うんうん。ようやく見つけた女を逃したら、二度とつかまらないもんな」

 無礼な後輩ども、幸生と章はそう言っていたが、なんとでも言え、である。
 
 結婚してからはしばらく、恭子はプロとしてのテニスを続けていた。フォレストシンガーズもほとんど売れてはいず、このまんまシゲちゃんが売れない歌手だったら、私が食べさせてあげると恭子は言っていた。

 我々がすこしずつ売れてきたのは、恭子と俺が結婚してからだ。

 ラジオ番組のおかげでフォレストシンガーズの知名度がアップしたのもある。俺は恭子が幸運の女神だったのだと信じているが、いろんな要素がからまって、俺たちはちょっとずつ有名になることができた。

 CDの売り上げもアップし、コンサートホールを満員にできるようになり、ファンクラブの会員数も増え、ついに全国ライヴツアーもできるようになった。

 そうしている間には本橋さんと美江子さんが結婚し、恭子と俺には長男の広大が生まれ、行方不明になっていたヒデが戻ってきた。

 それからそれから、フォレストシンガーズが十周年を迎え、俺たちには次男の壮介も生まれ、フォレストシンガーズってなに? と言うひとが世間から激減し、俺たちをモデルにしたテレビドラマまでができた。フォレストシンガーズは決してスターシンガーズではないが、ここまで来られたら俺は満足だ。公私ともに幸せすぎる。

 三重県から上京してきて大学生になり、本橋さんと乾さんに誘ってもらってフォレストシンガーズのメンバーにしてもらった、二十歳の俺。あれから十五年近くが経って、いろんないろんなことがあったなぁ。もてない俺が最高の妻と、可愛い息子たちのいる一家の大黒柱になれた。

 三十四年の人生を思い起こしながら、ひとりで夜の街を歩く。胸の中は想い出でいっぱいだけど、やっぱりひとりは寂しい。背中が寒い。となりをベビーカーを押した恭子が歩いていて、俺は広大を抱いていて、ベビーカーの中では壮介が笑っていたら……そんな想像をしてしまう。

「腹減ったな。なんか食って帰ろう」

 立ち止まってひとりごとを言うと、小さな川にかかった小さな橋のたもとに、飲み屋らしき店があるのを見つけた。あったかそうで清潔そうな店だ。覗いてみるとほどほどに混んでいて、おでんの匂いがする。ドアを開けると、いらっしゃい、と女性の声が迎えてくれた。

「おでん、大根と卵とこんにゃく……たこもあるんですね。あ、たこ焼きやってるんだ。たこ焼きも下さい。それから、ほうれん草のお浸しと……」

 空腹だったのでたくさん頼んでしまい、日本酒も、と付け加える。お燗をした徳利と料理がテーブルに並び、しばしは寂しいのを忘れた。

 うちの奥さんは料理が大得意だ。自分も食いしん坊だし、夫の俺は無類の大食漢だから、常に我が家の食卓にはうまいものがたくさんたくさん並ぶ。おいしいね、うん、最高だ!! ってふたりでもりもり食べる。広大も大人と同じものが食べられるようになってきた。ママの作ったコロッケやおからの煮付けや、焼き魚やシチューや、好き嫌いもなく広大もよく食べる。

「壮介にはあげないの?」
「壮介はまだ赤ちゃんだから、これくらいしか食べられないんだよ」
「かわいそうだね」
「もうじき食べられるようになるさ」
「おいしいのにね」

 離乳食しか食べられない弟がかわいそうだと言った、広大を思い出すとほろっと来た。
 こんなところでひとりで泣いている中年男……うちのみんなは、俺たちは青年だなんて言うが、俺は中年でしかない。こんなおっさんが涙ぐんでいると不気味がられそうで、鼻をすすって食べるのに集中した。

「あのひとのことなどもう忘れたいよ
 だってどんなに想いを寄せても
 遠くかなわぬ恋なら……」

 切ない歌詞のラヴソングが聴こえてきた。まるで今の俺みたいだ。距離的に遠く離れた家族に想いを寄せる……ちがうか。

「ああ、肩寄せ歩く恋人たち
 すれちがう帰り道
 寂しさ風のように癒されぬ心をもてあそぶ……」

 え? あれ? この歌、乾さんじゃないか。
 もと歌は乾さんではないのでカバーソングだが、乾さんが歌っているのはまちがいない。俺がまちがえるはずもない。CDにはなっていないこんな歌をかけてくれているのか。

「危険な誘いに走り出す人たち
 変わらない毎日にしがみつく人たち
 わけわからずテレビが
 ただ騒がしく響く」

 しみじみと乾さんの声に聴き惚れながら酒を飲み、料理を食し、さて、次の曲は? ええ? 章の声だ。
 これもカバーであり、章が歌っていたのは知っているがCDにはなっていない。レアな曲ともいえる。こうなると次は? 楽しみになってきた。

「もしもあなたと会えずにいたら
 私はなにをしてたでしょうか
 平凡だけど誰かを愛し
 普通の暮らししてたでしょうか」

 幸生だ。幸生が歌っている。そして、次は。

「なつかしい歌のように
 ただ優しく私を愛して
 飾った言葉よりも
 口下手なそのハートで」

 日本語バージョン「LOVE ME TENDER」は本橋さんのソロだ。どれもこれもCDにはなっていないから、音源はラジオかテレビか。

「I've got sunshine on a cloudy day
When it's cold outside I've got the month of May
I guess you'd say
What can make me feel this way?
My girl (my girl, my girl)
Talkin' 'bout my girl (my girl)」

 今度はフォレストシンガーズ全員で歌っている「My girl」が流れてきた。俺のソロはない。これから聴こえてくるのかな? 期待していいのかな? というか、俺のソロ曲だってこの世に一曲も存在しないわけではないが、レア中のレアだからほぼないに等しい。

 本庄繁之ソロがかかるのを待っていたら朝になりそうで、断念するしかないかもしれない。
 すこしだけ残っていた料理を口に運んでいると、次はフォレストシンガーズのオリジナル曲が聴こえてきた。店に入ったときには音楽を意識していなかったが、フォレストシンガーズではなかったはずだ。とすると、現在はFSタイムなのだろうか。

 我々のオリジナル曲だったら、喫茶店やレストランでたまに聴くこともある。だが、レアなカバー曲を続けざまにかけてくれるなんて、フォレストシンガーズのファンの方が経営してくれているのだろうか。

 さりげなく見回しても、俺に気がついているお客はいないようだ。店のひとも俺の顔を見て、あ? といった表情もしなかった。フォレストシンガーズの中でももっとも目立たない奴が俺なのだから、当然である。
 だから、俺もなんにも言わない。

 寂しかった心持ちがすっかりあったまって、腹もいっぱいになった。酒もほどよく回っていい気持ちだ。お勘定をしてもらって、おいしかった、ごちそうさま、と告げたとき、レジにいた女性の表情がちらっと動いた。

「……ありがとうございました。またいらして下さいね」
「はい、また」

 それだけのやりとりで外に出る。大人の男には行きつけの酒場ってのも必要だな。このあたりはなじみのない土地だけど、わざわざやってくる価値のありそうな飲み屋だった。なんて名前だろ。気にもしていなかった店名を確認しようと、歩き出しながら振り向いた。

 その名は「シゲさん」。
 嬉しいような気恥ずかしいような気分になって、レアな上にもレアな、本庄繁之ソロで「片想い」から「激しい雨」から「時の流れに身をまかせ」から、次々に歌いたくなってきた。

END







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