ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「さ」part2

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フォレストシンガーズ

いろはの「さ」part2

「塞翁が馬」


 お菓子の量販店でアルバイトをしていた高校生のとき、子どものお客が多かったから、前田操は頻繁にこう呼ばれた。

「おばちゃん、はい、これ」
「ありがとうございます。百円です」

「おばちゃん、これいくら?」
「百五十円です」
「……これじゃ買えない?」
「百円玉一個じゃ買えないなぁ。こっちにしませんか?」
「ちぇ、おばちゃんのケチ」

「おばちゃん、ウルトラマンカードの入ったお菓子はある?」
「これとこれには入ってますよ」
「チョコレートじゃないんだ」
「ウルトラマンカード入りのお菓子は、ガムとキャンディしかないんですよ、ごめんね」

 子どもから見れば大人の女性は何歳でも「おばさん」だろう。高校生でもおばちゃんと呼ばれてもしようがないかと達観していたのだが。

「ほら、これ、あのおばちゃんにお金を渡してきなさい」
「おばちゃんに訊いてみたら? あるかもしれないよ」
「あそこにお店のおばちゃんがいるから、取り換えてって頼んでおいで」

 おばあさんもお母さんもお父さんも、操を指さしておばちゃんと呼ぶ。大人だってちゃんと見てはいないのだろうと思っていたのだが。

「あのおばちゃんに……あら、あの人はおばちゃんじゃなくてお姉ちゃんね」

 同じ高校生アルバイトをおばちゃんと呼びかけて訂正した女性やら、おばちゃーんと声をかけて振り向いた二十歳の店員さんを見て、ごめん、お姉ちゃんだね、と言い直した女の子やら、そういうのもいた。

「お姉さん、これじゃなくてあれはないのかね」
「えーっと、前田さん、あったっけ?」
「在庫はあったはずですから倉庫を見てきますね」
「おばさん、早くしてね」

 まちがいなく操よりも年上の店員をお姉さんと呼び、操の顔をしっかり見ておばさんと呼んだ客もいた。

「ねえあれ、駅前のお菓子屋さんで働いてるおばちゃんだよね」
「あ、あのおばちゃんだ」
「嘘。あのおばちゃん、高校の制服着てるよ」
「コスプレしてるんじゃないの?」

 やっだぁ!! と中学生女子の集団に笑いころげられたこともあった。

「奥さん、安いよ、買っていきなよ」
「お母さん、見てってよ、とれとれ新鮮ぴちぴちだよ」

 それでも高校生のころには、制服姿でいれば若い女の子扱いもしてもらえたのだが、大学生になって私服を着るようになってからは、奥さん、おばさん、お母さんとしか呼びかけられなくなった。

「えーと……前田さんは新卒なんですよね」
「はい、来年度、大学を卒業します」
「ああ、そうなんですね。はい、わかりました」

 あからさまには言われなかったが、就職試験の面接でも何度も確認され、まじまじと顔を見られた。我ながらリクルートスーツが似合わない、いや、女子大生らしい若々しいファッションも似合わないとの自覚はあったが。

 きちんと正社員になり、きちんと給料や休暇のもらえる仕事に就ければ贅沢は言わないつもりだったが、堅気の企業にはすべて門前払いを食わされた。ただ一社合格したのが音楽事務所だったので、操はやむなくその事務所に就職した。

「前田さんは二十五歳なんだよねぇ。とてもそんな年には見えな……いやいや、それだけ頭もよくて落ち着いてしっかりしてるからだね。タレントのマネージャーなんてのはそのほうがいいよ。前田さんにミギチャのサブマネージャーをまかせよう」
「ミギチャ? ですか」

 音楽事務所の中では堅いほうの部署で事務職をやっていた操は、そんな理由でミギチャというタレントのマネージャーになった。右田という本名の愛称がミギチャなのだそうで、お笑いタレントである彼女が歌のCDを出し、どうしたわけか売れたことから人気が出てきて、マネージャーが複数つくようになったのだった。

「操は老けてるわよねぇ。あたしよりも年下なんて見えないわよ」
「ずっとそう言われてました」
「だけど操だったらボディガードもやってくれそうで、頼りになりそうだわ」
「私、別に強くはないんですけど……格闘技なんかの心得もありませんし」
「そこにいるだけでボディガードオーラをふりまいてるから、大丈夫だわよ」

 昨今の女性お笑いタレントは毒舌や下ネタで売っている場合も多い。ミギチャは正真正銘の女性であるのだが、品よくふるまって女言葉で話すのが、オネエタレントみたいだと変な人気を得ている。とはいえ、プライベートの彼女は決して上品でも温厚でもなかった。

「そっかあ、あのミギチャのマネージャーだったんだ」
「そうなんですよ」
「どうしてやめたの?」
「やめたというよりも、山崎社長に引き抜かれたのよ」
「ヘッドハンティング?」

 ともいうのかもしれない。
 このたび操は転職した。職種は同じマネージャー業だが、事務所を替わったのである。オフィス・ヤマザキの山崎社長に頼まれて、こちらの若い夫婦デュオ、フルーツパフェのマネージャーを務めることになった。

 夫は栗原準、妻は栗原桃恵。可愛いふたりだ。操とだったら実際は十も年齢差はないのだが、見た目は母と息子夫婦か。もはや諦観してしまっているので、なんと思われてもかまわない気分になっていた。三人でランチに来て、操がモモちゃんと話している横で、クリちゃんはおとなしく食事をしていた。

「へぇぇ、前田さんって俺より若いんだ。びっくり」
「あ、そう。美江子より年下……いやいやいや」
「え? ああ、そうなんですか」

 オフィス・ヤマザキは社長が旧知の仲である杉内ニーナのために設立した事務所だと聞いているが、人材を発掘してきた中にフォレストシンガーズもいた。現在では杉内ニーナがトップ、二番目がフォレストシンガーズ、三番目がフルーツパフェという陣容になっている。

 もっとも、他には人気のあるシンガーはいない。一時はビジュアル系ロックバンドの燦劇が相当に人気を誇っていたらしいが。

「あいつら、私に相談もなく休止するって決めちまったんだよ。だからかわりみたいな感じで、モモクリをデビューさせたんだ」

 フォレストシンガーズの三沢が命名した「モモクリ」というニックネームを社長までが使う。操もクリちゃんもその呼び名は気に入らないのだが、モモちゃんは楽しんでいる。クリちゃんは見た目と中身が同じだが、モモちゃんは外見に似合わず豪胆な女の子だ。

 そのフォレストシンガーズのうちの三人の台詞、びっくりが木村章、マネージャーでもあり妻でもある山田美江子を引き合いに出したのがリーダーの本橋真次郎、え? と驚いた顔をしたのが本庄繁之だった。

「どう見たって前田さんは俺たちより若いですよね、ねぇ、乾さん?」
「そうだよな、幸生」

 あとのふたり、乾隆也と三沢幸生はそう言ったが、操にとってはその台詞のほうが白々しい。
 白々しい男だと思ったのもあって、操は乾と三沢には若干の反感を抱いた。操の担当ではないとはいえ、同じ事務所なのだからフォレストシンガーズとも接触はある。特に乾隆也。優しげに見えて意外に乱暴な言動を取って、操の眉をしかめさせた。

「注意や指摘は先輩として必要かもしれません。でも、クリちゃんは子どもじゃないんですから、荒々しく叱りつけたり、ましてや、ひっぱたくぞ、なんて脅すのはやめていただきます」
「ひっぱたくぞ、と言わずにひっぱたけばいいんですか」
「暴力は言語道断です」
「ひっぱたいたことはありますよ。あいつは男ですからね」

 女のあんたの指図は受けない、とでも言いたいのか。それで乾隆也への反感が決定的になった。

「ああ、そうなのよ。乾くんって外見は男っぽくもないし、表面的にはフェミニストみたいな発言をするんだけど、意外に男女差別主義なのよね。昔の話をすると際限もなく出てくるね」

 見た目は操のほうがひと回り上くらいらしいが、実際は彼女のほうが五つ年上。人は見かけによらない山田美江子とも、操は話した。

「乾くんは頑固だからね、そのたぐいのことは言っても無駄だよ」
「そうなんですか」
「操さんがクリちゃんを守ってあげて」

 山田にそう言われたので、操は今度はクリちゃんのボディガードになろうと決意した。
 しかしまあ、栗原準という青年は、大人に説教や叱責を受けるために生まれてきたのかと思えそうな性格なのだ。社長と乾隆也は説教癖を持っているので、クリちゃんを見ると叱りたくなる。操にも無理はないと思えてきた。

「操さん、今、終わったんですか」
「あ、ああ、乾さん、はい、帰るところです」

 事務的な残業を終えて、ひとりで事務所から出た深夜に近い時刻に、うしろから乾が追いついてきた。フォレストシンガーズの練習スタジオはここからだと近いので、彼はそこでなにかしらしていたのだろう。

「食事は?」
「まだですけど……」
「俺と食事をするってのはおいやですか」
「いえ、乾さんこそ、私なんかと……」
「どうして私なんか、なんですか? おいやじゃなかったらつきあって下さいよ」

 嫌いだと思ってはいたが、ここは大人の対応をせずばなるまい。乾はタクシーを止め、大学の先輩に教えてもらったというレストランに連れていってくれた。

「有名人はお店を選ぶのにも苦労しますよね」
「いや、俺は有名ってほどじゃないですよ。グループの一員は個人でいるとそうは注目されませんしね。モモちゃんのほうがファンの方に騒がれるでしょ」

 向き合うのではなく、窓辺に並んだ席に隣同士で腰かけた。外は暗闇だから窓が鏡のようになっている。すこしだけ疲労の影が顔に差した、美貌とも呼べないがすっきりした顔立ちの男が操の隣にすわっている。ほんのすこし髭がはえかけているのが妙にセクシーに見えた。

 彼に比べて私は……乾さんっておしゃれよね。女性ファッションにも一家言あるみたい。操の口からするっと素直な言葉が出た。

「昔から年より老けてるって言われっぱなしなんですよ。私はなにをしても若く見えるってことはないんでしょうか」
「操さんは若いんだから、髪型や服装や化粧で変わりますよ」
「アドバイスしていただけます?」
「俺でよければ……ええっと……そうだな」

 直接顔を見られているのではなく、黒いガラスに映る姿を見てのアドバイスだからか。性格はともかく、乾さんって外見はかっこいいよね、と思っているからか、彼の言葉は素直に聞ける気がした。

 マネージャーの仕事をしていてよかったことはいくつもあるけど、今夜も役得かしら。フォレストシンガーズの乾さんに若く見せるための助言をもらったのよ、なんて言ったら、うらやましがる女性は大勢いそう。生きていればいいこともあるものよね。

END






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