ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS「Foot-in-mouth disease」

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フォレストシンガーズ

「Foot-in-mouth disease」

 年末の国民的歌番組がある。フォレストシンガーズはテレビを重視していないので、とかっこいい言い方にして、そのせいだと思っておこう。まだその番組には出たことがない。出演させる基準はどうなっているのか知らないが、我々は達していないのかもしれない、と思っておこう。

 そのかわりといってはなんだが、年末には時々、別のテレビ番組に出る。去年は声優たちとヴォーカル系ユニットがコラボして歌うという趣旨の番組に出演した。

 メインは歌だが、ダンスユニットも大勢出演していた。歌とダンスの両方が巧みなグループが巷では売れているが、ダンスのみのユニットもある。フォレストシンガーズのバックで踊っていたのは、女の子二十人のダンスユニットだった。十代、二十代の女の子たち、顔は可愛いとも限らないが、プロポーションはいい。長身をそろえたのだそうだから俺の趣味ではないが、むこうから寄ってきた。

 ラジオ局のスタジオのひとつで、俺は彼女たちに取り囲まれていた。

「木村さーん、十二月にはどうも」
「とっても楽しかったです」
「ご無沙汰。お元気?」

 こんな背の高い女どもに囲まれたら、俺が埋もれてしまうじゃないかよ、ではあるのだが、やはり若い女はいいものだ。好色オヤジ気分になって、愛想よく受け答えをしていた。

「やあやあ、木村さん、久しぶり」

 そこにあらわれたのは、長身の女たちよりもひときわ背の高い初老の男、師恩。往年の人気声優だ。この女性ダンスユニット、スウェイがフォレストシンガーズのバックで踊ったときには、師恩さんと共演していた。

「あ……」
「ああ、そうだったよね」
「うんうん」

 二十人もいるので個人名などは覚えていないが、俺に寄ってきていたうちの数人がなんとなく離れていき、三人がなんとなく残った。彼女たちはリリだのナナだのキキだのと名乗っているのでよけいにややこしいのだが、この際、誰が誰でも関係ないのだった。

「きみたちも誤解してる? きみたちはあのときにはスタンバイしてたんだっけ?」
「そうです。だから詳しくは知らないんだけど……」
「ネットで読みました。あれって誤解なの?」

 生放送だったから、大晦日の夜にリアルタイムで放映されていた。その出来事がインターネットで披露され、まちがって伝わっていっていた。

「へぇぇ、フォレストシンガーズがそんなことを言ったんだ」
「そうなんだよ、口は災いのもとって言うんだよね」
「誰が言ったの?」
「決まってんじゃん」
「木村?」
「そうそう、木村章」
「やっぱり。アキラくんらしいよね」

 本人の我々と師恩さんと、司会者とスタッフと、真相は何人もの人が知っている。視聴者だって見ていたなら知っているはずなのに、誰ひとりとしてフォローしていなかった。

 ちがーう!! と当人の俺は叫びたい。
 このネタはあちこちで拡散されていて、ちがうよ、との書き込みも皆無ではなかったのだが、なぜか無視されて俺が言ったのだと広まっていっていた。

「木村章です。ちがいます、俺ではありません。ここにはテレビを見ていたひとはいないんですか? 俺じゃないって知ってるのに、どうして否定してくれないんですか。本人の俺が断言します。俺ではありません」

 すべてのサイトにそんな書き込みをするわけにもいかない。もしも書いたとしても信じてくれないに決まってる。俺はパソコンの前で歯がみしているしかなかった。

 スウェイの女の子たちはやや離れた場所にいてスタンバッテいたのだから、あのいきさつを生では見ていなかった。彼女たちもネットで読んで、木村さんが言ったの? そうだったんだ、と信じ込んでしまっていたのだろう。それを聴いた師恩さんは苦笑いしていた。

「木村さんじゃなかったら、誰が言ったの?」
「ほんとは誰も言ってないの?」
「いや、言ったんだけどね……」
「まあ、ほんとのことだからね」
「ちがいますよ、師恩さん、まちがえただけです」

 ミスがミスを呼び、ネットで炎上したってわけだ。
 ことの起こりはシゲさん。シゲさんが師恩さんに言ったのだった。

「あの番組、好きだったんですよ。師恩さんってあれに出てらしたんですよね。みんなも見てましたよね?」

 見た見た、と他の全員はうなずき、俺は言った。

「うちでは野球の好きな親父がチャンネル権を持っていて、俺はアニメとか見せてもらえなかったんですよ。だけど、知ってはいますよ」

 シゲさんが続けた。

「主役の声ですよね。あのヒーローかっこよかったな。なつかしいなぁ、昔の番組ってなつかしいですよね」
「大人になったらアニメは見ませんか」
「見なくなりましたね。うちには息子がいますんで、息子は見ているようですが、えーっと師恩さんは……」

 そのあと、シゲさんはおそらく、なつかしい過去の番組が云々と言いたかったのであるらしい、ところが、シゲさんの口からはぽろっと出た言葉は。

「師恩さんは過去のひとだから」

 その場は凍り付き、師恩さんがなんともいえない表情になる。幸生がシゲさんの腕を肘でつつき、乾さんがシゲさんの背中をこづいていた。一拍遅れて気づいた本橋さんが俺の顔を見、俺はうろたえてなにも言えず、司会者が言ったのだった。

「歌に参りましょう。師恩さんとフォレストシンガーズ!! 「正義の味方、ギガーマン!!」です」

 歌は無難に終わったのだが、自分の発言の意味に気が付いていなかったシゲさんの表情が、次第に青ざめていっていたのを俺は覚えている。

「師恩さん、申し訳ありませんっ!!」
「ええ? いやいや、別に……」

 焦って詫びるシゲさんに、師恩さんは鷹揚に笑ってみせていた。
 その事実がどういうわけか、「過去のひと」発言は木村章だと広まっていったのだ。誰も訂正してくれないから、一度火がついたらネットは恐ろしい。章くんらしいよね、と言われても仕方のない発言をしている俺の過去もあるし、シゲさんが言ったんだ!! と声高になるのもみっともないので、俺はくすぶる怒りを持て余しているしかなかった。

「これぞまさしく、日ごろの行いがよくないとこうなるって見本だよな、章?」
「……うるせえ」
「幸生、章によけいなことを言うな」
「社長が師恩さんの事務所にお詫びの電話をしたそうだよ。だから、章は気にするな」
「俺が気にする必要はないんだから、してませんよ」
「章、ごめんな」

 というようなフォレストシンガーズ内会話もあった。

「本当は木村さんが言ったんじゃないんだよ。声の低いひとだよ」
「シゲさん?」
「へぇぇ、意外だぁ」

 会うのはあれ以来になる師恩さんが女の子たちに説明し、女の子たちは驚いていた。

「俺だと意外じゃないわけ?」
「いえ、そうでもないんだけど……」
「木村さんって今までもけっこう、失言してるそうですし……」
「ありそうだなぁって。きゃ、ごめんなさい」

 いいよいいよ、どうせそうだよ。

 アマチュア時代に仕事に出かけた先できのこ鍋をごちそうになり、毒キノコじゃないの? なんて言って怒られたり。
 大学の先輩女性、太目の沢田愛理さんに、俺、太った女は趣味じゃないし、と言って怒られたり。
 
 意外にシゲさんって面食いなんだよね、との話題になったときに、奥さんは美人じゃないけど……と発言して怒られたり。シゲさんの長男が宇宙好きだと聞いて、広大の親父は実は本橋さんじゃねえの? とぽろっと言って乾さんに叱られたり。なんてことは枚挙にいとまがない。

「いや、でもね、木村さんのおかげで、仕事が入るようになってきたんだよ。僕なんかは忘れられかけていたんだけど、テレビに出てネットでも話題になったせいで、そういやぁ師恩っておっさん、いたよな。おじいさんの声でもやらせたらいいかもな、って思い出してもらえたんだろうね。今年のクリスマスに公開する映画の、主役の祖父、大発明家の博士の声をやってくれってオファーが来たんだ」

 わぁ、師恩さん、よかったですね、と女の子たちは喜んでいる。
 それはよかったのかもしれないが、師恩さん、俺のおかげじゃないでしょ? シゲさんのおかげでしょ。忘れないで下さいね。俺が言ったんじゃねえっての。

END






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