ショートストーリィ(しりとり小説)

162「ピンポイントで」

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しりとり小説162

「ピンポイントで」

 創立記念日のパーティを開催するとは、景気のいい会社だと思う者もいるかもしれない。景気はそう悪くないほうではあるが、社員全員に大盤振る舞いをするほど儲かってはいないのだから、抽選で選ばれた者だけが出席する。会費制だなどとケチなことは言われないが、そんなパーティには選ばれないほうが嬉しいな、が社員たちの本音だった。

「本多さんも選ばれたの?」
「ん? え? 八旗さん? うわぁ、見違えたよ」
「こんなドレス、着る機会もめったにないから張り切ってみたの」

 繁忙期に派遣されてきていた臨時社員の八旗州子だ。やつはた・しゅうこ、珍しい名前は記憶に残っていたが、人物自体は印象的でもない。いくぶん太目の身体と、可もなく不可もない仕事ぶりだけ覚えていた。

「本多さんの会社の女性の中には、仲良くなったひともいるの。彼女からこのパーティの話を聞いたんだけど、彼女は選ばれなかったみたい。それでも、なつかしいひとに会えるかと思って……」
「八旗さんはどこかよその会社から?」
「そうなのよ。偶然にも本多さんの会社の取引先に派遣で行ってて、ゲストとして出席させてもらってるの」

 その会社ならばたしかに、本多の会社のお得意さんだ。噂によると、その会社には若い女性が多いので、華やぎを加えてもらうために本多の会社の社長がお願いしただとか、そちらの会社の社長が本多の社長に、うちの女子社員を慰労したいから招待してやって下さいよ、と頼んだとか。

 どっちでもいいので質問する気にはならなかったが、本多は州子に見とれてしまった。
 太目の派遣社員だとしか思っていなかった州子のドレスは、彼女を魅惑的なグラマーに見せている。本多はスレンダーな女性が好みだったはずなのだが、大きめに開いたドレスの襟元からこぼれる州子の胸の谷間に悩殺されそうになった。

 もとより会社のパーティなんて、本多にも面白くもなんともない。かといって、ゲストで招かれている他社の女性に話しかける勇気もない。州子は旧知の仲ではあるし、向こうから話しかけてくれたので今夜のいいお相手ができた。ついこの間までは同じ会社で働いていたのだから、話もはずんだ。

「州子さん、もう一軒いこうよ」
「あらあら、本多さん、ちょっと酔っちゃった?」
「あなたが魅力的すぎて、あなたの魅力に酔ってしまって、頭がくらくらだよ」
「じゃあ、あと一軒だけよ」

 酒にはそれほど弱いほうでもないのだが、二軒目の店で相当にしたたかに酔ってしまった。酔いが深まるにつれて州子のボディがいっそう魅力的に見えてくる。八旗さん……いや、州子さん、あなたはこんなにも美人だったか。目が眩んできたのか、州子の顔までが美しく見えてきた。

「あと一軒だけだって言ったのに。いい加減にしなさいな、悦二さん」
「ああ、名前で呼んでくれるんだ。嬉しいよ、州子さん。もう一軒……」
「しようがないな」

 何軒の飲み屋をはしごしたのか、記憶がおぼろになってきていた。気がつくと悦二は、見知らぬ場所のベッドにいた。

「……八旗さん……」
「おはよう。頭は痛くない? 昨夜は酔っててできそうになかったみたいだけど、今日はお休みなんでしょ。シャワーを浴びてきたら? 待ってるから」
「それって……八旗さん……」
「州子って呼んで」
 
 バスルームで悦二は考えていた。

 昨夜、そんな約束ができたのだろう。俺は飲みすぎていて役に立たなくて、ごめん、明日、明日の朝ね、とか言って寝てしまったのだろう。州子も悦二も約束を果たそうとしている。大人同士の二日ごしの、ワンナイトラヴだ。
 すっきりとまではいかなかったが、シャワーを浴びれば多少は頭がクリアになった。半分はぼけたまま、悦二はベッドに戻って州子と抱き合った。

「今度、いつデートする?」
「いや、それはまた機会があればね」
「今は繁忙期でもないでしょう? 婚約期間にはなるべく頻繁に会って、お互いをよく知らなくちゃ。いろいろ決めなくちゃならないこともあるでしょ。まずは同棲からでもいいよね」
「どう……せい? こん……やく?」
「昨夜の約束を忘れたの?」

 バッグから州子が出してきた書類を見ている悦二に、昨夜の約束とやらが聞こえてきた。

「あなたは私を抱きたいと言った。私は遊びの恋なんかしたくないの。軽い女でも安い女でもないんだから、婚約しないとホテルには行けないと答えたのよ。そしたらあなたは、州子と結婚したい!! って叫んだのよ。忘れたの?」
「あ……いや……」
「あなたの声を聴いて、店にいたお客さんたちもママさんも大拍手してくれたじゃない。このホテルの近くのバーだよ。今夜、もう一度証人たちに確認にいく?」
「あ、いや、そんな……」
「昨夜はできなかったけど、これで約束は成立だね。悦二さん、末永くよろしく」

 あ、いや、あの、その、としか言えないでいる悦二に、州子はにっこりと微笑んでみせた。

 朝の光の中で見る州子の身体は、胸こそ豊かだがいささかたるみかけている。二の腕や腹部もたぷたぷしていて、化粧を落とした素顔も無残なまでに老けている。あなたは何歳なんだ? と質問するのが怖かった。

「このドレスのおかげかな。結婚式の二次会でもう一度着てもいいよね」
「あ……う、うん……あの……」
「こんなの着て帰るのは間抜けだから……」

 最初からパーティが終わったら着替えるつもりだったのか、州子はシンプルなワンピースも持参してきていた。そちらに着替えて軽く化粧をした州子は、ただのおばさんだ。パーティドレスの魔法にかけられていたのは、悦二なのか州子なのか。

「へぇぇ、そんな罠にかけられたんだ」
「罠ったら罠だよな」
「そんな卑怯な手を使われたんだったら、あれはなかったことにしてくれって言えばいいんじゃない?」
「それがさ、俺のサインがたしかにしてあるし、慰謝料についてまで明記してあるんだよ。一千万だって」

 からめとられて結婚の方向へと進んでいるのに恐れをなして、悦二は妹のよもぎに相談を持ち掛けた。

「そんなの無効でしょ」
「だろうと思うんだけど、会社にチクられそうだろ。周到な罠をめぐらせるような女なんだから、密告も辞さないんじゃないかな。うちの会社だってリストラしたい社員を探してるんだ。下手にしっぽをつかまれたらクビにされちまうよ」
「お兄ちゃんは結婚したくないんだよね」
「当たり前だろ」

 考え直したい、とは言い出せずにずるずるしているうちに、州子の親に挨拶させられそうになっていた。

「あの晩、俺はべろべろに酔っちまってた。パーティの会場でも二軒目でも三軒目でも……四軒目には行ったのかどうかも覚えていない。たしかにたくさん飲んだけど、あんなにも前後不覚になるっておかしいと思うんだよな。もしかしたらはめられたんじゃないんだろうか」
「一服盛られたの?」
「そうかもしれない」

 昔だったら男女逆だったけど、今どきはそういうことをする女もいるかもね、とよもぎは笑っていた。

「それにしたって手遅れだよね。たったひとつ方法があるとしたら……」
「あるのか? 婚約をやめられる方法?」
「そうだよ。州子のほうから愛想をつかせるの」
「どうやって?」
「私が一肌脱いであげるよ」

 にやりとした妹は、思い切り意地の悪そうな表情を作った。

「お兄ちゃんの婚約者ってこんなばばあ? やだぁ、お兄ちゃんは結婚なんかしたらやだ。私は断固反対。こんな女に婚約指輪を買うつもりだったら、私に買ってよ、とかって言ったりね」
「俺も乗って、そうだな、州子さんと俺とおまえと、おそろいの指輪を買おうか」
「そうだね。どうしても結婚したいって言うんだったら、新婚旅行に私も連れていってくれるんだったら許してもいいかな」
「それ、いいな、三人のほうが楽しいだろ」
「うんうん、そのセンで進めよう」

 それしきで州子が悦二に愛想をつかすのかどうか、懸念は残るが、やってみるしかないだろう。

「お兄ちゃんには落ち度がないように持っていくの。州子がお兄ちゃんを嫌いになって婚約破棄ってことにしたら、慰謝料はいらないよ」
「うまくいくように祈ろうか」
「そのかわり、うまく行ったときには……」

 なにをしろというのだ? なにかを買えと言う程度だったらいいが、恐ろしい交換条件が待っていたりして? 悦二の背すじがぞぞっとする。しかし、よもぎは妹だ。彼女とは結婚だけはできないのだから、それだけは安心していられた。

次は「で」です。









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