ショートストーリィ(しりとり小説)

161「ニアピン」

 ←FSご当地ソング物語「飛んでイスタンブール」 →FS超ショートストーリィ・四季の歌・繁之「秋の鍋」
しりとり小説

161「ニアピン」

 新婚当時は休日ごとに女友達が新居に遊びにきた。都会の夫婦としては冬美と逸男のカップルは若いほうで、冬美の友人も若くて大半が独身だったから。

 結婚式に招待した友達やら、都合で参列できなかった友達やらも遊びにきてくれた。冬美と逸男の新居は交通の便のいい新築マンションで、逸男の親が頭金を出してくれて購入できたのだから、友達もうらやましがって褒めてくれる。それが気持ちよくて次々に招いていたのもあった。

「今日も友達、来たの?」
「そうなの。あんまり私の友達が来てばっかりだと、逸男くんは気分よくない?」
「僕は平気だよ。休みが合わなくて冬美ちゃんも寂しいだろうから、どんどん招待すれば?」

 土、日、祝日が休みの冬美と、平日にしか休めない逸男だから、ふたりで遊びに行くこともめったにできない。寛大にそう言ってくれる逸男には冬美は感謝していた。

 たいていは土曜日に家事をこなし、日曜日に友人を招く。逸男の休日には彼も掃除をしたり料理をしたりして、冬美の帰宅を待っていてくれる。逸男はひとりで散歩に行ったり映画を観にいったり、実家に遊びにいったりもしているようだった。

 稀にしかないふたりそろっての休日は貴重で新鮮で、これもいいと冬美は満足していた。

「お客さんだったんだ」
「ああ、びっくりした。逸男くん、どうしたの?」

 日曜日の午後、急に逸男が帰宅した。具合でも悪いのかと驚いた冬美は、玄関に出迎えた逸男の額に手を当てた。

「熱はないね」
「ちがうんだよ。クレームがあってさ……」

 デパートの外商部勤務の逸男は、お客の自宅を訪問していたのだそうだ。クレーム電話がかかってきて、電話では対処できなかったのだと言う。

「上司とふたりで訪問して、なんとか処理できたんだよ。そのお客さんの家ってのがうちから近かったんだ。案件が長引きそうだから直帰ってことにしてきたんだけど、えらく早くすんじまった。そしたらさ」

 役得だよ、もう帰ろうぜ、と上司が言い出した。上司は子どもが産まれて間もなくて、赤ん坊の顔が見たくてしようがない。奥さんも夫が早く帰ってきたら喜ぶ。逸男も新婚なのだから早く帰りたいだろう。たまにはいいさと上司が言うので、逸男も帰ってきたのだと笑った。

「すぐ近くにいたから連絡もしなかったんだけど、友達が来てるんだったら悪かったかな」
「逸男くんがいやじゃないんだったら、私はいいんだよ」
「僕がいやなわけないでしょ」
「そしたら紹介するね」

 彼女は結婚式には招いていなかったのだから、逸男とは初対面だ。冬美は唯子を逸男に引き合わせた。

「今日は友達が来るとは言ってなかったんだけど、駅前で唯子に会ったのよ」
「はじめまして。だけど、ご主人がお帰りになったんだったらご迷惑だし」
「いや……」

 細身で背の高い冬美とは、唯子は外見が正反対だ。そのせいで逸男は唯子をじっと見るのかと冬美は思う。彼の目は面白そうといったふうな光をたたえていた。

「クレーム処理だったら疲れたでしょう? お茶、どう? 唯子がお土産にプリンを持ってきてくれたのよ」
「ああ、いただこうかな」

 軽く挨拶はしたものの、逸男は唯子を面白そうに見るばかりで話しかけようとはしない。人見知りする性格の唯子も積極的には話をしないので、冬美は唯子との思い出話をした。

 付属幼稚園から小、中、高と大学まである女子校に、冬美は幼稚園から大学まで通った。大学を卒業してから逸男と知り合い、冬美が二十五歳、逸男が二十六歳で結婚した。唯子はその学校に、大学から編入してきた。冬美は学校から自宅までも近かったのだが、唯子は地方から上京してきて親戚の家から通学していた。

「大学四年になってから親しくなったのよね。なにかのときに話をして、同じ会社を受けるって知ってから友達になったんだった」
「そうそう。冬美ちゃんは合格したけど、私は入社試験に落ちてしまったんです」
「唯子ちゃんのために残念会、やったよね」

 残念会には他の友人も出席していて、あの会社だけが会社ではない、と唯子を慰めた。あの会社は意外と評判が……と言いかけて、冬美が就職すると思い出して口をつぐんだ男子もいた。

 それから唯子は別の会社に就職し、冬美とはたまにメールをする程度のつきあいになった。もっと仲の良かった大学時代の女友達とだって、社会人ともなるとそう頻繁には会わなくなる。冬美と唯子はそれほどに親密ではなかったので、当然なのだろう。

「結婚するのね、おめでとう。
 私は冬美ちゃんの結婚式に招待してもらえるほどの仲好しじゃなかったんだけど、一応、言っておくね。冬美ちゃんの結婚式のころには日本にいないと思うの。半年の予定で海外研修に派遣されるんです」

「会社からの派遣だよね? それはすごいじゃない? 唯子ちゃんはものすごく有望な社員なんだね。
 がんばってね」

 メールのやりとりはしたが、冬美はもとより、唯子を式に招待するつもりはなかった。
 
 今日は予定もないし、家事は昨日すませていたから、冬美は駅前のショッピングモールに買い物に出かけた。そこで偶然にも唯子に会ったのだった。

「唯子ちゃん、久しぶり。海外研修からは帰ってたんだ」
「あ、ああ、そうなのよ。ちょっと前に帰ったの」
「唯子ちゃんの住まいってここから近いの?」

 学生時代から住所が変わっていない友達ならばまだしも、メールだけのつきあいだとどこに住んでいるのか知らない場合もある。冬美も唯子に新居の場所は知らせていなかったので、近くに住んでいる同士だとはその瞬間まで知らなかった。

 そんなら遊びにおいでよ、うちでランチしようよ、と誘って、ベーカリーでサンドイッチやサラダや揚げ物などを買ってマンションに帰った。唯子も特に予定はなかったようで、冬美の住まいに興味を持ったのもあったらしく、へぇぇ、いい部屋だねぇ、と言ってマンションを見回していた。

「だから、逸男くんと唯子は初対面なんだよね」
「そうなんだね。ふーん、唯子さんは冬美ちゃんの他の友達とは雰囲気がちがうな」
「どういう意味で?」
「どういう意味もないけど、見た目がさ」
 
 都会生まれのお嬢さまがほとんどの冬美の友人たちに混ざれば、たしかに唯子は浮くだろう。唯子は地方出身で、学力で冬美たちの大学に入学した。冬美の母校は大学から編入する場合にだけ、受験難度が高いと言われている。冬美や幼稚園、小学校時代からの仲間たちは、のんびりゆったり暮らして女子大生になったのだが、唯子は勉強家で努力家だった。

 しかし、唯子の前でそうと言うわけにもいかず、冬美は曖昧に笑っていた。

 やっぱり迷惑だよね、と言って、唯子は間もなく引き上げていった。逸男は唯子とはふたこと、みことしか言葉をかわさず、彼女が帰っていくときにも、ああ、どうも、と言っただけだった。

「逸男くん、唯子ちゃんは気に入らなかった?」
「ああいうしんねりした女は趣味じゃないんだよな」
「私の友達の全部を逸男くんに気に入ってもらうのは無理だろうけど、彼女がちょっとタイプがちがうのは当然なのよ」
「田舎の子だし?」
「うん、まあ、そうかな」

 ふたりで話していたときに、唯子の現在の境遇も聞いた。唯子が転職したとはメールで報告されていたような気もするが、冬美はきっちりとは覚えていなかった。

「転職した先はスマホの部品かなんかを作ってる会社で、唯子も研究職らしいのね。小さい会社だから大学院を卒業していなくても大丈夫だって言ってたけど、補助的な仕事なんじゃないかな。スイスへ研修で半年間行っていたって言うんだけど……んんん……」
「んんん?」
「いいんだけどね」

 スイスではどこに住んでいたの? 写真でしか見たことないけど、綺麗な町でしょ。なんていう町? 私たちも新婚旅行でイタリアには行ったんだよ、などと冬美は話したのだが、唯子は言葉を濁していた。
 本当にそんな会社の研究職? 海外研修にいかせてもらえるような職種? 研究補助みたいなものじゃないの? 意地の悪い想いが浮かんだのを隠して、冬美もその話題はやめにした。

「冬美ちゃんの友達って、みんなこう、おしゃれであかぬけたかっこいい子ばっかりだろ」
「ばっかりでもないけど、そういう子が多いよね」
「その点、あの唯子って子はおばさんっぽいってか。同い年なんでしょ?」
「そうだよ。研究的な仕事って地味だからかな。営業なんかだったらおしゃれにするのかもしれないけど、唯子は社内にこもってるみたいだもんね」
「ださいよな」

 友達の悪口を言われたら怒るところだが、冬美も同感だったので逸男と一緒に笑っていた。

 ひとり暮らしをしているという唯子のアパートは、冬美のマンションの最寄駅からふた駅、電車に乗ったところらしい。そちらはさびれているから家賃も安いようで、大きなスーパーマーケットもないのだと唯子は言っていた。

「またショッピングモールで会うかもしれないね」
「会えたらいいね」

 そう言い合っていたのだが、唯子と会う機会はなかった。
 
「このワンピース、よくない?」
「唯子ちゃんにプレゼントするんだったらいいかもな」
「なんで私が唯子ちゃんにプレゼントするのよ? どうして?」
「いやいや、こんなださいワンピース、唯子ちゃんにだったら似合うだろうけど、冬美ちゃんにはおばさんくさすぎるって言いたいんだよ」
「ひどっ」

 そんな会話やら。

「このパン、ちょっと古くない?」
「わかる? かびてはいなかったから大丈夫でしょ」
「まあ食べられるけど、唯子ちゃんみたいなパンだね」
「ひどぉい」

 こんな会話やら。逸男はよほど唯子みたいな女が趣味ではないらしく、古いパンやもっさりした服のたとえに唯子を持ちだした。

 どんな仕事をしているにせよ、唯子だって忙しいのだろう。冬美は大企業の一般職ではあるが、主婦でもあるので多忙な身だ。唯子と積極的にコンタクトをとる気もないままに時が流れていき、二度目の結婚記念日がやってきた。食卓につき、唯子は逸男にシャンパンを勧めた。

「ごちそうだね」
「買ってきたものばっかりだけど、デパ地下のお総菜だからおいしいよ」
「冬美ちゃんだって働いてるんだから、おいしいものはデパートで買えばいいんだよ。僕はあまり家事を手伝えなくてごめんね」
「逸男くんだって忙しいんだもの」

 シャンパンで乾杯してから、冬美はグラスを置いた。

「飲まないの?」
「飲めないの」
「なんで? シャンパンは大好きだろ」
「しばらくは飲めないのよ」
「どうして? どこか悪いの?」

 心配そうに尋ねる逸男に、察しなさいよ、と冬美は囁いた。

「……察しなさい……? どこか悪いわけではないけどシャンパンは飲めない」
「シャンパンってなに?」
「葡萄だよね。シャンパンってのはお酒……お酒を飲んではいけない? あ、あーっ?!」
「わかった?」

 嬉しそうにうなずいた逸男は、仕事はやめれば? せめて休職すれば? などと言う。産休までは働くの、そんなにきつい仕事じゃないんだもの、と言っても心配している逸男の態度が嬉しかった。

「……ん? あら、唯子ちゃん、どうしたの?」
「あれっきりすっかりご無沙汰しちゃって。おめでたですってね」
「ええ、あれ? 誰に聞いたの?」
「晴香ちゃんよ」

 晴香とは大学時代の共通の友人だが、冬美はそれほど親しくはしていない。晴香が他の誰かから聞いた冬美の妊娠が、回りまわって唯子の耳に届いた。だから訪ねてきたのだと、唯子は花束を差し出した。
 最近は気を使っているようで、友人たちは遊びにこなくなっている。なのだから唯子の来訪が嬉しいはずなのに、なにかしらが冬美の神経にひっかかった。

「ありがとう。どうぞ、入って」
「お腹が目立つようになってきたね」
「七か月に入ったからね」

 経過は順調で、仕事も続けていられている。日曜日にマンションに訪ねてきた唯子を部屋に招き入れた冬美は、かすかな違和感を覚えていた。
 
 つわりはおさまったけど匂いに敏感になっていて、こんな花束を抱いているのはつらい。そこまでは友人には話していないから、唯子は知らないのだろうが、早く花束から遠ざかりたい。バスルームに花束を置いて居間に戻ると、唯子はテレビのそばの写真立てを手にしていた。

「新婚旅行の写真ね」
「前にも見せなかった?」
「そうだったかな。ナポリでしょ? 私もスイスに住んでたときには休日に行ったよ」
「そうなんだ」

 これもお土産、と言って、唯子はテーブルにケーキの箱をのせた。

「冬美ちゃん、健康的になったよね」
「太ったって言いたいんでしょ。私は食べても太らない体質なんだって信じてたんだけど、妊娠中は別みたい。食欲がありすぎて食べすぎちゃうの」
「幸せな証拠だし、しっかり食べて太らなくちゃ」
「あんまり太ったらいけないって、お医者に言われるのよ」

 食事はきちんとしないといけないが、間食はやめるように。ケーキなどもっての他だ、と産科では指導されている。妊娠経験のない女性は知らないのかもしれないし、よほど親しい相手にしかそんな話もしていないので、唯子が指導内容を知っているはずはないのだが。

 甘党のほうでもなかったのに、食の嗜好も変わってしまっている。つわりがおさまったころから冬美はケーキが大好きになって、我慢するのに苦労してしまう。逸男が同情してくれてカロリー控えめの簡単なクッキーを焼いてくれたのだが、クッキーじゃなくてケーキが食べたい、と駄々をこねたほどだった。

 知らないはずなのだからいやがらせではないのだろうが、花といいケーキといい、違和感がつきまとう。その上に、唯子はさらりと口にした。

「ご主人、出張なんでしょう?」
「え? どうして知ってるの?」
「知らないけど、冬美ちゃんが寂しそうにしてるから、そんな気がしたの。当たってるの? そしたら夜は外に食べにいかない? あのモールのイタリアンの店、一度入ってみたかったんだ」
「……唯子ちゃん」
「なあに? イタリアンは好きでしょ?」

 好きでもなかったケーキが大好きになった反面、大好きだったトマトが嫌いになった。すっぱいものがおいしいんじゃないの? と逸男は不思議がっていたが、冬美自身も不思議だった。

「……そういう気分になれないから」
「そうなの? だけど、妊婦さんってやっぱり……」

 言いかけて言葉を切り、ううん、いいの、と唯子は薄笑いを浮かべた。
 妊婦さんの冬美ちゃんを見てみたかっただけよ、と言い残し、唯子は帰っていった。いったいなにをしに来たんだか……と溜息をつきながらも、唯子に出した紅茶のカップを片付ける。
 
 カップの下には便箋があって、広げてみるとこう綴られていた。

「逸男さんは冬美ちゃんのこと、美人でかっこいいからお嫁さんにしたらしいね。
 でも、妊娠してる姿は醜いって。
 セックスもできないから、かわりに私と……それだけなのかもしれないけど、それでもいいかな。

 逸男さんは私の悪口ばっかり言ってたでしょ?
 紅茶のカップの周囲の真ん中あたりに、冬美ちゃんを置くとする。そこからいちばん遠いところに、全然ちがったタイプの唯子を置く。

 そうするとどうなる? 実はとっても近くない?
 そういう意味で、逸男さんは唯子に興味を持ったのかな。面白いね」

 え……嘘……唯子はいつ、これを書いたの? すでに書いてバッグに忍ばせていた便箋を、冬美の隙を見てここに入れて帰ったのだろうか。

「嘘よ……嘘。私に嫉妬してるんだ」

 笑い飛ばそうとしても笑えない。眠れない一夜をすごした冬美は、翌日になって帰宅した逸男にさりげないふうをよそおって告げた。

「昨日、唯子が来たのよ」
「……な、なにをしに? なにを言いに? いや、そんなの僕にも冬美ちゃんにも関係ないよな。唯子さんがなにを言ったとしても、そんなの嘘だからなっ」

 震える声と焦った口調が、墓穴を掘っている。

 大嫌いなタイプだからこそ興味を持った? 「好き」の反対は「無関心」なのだそうだから、「嫌い」の反対はなんなのだろう。青ざめている逸男を無感動に眺めながら、こんなに焦るってことは、彼は唯子とは本気じゃないんだね、と冬美は考えていた。

 「嫌い」のピンからぐるりと回っていくと、「妊娠中の妻のかわりの遊び相手」というピンが立っていたのかもしれない。

 
次は「ピン」です。







  
スポンサーサイト


  • 【FSご当地ソング物語「飛んでイスタンブール」】へ
  • 【FS超ショートストーリィ・四季の歌・繁之「秋の鍋」】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【FSご当地ソング物語「飛んでイスタンブール」】へ
  • 【FS超ショートストーリィ・四季の歌・繁之「秋の鍋」】へ