別小説

ガラスの靴67

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「ガラスの靴」

     67・意外

 酒を飲んでいい気分になると、そのあたりにいる人間を家に連れて帰る。笙は決していやな顔をせず、いそいそと客をもてなしている。いい旦那だね、と皮肉まじりに言われるのだが、笙は賑やか好き、パーティ好き、客好きなのだから迷惑には思っていないのだ。

 こっちが連れて帰ることのほうが多いが、たまには誘われてよその家に行くこともある。今夜は酒場でバンド仲間と適当に飲んでいたら、顔見知り程度の女に声をかけられた。

「アンヌさん、うちに来ない?」
「えーと、あんたは誰だっけ?」
「健子よ」
「どこのタケコ?」

 見覚えのある顔だが、友達ではない。タケコはあたしに近づいてきて、耳元で言った。

「私は結婚してて子どももいるっていうのに、アンヌさんのバンドの肉食獣に狙われてるの。助けて」
「そういうことだったら助けてやるよ。あんたのうちに行けばいいんだな」
「ありがとう」

 年のころなら三十代半ばか。見ようによっては色っぽいお姉さんにも、おばさんにも見える。このくらいだったらうちのバンドの男どもも口説きたくなるだろう。誰に狙われてる? とは訊かずに、あたしは健子についていった。

 連れられていったのは平凡なマンション。タクシーから降りてエレベータに乗ってたどりついた部屋には、男の子がひとりと、その子をまかせてあったらしいばあさんがいた。

「お帰り、ママ」
「お帰り、お客さん? いらっしゃい。そしたら私は帰るよ」
「うん、ありがとね」

 言葉遣いからすると、ばあさんは健子の母親なのかもしれない。あたしには関係ないので、健子が息子をベッドに入れるのを待って、ふたりで飲みはじめた。

「うまいな、このキンピラ」
「でしょ? 主人が昨夜、作ってくれたの」
「主人ってのは今夜は?」
「そのうち帰ってくるんじゃない?」

 常備菜をつまみに、焼酎を飲む。家庭料理は焼酎のお湯割りにはぴったりで、飲んだり食ったりしながら健子の話を聞いていた。

「私なんかは草食動物だから、肉食獣に狙われるんだよね。草食系の男が増えてるっていうけど、私の周りはけだものばっかり」
「音楽業界は肉食が多いよな。健子も音楽系?」
「昔はジャズシンガーになりたくて、ライヴハウスで歌ってたんだ。それだけでは生活していけないから、ライヴハウスの従業員としても働いてたんだけど、いつの間にかそっちが本職になっちゃった。私は才能なかったんだよね」

 歌の才能のあるあたしみたいな人間はプロになり、健子みたいな人間は夢を捨てて世俗に埋没していく。才能だけの世界ではないが、ありふれた話だった。

「歌えることもほとんどなくなったころに、今の主人と出会ったの。彼もミュージシャンで、独身のころにはいい加減な奴だったんだけど、私が妊娠したから結婚してくれたんだよね」
「してくれたって言うな。してやったんだろ」
「アンヌさんもデキ婚でしょ」
「そうだよ。あたしは妊娠したから、笙と結婚してやったんだ。あたしと結婚できて、笙はラッキーだったんだよ」

 デキ婚を非難する奴はどこにでもここにでもいる。好きでもない奴とできちゃったからっていやいや結婚したんだったらよくないかもしれないが、妊娠が結婚のきっかけになったのならば悪いはずがないではないか。健子も胸を張れ。

「息子だから特に、父親っていたほうがいいよね」
「そうなのかもしれないな。うちの笙は女みたいな奴だけど、息子の胡弓が大きくなってきたときには、男としての生理なんかはあたしには教えられないからね」
「そうそう、それがあるよね」

 なんとアンヌらしくない話をしてるんだ、と言われそうだが、あたしだって子持ちの女と会話をするとこうなる場合もある。うちの胡弓はさ、うちの主税はさ、と息子の話をする。健子の息子はチカラというのだそうで、ともに和風の名前なのだった。

 そうしているとのそっと男が入ってきた。勝手に玄関のカギを開けたらしく、よっ、と手を上げる。その男の顔を見たあたしは驚いた。

「フジミ……」
「よぉ、アンヌ。アンヌって健子と友達だったのか」
「同じ業界だものね。フジミとアンヌも知り合いだったんだ」

 え? え、え、え? フジミの妻は健子だったか?
 狭い業界なのだから、あたしはフジミとは知り合いだ。フジミと友達なのはうちのドラマーの吉丸。笙に言わせると類友だとなるフジミと吉丸は、どっちも天下無敵の浮気者なのである。

 この業界には浮気男も浮気女も珍しくはないが、このふたりの浮気ぶりは常人ではない。

 かたや吉丸は、女と結婚して子どもを作り、男と浮気して離婚して息子を引き取った。その後女と浮気して、その女が子どもを産んだ。現在は最初の結婚のときの浮気相手と事実婚状態で、妻は男とはいえ息子の面倒をしっかり見ているが、吉丸は時々つまみ食いをしている。

 一方、フジミは何度結婚し、何度離婚したことか。そうじきに別れるんだったら結婚するな、と言いたいのだが、愛し合ったら結婚したいんだ、前の彼女とは別れるんだ、それがけじめだ、などとぬかす。なにがけじめだ、おまえはどの口でケジメという言葉を……いかん、興奮しそうになった。

 昔はあたしだって男がほっといてくれなかったから盛大に遊んだが、結婚して母となり、一家のあるじとなってからは浮気はしていない。精神的なものや、昔の男との触れ合いは浮気とはいわない。

 そうして何度も離婚結婚、離婚結婚、とやっている男だし、あたしはフジミとは友達でもないので、現在の彼の妻が健子だったのかどうかははっきり知らない。健子が主人と呼んでいて、息子もいて、フジミがここに帰ってきたのだから、そうなのだろうと納得しておくことにした。

「健子、聞いてよ」
「なあに?」

 眠っている息子を確認して着替えてきたようで、フジミがテーブルにつく。健子は彼に焼酎のお湯割りを作ってやり、あたしは言った。

「おまえ、料理がうまいんだな。意外だったよ」
「うまいってほどでもないけどさ……アンヌって料理なんかしないの?」
「しねえよ。あたしは家事は一切しないんだ。育児はちょっとはやるけど、家事は主夫の仕事だろ」
「稼げる女は強いね。でさ」

 焼酎を飲み、つまみを口に放り込んで、フジミは本題に入った。

「運命の女に出会ったんだ」
「またぁ?」
「またじゃないよ。はじめてだ」
「そっかなぁ。どんな女?」
「シングルマザーなんだよ。三人の子どもがいて、通訳をしてひとりで育ててるんだ。すーっ、しゅーっとした涼しそうな美人で、優しくて凛々しくて綺麗で……うまく言えない」

 それってもしかして、西本ほのか?

 優衣子という、他人の男はなんでもほしがる肉食女がいる。あの手この手で我がものにするとぽいっと捨て、各地で男女の仲をひっかき回して物議をかもしている。フジミも優衣子にひっかかったのではなかったか。
 ただし、優衣子は惚れっぽくて飽きっぽいようだから、捨てられた男がもとの女に戻っていくことも間々あるらしい。

 あの優衣子が一方の頂だとしたら、吉丸の次男、彼女にとっては長男である雅夫を産んだほのかは、もう一方の別種の頂ではなかろうか。

 おのれからアプローチして男を落とすのが趣味の優衣子とはちがって、ほのかはしれーっとしている。男のほうが勝手にほのかに惚れるのだ。笙の知り合いにもほのかに恋をして、かなわぬ恋とわかっていながら妻も娘も捨て、ただほのかを見つめているという阿呆がいる。

 まさかフジミはそんなアホロマンティストではないと思うが、ほのかなのかと確認する気にはならず、夫婦の会話を聞いていた。

「彼女に見つめられると、体温が上がるんだよ。見つめられてるだけでいいんだ。彼女が女神さまみたいに見えて、手を出すなんて考えられなくなっちまう」
「私のことは、会ったその日に口説いたよね」
「健子は抱きたい女、彼女は遠くから仰ぎ見ていたい女だな」
「勝手にしたら?」
「勝手にするよ、ってか、だから俺は彼女にはなにもしないんだ。彼女と同じ空間にいて、彼女と同じ空気を吸って、彼女を見ていられたらそれでいい。彼女は健子とは異次元の女なんだよ。これがほんとのピュアラヴってのかな。運命の女っているんだよな」

 アホらしくなってきたので、あたしは口をはさんだ。

「女房の前で臆面もなく言うよな。健子、ぶん殴れ。あたしが殴ってやろうか」
「いいのよ」
「あんたらも浮気公認の夫婦か」

 精神的な恋は浮気じゃない、とでも言うのかと思った健子は、笑って言った。

「だって、彼とはとうに離婚してるんだもの」
「……主人って言っただろ」
「主人としか呼びようがないんだよね。モトオット? なんて言うのもややこしいから、対外的には主人って言ってるだけ。だったら浮気じゃないもんね」

 素知らぬ顔でフジミは焼酎を飲み、料理を食べる。フジミの料理が美味である意外さとは比較にならないほどに意外な事実だった。

「フジミは自由人だから、ふらふら飛び回ってるよ。だけど、主税のことは可愛いんだよね。主税にとってはいいお父さんなの。私から見たらモトオットっていう前に、主税の父親。それだけはまちがいないでしょ。行くところがないときや、主税に会いたいときや、私が主税のことで相談したいときや、そんなときにはここに来るのよ。そいで、おいしいものを作ってくれたりするし、養育費は払ってくれてるからそれでいいの」
「は、はぁ……」

 世の中、いろんなカップルがいるもんだ。笙とあたしも変わっているほうだが、上には上がいる。気を取り直してあたしは呟いた。

「それはまあいいとして、それにしてもフジミってアホだな」
「ほんとにね」

 同感、と健子は朗らかに笑い、焼酎を飲み干した。主税が父親に似ないように祈って、あたしもグラスを干した。

つづく








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