ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「て」part2

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フォレストシンガーズ

いろは物語2

「天高く」

 婚約者を伴って兄が両親に挨拶にきたと、遅くに帰宅した夜に母から聞いた。鋼は兄が再婚するつもりの女性の存在を知ってはいたが、両親には話していなかったので、母には青天の霹靂だったらしい。

「漫画家なんだそうじゃ。若うてほっそりしよってきれえな女の子だ。あんたよりも若いんやかぇ? しかも有名人やていうぞね。私はミツミやたらいう漫画家は知らんかったけんど、鋼は知っとるかえ? 英彦があんな女のひととなぁ……なんちゃーがやないろうか」
「心配しのうていいよ」

 ああ見えて兄ちゃんは作曲をしてフォレストシンガーズのアルバムに収録してもらい、大物ではないレベルの歌手から作曲依頼を受けたりもする、ミュージシャンのはしくれじゃ、と母に言ってもピンと来ないだろうから、心配するな、とだけ口にした。

 東京の大学に進学して以来、鋼も、兄から見れば妹、鋼から見れば姉である美咲も、英彦と会う機会はほとんどなかった。六つ年上の兄が大学を卒業した年だから、鋼は高校生になった年、結婚する、妻の実家の茨城で暮らす、と兄は一方的に宣言してきた。

 それまでは歌手になると言っていたのだから、そんな妄言に較べれば結婚して奥さんの実家の仕事をするというのは、両親にはまっとうに感じられたのだろう。長男の結婚のわりには反対もなくスムーズに進んだ。

 結婚してしまった兄とはますます会うこともなくなり、その後、離婚したと母に電話で報告してきた兄が行方不明になり……という時代に、鋼は大学を卒業して地元で就職した。美咲も結婚して夫の仕事の関係で福岡暮らしになった。

「……おう、鋼か」
「兄ちゃん?」
「うん、俺は元気にやっとうよ。おまえも元気か?」

 なんでもいきなりやるのが兄のポリシーであるらしく、いきなり電話をかけてきた兄は、昔の仲間たちと仲直りしたよ、と鋼にも告げた。仲直りというよりも、俺が勝手にこだわっていたのがとけたんだな、と笑っていた。

 現在の兄は神戸で電気店に勤めるかたわら、作曲をしているからけっこう裕福なはずだ。「HIDEブログ」というものもやっていて、フォレストシンガーズを題材に取り上げているおかげでかなり人気がある。鋼もブログは読んでいるから、ファンが知っている程度には兄の近況を知っていた。

「久しぶりに親の家に行ってきたよ。
 親父やおふくろと飲むと酔えんな」

 ブログにはそんな一文が後日、アップされていた。

 つまり、兄は両親とも和解したということだ。その件も和解というのでもなく、離婚して親不孝をしたと兄が勝手に思い込んで疎遠にしていたのを、婚約者の力も借りて親と再会したにすぎないのかもしれない。兄は古風なところもあるから、なにかと大げさなのである。

 なにはともあれ、これで俺もフォレストシンガーズのライヴを聴きにいける、と鋼は嬉しくなった。姉の美咲は行っていて、兄ちゃんのこと、ステージで話題にされていたよ、だとか、三沢さんとランチしたんよ、などと報告してくれる。鋼にしてもフォレストシンガーズの個々や、三沢幸生のいとこの雄心、本庄繁之の遠縁の常樹、木村章の弟の龍などとも会ったのだが、ライヴにだけは行っていなかった。

 高知からフェリーで大阪につき、大阪でのライヴに足を運ぶ。兄に連絡はしていないが、神戸からだったら来られるのか、そういつもは来ないのか、どっちでもいいつもりだった。

 妻か彼女に連れてこられたのか、と思える男性客もいるにはいたが、客席は大半が女性ファンだ。鋼としてはいささか居心地が悪い。乾さーん!! ユキちゃーん!! アキラーっ!! との女性の歓声に、あんたらはアイドルか、と呆れたり、本橋さーん、って声はたまに聞こえたけど、シゲさんっ!! がなかったな、そうかそうか、と笑ったりもしていた。

 ライヴ自体は鋼にも楽しめた。フォレストシンガーズに関しては昔から知っていたので、アルバムも聴いていたから知っている曲も多い。やっぱ歌、うまいなぁ、と聴き惚れてもいた。

「さて……」

 アンコールも終了して客電がともると、鋼は腰を上げた。
 今夜は大阪で泊まるつもりだが、楽屋に挨拶に行くべきだろうか。行ったとしても入れてもらえるのか? フォレストシンガーズの面々は小笠原鋼を知ってはいるが、兄と一緒でもなければ行きにくい。

 どうしようかと迷いつつも廊下に出る。楽屋ってどこだ? そうだ、そこからして知らないのだから、挨拶に行くなんて無理だな、帰ろうか。諦めてホールから出ていこうとしていたら、背中に女性の声がかかった。

「あの、まちがっていたらすみません」
「はい」
「えーっと、小笠原さん?」
「はい、あ? あ、もしかしたら恭子さんですか」
「そうです!! やっぱり小笠原鋼さん?」

 ファンというのは愛するミュージシャンとのほんの小さなつながりも大事にする。シゲの両親が経営する店を見にいくファンもいるらしい、と兄がブログに書いていた。恭子さんとはそのシゲの奥さんなのだから、ファンの中には知っている者もいるのだろう。こっちこっち、と恭子に導かれて、鋼は人気のないほうへと歩いていった。

「写真で見たことがあるんですよ。ヒデさんをうんと若くしたような、精悍でかっこいい男性だと思って覚えていたんです」
「俺も恭子さんのことは、写真を見せてもらってました。広大くんと壮介くんを両腕で抱っこした恭子さんの写真を、シゲさんの親戚の……」
「常樹くん?」
「そうです、ツネくんだ。ツネくんに見せてもらいました」

 長崎県出身だと聞いている恭子には特にはなまりはない。鋼も高知弁は使わないようにして話しながら、楽屋へと連れられていった。

「おー、鋼、久しぶりじゃけえ、元気しとったけんのう?」
「幸生、それは広島弁だろ。龍がいつかはお世話になったようで……手のかかる奴だけど、時々遊んでやってな。殴ってやってくれてもいいよ」
「殴るんだったらおまえがやれ、章。鋼、よく来てくれたな。恭子さんもようこそ」
「恭子が鋼を案内してきてやってくれたんだな。いらっしゃい、鋼」
「恭子さん、よく来てくれました。さあさあどうぞどうぞ。鋼もどうぞ。幸生、お茶」
「はーい、乾さん」

 ステージを終えたメンバーたちが、恭子と鋼を歓待してくれる。彼らが身支度を終えたら打ち上げだということで、それまでは雑談になった。

「そっか、はじめてライヴに来てくれたんだ、ありがとう」
「聴いてみたかったんですよ」
「で、どうだった?」
「最高でした」

 断言すると、うんうん、おまえはいい子だ、と幸生が鋼の頭を撫でる。兄の友人たちから子ども扱いされるのは、鋼には不快でもなかった。

「はい、どうぞ」

 シャワーを浴びて着替えをすませて、と全員の身支度が整いつつあったころに、ドアにノックの音がした。真次郎がどうぞと応じると、顔を出した女性がいた。

「はじめまして。岬と申します」
「美咲さんじゃなくて岬さん? 鋼の姉さんじゃないよな?」
「いえ、ちがいます」

 美咲ならばフォレストシンガーズの面々とも面識があるはずだし、鋼が姉の顔を見間違えるはずもない。岬と名乗った女性は二十代になったばかりくらいの年ごろか。細くて長身のモデルのような美人だった。

「ああ、岬太四郎さんのお嬢さん……」
「よかった、乾さんが知ってくれてて」

 いたずらっぽく肩をすくめる岬、彼女は岬曜子と名乗った。

「お嬢さんじゃなくて孫なんですけどね」
「あ、そうでしたか。失礼しました」

 その名は聞いたことがあるようなないような、ではあったのだが、岬太四郎とは有名人であるらしい。どうやら知っていたのは乾と本橋だけだったようだが、曜子も打ち上げの席にやってきて、鋼も改めて紹介してもらった。

「阿弓ちゃんは岬太四郎って知ってる?」
「知ってるよ。うちのおばあちゃんが大ファンだったから、うちに古い写真集があるんじゃないかな」
「ものすごく有名な俳優?」
「小笠原くんのお母さんやお父さんだって知ってるんじゃないの? 岬太四郎がどうしたの?」

 東京の人々と話をしてきたのもあり、彼女、阿弓が東京から転勤してきた女性なのもあって、土佐弁は使わない続きで鋼は話した。金曜日にライヴがあったから有休を取り、土曜日の夜にフェリーに乗って高知に帰ってき、日曜日は家でのんびりして、三日間の休暇明けの月曜日の社員食堂で、阿弓と同席していた。

「紹介してもらったんだ」
「岬太四郎に?」
「そうじゃなくて、その孫だっていう女性」
「小笠原くんがどうして大スターの孫に紹介してもらえるの?」

 半年ほど前に東京から転勤してきた阿弓と話していて、彼女が鋼とは同い年だと知った。同い年の親しみで話をするようにはなったのだが、詳しい身の上などは知らない。鋼も兄の話はしていなかった。

「へぇぇ、フォレストシンガーズねぇ」
「そうなんだ」
「兄さんがフォレストシンガーズのもとメンバーで、小笠原くんもフォレストシンガーズとは仲良くしてるわけだ。それでライヴに行って、岬太四郎の孫に紹介された、と」
「うん。曜子さんのお母さんは土佐の出身なんだって。俺はなまりは出さないように喋っていたんだけど、どうしたってなまるだろ」
「そうだね。なまってるね」

 小笠原さんのなまり、あったかいわぁ、と曜子が言ってくれた。阿弓はいくぶん冷笑的になまっていると言ったが、曜子の言い方はあたたかだった。

「ミーハーなんだね。失望したよ」
「え? ミーハー?」
「それで、つきあって下さいとでも言われたの? 小笠原くんって見た目はけっこうかっこいいし、兄さんはミュージシャン。まったくの無名の男ではないわけだものね。岬曜子ってなにしてるひと?」
「舞台芸術の仕事をしてるって聞いたけど、俺にはむずかしかったよ。俺が無名じゃないって、阿弓ちゃん、なに言ってんだ?」

 どうして彼女が不機嫌になったのかを、阿弓の次の台詞で鋼は察した。

「小笠原くんっていいかもって思ってたの。私は小笠原くんを会社の同僚として、仕事に関してもまあまあできるほうだし、ルックスも性格も悪くはないし、彼氏候補としては最有力かなって思ってたのよ。だけど、そんなミーハーお断り。芸術家とつきあえばいいじゃない」
「ちょっと待てよ。曜子さんはなにも俺とつきあいたいなんて……」

 ぷいっと席を立ってしまった阿弓のテーブルには、半分しか食べていないアジフライ定食が残っていた。

 なんだってああ先走るんだ? あれって、阿弓ちゃんが俺を好きだから、大物俳優の孫に声をかけられたと聞いてのやきもち? 先日の岬曜子との出会いは、やきもちを妬かれるようなことだったのだろうか。そんな馬鹿な。わけがわからなくなって、鋼も昼食を途中にして社食から出ていった。

「……俺も……俺も阿弓ちゃんは……俺が先に告白したらよかったんかなぁ? もう手遅れ? そうやけんど、俺は曜子さんとはなんにもないぞね。なんにもないに決まっとるやろうが」

 高く高くなってきた秋の空を見上げてひとりごちる。
 兄に相談でもしてみようか。それとも、フォレストシンガーズの誰かに? 恋愛相談ならば乾さんが適任だと三沢さんが言っていたけど、これって恋愛か?

「いや、曜子さんがもしかしたら……」

 曜子はそのようなことを言ったわけではないが、鋼と親し気にふるまって、メールアドレスの交換もした。曜子が有名人の孫だからではない。兄がミュージシャンとなったがゆえに縁のできた、以前の鋼ならば接点もなかったはずの女性だからではない。

「そうじゃのうて……阿弓ちゃんと曜子さん、どっちがえいかって……ええ? なにを言うとるんじゃっ!! 鋼、おまえは馬鹿やないがかっ!!」

 空に向かって叫んだら、秋の雲が動いていくのが見える。そうじゃそうじゃ、おまえはまっこと馬鹿やきに、と兄にも雲にも笑われているような錯覚が起きた。

END






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